第28話1.28 他の町を見にいけるようです


 秋が深まり木の葉も日々色鮮やかに変化するのが見て取れる、ある日、俺は緩み切った表情で馬車に揺られていた。


「嬉しそうだね、アル」

「ハイ、嬉しいです。ずっと行きたいと思っていた港町や村々に行けるのですから」


 話しかけてきたゼロス兄さんには、そう答えたが実際にはもう少し言葉を付け加える必要がある。それは。


――修行空間に行かなくていいから


 だ。


 真龍達との交流が始まり約一年。俺の理力量は当初の数万倍いやそれ以上か? に達しようとしている。それ自体は喜ばしいことだが、理力量が増える=修行空間の滞在時間が増える、なのである。そのため俺の認識的には、一度部屋に入ると月単位で戻ってこられない状況になっているのだ。


 将来のために頑張っていると言えば聞こえはいいのだが、正直辛い。


 飯も食わずに刀術に武術に理術に物作りにと教え込まれる日々。たまには息抜きがしたい。と考えても仕方がないと思う。今回はいい機会だった。


「アルよ。遊びに行くのではないのだよ。秋の収穫もほぼ終わったので、徴税の確認に行くと見せかけて、商人組合の陰謀を潰しに行くのだから、勝手に動き回ってはだめだよ」

「昨日、何度も聞きましたから大丈夫ですよ」


 浮かれる俺に父さんが渋い顔で苦言を呈してくる。だが、俺だって分かっている。下手をすると、争いになるかもしれないということぐらい。なにしろ、商人組合の動きは、ほとんど反逆といっていいぐらいなのだから。


 たくさんの人が捕まるだろう。傭兵崩れの用心棒も出てくるだろう。でも、あまり心配はしていない。護衛として、ワーグさんとラスティ先生が来ているのだから。ハボン王国でも数少ない魔獣駆除組合上段者の二人が。

 それに、いざとなったら俺も動くつもりだ。なにしろ揉め事だ真龍達に言ったら、『武』と『闘』の真龍が嬉々として俺を痛めつけ……もとい、実践訓練してきたのだから。

 素人に囲まれた程度で慌てる必要は無い。例えチンピラが100人ぐらいいても負ける気は全くしないのだから。

 そんなことを考えながら、馬車に揺られること数時間。


俺の顔から笑みが消えていた。


「アル、大丈夫? また、止めてもらう?」


 ゼロス兄さんが心配そうにのぞき込んでくるが、俺は首を横に振る。


「大丈夫です。目的地、もう少しなのですよね。我慢します」

「どうしてもダメなら言うのだよ」


 そう、俺は盛大に酔っていた。だけど馬車をこれ以上止めるわけにはいかない。すでに何度も休憩をはさみ、予定より大幅に遅れているのだから。父さんも渋い顔でこっちを見ている。きっと連れて来たことを後悔しているのだろう。


 しかし馬車がこんなに揺れるとは思わなかった。というより、道が悪いのだろう。町中で乗った時には、酔わなかったのだから。乗車時間が短いのもあるけれど。


 幸いにも座布団を何枚も重ねて敷いたおかげで揺れによるお尻の痛みは少なくて済んでいる、それでもたまに回復理術を掛けているが。それで酔いだけを我慢して何とか耐えている状態だ。

 酔いも回復理術で治せればいいのだけど、治し方が分からない。地球の記憶では、三半規管が関係していたとしか覚えていないのだから仕方がない。

 

――ああ、気持ち悪い


 ひたすらにそんなことを思い続けて誤魔化しながらもやっぱり限界が近づいて、やばいと思い始めた時に、やっと、目的地であるスタグ町へと到着した。


 馬車から降りると潮の香りが漂うスタグ町。香りから分かるようにジャバ海に面しており貴重な港を持つ町である。人口に至っては属領の都と定めるルーホール町よりも多く、バーグ属領の商業の一大拠点となっている。

 それに加え、このスタグ町にはもう一つ大きな特徴があった。それは温泉が出ていることだ。


「温泉、温泉♪」

「アル君、すっかり治ったのね。しかもすごくご機嫌ね」


 俺が鼻歌を歌っていると、手を繋いでいるラスティ先生がニコリと笑顔を浮かべながら声を掛けてくる。

 そりゃあ、機嫌もよくなるでしょ。今晩泊まる宿へと向かっている所だから。え、仕事はどうしたのかって? もちろん徴税しているとこ見学したよ。


 父さんと町長さんが書類と睨めっこしながら、あ~だ、こ~だ、話しているのを。ちゃんと書類も見せてもらったよ。びっしり数字が書き込まれた書類を。

 ゼロス兄さんは書類見てうなっていたけど、そこはそれ日本の役所で勤めていた俺からしたら、無問題。


 ちょちょっと見て、町の税収についても確認したよ。こっちでもフリーマーケットが開かれて、順調に税収が増えていっていることを。ついでに、計算間違いをゼロス兄さんにさりげなく助言できるほどだったよ。


 おかげでゼロス兄さんは、父さんに褒められていたね。よかったね兄さん。などと思い出しながら、緩み切った表情で歩くこと数分。俺たちが泊まる温泉宿へと到着した。

 

 父さんを先頭に温泉宿に入っていくと、着物姿の女性達がお辞儀で出迎えてくれる。その中で、一人花柄の着物の女性が一歩前に出て口を開いた。


「ようこそ。お待ちしておりました。いらっしゃいませ。ユーロス御一行様」


 恐らく旅館の女将だろう。


「「「「いらっしゃいませ」」」」


 女将の後に、続けて控える人達の声がそろって響く。よく教育されている。高級旅館のようだ。

 まぁ、領主が使う宿だから下手なところには泊まらないだろうけど。父さんも事も無げに、ああ、女将、今回も頼むよ、と返している。

 よく来る宿のようだ。


 そして通された部屋。その部屋がすごかった。外見からも感じていたが、絢爛豪華とは違い落ち着いた雰囲気の中にも感じる高級感。日本ならとてもではないが泊まれないであろう空間が広がっていた。

 ぽっかーんと口を開け部屋を見回していると、父さんの不思議そうな声が聞こえた。


「珍しいな。アルがそんな顔するなんて」

「そうですか? 結構していると思いますけど」


 俺だってあっけに取られることもある。父さんが知らないだけで。そんなことを思っていると父さんが話を続けた。


「まあ、いい、食事会は一時間後だ。宿の宴会場で行われる。それまで、アルは温泉でも入ってゆっくりしておけ。ゼロスはすまんが、ちょっと書類の整理を手伝ってくれ」

「分かりました父さん」


 そうして二人は仕事を始めだした。



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