第16話1.16 小さいけれど進展しています



 長く続いた鬱陶しい天気の日々も終わりを告げ、本格的な夏を思わせる晴れ渡った空が広がる、そんな朝に俺は荷車を引いていた。


 今日は週に一度の自由市の立つ日だった。


「おはようございます」

「あら、おはよう。今日も野菜売りに来たの?」

「はい。お願いします」


 俺は受付カウンターに申込書を出す。受付のおねーさんは、慣れた手つきで処理してくれた。


「はい。今日はこの場所です。頑張ってね」

「ありがとうございます」


 俺は番号の描かれた木片を手に外に出る。荷馬車ではラスティ先生が荷物番をしてくれていた。


「お待たせしました」

「大丈夫よ。それで、今日はどこ?」

「えーっと、結構真ん中ですね」

「あら、ほんとね。これなら今日もすぐ完売かな?」

「だと、嬉しいですけど」


 駄弁りながら荷車を引く。最近は無意識に身体強化理術を使える様になっていた。


 しばらくして、たどり着いた区画へ荷車を入れる。一番に隣の露店に挨拶へ向かった。


「おはようございます。これ、試食の枝豆です。良かったらどうぞ」

「おお、今日は黒の八百屋さんのお隣か、おこぼれにあずかれそうだな」


 おじさんが、カラカラと笑う。そういえば何の店か見てなかったと店頭へ目を向けると、同じような野菜が置いてあった。残念ながら野菜の出来栄えは今一つだけど。

 

 隣でゴメンナサイ。俺は内心で頭を下げつつ、さっき聞こえた気になる単語について問うた。


「黒の八百屋さん、ですか?」

「そうだ。店を出している人たちの中で、そう呼ばれているが知らなかったか?」

「初めて言われました」

「ははは。いつもすぐに完売して帰ってしまうからな。それで聞いてなかったのかな」


 つまんだ枝豆を食べながら笑う隣のおじさん。俺は少し困惑していた。何しろ、八百屋に黒って腐ってそうで嫌だったからだ。


――八百屋だったら緑だろうに……


 ばくばくと、それこそさやまで食べそうなおじさんに名前の由来を尋ねる。

 すると、予想外の答えが返って来た。


「そりゃぁ、ボウズの黒髪がとても目立つからだよ」

「髪の毛ですか?」

「そうさ。この辺りじゃボウズのような真っ黒な髪を持つ人はまずいない。俺も黒い方だけど、これでも珍しいって言われるぐらいだしな」


 笑いながら枝豆を食べ続けるおじさん。その髪の色は、茶色っぽい黒だった。

 俺は改めて辺りの人々を見回す。目につくのは、赤、青、黄、茶、灰、などの髪色で、しかもかなり明るめの色だった。家族でも同じ色人はいない。


――珍しい髪色なら仕方ないか


 日本ではあり得ないことだが、ここは異世界ジアスである。違いに納得して自分の露店へと戻った。



 店では商品を並べ終えて暇になったのか、ラスティ先生が木箱の上に座っていた。


「戻りました」

「おかえり~。話し込んでたみたいだけど、何かいい話聞けた」

「いい話かどうかは分かりませんが、店に屋号が付いたみたいでした」

「屋号?」

「はい。僕の毛色から『黒の八百屋』と呼ばれているようです」

「なるほどね。確かにアル君の髪、珍しい色だもんね」


 自らの金髪を触りながらラスティ先生が頷く。俺は改めて聞いてみた。


「それは、この辺りでって話ですか? それとも世界的にですか?」

「そうね。黒髪ってのは今の世だと世界的に少ないかな。旅でも出会ったことないわ」

「今の世?」

「そう、今の世。ひぃ爺ちゃんが子供のころは沢山いたって聞いたことあるけどね」


 それって何年前だろう? と思うのと同時に、いなくなった理由が気になった。


「理由……あるのかな? 調べてる人もいないんじゃないかな。実害もないしね」

「確かに、調べる人いなさそうですね……」


――でも、なんだか気になるなぁ。なぜだろう?


 と思い悩んでいたら、地響きみたいな足音が聞こえてきた。


「なんだ、なんだ⁉」

「何って、開始時間になってお客さんが入って来ただけよ」


 驚く俺を見て、ふふふ、と笑うラスティ先生。だが、すぐに先生も笑っていられなくなった。


「枝豆よ! 二束ください」

「こっちもよ。三束ね‼」

「ジャガイモはあるか? 箱ごとくれ!」

「おい――」


 露店街に流れ込んできた客が、一斉に俺や先生に向けて注文を投げかけてきたからだ。


「すみません。注文は一人ずつ! 順番に並んでください‼」


 俺は叫びながらも順番に対応を始めていく。隣では。


「はい。ジャガイモ。千ブロよ。ちょうどね。次の方」


 ラスティ先生も客を捌きはじめていた。



 数十分後。


「えっと、後は玉ねぎが少しだけですね」

「そうなの⁉ 始まって、まだ一時間も経ってないでしょうに、もうそれしかないの?」

「すみません。開店と同時にたくさんのお客さんが来られまして……」

「はぁ。仕方ないわね。玉ねぎだけもらうかしら。随分立派な玉ねぎだし」

「ありがとうございます。少しだけおまけしときます」

「そう、嬉しいわ」


 大量に持ってきた関係で最後まで残っていた玉ねぎを販売して、完売の立札を出す。


「ふぅ~」


 俺は、空になった木箱に座って大きな息を吐いた。


「お疲れ様、アル君」

「先生もお疲れ様です……」

「ふふふ、お客さんの数がどんどん増えてるわね」


 言いながら俺の隣に空き箱置いて先生が腰かける。俺は当たりを見回して改めて驚いた。


「本当に多いですね。小さな町にこんなに人がいたんですね」

「そうじゃないわ。アル君のお店に来る人が増えてるって話よ」


 くすくす笑うラスティ先生が俺を膝に座らせて頭を撫で始める。いつものこととはいえ、外でやられると非常に恥ずかしかった。


「町に人が多いのは、町の外から来てるからよ。アル君の野菜を買いに」

「俺の野菜にそんな魅力があるとは思えないですが……」


 確かに未だ店頭に来て、完売か、出遅れた……、って肩を落として通り過ぎていく人もいるけど、無いなら他で買えばいいだけだと思うが、先生の考えは違った。


「何言ってるのアル君の、いえ黒の八百屋の野菜は、今や、この自由市の名物なのよ。買えないと来た意味が半減するって言われてるんだから。だからみんな朝一番に買いに来るのよ。重たいだろうに」


 確かに言われてみればおかしかった。普通、フリマだと重たい物は帰る直前に買うのが賢い買い方だ。それなのにわざわざ朝一番に買っていくから、野菜だけ買って帰るのかと勘違いしていた。


「だとすれば、もっと野菜の量を増やさないとだめですね」

「でも、無理でしょ? もう敷地内、畑ばかりで増やす場所ないでしょ?」

「そうなのですよね~」


 俺が思い出しても、領主の館って言うより、農家って言った方がしっくりくる状態になっていた。母さんは喜んでいたけど、父さんは、領主の威厳が……、ってちょっと顔を引きつらせるほどだ。

 

「外に畑を借りるしかないか」

「うーん、借りるのは無理かな。バーグ属領の条例で禁止してるし」

「そんな条例あるんですね……」


 農地の貸し借り禁止、開墾途中の領だし色々理由があって必要なのだろう。日本でも農地には普通の土地とは違う法律が適用されているし。だから文句は言えない。ただ今の状況だと愚痴の一つも言いたくなるが。


「買うことは?」

「出来なくはないけど、アル君、ずっと農業するの? 商人になるんだよね?」

「ははは、言ってみただけです」


 そうだった。買ったら自分でやらないといけないんだ。貸せないんだし……


「……なら共同栽培は?」

「どういうこと?」

「簡単に言うと一緒に栽培して一緒に売るんです」

「なるほど。売り上げはどうやって分けるの?」

「まぁ、それは話し合いですね。土地の持ち主は誰とか、どれだけ作業したとか、で」

「ふーん」


 首を傾げて考え込むラスティ先生。ためらいがちに口を開いた。


「……契約栽培とは違うの?」

「違いますね。契約栽培だと、商会と農家みたいな関係ですよね。僕の希望としては、農家同士の協力みたいな関係です」

「……多分、大丈夫だと思う。ユーロスさんに確認は必要だけど。でも、その場合、協力してくれる相手が必要よね」

「なんですよね~」


 正直言って俺に農家の知り合いなんていない。適当に野菜売っている露店にでも声かけてみようかと考えていたら。


「なぁ、それ俺でもいいのか?」


 隣で露店を開いているおっちゃんが声をかけてきた。


「構いませんが、あまり遠くにお住まいの方だと僕たちが手伝いに行けないので困ります。それ次第ですね」

「ああ、それなら問題ない。領主様の館からすぐだ。実はな、何度も館裏の畑を見に行ってやり方を真似しているんだ。おかげで少しは良くなった。黒の八百屋さんとは比べ物にならないけどな」


 少し恥ずかしそうに笑うおじさん。俺は、それなら行けるか? ということでおじさんの家の場所を聞いた。

 父さんの許可が出たら、話をしに伺うと。


「本当か⁉ 嬉しいねぇ。あの枝豆を作るのが今の目標だったんだ」


 ぐっ! と拳に力を籠めるおじさん。よく見ると目が潤んでいた。よほど嬉しかったらしい。


「そこまで期待されると困ります。父さんの許可も必要ですし……」


 許可の話を持ち出したら、おじさんの目がますます潤み始める。

 結局。


「あー、もしだめでも、技術指導に行きますから~、ははは」


 とにかく一度行かないといけなくなった。

 

――まぁ、バーグ属領の農業が発展する機会だからいいんだけどね……

 

 

 おじさんとの話を終えた後は、露店を見て回ることにした。

 ラスティ先生が、海沿いの町からも商品を売りに来ている、と耳に挟んだそうなので。


「流石に生魚は無いだろうなぁ」

「生は無理でしょ? 馬車で3日ぐらいかかるのよ」

「3日となると乾物だけかなぁ」


 一夜干しも難しいだろう、と残念な気持ちになるが、それでも魚は欲しかった。かつて海沿いの町で育った俺としては。


 露店を見回りだして数分、目的の店を見つけるより先に――


「アル兄様、みっけ、です!」


 サーヤに見つけられていた。


「サーヤ、こんにちは」

「こんにちは!」


 にっこり微笑むサーヤ。その顔は、俺の頭よりも上にあった。

 食糧事情が改善した結果かどうかは分からいけど、成長著しいサーヤは、一つ年下にも関わらず俺の身長など完全に抜かしていた。


――獣人の成長、はやすぎだろ……


 内心で毒づきながらローネさんと歩きながら近づいてくる一つ年上のユーヤ兄を見ると、その身長は小柄とはいえ大人なローネさんに追いつきそうなほどだった。

 けっ! とさらに毒づきたくなるのを我慢しながら、俺はサーヤに笑顔を向ける。サーヤも、にっこりと笑顔を返してくれた。


「買い物に来たのかい?」

「はい、です」


 元気いっぱいしっぽを振るサーヤ。ローネさんがそんなサーヤと俺に声をかけてきた。


「サーヤ、アル君たちと一緒にいるのよ! アル君お願いね‼」

「はい! です」

「え、あ、はい」


 今度は手を上げて元気な声を出すサーヤ。俺はつられて返事をしてしまった。

 そこに。


「あら、サーヤちゃんも一緒になったのね。両手に花でアル君嬉しいでしょ?」


 ラスティ先生がくすくす笑いながら告げてくる。俺は少し意地悪く返してみた。

 

「両手に花というより、両手に保護者の間違いじゃないですか?」

「そんなことないわよね~、サーヤちゃん?」


 ひどいわ~、と半笑いで返してくるラスティ先生。対してサーヤはというと。


「アル兄様、サーヤと一緒、いやです?」


 今にも泣きそうな顔で聞き返してきた。


「そんなことないよ! サーヤとお散歩、楽しみだなぁ~‼‼」

「ほんと、です?」

「うん、本当本当」


 俺はサーヤの両手を握り、満面の笑みを向ける。結果、辛うじてサーヤの涙が流れることはなかった。


――いかんいかん、体が大きくても年下なんだ。気を付けないと……


 笑顔を崩さないよう内心でだけ反省していると、笑いを堪えている震わせているラスティ先生が目に入る。俺は小声で、サーヤ行こっか、と声をかけ、二人で手を繋いで歩き始めた。


「アル君、ごめん。ごめんって! 待ってよう‼」


 最近何だか遠慮が無くなってきたラスティ先生を置き去りにして。


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