第20話1.20 突然、変なのが顔を出しました



 季節は進み間もなく6歳になろうかというある日、俺は父さんの書庫で本を読んでいた。

 ここ数年で書庫の本は、ほとんど読み尽くしたのだが、税収が改善されてきた影響か、ここ最近、父さんが新しい本を大人買いだしたのだ。


 そんな本を、一人・・で読んでいく。限られた行動範囲の中で、唯一、得られる新しい知識。至福の時だった。


 心弾ませながら、俺はページをめくるのだが、実のところ、こんなにリラックスして本を読めるのはついさっきからだ。

 ほんの少し前まではラスティ先生の膝の上に座らされていたのだから。ただ、ラスティ先生の仕事の時間がきて、先生は泣く泣く出て行っただけだった。


「うーん、やっぱり一人だと集中できる」


 しばらく本に集中した後、俺は体を伸ばす。そして、思い出すことといえば、ラスティ先生のことだった。


 ラスティ先生には、記憶のことがばれている気がする。けど、まだ言い出せずにいる。逆に、知りたいのかなぁ? と思って目を向けると、あからさまにスキンシップが激しくなったり話を逸らしたりするので、俺としてもわざわざ話すことは無いかと考えている。


「さてと、昨日の続きをしようかな」


 まぁ、いいか、といつものように問題の先送りをしてから机の引き出しの中を探り、これまでに考え付いた課題を書き込んだ紙の束を取り出し、目を通す。今の課題は農業だった。


 ゴンタさん――共同栽培しているおじさん――の畑は、確実にいい方向に向かっていた。元々、農業のプロなのだ。

 耕すところは時間短縮のため理術使える俺やラスティ先生やシェールがやってるけど、それ以外のところではゴンタさんの方が何倍も上手だった。母さんが、弟子入りしようかしら、と言ってゴンタさんを困らせるぐらいには。


「やっぱり食い物が一番大事だな。人間、腹が減っては戦ができぬ。だからな」


 などと、日本でのことわざをつぶやいているところで聞いたことのない声が掛かった。


「ふむ、聞きなれぬ言い回しじゃの。しかも見たことない文字じゃの」


 1人のはずの部屋で声をかけられる。しかも全く気配も感じさせず、顔の真横で紙の束を覗きこまれながらである。

 驚かない訳がない。


「ふぉぉぉぉぉぉ!」


 あまりにびっくりして、大声を出して、椅子からずり落ちそうになったところで、腕を掴まれて助けられた。


「すまん、すまん。驚かせてしまったようじゃの? 大丈夫じゃ。何もせんから、落ち着くがよい、の」


 俺を椅子に座り直させた後、落ち着かせるためだろうか少し離れた位置に移動していったのは、白髪、白髭、白ローブの真っ白爺さんだった。


「ふぉふぉふぉ」


 白髭を撫でながら佇んでいる爺さんを見ながら俺は、どこかで会ったか? と考える。だが、全く思い出せない。初対面だとしか思えなかった。


「あの、おじいさん誰ですか? どこから入ってきました? 父さんのお知り合いですか? それとも……」


 矢継ぎ早に質問する俺を変わらぬ姿勢で見ていた爺さんの目が、かっと見開くかのような動きをした。

 いや、白眉が濃くて目がよく見えないのだけど。


「うむ、やはりお主じゃの。魂に少し偏りが見受けられるしの。そうであろう? 異世界からの来訪者よ」

「えっと、僕は……」


 突然の言葉に、驚きつつも何とか誤魔化そうとする俺だけど、続けて放たれた真っ白爺さんの言葉に口を噤んだ。


「ああ、よいよい。誤魔化さんでもの。天の声より聴いておるでの。面白いものを送り込んだとの」


 何てことはないという態度で話す真っ白爺さん。

 その爺さんの言葉通りだとすると、天の声ってのは、カノンさんのことかな?  そういえばあの時カノンさん何か言っていた気がする、と当時の記憶をたどり思い出した。

 そう、現地でのサポートも可能です、と言っていたことを。


「お爺さんが、カノンさんが言っていた現地サポートの人ですか」

「ふむ? カノンとの? 天の声に固有名詞が在るとは知らなんだがの。概ね間違いないであろうの。お主のやることを手伝ってほしいと言われての」


 カノンさんの協力者で間違いないようだ。でも、一つだけ訂正しておかないと。


「カノンさんって名前は、俺が勝手に付けたものです。私の故郷の神様に姿形が似ていたので」

「おお、そうであったか。我らは、声しか聞こえぬので天の声と呼んでおったが、実物を見たお主がそう呼ぶなら、今後は、そのように呼ぶとしようかの、ふぉふぉふぉ、ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ」


 真っ白爺さんの無邪気な笑い声を聞いていると、俺もほほが緩んでいた。

 幾分緊張していたらしい。まぁ、知らない人が突然、部屋にいたら緊張するよね。などと考えていると真っ白爺さん、じっと俺の顔を覗き込んでいた。

 真顔で……といっても表情の変化は分からないけど。


「ふむ、落ち着いたようじゃの。それでは、先の話をしようかの。お主は、わしらに何をしてほしいかの?」

「知識と技術が欲しいです」

「ふむ、戦う力は要らんのかの?」

「えーっと、身近な人を守るぐらいには欲しいですね……」


 バイオレットさん時に痛い目を見たし、と思って答えたら。


「なるほどの……よほど平和な世界で暮らしておったようじゃの」


 真っ白爺さん、何だか寂し気に自分の髭を触りながら考え込んでしまった。


「あの……何かありましたか」

「お、すまんの。ちょっと羨ましくなっての」

「はぁ」

「なるほど、分からんかの。ならばジアスに来て危険を感じたことは?」

「あー、一度殺されかけたことがあります」

「一度だけか。この辺りもまあまあ平和じゃな……しかし、他の地域ではそうはいかん。毎日のように命のやり取りをやっておるの」

「あー、ここに来る前の世界でもそんな地域はありました」

「そうかの。なら話は早い。そんな地域に出向いても戦う力は少しでよいのかの?」

「んー」


 そう言われると心許ない。ましてジアスには理術という戦いに使えば危険極まりない術を持つ個人まで存在している。


「それでしたら戦う力もお願いします。体が貧弱なのでどこまで吸収できるかは分かりませんが」

「ふぉふぉふぉ、心配無用じゃの。筋肉だけが力ではない。知識と技術も力となるものじゃからの」


 納得できる言葉だった。地球でも知識と技術で生み出された銃やミサイルが力となっているのだから。


「そうすると、お主を我らの拠点へと連れて行かねばならんの」

「拠点ですか? 申し訳ないですけど、まだ、子供の体なので自由に外出すらできないですよ?」

「確かにの。いきなり我が子が消えたとなれば、親は心配するものだの。そこも考えねばならんの。だが、心配無用、我らが知恵を出せば、何とでもなるからの」


 うむうむ、と何度も頷く真っ白爺さん。そろそろ名前を教えてほしいと思っていたら、俺も自己紹介してないことに気が付いた。


「あ、申し遅れましたが、俺は、アルです。アル・クレイン。もうすぐ6歳になります。あのできればお名前を伺っても?」

「おお、自己紹介だの。長いことしておらんからすっかり忘れておったの。儂は、仲間内から長老と呼ばれておる。お主も、長老と呼んでくれればよい。では行くかの」


 長老って名前じゃなくないか? とか思ったけど、質問する暇はなかった。 突如として現れた黒い穴へと放り込まれ、俺は連れ去られたのだった。


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