第17話1.17 探し物は何ですか
ラスティ先生は追いつくと同時に俺の手を取って何事もなかったように歩き始めていた。
「あれ? 先生いらしたんですね?」
俺は、ラスティ先生に冷たい目を向ける。すると。
「ごめんって、アル君。……あんまりしつこいと嫌いになっちゃうよ。それより、行くんでしょ」
先生は笑ってない目のまま微笑んだ後、遠くを指さした。その場所は先生がうわさに聞いたという、海の物を扱う露店がある場所だった。
三人で目的地へ向けて歩く。途中、サーヤがじっと見つめていた干しブドウを買ってあげた。一掴み500プロのやつ。
「アル兄様、美味しいです。兄様も一つどうぞです。あーん」
歩いているとサーヤが俺の口に干しブドウを押し付けてくる。年下なのにお姉さん気分みたいだった。
俺は人目を気にしながらも、子供のやることだしと食べてみる。その味は、やっぱりというか甘味がほとんどなかった。
――これが普通なんだろうなぁ
残念に思いながらモグモグしているうちに、目的の露店へとたどり着いた。
その露店の前には客が一人もいなかった。人通りは多いというのに足を止ようとする素振りを見せる客すら皆無だった。
さらに言うと、店員まで見当たらなかった。
「こんにちは」
「こんにちは、です」
店員どこだ? と探しながら挨拶した俺に続けてサーヤが声をかける。すると。
「はいはい、何をお求めですか?」
誰もいない所から声がした。
え? と俺は声のした方を見つめると、てっきり商品だと思っていた魚の口が動いていた。
「うぉぉぉ!」
「きゃぁあ」
俺が驚いたからかサーヤまで驚きの声を上げる。
「あー、勘弁してください。そういう反応されると凹むんですから……」
魚――ではなく露店主の声は明らかに落ち込んでいた。
「すみません。魚人族の方に会うのは初めてで」
「ごめんなさい、です」
「ははは、構いませんよ。朝から皆さんそんな反応でしたから。小さいお子さんには無理もない話ですし」
口調から判断すると多分、悲しげな顔をしているのであろうが、顔が魚なので俺には判断できない。困ってしまった俺がラスティ先生に助けを求めるべく振り向くと、また、肩を震わせて笑っていた。
「先生……しつこいと嫌われますよ」
「ごめんね、アル君。何だかアル君が困ってるのを見ると笑いが込み上げてきて……」
ぷっ! と噴き出すラスティ先生。意外と笑いの沸点は低いみたいだった。
そんなラスティ先生を無視して俺は話を進めることにした。
「海の物を売っていると聞いてきたのですが?」
「はいはい。ありますよ。馬車借りて運んできたのに売れなくて困ってたんですよ。ゆっくり見てください」
ナマズのようなひげをひらひらさせながら木箱のふたを開けていく店主さん。辺りに海産物のいい香りが漂い出した。
海の香り漂わせる品々の中、最初に目に付いたのは海藻類だった。
俺は、店主に触っていいか聞いてから手にとって臭いをかいでいく。特に気になったのは――茶色く長く固くうねうねした品物だった。
「それは、海草を乾かした物ですね。旨味が詰まっていて、そのまま食べてもおいしいですよ。試してみてください」
店主が小さく切った海草を手渡してくる。俺はそれを噛みしめて、目頭が熱くなった。
――昆布だ!
叫びたくなるのを我慢するほどに俺は嬉しかった。なぜかというと、食事の味に満足していなかったからだ。野菜が増え、さらに野菜を売って肉も増え、量は十分なはずなのに。いや、量が十分になったからこそか。味が物足りなく感じるようになっていた。
食材は増えても調味料の種類は増えなかったから。
「こ、これって味噌汁に入れてもおいしいやつですか?」
「よくご存じで! 汁に入れるとコクが出るんですよ」
間違いなく昆布だった。こっちの発音では『ニュメル』って言うそうだけど、ニュメル=昆布として俺は記憶する。
そして、多分笑顔――魚顔で分からないが――を浮かべてるであろう店主に俺は告げた。
「全部ください!」
「え⁉」
「全部って! 値段も聞かずに⁉」
驚きの声を上げたのは店主だけじゃなかった。ラスティ先生まで驚きの声を上げている。俺はそういえば値段聞いてなかったと、店主に尋ねた。
「あ、はい。箱ごと買っていただけるなら安くして、5000ブロでいかがでしょう?」
「買った!」
食い気味で答えた俺に。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
店主はペコペコ頭を下げ始める。聞いていると今日初めて物が売れたそうだった。
その後も俺の物欲は止まらなかった。
煮干しに海苔にスルメに、とこちらの世界で初めて見る物が目白押しだったからだ。
どんどん購入を決めていく俺に、苦笑を浮かべたラスティ先生が荷車取ってこようかと申し出てくれる。俺は喜んでお願いした。
先生が居なくなった後も俺は店主の見せてくる品を一つ一つ確かめていく。そんな時。
「アル兄様、あのツボくさいです」
サーヤが小さなツボを指さして顔を歪めていた。
露店の奥にある荷物を運んで来たであろう荷車をサーヤが指さす。俺は、どれだ? と目を細めて探して、やっと高さ10cmほどのツボを見つけた。
「ツボってあの小さいやつ?」
「はい、です」
頷くサーヤを見て、凄い嗅覚だな、と感心しながら店主にツボの中身を聞く。店主は。
「あれ、ですか。好き嫌いが分かれますから、あまりお勧めしませんが……」
と前置きしてから持って来てくれた。
手渡されたツボの臭いをかいでみる。確かに、なかなか強烈なにおいを発していた。基本べったりなサーヤが俺の元から離れるほどに。
「蓋開けてもいいですか?」
「少しだけにしてくださいね。あの子が凄い顔で睨んでますし……」
狐のように目を吊り上げるサーヤを指さす店主の顔が引きつっている。サーヤにとっては、とても嫌な臭いらしかった。
だが、俺は止めない。なぜなら、この中身に心当たりがあったからだ。
――水産課にいた時、漁港で嗅いだ匂いだ
漁師のおっちゃんが手作りしたという、それの臭いを思い出しながら俺はツボのふたをずらす。中に入っていたのは、思っていた物に間違いなかった。
「魚醤というやつです。美味いのですが匂いが強くて海沿いの町でも限られたところでしか使わない調味料です。流石に要らないですよね」
「いえ、全部ください!」
「え⁉」
「いやぁー‼‼」
店主の声をかき消すような悲鳴をサーヤが上げる。見ると震えながら涙を流していた。
「さ、サーヤ、泣くほどなの? そんなに嫌かい? これ使ったら料理美味しくなるよ? 僕が作ってあげるから」
「アル兄様、ほんとです?」
おびえる目で俺を見つめるサーヤに大きく頷いてあげる。サーヤはしばらく葛藤した後に辛うじて頷いてくれた。そばには来てくれないけど。
「と言う訳で全部下さい。梱包は厳重に」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
魚顔なのにコメツキバッタのようにお辞儀を繰り返す店主さん。そこにラスティ先生が荷車を引いて帰って来た。
「買うものは決まったの?」
「はい! 良い買い物が出来ました」
よかったわね、と俺の頭を撫でた先生が、少し離れたところにいるサーヤの顔を見て眉をひそめる。さらには。
「アル君。サーヤちゃんに何したの? 女の子泣かせるなんて最低よ?」
俺の顔へ訝し気な目線を向けてきた。
「いや、ちょっと臭いのきつい物を買ったら泣いちゃって」
「えぇ? アル君大好きでべったりなサーヤちゃんが、そんなことでアル君から離れるかしら……いったい何買ったの?」
「魚醤ってやつです」
「え⁉」
「あるだけ全部」
「ええ‼‼‼‼」
今度は先生まで俺の側から離れていく。先生の中でも魚醤は危険な品物らしかった。
大量――店の品物の半分ぐらい――を購入した結果、店主さんが荷物を荷車ごと家まで配送してくれることとなった。嬉しいサービスだった。
臭い物を持たなくなったおかげで何とか俺の側に戻って来てくれたラスティ先生とサーヤと手を繋いで歩く。そんな中でも話題は変わらず魚醤のことだった。
「はぁ、信じられない。あんなもの大量に買うなんて」
「アル兄様、本当においしいです?」
「絶対に美味しいよ。先生も、食べてから文句言ってください」
しつこい二人に言い聞かせながら歩く。次にやってきたのはハンター組合だった。
「こんにちは~」
「こんにちは、です」
「ミーケ、調子はどう?」
三人してカウンターに座っている受付嬢ミーケさんに挨拶をする。
「アル君、ラスティさん、それとお嬢さん、いらっしゃい」
ミーケさんは恭しく頭を下げた。
「それで、どう。体の調子は。慣れた?」
「おかげさまで体は大丈夫です。仕事の方も新しい組合長も頑張ってくれてるから」
「そう言ってもらえると私としても安心だわ。元とは言え婚約者の不祥事だから」
肩をすくめるラスティ先生へミーケさんが苦笑いを返す。ハンター組合の方は通常運転に戻っていたようだ。バイオレットさんがいなくなって代わりの人が来た以外は。
「それで、今日は、また肉の依頼かしら?」
「は、はい。お願いします」
二人の話を聞いてる間、ちょっとぼんやりしていた俺は慌てて今日の分の依頼料を机に置く。金額は固定されつつあり1万ブロだ。
「はい。一万ブロ丁度ね。それで、依頼はいつもと同じで構わないかしら? 種類とかに希望があれば追加で聞きますけど?」
「特にありません。量重視で構わないです」
「分かりました。依頼表出しておきます」
お願いします、とハンター組合の建物を後にする。
駄弁りながらゆっくり歩いて露店街に戻ったところで、争う声が聞こえてきた。
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