第19話1.19 森人族には不思議な習性があるようです



 騒動の後、今日の予定は終わったと、ローネさんを探していた。サーヤと先に帰ると伝えるために。

 そんな中、気になる露店が存在した。それは、商業区域の隅っこでひっそりと佇む店だった。

 あまりにひっそりとしすぎたのか客が一人もいない。それどころか、商品が3つしか置いていない。そんな店だった。


 そんな店の奥で長いローブを纏い、頭にフードを深くかぶった露店の店主を見ていたラスティ先生が、突然店主に話しかけた。


「クリサンセじゃない。久しぶり」


 見るからに面倒そうに顔を上げる店主だが、見知った顔だったのだろう口を開いた。


「うん? ああ、ラスティか? 太った……訳ではないか。雰囲気が変わったからわからなかったよ。久しぶりだな」

「ええ、久しぶり。あなたは、変わりなさそうね。それで、いつ森から出てきたの?」

「つい最近だ。路銀が欲しくてな、こうやって物を売っている」


 話をしながら片手でフードを外すクリサンセさん。見えてきたのは、銀髪のイケメンだった。


「お知合いですか」

「ええ、同郷よ。昔から、手先が器用だったから、理具を作っているようね」

「へぇー、優秀な方なのですね」


 たった3つしかない商品だが、理具となると話は変わってくる。誰にでも使える理具だが、いざ制作となると難易度が高い。物によって特殊な材料が必要で、かつ、付与術という専用の理術を要するものだからだ。そのため、総じて生産量が少なく、値段が高止まりしている品物でもあった。


 そんな理具を売っているとなると、俄然興味がわいてくる。そこで俺は、3つのうちの真ん中、金属の棒のような補助具を指さして尋ねた。


「えっと、この補助具は、いくらですか?」

「うん、買ってくれるのかい? ここの理具、価格は全て十万ブロだ。効果は、右から、水が出る、火が出る、土が盛り上がる、だ」


 俺が購入意欲を示したからだろう。クリサンセさんがニヒルな笑顔で答えてくれる。


「おお、十万ブロですか……」


 想像以上に高かった。野菜を売ってそれなりに儲けている俺でも早々に手が出ないほどの。というか、露店でこんなもの買う人いるのだろうかという金額だ。

 結果、買えないと判断した俺は出していた手を引っ込めてしまう。すると、その動作で悟ったのかクリサンセさんも、またフードをかぶってしまう。

 そこに。


「仕方がないわね。クリサンセ、3つとも買ってあげるわ、アル君に感謝しなさい」


 ラスティ先生が肩をすくめながら財布を出し、見たこともない大きな金貨を取り出し始めた。


「……毎度」


 クリサンセさんが、またフードを外してニヒルな笑顔を浮かべ金貨を受け取っていく。

 その受け渡しが終わるころ、俺はようやく声を出すことができていた。


「……ちょ、ちょっと待ってください」

「なあに、アル君」

「いえ、その、ラスティ先生、僕のために買うのであれば、止めてほしいです。そんな高価な物頂けませんよ」

「あら、そうなの。それなら、これは私が使うわ。だったら問題ないでしょ? そして、たまにアル君に貸してあげる。どうかしら」


 微笑みを浮かべて答えてくれるラスティ先生。そう言われてしまうと、俺には言葉がない。答えに困っていると、ラスティ先生が耳に顔を寄せてこそっとつぶやいた。


「それにね、これは旅に出る彼女への餞別でもあるの」


 ふーんなるほど餞別ね、と思いながらも一つの言葉に引っかかった。


「ふぇ、彼女?」


 思わずクリサンセさんをガン見してしまう。またしても俺は森人族の性別を勘違いしていたようだった。

 

――森人族、なんて性別が分かり辛いんだ。ラスティ先生は分かりやすいのに……


 ちらりと先生へ目をやると、なに? と首を傾げる先生。俺は、何でもない、と目をそらした。

 

 しばらくして。

 商品が無くなったため、露店を畳んで立ち去っていくクリサンセさんを見送った俺達は、露店の受付がある店舗の方へと戻り始めていた。

 あそこならローネさんが見つかるだろうと思って。

 

 案の定。受付近くの露店で買い物をするローネさんとユーヤ兄を見かけた。


「おーい、ユーヤ兄」


 手を振りながら近づくと、ユーヤ兄も気づいてくれた。


「ん!」


 荷物いっぱいの手を振り返してくれている。そこに、ローネさんも店から出てきた。


「ちょうどよかった。サーヤ、服を買いたいからこっちいらっしゃい」


 サーヤの空いている手を握ったローネさんが、サーヤを連行していく。いつもなら、ここで俺の手を強く握りいやいやとなるのだが、今日はいつもと異なり素直に俺の元から離れていった。恐らく、滅多にない服を買う機会が嬉しいのだろう。例え、その店が古着屋であったとしても。


「僕たち屋敷に帰るけど、ユーヤ兄も一緒に行く?」


 ローネさんとサーヤから取り残されて店頭で佇むユーヤ兄に聞くと、ん! と頷いて俺達の方へと駆け寄ってくる。俺は店内にいるローネさんにぺこりと頭を下げて歩き始めた。サーヤの服選びを待っているといつになるか分からなかったから。



「ユーヤ兄、重くない? 持とうか?」

「む!」


 屋敷への帰り道、両手はもちろんの事、背中にまで大きな布袋を担いだユーヤ兄に声をかけるが、ユーヤ兄は、大丈夫! と返してくる。

 本当に大丈夫かぁ? と心配しているとラスティ先生が教えてくれた。


「大丈夫よ。ちゃんと身体強化理術使ってるから」

「え⁉ あ、ほんとだ。いつの間に、教えたんですか?」

「ワーグに頼まれてね。ゼロス君の授業の時にビル君と合わせて」

「おぉ~」


 俺は感動していた。ちゃんと身体強化使えるようになったんだと。かつて俺が教えようとしたときは、説明が終わる前に走り出してしまったというのに。


「ん!」


 自慢げに胸を張るユーヤ兄。俺は温かい目で見守ることにした。


 三人で歩いているとすぐに会話が無くなってしまった。何しろユーヤ兄は、ん! とか む! とかしか言わないのだから。なぜだか意味は分かるようになったのだけど会話を楽しむことは出来ない。

 結局、ラスティ先生へ話題を向けることになった。


「ラスティ先生。森人族は、旅をするのが普通なのですか?」

「全員ではないけどね。多くの森人族が、成人後に旅に出るわ。ずっと森にいると好奇心を持て余してしまうためね。だから、森の外に出ていろいろ経験するの。そして、最後にまた森に戻って暮らすわ。他の種族より長い時を生きる森人族ならではの生き方よ」

「ラスティ先生も、旅に出た口ですか?」

「ん? そうよ。今も森の外で暮らしているでしょ」


 言われてみればそうだった。

 生まれた時からいるせいか勝手にラスティ先生の家はあの屋敷みたいに思っていた。けど、現実は違っていた。

 

――解消したとはいえ婚約者もいたんだし、森には家族もいるんだろうな

 

 そんなことを思うと、何だか寂しくなってきた。


「それなら、いつか森に帰るのですか」

「あら、アル君。ひょっとして寂しくなってきた? 大丈夫よ。アル君を置いて帰ったりしないから。むしろアル君が行くところには、ずっとついて行くから」


 図星を突かれて驚く俺の頬を、ちょっと意地悪な笑顔を浮かべながら突いてくるラスティ先生。その顔を見ていると、俺は自分の顔が熱くなるのを感じていた。何となく流れる甘酸っぱい雰囲気を感じてしまい。

だが、そんなものは一気に吹き飛んだ。


「あら、アル、顔が真っ赤ね。お熱かしら」


 いつの間にか現れた母さんが、おもむろに俺の額に手を当ててきたから。おかげで一気に熱が冷める。

 

「うん、大丈夫みたいね。それじゃ早く帰りましょ。私お腹ペコペコなの」


 それだけ言って俺の手を取り、母さんはずんずん進んでいく。俺は、助かったような、残念なような、複雑な気分だった。


 後ろではラスティ先生がくすくす笑っていた。



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