第18話1.18 悪ことを考える人はどこにでもいるようです



「てめぇ! 変な物売りやがって。何が宝石だ! ただの魔石じゃねぇか。返品だ! 金返せ‼」

「お客さん、それは無理ですぜ。あっしは、宝石みたいな物としか言っておりませんぜ。お客さんが、勘違いなさっただけでしょ? まぁ、どうしてもってんなら、買い取りますけどね。えっとーこの大きさなら、銅貨一枚ってところですね」

「っんだとー! 銀貨五枚で売ったものが銅貨一枚だと‼ このペテン師が! 訴えてやる!」

「ははは、どうぞご勝手に。私は、商人組合の許可を貰って販売しております。どこに訴えたところで、誰にも相手してもらえませんよ」

「くっ! 貴様‼」

「おお、暴力に訴えるのですか? いいですよ。もっとも、手を出したとたんに、あなたが牢屋行きですがね。ははははっはー」


 おそらく露店の店主だろう男の挑発に、今にも殴り掛からんとする犬獣人。

 俺は、二人を取り囲む人だかりの隙間から様子を見て、訝しんでいた。


「ラスティ先生。魔石って販売していいんですか?」

「え、ええ。販売を禁止する法は無いわね」

「そう、なのですね。でも、使い道が無いんですよね。魔石って……」

「ええ、無いわね。駆除した魔獣から一番に取り除いて、捨ててしまうほどだしね」

「なのに売るんですね。しかも買う人がいるなんて……」

「うーん、一般の人は魔石に触れる機会が無いからね。間違って買う人もいるでしょうね」

「それって、詐欺では?」

「難しい所ねぇ。明確に魔石ではない! って言ったのならまだしも、宝石みたいなものって表現だけでは難しいかな」


 俺の問いかけに首を傾げ考えるラスティ先生。そこに。


「おい、いったい何の騒ぎだ!」


 現れたのは商人組合の腕章を付けた職員だった。


「何でもねぇよ。ちょっと言いがかりを付けられていただけだ!」

「……また、お前か……」


 魔石を売っていた露店の店主を見て項垂れる職員さん。渋々、双方の話を聞いてから、裁定を下す。


「返品手数料、一割だ。それで互いに納得しろ!」

「くっ! 仕方がない」

「へっ! 金返してやるよ!」


 渋い顔をする客。だが、俺はそのときの店主の態度が気になった。儲けたぜ! と言わんばかりの表情だったから。

 俺は、露店から離れようとする職員さんにサーヤと駆け寄り声を掛けた。


「忙しいところすみません」

「ん? ボク、どうした?」


 子供の扱いになれているのか、職員さんはしゃがんで子供目線で返してくれる。俺は、子供名探偵のごとく、なるべくにこやかに質問した。


「えっとー、あの魔石売ってる人、騒動起すの初めてじゃないんですよね。何か、罰は無いんですか? 出店禁止とか?」

「え⁉ あ、いや、その、組合長の縁戚で……うぉっほん。ボク、罰とか、難しい言葉知ってるね。お母さんに教えてもらったのかな? はははは」


 言いかけた言葉を笑って誤魔化す職員さん。しかし手遅れだ。本当の子供なら誤魔化せたのだろうけど。中身が大人の俺には。

 すでに確信を得たから。


――出店に少なからず商人組合の意向が入っていることに


 だが、子供の俺が直接指摘するわけにはいかない。この職員さんに言っても無駄だろうし。だから。


「うん、悪いことしたら罰で母さんのお手伝いしないといけないんだよ。あのお店の人にも罰をあげるならお兄さんの手伝いさせてあげて」


 俺はなるべく無邪気そうな笑みを浮かべ、職員さんに話を合わせた。そして、お仕事頑張ってね、と手を振る。職員さんは、若干引きつった笑顔を浮かべながら、手を振り歩いて行った。


「さて、行きましょうか。ラスティ先生」


 俺はサーヤの手を引き先生の元へと戻り、首を傾げながら様子を見ていた先生を促す。


「アル君、どうしたの? 何か問題があったの? 顔が怖いよ?」

「あー、何でもない……ことはないですね。何があるかはまだ分かりませんけど?」


 俺の顔を見て心配そうな顔を向けてくるラスティ先生。どうやら、顔に出ていたようだ。

 俺は、いかんいかん、と思い直し努めて笑顔を浮かべる。そして、不思議そうな表情を浮かべるラスティ先生の手を引いて歩き出した。


 それからは露店一つ一つを注意しながら見て回った。横柄な態度の店はないか。変なものを売っている店はないか、と。

 服屋、靴屋、木製食器の店、竹細工屋等々を見回る。だが、どの店も丁寧に対応する店で、かつ怪しい物を売っている店はなかった。魔石を売っている店以外は。


――父さんに報告するのは魔石の店ぐらいかな……


 露店街の端まで行って、戻りながら考える。改めて、露店を見ていて、一つの疑問へとたどり着いた。


「どうして、お米屋さんがないのでしょうか」

「そういえば、無いわね。お米屋さん」

「ない、です~」


 分かってるのか分かってないのか答えてくるサーヤに、そだね~、と合わせながら、さらに足を進める。結局、米専門店は見つからなかった。


「野菜農家らしき露店で少量の米を売っているのですが、不思議ですね」

「そうねぇ。農業で生計を立てるなら一番は、主食の米だと思うけど……」


 言われてみれば、不思議ね、と首を傾げるラスティ先生。俺は、さらに気付いたことを口にする。


「さらに言うと、麦も豆も売っているところがほとんどありません」


 そう、主要な穀物を販売している店が皆無に等しかったのだ。


 不思議な話だった。農業生産の内、大部分を占めるはずの穀物、それの販売店が皆無に等しい。これが不作の年なら分かる話だが、ここ数年、そんな話は聞いていない。むしろ俺のやり方を真似て収量は上がっているはずだ。この間確認した税収表の数値から見ても確かだった。


「うーん、考えすぎだと思うけど。ちょっと聞いてみましょうか?」

「はい。それでは、そこの野菜売ってるお店の人に……」


 サーヤの手を引き、近くで野菜を売っているおばさんに話を聞く。すると。


「ああ、うちの村も米を売りたくて大量に持ってきたんだよ。でも、ダメだったよ。応募が多すぎて制限しているとかで。あたい達は、野菜を売りたくて早くに申し込んでたから出店出来てるけどね」

「そうですか。その米はどうしたのですか?」

「米かい? 重たいのに持ってきて、持って帰るわけにはいかないだろう? 困っていたところに、この町の商人さんが声を掛けてくれてね。安かったけど、全部買い取ってもらったよ」

「へぇ~。この町の商人さんですか」

「そうなんだよ。他にも困ってる村の麦とか大豆とかも買い取っていたよ。次の収穫もあって、持って帰っても邪魔になるだけだからねぇ。大体の人は売ってるみたいだったよ」


 からから笑いながら、話してくれるおばさん。俺は家の畑で作っていない、ほうれん草を買って店を離れる。そして、歩きながら、いや、たまたまかもしれないし、とつぶやいているラスティ先生に声を掛けた。

 

「一人だけだと、勘違いもありそうですから。他にも聞いてみましょうか?」

「え、ええ、そうね」


 頷くラスティ先生と、ずっと手を繋げるのが嬉しいのか、ニコニコしっぱなしのサーヤと共にいろいろな業種の店を回る。結果、どこの店でも、知り合いに米を売りに来たら店を出せなかった人がいる、という話が聞けた。

 さらには、他の商品で出店を断られた人はいるか、と聞いても皆、首を横に振るだけ。


「確定ですね。穀物を売りに来た人を意図的に除外している。父さんに報告が必要です」

「はぁ~、帰ったら書斎に行きましょう。カレンの話だと今日は書斎で仕事のはずよ」


 諦めたのか、納得したのか、深いため息をつくラスティ先生と道の真ん中で立ち止まり話をする。そこに。


「お前らか? 営業妨害しているってのは⁉」


 声を掛けてきたのは、明らかに堅気ではない雰囲気を漂わせた男達を引き連れた、体格のいい熊獣人だった。


「営業妨害?」

「そうだボウズ。営業妨害だ。難しい言葉だから分からんかもしれんが、商売の邪魔をするってことだ」

「なるほど、説明ありがとうございます。ですが、僕たちは、買い物をして少しお話ししてただけですよ? それが、営業妨害なのですか?」

「あん? そうなのか? 買い物してたのか、それだと、普通だな……」


 首を傾げて考え込む熊獣人の男。俺は、それじゃ、行きますね、と隙を見て歩き出そうとしたところで違う声が上がった。


「いや、アニキ。何子供に言いくるめられてるんですか。営業妨害があったって報告・・が来てるんですから。捕まえて話を聞かないと」


 熊獣人の横に立つ、狐獣人だった。


「そ、そうか。よし。お前ら、一緒に来てもらおう」


 狐獣人の言葉に頷き、俺達の中で唯一の大人であるラスティ先生を捕まえようと手を伸ばす熊獣人の男。


「それで、おじさん達は、何者ですか?」


 俺は、何となく嫌な感じがしてラスティ先生の前に立って口を開いた。


「何者、ってなんだ? 俺は、熊獣人のムーラってんだ」

「なるほど、ムーラさん。では、あなたは何の権限があって俺達を捕まえるのですか?」

「け、権限……え? 権限って、何だ、ボウズ?」

「営業妨害を知っていて権限を知らないんですか。どんな法律に基づいての行為なのか、誰との契約による行動なのかということです。分かりますか?」

「え? あ? ん?」


 熊獣人の男は、俺の質問に答えられないようで、伸ばした手を組んで考えだした。


「申し訳ないですが、その様子ではあなた方に捕まる理由は無さそうですね。それでは、さようなら」


 考え込むムーラさんの横を堂々とラスティ先生とサーヤの手を引いて俺は歩いて行く。その目の前に、立ち塞がったのは、ムーラさんを嗜めていた狐獣人の男だった。


「ったく、アニキは、難しい言葉に弱いんだ。営業妨害もやっと覚えたところで……そんなことより、代わりに俺が教えてやろう。お前たちを捕まえる命令を出したのは、今この商業区域を取り仕切っている商業組合だ。俺達は、商業組合の用心棒なんだよ。分かるか? 分かったら大人しくついて来い」


 唾を飛ばしながら叫ぶ狐獣人の男。しかし、俺はやれやれとばかりに首を横に振った。


「なるほど。商業組合の関係者でしたか。でしたら、やはり俺達はあなた方について行く理由はありません」

「な、何を言っている! この商業区域での全ての権限は商業組合が持っているんだぞ! 大人しくついて来い‼」

「いえいえ、誰がそんなこと言ったか知りませんが、商業組合に俺達を捕まえる権限などありませんよ。商業組合にできることといえば、出店の受付をして、出店場所を割り振るだけですよ。それすらも、領主様からの委託です。お分かりですか? 人を捕まえる権限を持つのは、領主様から命令された衛兵だけなのですよ。どう理由付けをしてもそれは、変わりません」

「ぐぅ……」


 正論を並べ続ける俺に返す言葉が無いのか、悔しそうに俯く狐獣人の男。


「さぁ、行きましょう」


 俺は、ラスティ先生とサーヤを促し、狐獣人の男の脇を歩いて行った。


 しばらく歩いて。


「ふぅ~」


 俺は、大きなため息をついていた。


「どうしたのアル君?」

「いえ、前みたいに暴力沙汰にならずに切り抜けられてよかった、と思いましてね」

「そうね。今回は、私のことを守ってくれたのね。ありがと」


 往来の真ん中で俺を抱きしめてくるラスティ先生。


「いや、その、まぁ、当然と言いますか、僕も男ですし……」

「ふふ、かっこよかったよ。アル君。自分のことを俺とか言って、まるで大人みたいで、うふふふふふ」

「あ……」


 ラスティ先生の指摘に、テンパって素で話してたことに俺は気付く。


「いや、あれは、その少しでも賢そうに見えるために。相手をビビらせるために」

「ふふふ、そうね。流石アル君ね」


 ラスティ先生は、俺の並べるバレバレの嘘に、ただ微笑みを浮かべていた。



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