第15話1.15 ただ一緒に寝ているだけではありませんでした


「おやすみなさい」


 眠りについたアル君に、そっと声を掛けてから私はベッドを降りて横にある椅子に座った。


「ふふふ、かわいい寝顔」


 寝ている姿を眺めていると、本当に普通の子にしか見えない。でも不思議なことに話す内容は大人と同じ、いや、それ以上かも。一応、『僕』とか言って隠そうとしているみたいだから、付き合っているけど。


「でもたまに、本当に隠す気あるのかなって思っちゃう」


 そう、お客さんがいっぱいで大忙しの時に『こっちは俺がやりますので!』って言ってるのを見ると。


 思い出してしまったおかげで笑いが込み上げてくる。でも、ハンター組合でのことを思い出したら悲しい気持ちになってしまった。

 

「今日はごめんね。巻き込んじゃって。バイオレットの馬鹿が大きな勘違いをしたせいなの。大事にしたくなかっただけなのに……」


 それはバイオレットと話をした時の事だった。




「婚約解消しましょ」

「な、と、突然何だ⁉」

「まぁ、あなたにとってはそうかもね。でも、私にとっては数年前から考えていたことなの」


――そう、ここが膨らみ始めた時から


 私は自らの胸に手を置く。バイオレットは承服しかねるといった表情を浮かべていた。


「どうしてだ? 俺のことが嫌いになったのか?」

「嫌いに? いえ、あなたへの感情は変わらないわ。最初から、好きでも嫌いでもない。ただ決められただけの婚約者よ」

「なら、どうして、今さら!」


 はっきりと好きでないと言われたのが気に障ったのか、バイオレットが声を荒げる。私はため息交じりに答えた。


「そうね……気になる人が出来たからよ」

「どんな男だ‼」

「えー、どんな男って――お世話している5歳児?」

「ご⁉」


 絶句して硬直するバイオレット。しばらくして言葉を絞り出した。


「ラスティ、お嬢様。族長が決めた婚約ですよ? 我らが話し合って決められる内容では……」

「そうね。では、実は許可を貰ってる、と言ったら?」

「あり得ない!」


 バイオレットはきっぱりと断言する。私は心の中でため息をついた。


――確かに話の流れからして無理か……


 と諦めた私は本当のことを告げることにした。


「バイオレット、ホワゴット大森林を統べる森人族族長の血縁として言うわ、族長より許可は得たわ」

「な! 俺には何の話も来てないのに――ですか⁉」

「ええ。私が口止めしておいたから」

「何故でしょう……」


 私たちの間にある机に両拳を押し付けてバイオレットは説明を求める。私は、ある手紙をバイオレットの前へと滑らせた。

 穏便に済ませたくて隠していた、バイオレットが複数の女性と結婚を前提に付き合っていることが書かれた調査報告書を。


「読めば分かるわ」


 手紙を開き、目を通していくバイオレット。次第にその顔が青くなりだしていた。


「で、出鱈目だ! いや、です‼ 俺は結婚の約束などしていない‼ 信じて欲しい‼‼ いや、ください‼‼‼‼」


 ブルブル手を震わせながら懇願するバイオレット。そんな姿を見ていた私は呆れていた。


――この期に及んで隠しきれると思っているのね。馬鹿な男……


 そもそも、ハポン王国の法律上ではバイオレットが何人の女性と結婚しようと問題ない話だった。

 今回、問題とされたのは私という婚約者に隠れての行為だということだった。


「ふぅーーー」


 深いため息を聞いたバイオレットが椅子から飛び降り土下座する。無駄なことを…… と思いながら私は手紙に書かれていない真実を告げた。


「その手紙、そもそもの発端は私の教え子なの。知ってるでしょ? えくぼが可愛いくて噂話が大好きな栗鼠獣人の娘を」


 自分でもびっくりするぐらい冷たい声だった。

 バイオレットの肩がビクリと震える。返事がないということは、知っていると言っているようなものだった。


「泣いて私に謝って来たわ。私が婚約者だなんて知らされてなかったって。さらには自分以外にも結婚を約束した女性がいるって教えてくれたわ」

「……」


 変わらず肩を震わせるが、返事は来ない。私は再度、大きなため息をついた。


「調査結果を聞いた族長は怒りを通り越して呆れ果てたそうよ」

「……」

「あなた、20年前も同じことしたでしょ? そのことを、もみ消した上に組合長の地位まで用意したのにって」

「!」

「あなたの昔の話、私も知っていたわ。あまり興味なかったけど」

「⁉」

「という訳で決定事項よ、婚約解消は。後は、自由に生きなさいって。組合長の地位まで奪うことなしないって。まぁ、手紙に書いてある通りよ」

「……」


 土下座したままのバイオレットから一切の言葉が出てこないので、私は諦めて席を立つ。部屋を出ようと扉に手を掛けたところで、微かな声が聞こえてきた。


「ラスティお嬢様、いえ、姫様。あなたはそれでよろしいのですか? 私がいなけれは族長候補から外れてしまいますよ」

「ふふふ、今更だけど、私、族長になりたいと思ったことなんてないわ。むしろなりたかったのはバイオレット、あなたでしょ」

「‼‼‼」


 図星を突かれたのかバイオレットは、また黙り込んでしまうのだった。


 

 

「はぁー、止め止め。あんな馬鹿のこと思い出すだけ無駄ね。折角、残してもらった組合長の地位どころか、全てを捨てて牢獄行の馬鹿の事なんて」


――もっと、楽しいこと……


 と思って浮かんだのはやっぱり夕食の時のアル君の話だった。


「……商人か。みんな驚いていたなぁ。普通の子なら、本に出てくる勇者とか英雄王みたいなものに憧れるものなのになぁ」


 現に、ビル君は勇者になりたいって騒いでたし、ユーヤ君は最強のハンターになるって言ってるわ、とローネが教えてくれたし、アル君だけが異質だった。


 そう思うと、何か確固たる目的がありそうに見える。それが何なのかは、まだ、分からないけど。それでも、これまでの行動を思い出していくと、おぼろげながら目指す先が見えてくる。

 今時点で言えるとすれば、アル君が将来何をするにしても、きっと悪いことにはならない。

 そんな思いを胸に抱きながら、アル君の寝顔を眺めていたところで、ふとやるべきことを思い出した。


「いけないいけない、眠る前に日課の確認をしないと」


 私が目に理力を流すと、アル君の身体が透けてくる。やがて、体の代わりに真っ黒な球体が浮かび上がって来た。彼の魂である。


 これはホワゴット大森林に住む森人族、しかもかつて数多の森を支配したという王族の血を引く者だけに伝わる秘術だ。

 それゆえに、どのような原理なのかは現在の理学では解明されていない。

 とある宗教からすると、魔術を使う魔族だ、と迫害されかねない危険な術でもあった。


「……うん、完全に一つになったみたい。まだ、ちょっとだけ皺が寄っているけど、初めから疑ってみないと分からないぐらいね」


 生まれた時のあの魂、普通は真ん丸なはずの魂に瘤がついているのを発見した時から比べると大きく違っていた。

 彼の魂の形は、普通なら生き残れない、もしも生き残れたとしても心が壊れている可能性が高い魂だった。

 だからこそ率先して関わって来た。できるだけカレンの悲しみが少なくなるように。それが、いざ成長していくと劇的な変化が現れた。


「やっぱり、三年目のあの日よね」


 生まれてからずっと変化がなかった魂の瘤が、突然無くなったのだ。

 そのせいで、思わず寝ているアル君を持ち上げて凝視してしまって、カレンに叱られたぐらいだ。

 でも、おかげで魂を十二分に観察することができ、そして一つの結論を得た。


――瘤は魂に吸収されたのだと。


 さらには、この魂の吸収――いや、融合とでも言うべき現象は、何者かが人為的に行ったものであると。


 そうでなければ説明できない事象だった。


 魂に張り付いていた瘤、これだけなら珍しいけど前例が無いわけでは無い。だが、その瘤を自然な形で融合するために、魂を瘤と同じ形に穴が開くように変形させ瘤を収納、その後、隙間を埋めていくなんて、そんな複雑な変化が自然に起こるわけがなかった。


「誰の所業だろ? 少なくともこの世界の誰であっても同じことができるとは思えないし」


――そうすると、やっぱり……神様? ……ってそんなわけないか。


 確かに、このジアスでは様々な神様が信仰されている。光の神や山の神、海の神、変わり種で尻尾の神なんてものもある。けど、実際に存在が確認された神はいなかった。

 各々の神話では、降臨して大地を作っただとか、天罰を与えただとか語られているが、理学に基づいて実証されたものは一切ない。


「森人族の秘術も理学では立証されていないのだから、同じことだけどね」


 秘術は存在している。それは、つまり神の存在を肯定することにもつながるのではないだろうか? そこまで考えた私は、思わず吹き出してしまった。


「何考えてのかしら私。アル君が神の使いだなんて。ふふふ、ほんと可笑しい」


 口では馬鹿なことを、と否定つつも、私は心の奥底で全てを打ち消すことができずにいた。


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