第26話1.26 ただのお使い――で終わるはずがありません



 真龍たちの訓練に理術が加わってから、さらに数週間――俺の時間感覚では、十数年ぐらい――後、俺は露店に野菜を売りに来ていた。ラスティ先生に追加して、ビルとシェール、さらにはユーヤ兄とサーヤまで。

 母さんが、あんた達お肉食べるばかりじゃなくてアルを手伝いなさい! と同行を命令したのだ。


 俺たちは露店街を逸れないように一塊になって歩く。今回の出店場所も結構真ん中の良い場所だった。集客力の高さからパンダ扱いされてるのかもしれない。


 ちなみに、前回の不正は父さんに報告しておいた。そしたら、すぐに是正された。ルーホール町商業組合、組合長の交代によって。

 相変わらず父さんの仕事は早かった。



「ビル、ユーヤ兄、芋と玉ねぎ降ろして。シェールとサーヤはネギとか軽い物を。ラスティ先生はお金の管理をお願いします」


 「ちぇ~」「む!」「分かった」「はい! です」「任せて」


 それぞれに返事をして行動を始める。そんな中、店頭に人影が見えた。


「こんにちは。野菜持ってきましたよ」


 現れたのは共同栽培しているゴンタさんだった。


「ありがとうございます。荷車事預かりますね」

「今回から米もありますよ。いい出来です」

「おお、稲刈り終わったんですね。すみません、手伝いに行けなくて」

「構いませんよ。こんなに収穫し甲斐のある米は初めてでしたから、家族総出で楽しめました。ではでは」


 満面の笑みを浮かべたゴンタさんが、手を振りながら自分の露店の方へと向かっていく。その場所は少しだけ離れてるけどいい位置みたいだった。


「ゴンタさんの場所もいい所みたいだ」

「それは、そうでしょ。彼の扱ってる農作物もアル君のと変わらないって、お客さんすぐ気づくでしょうしね」


 隣にやって来たラスティ先生が俺の頭を撫でながらゴンタさんの荷車に乗ってる作物を見つめる。確かにいい出来だった。


「腕、上げましたね。ゴンタさん。やっぱり理具貸してあげたのが良かったのでしょうか?」

「それは大きいわね。きっと」


 俺が書斎に籠る時間というか修行に向かう時間が増えた結果、共同栽培に避ける時間と理力が大幅に減っていた。

 代わりにラスティ先生や子供たちに行ってもらってたのだが、ゴンタさんからしたらラスティ先生はバーグ属領の偉いさんらしく恐縮してしまっていた。

 俺も領主の息子なのに……対応が大違いだった。


 修行が休み――サボりではない――時、たまに行ったときにゴンタさんがやんわりとこぼしていた。

 だから俺は考えた。俺がいなくてもゴンタさんが困らない方法を。


 色々話を聞いたところ、やはりというか、一番のネックは土を耕すことだった。ゴンタさんかその家族が土理術を使えない以上、俺と同じようには出来ない。誰かいないのかと思うが土理術が使えるような人は農業してないらしく……。

 ともかく、使えないなら使えるようにということで思いついたのはラスティ先生が持つ理具を貸してあげることだった。


 

「ちゃんと数はありますか?」

「ええ、大丈夫よ。きっちり理具のレンタル代に見合った農作物があるわ」

「分かりました。その農作物の売り上げはラスティ先生の取り分ですからちゃんと計算してくださいね」

「はいはい、そういう事にしときましょ」


 全く困った子ね、とばかりに抱きしめて頬ずりしてくるラスティ先生。恥ずかしいからやめて欲しいけど、俺には止めさせることが出来なかった。

 それは。


「ねぇ、あの理具、理力効率あんなに良かったかしらね。1000年前の古代遺物並に思えるんだけど?」


 ラスティ先生が耳元で囁いてきたからだ。


「きっとクリサンセさんの腕が良かったからですよ」

「ふぅ~ん」


――修行の一環で魔改造したのばれてる~!


 無理やり笑顔を作ろうとして頬を引きつっている俺を見てラスティ先生がくすくす笑う。

 完全に遊ばれていた。

 


 商いはすぐに終わった。いつものように露店開店と同時に訪れた大量の客が群がってきた結果だ。

 と言う訳で売るものは無くなり残ったのはお金だけだ。

 こんな時することと言えば、もちろん買い出しだ。俺は迷うことなく、前回海産物を買った露店を探しに歩き始めた。

 シェールとサーヤと手を繋いで。

 

「あ、やってるね。こんにちは」


 前回と同じ場所で魚頭の店主を見つけた俺は店へと駆け寄った。


「こんにちは! いつもありがとうございます」


 にこやかに――魚顔だから分からないけど――店主さんが挨拶を返してくれる。俺は品物の物色を始めた。

 そんな俺の隣では、付いて来た二人が俺と同じように商品を見つめていた。


「アル兄様、何買うです?」

「うーん、昆布とわかめ、後は、スルメも欲しいかな。父さんやワーグさんに好評だったし」

「ふぅ~ん。この四角いのは?」

「え? もしかして干し貝柱? 美味しそうだけど、高いな……量優先だからいらないかな」


 話し掛けてくる二人の相手をしながら物色していると、後ろからラスティ先生の叫び声がした。


「こら、ビル君、ユーヤ君、勝手に離れたら駄目でしょ!」


 ビルはじっとしていられないようだった。

 やれやれと思いながら、手早く商品を選び俺は会計を済ませる。それからビルを追いかけていったラスティ先生を追いかけて歩き出した。


 二人と手を繋ぎ露店街を歩きつつ、俺はラスティ先生を探していた。だが、まだまだ背の低い俺達では、人並みに隠れてしまったラスティ先生の姿を見つけることは難しい。

 仕方なく、俺は理術を発動させた。辛い辛い修行で会得した辺りの声を拾っていく風理術を。


 するとビルたちの声の代わりに、露店街のど真ん中たくさんの店がひしめき合い最もにぎわっている辺りの一件の露店から、どこかで聞いたことのある声が聞こえて来た。


「あ⁉ 何だと! 約束と違うじゃねぇか‼」

「いや、しかし、役人さんに聞いたらそんな金は必要ないと仰られてましたので、お断りします」

「何言ってんだ。誰に聞いたか知らんが、これは領主様もご存じのことなんだぞ。しかも、この露店街全ての店が払ってるのにお前だけ払わないとか、できる訳無いだろう? いいのか、次回から店出せなくて」

「そ、それは、困ります。店を出せないとなると、他で売ることも出来ないですし……」

「だろう? なら、大人しく払いな」

「……はい……」


 顔をしかめたくなる内容だった。何の名目の金銭かは分からなかったけど、表立って集める金で無いことは確かだ。その上、領主様もご存じ……あの、本以外では物凄く真面目な父さんが? あり得ないことだった。


 そもそも、この露店街を取り仕切っているのは領主ではなく町の商人組合だ。領主には出店の拒否権などない。禁止品を売っているのならいざ知らず。


「アル兄様、どうしたです?」

「どうしたの?」


 俺が突然立ち止まったからだろう、揃って首を傾げる二人。


「ごめんごめん、ビルとユーヤ兄とラスティ先生、探そっか」


 俺は探すふりをしながら金を受け取った男の気配を追いかけ始めた。

 すると。


「おい、金は用意できたか?」

「いや、しかし……」

「へぇ~、隣は払ったぞ。お前のところは、もう店出せないかもな」

「くっ! は、払うよ」

「まいどあり~」


 男は次々と店を渡っていく。俺は二人の手を引き、男の後を追いかけながら悩んでいた。

 これからどうしようかと。


 捕まえるだけなら簡単だ。身のこなしを見る限り、武術の心得などない一般人だ。

 真龍に鍛え続けられている俺なら、一切相手に気付かれることなく懐に入れるだろう。そこで拳を突き出せば終わりだ。

 しかし、そこからが問題だ。なにしろ陰で声を聞いただけなのだ。本当に悪いことをしているかどうか証拠一つない。 

 尋問すれば、すぐに行状から判別しそうなものだが、確たる証拠も無いのに暴力をふるったとなると、領主の息子でも逆に衛兵に捕まえられかねなかった。


 考えがまとまらない俺だが男は待ってくれない。予定の店を回り終えたのか露店街の細い横道へと入り足を進めていく。俺は男の行き先を確認するべく、横道を覗き込んで固まった。


「あ! アルにぃだ! なんで、そんなコソコソしてるの?」

「あ、アル君たち。よかった。会えたわ」

「む!」


 ビルとユーヤ兄とラスティ先生の三人が、男の歩くさらに先から目ざとく俺達を見つけたからだ。


「ビルにぃだ」

「ユーヤにぃもいる、です!」

「び、ビル! やっと会えたな」


 シェールとサーヤに続いて普通に話したつもりだが、上ずった声になってしまった俺。やばい! と思うが、どうしようもない。そのまま続けた。


「ラスティ先生、お腹がすきました。何かおやつにしましょう」

「そうね。私も疲れたわ」

「おやつ! やったぁ」

「むむ!」


 俺の提案に乗って表通りへと駆けてくるビル、ユーヤ兄の二人と疲れた足取りのラスティ先生。男は、その様子をじっと見ていたかと思ったら――突然、ユーヤ兄へと蹴りを放った。


「ん⁉」


 無防備に蹴り飛ばされて蹲るユーヤ兄。そのユーヤ兄へと駆け寄るラスティ先生。男は先生の気がそれた隙にビルへと駆け寄り首元にナイフを当てた。


「動くな! 声も出すな!」


 主にラスティ先生へ向けて警告する男。その姿は――以前俺達を捕まえようとした狐獣人の男だった。俺の方をちらりと見た後、再び先生の方へ視線を戻して狐獣人の男が告げた。


「あのガキに後を付けさせたのはお前だな」

「何のこと。私は誰も付けさせてなどいないわ」

「嘘をつくな! 俺が店を回るのを、あのガキはじっと見ていたぞ」

「知らないわ。本当に、ね、アル君、この男を付けたりした?」


 いくら言っても信じないと思ったのだろう、ラスティ先生が俺に話を振ってきた。

狐獣人の男は先生へ警戒しつつも俺の方へ、チラチラと目を向けてくる。


「えっ、っとーですねー」


 俺は答えるふりをしながら、サーヤの手をそっと離す。そして狐獣人の男の目線が俺から外れた瞬間――男へ向けて飛び出した。


「な‼ 動くとこいつの――」


 俺から目線を外していた男は突然の俺の行動に驚いたのだろう。何かを喚いている。しかし、行動を止めない俺に、やっと思い出したのかナイフを持つ手に力を入れようとする――だが。


「遅い‼」


 男のナイフが動くより早く、俺は狐獣人の男の手を掴んでねじっていた。


「痛!」


 痛みからナイフを落とした男。だが、相手は子供だ! 捕まえて人質にしてやろうとでも思ったのか、ビルを放り投げ自由になった反対の手で俺へと殴り掛かってくる。しかし、その手が俺に届くことは無かった。

 ビルを放り投げたのを確認した俺は、すぐに男の手を離し距離を取っていたのだから。


「ガキが! ただで済むと思うなよ」


 狐獣人の男は、空を切った手でナイフを拾って俺に殺気を向けてくる。しかし、威勢がいいのはここまでだった。


「アンタ、アル君たちになんてことしてくれてんのよ」


 普段からは考えられないぐらい鋭い目つきのラスティ先生が、男の腹へ風の矢を突き立てたから。


「ぐっは‼」


 体を苦の字に曲げて苦しむ狐獣人の男。だが、当然、それだけでは終わらない。その下がった顔面に――


「ぎゃ!」


 地面から伸び上がる土の矢が突き刺さる。男は、曲がった体を一度伸ばした後、膝から崩れ落ちたのだった。


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