第31話1.31 へん~しん! って言うだけでは変われません
ワーグさんとラスティ先生の戦いを、俺は少し離れた位置にある馬車の中から眺めていた。
ワーグさん達の前に三匹の海蛇みたいな魔獣が見え隠れしている。魔獣の全長は良く分からないけど、海面から見えるだけでも4mは超えていることから倍の8m以上はあるものと思われる巨大な魔獣だ。
『ぎしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼』
そんな海蛇の一匹が雄叫びを上げながら、口を開けて突っ込んでくる。ワーグさんを獲物とみなしているらしかった。
「おらぁぁぁぁぁ‼」
負けじとワーグさんも叫びながら、海蛇を叩き切ろうと自慢の黒斧を振る。
しかし! 黒斧は海蛇の牙に弾かれてしまっていた。
弾かれた衝撃でたたらを踏むワーグさん。そこを再度海蛇が襲う。だが海蛇の攻撃はワーグさんに当たることはなかった。
海蛇の顔の辺りにラスティ先生の理術で作られた風矢が当たり軌道を逸らされたためだ。
だが、この風矢もダメージにはならない。海蛇の体表を覆うヌメヌメに阻まれてしまって。それでも、先生は風矢を海蛇へ向けて放っていく。ワーグさんへの高家気を阻むために。
他二匹の海蛇もワーグさんを獲物とみなしたようだ。
順番にワーグさんに向けて突っ込んでは黒斧か風矢で弾かれている。そんな様子を馬車の外で戦いを見ていた父さんが首をかしげ、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
「ジャパ海ですら聞いたことないほどの魔獣が、このバーグ湾にいるなんてどうなっている?」
同じように首をひねるゼロス兄さん。父さんと同じことを思っているようだった。こんな二人の様子を横目で見ながら俺は本で読んだ海魔獣の解説を思い出していた。
ジャパ海は、ある意味内海だ。西にある大陸と俺たちの住んでいるハボン王国に挟まれて、東のラーウェス大海とは、細い海峡でしか繋がっていない。
ゆえに、大型の魔獣が入って来られない。そう言われている海だ。そのためジャパ海では漁業や航海が盛んで、複数の海路が確立されている海でもある。そんな海に大型の魔獣が三匹もいる。
非常に考えにくいことだった。
「あの体でオホーツ海峡を渡って来たのか。分からない」
ますます首が傾く父さんだが、考えたところで状況は変わらない。むしろ時間がたつにつれ、戦いは激しくなるばかり。戦うワーグさんも少しずつだが、疲労が蓄積していくようだった。
せめて斧が襲ってくる首以外に届けば良いのが、胴体は海上だ。下半分に至っては海中だ。
とても届かない。
だが相手が海蛇であることはワーグさん達にとっても悪いことではなかった。
体ごと陸に上がってくることはなさそうだったから。そのため少し離れると海獣の攻撃は届かない。戦う二人が休憩を入れられるということだった。
だからといって、休んでばかりもいられない。目と鼻の先には海沿いに作られた漁村もあるのだ。
そっちを狙われるどれだけ被害が出るか分からない。このまま討伐するのがベストではあるが、最低でも手傷を与えて海へ逃げ帰らせないといけなかった。
だからこそワーグさんは海蛇の攻撃範囲に入って行く。だが結果は変わらず。戦いは、膠着状態へと移っていった。
「くそ、カレンがいれば」
ワーグさんが苛立たし気に吐き捨てる。カレンというのは、もちろん俺の母さんだ。
元々、ワーグさん達の魔獣駆除パーティーで、炎の理術を使う遠距離殲滅攻撃担当の母さん。海蛇などいい的になることだろう。だが、いないものはいなかった。
「ワーグ、愚痴っても仕方がないわ。増援を期待しましょ」
焦るワーグさんを宥めるラスティ先生。ワーグさんの隙を突こうとする海蛇へ風矢を放つ。息の合った戦いを続けていた。
そんな中、事態は急速に悪い方に向かっていた。
まずやって来たのは、スタグ町へ応援要請に向かわせていた魚人族だった。
「大変だ。スタグ町の港にも同じ海蛇が大量に現れている。皆、海から離れて落ち着いているけど、魔獣駆除組合から監視が必要だそうで、組合員は駆り出されてしまった。だから、すまない、誰も来てくれない」
「警備兵は、どうだった」
「へい、海蛇の数が多くて町の魔獣が退治されないと警備兵も出られないと言われやした」
余りの事態に父さんは、頭を抱えて考え込んでいる。その間に、事態はさらに悪くなっていた。
「「「「ぎゃーーーー‼!」」」」
遠くで悲鳴が轟く。見ると、村の真ん中に多数の海蛇が出現していた。
「どういうことだ! なぜ陸に海蛇が上がっている!」
父さんの叫び声が聞こえる。
「へ、へい、恐らく川を遡っているのだと思いやす」
魚人族のおっさんの村だろう、地理に詳しい様だ。
「おい、ラスティ、不味いぞ。あんな村の真ん中」
ワーグさんの怒鳴り声にラスティ先生も肯き、二人は村の方へと駆け出して行った。人気のないこの港より村の真ん中の方が、危険と判断したのだろう。迅速な判断だ。
「我々も行くぞ。お前も乗れ」
父さんが叫び、報告に来た魚人族のおっさんを馬車に詰め込む。馬車は村へと走り出した。
近づいた村は大混乱だった。なにしろ村は川沿いに作られており、村中どこにいても海蛇の捕食範囲だったからだ。
「アルは馬車でじっとしていろ。ボナとお前は徒歩で俺とゼロスは馬で、村人たちをここへ誘導しろ。良いな。行くぞ。」
村はずれに馬車を置いた父さんは、今いるメンバー、兄さんと御者のボナさんと海人族のおっさん指示を出して動き出す。
一人残された俺は大きく息を吐いた。
「さっきからどうやって一人になろうかと思ったけど。助かった。これで、自由に動ける」
この大混乱の中、一人になるなんて二次災害起こすようなものだから許してくれないだろう、と躊躇していた。でもこれで皆を助けに行ける。
「よし、それじゃ、収納空間から装備を」
つぶやきながら取り出したのは、等身大頭なし人形と龍の仮面と日本刀、あとマントだった。真龍たちから貰ったものだ。
それらの装備の中から、まず俺は頭なし人形の首のところから足を突っ込んでいく。すると肩から下までが完全に入ってしまう。その状態で人形に理力を流すと、あら不思議、自由に動かせる体になるのだ。
その後、頭に龍の仮面を被り腰に刀を差してマントを付けると、身長180cmの大人の戦士のでき上がりだった。
「動きには支障ないぐらい使い込んでるけど、何度着ても不思議な人形だな」
思い通りに動く手足を見て俺は唸る。
そもそも、この装備を作るきっかけになったのは『闘』の真龍の一言だった。
『基礎ならいいけど技は大人の身体じゃないと出来ないわ!』
そこに、『武』の真龍も同調した。
『確かに! 子供の身体で技を覚えてしまうと矯正は難しいか。一から覚え直しになるか……』
そこからは真龍達が集まって話し合いが始まる。そして、出来上がったのが、この人形(大人変身スーツ)であった。作ったのは『鍛冶』と『付与』の2人みたいだが。
ともかく俺は渡された装備を着込む。すると。
『なんや、顔が小そうて気持ち悪いわ』
『時空』の、いやサクラが渋い顔でつぶやいた。
そうしたら龍の仮面が加わった。
ついでに武器もあげるよと刀が加わったのが最終形、今の格好である。
ちなみに、服装はシャツとパンツという何の変哲もないものだ。本当は鎧が欲しいのだが、真龍達にそれは自分で作れと言われて、現在制作中であったりもする。
「うん、修行空間以外で使うのは初めてだけど問題なし。それじゃ、時間も無いし村を助けに行きますか」
俺は駆け出した。
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