第7話2.7 森を出てからは順調です



 気配のする方へ森の中を少し進んだところで俺は立ち止まった。気配から殺気が漏れ出したのだ。

 実をいうと俺は気配を探るのが苦手だった。特に魔獣の気配。

 俺の訓練場所が原因で。


 気配察知の技術自体は、『影』の真龍から習ってはいた。習ってはいたのだが魔獣戦で使ったことがあまりないのだ。なにしろ修行空間には魔獣がいるはずもないのだから。


 人相手であれば目と耳をマジで塞がれた状態で『影』の真龍と鬼ごっこしたり、『武』や『闘』の真龍と戦わされたりして鍛えてはいる。だが、森の中でとなると圧倒的に経験が足りなかった。

 それゆえに殺気を感じてようやく魔獣の正確な居場所に気づくことができた。直径十メートルはあろうかという巨木の枝影にいる事に。


『ぎゃおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』


 俺が居場所を察知したことを魔獣も感知したのだろう、鳴き声で威嚇してくる。よく見るとさっき父さんたちが戦っていたのと同じく牙虎だった。大きさが3倍ほど違うが――


 牙虎が木から飛び降りて音もなく着地する。巨体からは考えられないほどの軽業だ。

 目の前で身をかがめる牙虎から目を離さずに、俺は腰を落とし刀の柄に手を当て、いつでも抜ける体勢を取る。その状態で牙虎を真正面から睨みつけるが、何故か相手は気がそぞろだった。

 『きゅぉぉぉぉ!』という鳴き声が聞こえるたびに、牙虎の意識が俺から逸れていた。


「あれは、お前の子か。どおりで小さい訳だ」


 返るはずのない問いかけをしながら俺は刀を抜く。牙虎は刀を脅威と感じたのか、俺から意識を逸らすことはしなくなった。


「いいのか? のんびりしていて。あいつは間もなく狩られるぞ?」


 俺が笑みを浮かべて挑発してやる。牙虎は言葉の意味は分からないだろうに、飛び掛かって来た。

 半歩ずれた俺のすぐ横を並の人ならひとたまりもないであろう一撃が通る。

 巻き起こる風を感じながら俺は。


「終わりだ」


 すっと刀を下段からすくい上げた。

 ボトリと落ちる牙虎の頭。

 戦いは終わった。


「なんでこんな浅いところに出て来ている?」


 牙虎の死骸を収納空間に片付けながら俺は不思議に思っていた。


 この魔獣とは以前に戦ったことがあった。『武』の真龍に命じられて。森の深部まで探しに行って。

 

――森の奥で何かが起きている?


 気にはなるが今は調査には行けない。旅の途中でいなくなったら大騒ぎになるから。


「先生にだけは伝えておくか……牙虎、お前も家族を守りたかったのだろうが、それは俺も同じだ。悪く思うなよ」


 残っていた牙虎の頭に詫びつつ収納空間に収めた俺は、人形を脱ぎ転移理術で馬車へと戻った。


 俺が馬車へと戻って目に入ったのは、悲鳴を上げそうになっているシェールの顔だった。


「ま、待て! 俺だ‼」


 俺は慌ててシェールの口を押える。彼女は目をパチクリさせていたが悲鳴を上げることはなかった。

 胸をなでおろしたところに、聞こえてきた言葉で俺は絶句した。


「戻って来るなら、先に言ってよね」


 頑張ったかどうかは別にして魔獣と闘ってきた兄ちゃんになんという理不尽! 

 おまけに冷たい目で睨んでくるし。兄ちゃんは心から思う、自分が時空理術使えない鬱憤を、ここで晴らすのはやめてほしいと。


 シェールに対してそんな思いを送っていると、暖かいものに腕を取られた。


「アル兄様、お帰りなさい。お怪我はないですか?」


 サーヤだった。

 優しく微笑みながら体の具合を確かめてくれる。本当に優しい子だ。


「大丈夫だよ。サーヤ。かすり傷一つない」


 耳を撫でてやりながら答えるとサーヤは嬉しそうに目を細め尾っぽを振っていた。


「それで、アルにぃ、何の魔獣だった?」


 さっきまで寝ていたはずのビルが話声で目を覚ましたようだ。目を擦りながら聞いてくる。


「ああ、牙虎だよ。父さんたちのところに子供の牙虎が出て戦っていた」

「それって、前俺達も戦った事のある、あの牙の長い虎のこと?」

「そう。それ」


 俺の返しにビルは、ふーん、と言ったきり、また目を閉じてしまった。自分も戦った事のある魔獣だったので興味が薄れたようだ。

 その後はサーヤにせがまれ、ワーグさんたちは強かったとか森に潜んでいた親虎は俺が倒したとか父さんが強かったとか話をした。


 やはりというべきか、反応が一番すごかったのは父さんの話だった。聞き流していたビルですら、信じられないという眼で俺を見てきたぐらいに。

 俺を含め皆、ただの本好きという認識で剣を持つ姿すら全く想像できないから当然だろう。


 そんな父さんの話で盛り上がっていると外が騒がしくなってきた。父さん達が帰って来たようだった。馬車のドアが開き入ってくるラスティ先生。なぜか、不機嫌そうに口を尖らせていた。


「お疲れさまでした、ラスティ先生」

「ホント疲れたわ。誰かさん、手伝ってくれないのだもの」

「いや、俺は俺で忙しかったのですよ。それに、途中までは危なくないか見ていたのですよ」


 でも全く危なげなかったし、不穏な気配を感じたから仕方なしにと言い訳したら一応納得してくれたらしく尖らせていた口を元に戻した。


「それですぐ出発ですか?」

「うーん、もうちょっと待機かな? 今、街道警備隊が偵察に行っているから。その間、退屈ならみんな外に出てもいいよ」

「そうですか、大丈夫だと思いますけど、仕方がないですね」

「そうよ。誰かさんが、隠し事しているから無駄な時間をかけることになるのよ」


 おかしい、ちょっと予定を聞いただけなのに、また話が変な方向に向こうとしている。

不穏な気配を感じた俺は馬車の外へと逃亡したのだった。


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