第27話1.27 なぜか、俺も叱られています


 

 ラスティ先生が崩れ落ちた狐獣人の男を蹴り飛ばして、俺の方へかけて来ようとしたところで、背後からガチャガチャという鎧の音とともに声が聞こえた。


「こら! 何の騒ぎだー!」


 シェールが衛兵さんを呼んでくれたようだった。


「衛兵さん、大変なんです。あの男が、弟にナイフを突きつけて、脅して来たんです」

「何本当か⁉ 怪我はないのか?」

「えっと、それが……」


 少しだけど回復理術を使えるラスティ先生が、すぐに男を殴りに来たんだし、多分大丈夫だと思うけど、と思いながらビルの方へと目をやる。すると、座り込んだまま何が起こったのか分からない、といった顔でこっちを見つめるビル。俺は、そんなビルに声を掛けようとしたところで先にラスティ先生の声が届いた。


「ええ。大丈夫よ。ビル君に怪我は無いわ」

「本当ですか。よかった」

「でも、それより問題は……」

 

 安堵する俺を鋭い目つきで睨んでくるラスティ先生。もしかして、最初に蹴られたユーヤ兄に問題が⁉ とユーヤ兄に目を向ける。すると既に元気に立ち上がり歩いている姿が目に入る。そんな中、いつの間にか近づいていたラスティ先生は、俺の肩をギュッと掴んで言い放った。


「問題は、アル君よ。なんて危ないことするの‼ ナイフを持った男に飛び掛かるなんて。誰も怪我しなったからよかったものの、一つ間違えたらアル君も、ビル君もナイフで刺されてたかもしれないのよ!」


 段々と涙目になってくるラスティ先生。俺をぎゅっと抱きしめて、ぐずぐずと鼻を鳴らしだした。


「ご、ごめんなさい。あの男、ずっとラスティ先生の挙動だけに注意してたから、僕なら行けると思ったんだけど……」


 自信はあった。『闘』の真龍に比べたら、あの男なんて正に赤子。簡単に手を捻れる自信が。だから、実行した。でも、そうだよね。俺は子供だ。心配しない方が無理だよね。

 

 考えていると俺も気落ちしてきてしまい、思わずラスティ先生の胸に顔を埋めてしまう。そこに。


「あなた達、無事なの? 怪我はないの?」

「大丈夫? ケガはすぐに治すからね」


 母さんと、ローネさんが駆け込んできた。衛兵さんからすぐに連絡が言ったようだった。


―――


 しばらくして、俺とビルとユーヤ兄は、衛兵の詰所で正座させられていた。


「な、何で俺まで……」


 ビルとユーヤ兄は分かる。勝手な行動をして人気のない裏路地に入って行ったんだから。


「アル、何言ってるのかしら。ラスティから聞いたわよ。無謀な突撃をしたそうじゃないの」

「いや、あれは、大丈夫だと思って……」

「何が大丈夫よ。相手は大人なのよ? どんな能力を持つか分からないのよ。私達の知らない理術や、もしかしたら魔術すら使うかもしれないのよ? 分かってるの?」


 母さんの俺の想像すらしていなかった返しに俺は言葉を失う。


「分かったようね。ビルとユーヤ君共々、しばらくそうして反省してなさい」


 母さんは項垂れる俺達に言いおいて、すみません、お待たせしました、と少し離れた所で苦笑を浮かべる衛兵の元へと向い話始めた。

 どうやら、報告を聞くようだ。声が漏れ聞こえてくる。


「それで、あの男は何か話しましたか?」

「ええ、どうやら、あの男、露店を回って金を集めていたようです」

「金を?」

「ええ、場所代や用心棒代といった、いわゆる口利き料みたいなものです」

「なるほど。それで、子供達が襲われた訳は?」

「それが、要領を得ないのです。あの、アル君、いえ、アル様に――」

「様付けはいらないわ。あの子は貴族では無いから」

「え⁉ あ、はい。アル君に、後を付けられた上にラスティさんに待ち伏せされたと思って、咄嗟に犯行に及んだようです」

「はぁ~、領主の子供だから狙ったわけではいのね」


 母さんは、長い息を吐き、安堵の表情を浮かべる。


「ええ、皆さんの素性については、何も知らないようでした。偶然巻き込まれただけでしょう」


 首を横に振る衛兵さん。俺は、その結論を聞きながら内心、びくびくしていた。待ち伏せはしてないけど、後を付けていたのは事実だから。


「ありがとう、分かりました。後のことは主人に報告してください」


 衛兵さんに、一礼して振り向く母さん。


「さぁ、帰るわよ。父さんも心配して待ってるんだから」


 言うだけ言って出口へ向かっていく。俺とビルとユーヤ兄は、しびれた足を引きずりながらついて行った。


―――


 館へと帰った俺は、げんなりしていた。なにしろ、帰る途中も母さんの説教をずっと聞かされていたから。とにかく、ちょっと一人になりたいと俺はいつもの書庫へ向かう。


「ふぅ~」


 深い息を吐き、一息つく俺。だが、休んではいられなかった。


「やっぱりここにいた」


 ラスティ先生が書庫に入って来たから。そして、先生はおもむろに俺を抱き上げ膝の上に座らせる。俺は抵抗する気力も無く成すがままにされていた。


「さて、アル君。教えて。どうやって、あの男が悪いことしているのを知ったの? それに、あの動きはどこで習ったの?」


 俺の体をしっかりホールドした後に、耳元で囁くラスティ先生。俺は、ほんの一瞬誤魔化そうかと考えたのだが、真横に見える先生の真剣な眼差しに、本当のことを言うべきだな、と思い至り、再び深い息を吐いてから説明を始めた。


「本当に偶然なんですよ。ビルたちの声を拾おうと、風理術で音を拾っていたんです。そしたら聞こえたんです。こそこそとした会話が。その中に、領主様も知っている――なんて言葉が出て来たのでちょっと付けていたんです。そしたらまさかあんなことになるとは思わなくて……」

「ふぅ~ん。風理術でねぇ……。それで、あの動きは?」

「えーっと、動きも同じです。理術で身体強化した後に、風理術で体を加速させたんです」

「誰に習ったの?」

「自分で考えました」


 嘘は言っていない。『闘』の真龍による修行の最中に、自分で考えた動きだ。『闘』の真龍は、風理術など使えないから本当に。と修行時のことを思い出しながら、俺はラスティ先生に笑いかける。


「ふぅ~ん、自分でねぇ。まあ、アル君ならあり得るか……」


 しばらく、俺の顔をじっと見つたラスティ先生。


「それじゃ、行こっか」


 そう言って俺を抱きかかえたまま立ち上がった。

 え? どこへ? と訝しむ俺などお構いなしに、俺は抱きかかえられたまま連れていかれる。そして、たどり着いたのは、父さんの書斎だった。


「こんにちはー」


 書斎の扉を開けてラスティ先生と俺は中へと入って行く。部屋の中では、父さんが腕を組み書類を睨みつけていた。


「お邪魔します、父さん」

「お、アル来たか」


 俺の顔を見て父さんが微笑みかけてくる。俺は微笑みの意味が分からず父さんとラスティ先生をきょろきょろと見比べていた。そこに。


「ほれ、読んでみろ」


 父さんが睨みつけていた書類を渡してくる。俺は、書類をおずおずと受け取り、目を通して驚いた。そこには、商人組合による陰謀――領主への不信感を溜めさせて、それを口実に露店街への口出しを止めさせる。代わりに商人組合が実効支配する、という方策が記されていたのだから。


「これは本当なのですか!?」

「ああ、間違いない。前回の恣意的な出店者制限の後、調べさせたところ、商人組合は露店街が金になると分かった直後から策を練っていることが判明した。儲けを掠め取るために」

「それじゃ、今日の男も?」

「ああ、策の一環で、領主である俺の信用を落として自らの支配力を高めるためだろう。もっとも捕まった本人は、ただの小遣い稼ぎのつもりのようだが」

「そうだったのですね。……もしかして僕、邪魔してしまいました?」

「いや、そんなことは無い。ああいう手合いは、即座に捉えるべきだ。それに、いい口実ができた。商人組合と話し合うためのね。だから、父さんとしてはアルを褒めてやりたい。大きな声で言うと母さんに睨まれるからこっそりとだけどね」


 ぐ! と親指を立てる父さん。俺は安堵と共に一つ疑問に思った。


「えっと、事情は大体分かりました。ですが、なぜ、僕に教えてくれるのです? あまり子供が首を突っ込むことでは無いと思うのですが」


 父さんらしくない行動だった。以前の米騒動の時も報告後は特に連絡も無く、父さん達だけで調査してルーホール町の商人組合長を更迭したというのに。理由が分からないと悩んでいると声がした。


「それはね、私がお願いしたの」

「ラスティ先生が?」

「ええ、今度の温泉。一緒に行きたいなぁと思って」

「温泉? スタグの町にあるという?」

「うん、アル君も行きたいでしょ?」

「まぁ、行きたいかと言われたら行きたいですけど……今その話関係あるのですか?」


 まるで、恋人を初めてのお泊り旅行に誘うかのように頬を染めるラスティ先生。そんな先生の表情に意味が分からず困惑していた俺も、なぜか恥ずかしくなって俯いてしまう。そこに。


「二人とも、スタグの町には確かに温泉もありますけど、本命は、バーグ属領商人組合本部ですからね。商人組合の目論見を潰しに行くのですからね」


 父さんの冷静な突っ込みが入った。


―――


 父さんとの話し合いの後。


「アル君と、温泉! アル君と、温泉」


 スキップして部屋を出ていくラスティ先生を見送った俺は、子供部屋へと向かった。すると、部屋の中ではものすごく不貞腐れた表情のビルと、そのビルの横で膝を抱えて蹲るユーヤ兄の姿があった。

 

 そんな二人の様子を、なんだ? と見ていた俺の元に駆け寄って来たシェールとサーヤは、俺の耳元へ顔を寄せ話し出した。


「ビルにぃ、帰ってからも母さんに叱られたの。しかも、しばらくお出掛け禁止だって」

「ユーヤにぃ、母さんに叱られたです。年上なのに、ビルにぃ止められなかった、です」

 

 そういうことか。二人の話から事情を理解した俺は、ビルとユーヤ兄を見てため息をつく。そこに、ビルの小さな声が届いた。


「アルにぃ、俺も強くなりたい」

「え⁉」

「だから、俺もアルにぃみたいに、あんなおっちゃん倒せるぐらい強くなりたい。そしたら、母さんに叱られない!」


 聞き逃した俺へ向け大きな声で叫ぶビル。見ると、ユーヤ兄も、ん! と頷いている。どうやら、二人は自分たちで男を倒せれば問題なかったと思っているようだった。

 えぇ~、母さんの思い通じてないのか…… 俺は頭を抱えたくなるが、それより先にシェールの声が届いた。


「あたしも強くなりたい。今日みたいなときに負けないように!」


 言っていることがビルと同じだった。


「えーっと、そのために今、理術の練習したり、剣の稽古したりしてるよね?」

「……そうだけど、今日のアルにぃは何か違った。秘密のとっくん、してるに違いない」

「ビルにぃの言う通り。いつもと全然違うかった。理力の動きも、体の動きも、ものすごーくはやくて、ほとんど見えないほどだった。秘密のとっくんしてないとできない」


 真剣な顔で俺を見つめてくる二人。


「あー、分かったよ。二人には嘘は通じないな。三つ子だもんな」

 

 俺は誤魔化さずに正直に話すことにした。


 そして子供達の秘密の特訓が始まった。

 

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