第8話2.8 紅龍爵様のやりたいことが分かりません


 牙虎との戦いの後は特に問題も発生せず、すんなりと森の外へと抜けた。子供の狩り訓練のために森の奥から出てきただけだったようだ。


 その後、宿を取るため寄った町でも変な噂などなく平穏そのもので旅は進み、 翌日の夕方には予定より一日遅れただけで領都ラークレインが見えるところまで到着していた。


 馬車の窓から体を半分乗り出してビルが叫ぶ。


「でっけー壁だー」


 確かに高い壁だった。まだ遠くて正確には分からないけど、20mはありそうな壁だ。


「確か、魔獣に備えているのですよね」

「ええそうよ。オーバディ辺境領もバーグ属領に負けず劣らずで、魔獣が多いからね。かつては、『竜の寝返り』で、大量の魔獣が領都を襲ったこともあるのよ」

「『竜の寝返り』ですか……」


 ラスティ先生の返答に俺は、本で読んだ内容を思い出していた。

 

 『竜の寝返り』、大量の魔獣がテリトリーを離れ人里にあふれる大事件をさす言葉だ。一説には巨大な竜が寝返りを打ったせいで、テリトリーを侵された魔獣が玉突きのようにテリトリーを変えた結果、人里にあふれるとされたことから命名されたそうだ。

 本当に竜が原因か? と言われれば正確なところは分かっていないそうだけど。


 そんな物騒な事態になったことがあるなら確かに高い壁は必要だろうなと考えている間に、馬車は壁の一角に作られた門の近くまで到着していた。高さが大人5、6人ぐらいで、横は馬車が3,4台並んでも通れそうなほどの門へと。

 その門の前に入門検査のためなのか大勢の人が並んでいる。だが、俺達の馬車はそんな列に並ぶことはなかった。

 馬車は列の横を堂々と進んでいく。さらには領主の特権か父さんが門番に声を掛けるだけで、すんなりと町中へと入れた。


 門をくぐると大通り沿いに立ち並ぶ、たくさんの店が出迎えてくれた。


 店頭には貴重なガラスを使ったショーウィンドウが設置されて、商品が見えるように置かれている。

 そのショーウィンドウの形も様々で見ていて飽きさせない店たち。店の種類も豊富だった。

 服屋だけでも、男性用、女性用、子供用、カジュアル、フォーマルとそれぞれの専門店が存在しているのだ。

 発展したといっても、新品、中古織り交ぜた服屋が一軒しかないルーホール町とは天と地ほどの差が感じられる店たちだった。


 馬車は進み、次に見えてきたのはずらりと立ち並ぶ宿屋だ。

 俺達が住んでいる領主宅よりも大きな建物がいくつも続き、中には敷地内に池を備えた白亜の城のような宿まである。宿といえば、スタグ町の温泉宿しか知らない俺にとっては、まさに異世界の装いだった。


「ほんとにすげー。流石、北の都」


 あまりの感動に俺の語彙は幼児化してしまったようだ。ビルみたいな感想しか出てこないのだから。そんな俺を見てラスティ先生が、くすくす笑っている。


「アル君でも子供みたいな顔するのね」


 とか失礼なこと言いながら。

 そりゃ、もちろんしますよ。何といっても、バーグ属領を始めて出た12歳の子供なのですから。などと自分で自分を擁護しながらも馬車の窓から顔を出して外を眺めている。すると。


「こら、恥ずかしいことしないの! それに危ないでしょ」

 

 馬で並走している母さんに叱られた。

 言われて顔を引っ込めてから、普通、先に危ないじゃないの? と首を傾げていたら歩いている人が、くすくす笑っているのが目に入った。

 あ、うん、確かに恥ずかしい、と自覚してしまった。中身は良い大人なのだから。


 その後は行儀よく外を見ながら馬車に揺られ、領都のど真ん中にある領主の住む家、ラークレイン城へとたどり着いた。

 ちなみに、もっとも騒ぎそうであるビルはというとユーヤ兄と二人頭を寄せ合って眠っていた。

 宿屋街なんかには興味がなかったようだった。



 ラークレイン城へとたどり着いた俺達はすぐに応接室へと通されていた。


「まもなく、旦那様が参ります」


 お茶を出してくれた本物のメイド――アヤメさん推定50歳とは違う!――が恭しく礼をして下がっていく。メイドさんが扉を閉じてから俺はお茶を手にする父さんに気になっていることを聞いた。


「父さん、何で俺たち子供三人も一緒なの? 旦那様って紅龍爵様だよね?」


 王様の次くらいに偉い人である紅龍爵様。父さんは直接の雇い主だから会って当たり前だとして、俺たち子供が合う必要があるとは思えなかった。

 

「それは、会えばわかるよ」


 意味深な笑みを浮かべる父さん。俺は訳が分からないと母さんに目をやるが。


「きょろきょろしないの!」


 なぜか叱られてしまった。


 俺やシェールはともかく礼儀作法に疎いビルが無礼を働いたらどうするの? とビルへ目をやると、出された菓子を貪り食っていた。


――おおう! どうなっても知らないぞ……


 なるようにしかならないと諦めた俺が香ばしい香り漂うお茶に手を伸ばそうとした、その瞬間――


『ばーーーん!』


 ドアを開く音が鳴り響いた。


「よく来たな、お前たち!」


 大きな声と共に40代ぐらいだろうかビルと同じ真っ赤な頭髪に町で見かけたら間違いなく道を譲るぐらい強面かつ筋骨隆々の男がずかずかと入ってきて、向かいのソファーにどかりと座った。

 座ったのは恐らく紅龍爵領領主だろう。父さんが立ち上がって礼をする。

 

「紅龍爵様、ただいま到着しました」

「おう」

「今回は、妻と下の子達も連れてまいりました」

「おう」

「子供たちを順に紹介します」

「おう」

「こっちの黒髪がアルです」

「おう」

「父さんと同じ赤いほうがビルです」

「おう」

「この女の子が、シェールです」

「お、お、おう」

 

 名を呼ばれた時に立ち上がって礼をした。ビルとシェールも同様に。ビルは菓子皿を持ったままだったけど。でも、何も言われなかった。

 よかった、と俺が安心していると紅龍爵様が変なことを口走った。

 

「よし、分かった。取り敢えず戦え」

「はい」


 ノータイムで返事をしたのは父さんだ。

 俺を含めた三つ子は意味が分からずきょとんとしている。その間にも、椅子から立ち上がりずんずん歩いて部屋を出ていく紅龍爵様。俺たちも母さんに促され、紅龍爵様の後を追った。


 紅龍爵様について行って到着したのは小学校のグラウンドぐらいの場所だった。恐らく兵たちの訓練場なのだろう。10人ほどの鎧を着た兵がランニングをしている。

 その光景を眺めていると木剣を持った紅龍爵様から声が掛かった。


「誰からだ?」

「では、私から」


 ノータイムで返事をしたのは今回も父さんだ。いつの間にか手に木剣まで持って。


「行きます」


 それだけ告げて打ち込んでいく父さん。魔獣との戦いで見せた本気の打ち込みだ。だが紅龍爵様は、それを難なく弾く。次は紅龍爵様からの打ち込み、父さんが受けて鍔迫り合い。なかなかどうして実力伯仲の戦いだ。

 だが長続きはしなかった。


 幾度目かの爺様の打ち込みで父さんは剣を受け損ね、致命的な隙を晒してしまったのだ。その隙を見事に突いた紅龍爵様、父さんの首筋に木剣を突き付けることにより模擬戦を終わらせた。


「まいりました」


 一言告げて下がる父さんに、紅龍爵様は無表情で告げる。


「次!」

「では、私が」


 今回もノータイムで返事が返った。前に出たのは母さんだった。


 対峙する紅龍爵様と母さん。


「胸をお借りします」


 軽く頭を下げて得意の青い炎を展開する母さん、恐らく本気だ。対人戦用の理術なのだろう、破壊力よりも速度優先で理術を発動して、紅龍爵様の急所を正確に狙っている。


 本気で殺す気なのかと思ってしまう攻撃だが、紅龍爵様には全く届いていなかった。

 なんと紅龍爵様、木剣で蒼炎をかき消してしまうのだ。理術で木剣を燃えないように強化して。


 場所を移動しながら連射を続けていた母さんだったが攻撃が届かないと判断したのだろう、少し方針を変えた。

 連射速度を落として破壊力を強めた理術を放とうとする――が、それは叶わなかった。

 即座に紅龍爵様に詰め寄られ木剣を突き付けられていた。


「ありがとうございました」


 一例をして下がる母さん、そこにまた紅龍爵様から声が掛かった。


「次!」


 相変わらず無表情な紅龍爵様、目線がいつの間にか俺に向けられていた。

 その目が出てこいと訴えてくる。

 俺が、あまりの展開の速さに理解が追い付かず迷っていると、父さんがちょっと短めの木剣を渡してきた。


 父さんが紅龍爵様を指さす。行って来いという事だろう。

 はぁ? まじで? と思ったが、紅龍爵様は、じっと待っている。どうやら戦わないと終わらないらしかった。

 訳が分からないが本当に紅龍爵様、じっと待っているのだ。渋々前に出て、よろしくお願いいたします、と木剣を構えた。


 無造作に木剣を垂らしたままの紅龍爵様。雰囲気から見て、どうやら先手は譲ってくれるらしい。だがしかし、俺はすぐには動けなかった。なぜなら決めかねていたのだ。

 どこまで実力を出すのかを。


 正直なところ、俺は強くなりすぎていた。

 ちょっと本気でやったら一瞬で俺が勝つどころか、紅龍爵様のかけら一つ残らないぐらいには。

 だが、そんなことをしたら俺は確実に犯罪者だ。商人になるどころの話ではない。だからと言って、あまり無様な事をするとそれはそれで困ったことになる。俺の直感が告げていた。

 それに、いいところなしに負けるのは俺としても嫌だし――だったら相打ちの定番で手を打つか――と、無難なところで考えを打ち切った俺は紅龍爵様へと木剣を振り上げた。


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