第14話1.14 目的のための手段を考えます



 帰り道。

 ラスティ先生に抱かれたままの俺は緊張していた。いつもならアル君は――とか、アル君が――とか、やたらと話しかけてくる先生が無言で歩いていくからだ。


「「……」」


 無言のまま10分ぐらい歩いただろうか。露店街を抜け領主の館へと続く人気のない一本道へ入ったところで、先生が俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。


「アル君、ごめん」

「どうして謝るのですか?」


 なんとなーく理由は分かるが、俺はわざと惚けることにした。


「バイオレットがアル君殺そうとしたの、多分私のせいだから」

「えぇ~? それは無いでしょう。例え婚約断られたからと言って女子供に手を上げる人ですよ。絶対、先生のせいではないですよ」

「ふふふ、全部分かってて惚けてくれるのね。アル君」


 失敗だった。惚けてるはずなのに、全力で否定してしまった。俺は諦めた。


「まぁ、なんとなくですが……」


 ぼそりと答えた俺の頭を先生が撫で始める。そんな先生の次の言葉にドキッとした。


「そんなに優しくされたら惚れちゃうじゃない」

「え⁉」

「ふふ、私じゃ、嫌?」

「ええ⁉ あの、俺、まだ、子供だから、よく分からない……」

「ふっ、子供、ね……」


 意味深な笑みを浮かべるラスティ先生。


――やっぱり何か勘づいている?


 先生の顔を直視できなくなった俺は視線をあらぬ方向にそらす。そんな俺の頬に柔らかく温かい物が触れた。


「え⁉ 今のって」


――唇だよね


 俺は頬を押さえる。


「お詫びよ」


 ラスティ先生は普段通りの柔和な笑みを浮かべていた。




 館に帰ったら父さんと母さんに問い詰められた。


「どうして、すぐに逃げなかったの!」

「ミーケさんが殺されてしまうと思って……」

「だからといって、お前が立ち向かっても敵わないとは思わなかったのか⁉ 相手はハンター組合の組合長なんだぞ!」


 渋い顔で見つめてくる父さん。母さんに至っては目に涙を貯めだしていた。


「ごめんなさい」


 相変わらず母さんの涙に弱い俺は反射的に頭を下げる。気づけばラスティ先生も俺に合わせて頭を下げていた。


「私も謝らせて。半分ぐらいは私のせいでもあるから。ごめんなさい」

「止めて、ラスティ。あなたにそんなことされたら私、これ以上何も言えないじゃない」


 母さんが慌てて頭を上げさせる。父さんは一つ大きな息を吐いた。

 

「その件については、執務室で聞きます。組合長の後釜も考えないといけませんし」

「分かったわ」


 執務室へ向かうラスティ先生。父さんも少し歩き始めたところで振り向いた。


「アル。ラスティさんに免じてこれ以上は責めない。でも一つだけ言わせてくれ。……アルがミーケさんを見捨てなかったところだけは褒めてやる。その気持ちは大事だ。だが、実力が足りていない。守りたいものがあるなら、もっと大きく強くなれ! 力を付けろ‼」

「はい」


 頷いた俺に満足したのか、笑みを浮かべた父さんは歩き始める。俺は父さんの言葉からある格言を思い出していた。


――力なき正義は無力である。正義無き力は暴力である、だっけか


 今回のバイオレットさんが使った力は明らかに後者だった。とすれば俺は前者である。


――無力と同じということか


 目に映る自らの手はとても小さく頼りない。とりあえず成長理術だけは続けようと思った。




 その日の夕食は少しだけ豪華になった。なんでもハンター組合がお詫びとして肉を届けてくれたらしい。

 そんな差し入れに一番喜んだのは――


「肉だー!」

「んんー‼」


 ビルとユーヤ兄だった。折角だから、ということでワーグさん一家も一緒に食事することになり、隣通し座った二人は肉を頬張りながら固い握手を交わしている。何だか分からないけど硬い友情が生まれていそうだった。


「がはは、バイオレットがそんなに馬鹿だとは知らなかった」

「そんな男はどうでもいいわ。それより、ラスティ、大丈夫?」

「何が?」

「幼馴染で婚約者だったのでしょ。そんな人に裏切られて、辛くない?」


 あ~納得、といった表情を浮かべて頷くラスティ先生。


「ローネ、心配してくれてありがと。でも大丈夫よ。幼馴染って言ってもそれほど仲良くなかったし、婚約も親が決めただけだし、あれだけ馬鹿な事したから親も何も言えないわ」


 淡々と語る先生。本当に何でもないようだった。


「そう、私たちじゃ何にもできないかもしれないけど、愚痴ぐらいは聞くから」

「そうですよ。私も出来ることがあれば何なりと」

「カレンもユーロスさんも、ありがとね。でも本当に大丈夫よ」


 微笑みを浮かべるラスティ先生、おもむろに隣に座る俺を膝に乗せた。


「今はアル君のお世話が、とても楽しいから」

「僕ですか……ゼロス兄さんの家庭教師ではなく?」

「ふふふ、もちろんゼロス君の家庭教師も楽しいわよ。とても優秀だし、ね」


 ゼロス兄さんに微笑みかけるラスティ先生。兄さんは恥ずかしそうに小さな声で、ありがとうございます、と返す。そんな様子を見て更に笑みを深めた先生は俺をギュっと抱きしめて続けた。


「ゼロス君も気になるけど、やっぱり一番気になるのはアル君かな? 何するか分からないってところで」


 それ、褒めてます? と俺が抗議しようとしたら。


「それ、分かります」

「心配で目を離せなくなるのよね」

「がはは、まさに今日な」

「そうね、信じられないことするわね」


 父さん、母さんだけじゃなく、ワーグさんやローネさんが同意の声を上げる。ついでに言うと、ゼロス兄さんまで大きく頷いていた。


「みんなして酷いです」

「ふふふ、褒めてるのよ」

「そうよ。バーグ属領が発展しているのはアルのおかげ、って言ってもいいわ」

「いや、私も頑張っているのだがな」

「でも、畑耕すことも、自由市もアル君の発案だって聞きましたが?」

「がはは、そうなのか?」

「そう言われてしまうと……」

 

 反論できないな、とあきらめ顔の父さん。母さんが、あなたの頑張りは、私が知ってるから、と慰めていた。

 俺が仲睦まじい父さんと母さんを眺めていると、先生が耳元で囁いてきた。


「教えて。アル君は、将来何になりたい?」


 ラスティ先生が至近距離で囁くので吐息が耳にかかりくすぐったい。


「止めてくださいよ。こそばゆいです」


 思わず身をよじって避ける。そんな俺を見てラスティ先生は、微笑みを浮かべつつ視線だけで、どうなの? って問いかけてくる。

 将来なりたいもの、その問いに俺は、困ってしまった。

 

 俺が、やりたいこと――最終目標は文明の発展だ。だが、とても俺ごときにできるとは言えない。取り敢えずは、問題点の確認を目的として考えたほうがいいだろう。それこそが、カノンさんによりこの世界に送り込まれた理由なのだから。

 そして、その目的の為には、何になるべきか、考える。


 まず一番に考えられるのは、ラスティ先生のように世界を自分の目で見て回れる、魔獣駆除員ハンターだ。

 情報通信網の発達していないこの世界ジアスでは知りたいことは自分の足を使って動くのが一番だ。


 それは分かっているのだが――理術無しで走るのすらままならない俺が、魔獣が跋扈する世界を渡り歩けるようになるには、他の全てを捨てて体を鍛える必要がありそうだった。

 それはそれで問題がある気がしてしまった。


 ならば、と方向性を変える。自分で得られないなら、優先して情報を得られる立場になるのはどうだろうか、と。

 その方向で考えるとすれば、前世と同じ公務員、こっちでは文官か? が適当に思えてきた。

 国の中枢で働けるようになれば、国内だけでなく世界の情報を得ることが可能なはずであり、また、自由市みたいな世の中に足りないものを導入して民を豊かに、つまりは文明の発展に貢献することも可能な仕事だった。


 悪くはない選択だと思う――けど、何か違和感を覚える。国という組織に入ってしまうと組織の利益を優先せねばならず、自由に動けないのでは? と。


 ならば研究者はどうか? 入ってくる情報量は少なくなるが、そのことを度外視しても、今のこの世界、土を耕すという農業の根本的な技術も無かったのだ。

 きっと他にも様々な分野で根本的な技術が足りていないだろう。そこを研究して知らしめる仕事だ。


 それでも良いだろう――けど、やっぱり何か物足りない。一つや二つ技術を広めたところで、この世界が大きく変わるとは思えないから。


 身体が弱くても大丈夫で、情報を好きなだけ得られて、誰にも縛られることなく自由に動けて、あわよくば世界を大きく動かせる存在。そう考えると、範囲が絞られてくる。地球でも存在した大きな影響力を持つ個人。それは――


「僕は、商人になろうと思います」


 それも、ただの商人ではない。国という存在を超え世界中に影響を与えられる大商人に、という続きの言葉は心の奥にしまって、俺はラスティ先生への答えとした。


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