第13話1.13 何が何だか分からないけど騒ぎは収まりました
「えぇー、バイオレット組合長! それは駄目ですよ。駄目ですーーー!」
「うるさい、黙ってろ! こいつのせいで、こいつのせいで俺はー‼‼‼‼」
腕を掴んで俺を下に降ろそうとする、おねーさんを振り払って俺を揺するバイオレットさん。
「あばばばばー」
苦しみから逃れるために俺は風理術でハンマーを作ってバイオレットさんの腕へ落とした。
「痛っ!」
腕に走った痛みからか、俺を掴んでいた手が外れる。結果、俺は尻から床に落ちた。
「いっつつつ」
俺はお尻をさする。そこに受付嬢が駆け寄って来た。
「大丈夫? アル君⁉」
「はい。お尻打っただけです」
「そう、ならいいけど……」
心配そうな瞳を向ける受付嬢。その受付嬢の首根っこを掴んで放り投げる手があった。
「きゃぁ!」
「邪魔だ! どいてろ‼」
憤怒の形相で俺を睨みつけるバイオレットさん。次の行動に俺は恐怖した。
「炎よ!」
なんと、手のひらに火球を作り出したのだ。その火球を見た受付嬢、バイオレットさんの腕に飛びつき叫んだ。
「組合長! やめてください‼ 今なら、まだ、謝れば許してもらえます‼‼」
「ミーケ、うるさいぞ! お前から先に焼いてやろうか‼‼」
「きゃぁ! 止めてーーー‼‼‼」
脅されても手を離さない受付嬢ことミーケさんの顔面にバイオレットさんは拳を突き出す。ミーケさんは床を転がり壁にぶつかって動きを止めた。
「ふ、はははは、俺の邪魔をするからいけないのだよ! ミーケ‼」
叫びながらミーケさんへ向け火球を放とうとするバイオレットさん。俺は、再度、風理術のハンマーでバイオレットさんの腕を叩いた。
「痛っ! 貴様、先に死にたいようだな! ラスティと同じ風理術を使いやがって‼‼‼」
俺が風理術を使ったのが気に入らなかったのか、バイオレットさんは一度消えた火球を作り直して俺を睨みつける。
そして。
「お前のせいで、俺は婚約破棄されたのだぞ‼‼‼‼‼‼」
本当に火球を放ってきた。
火球は赤い炎を出しながら俺へと一直線で飛んできた。
――サイズは、野球ボールぐらいか。母さん程、温度は高くなさそうだ
火球を見極めた俺は。
「水よ!」
理力を練り理術で水球を作り出し、火球へとぶつける。結果、二つの玉は、ジュっ、という水の蒸発する音と共に消滅した。
この結果に激しく反応したのは、バイオレットさんだ。
「な! 風に続いて、水理術だと⁉ その歳で、どれだけ理術を使えるというのだ……」
少し後ずさりして、たじろぐバイオレットさん。その隙に俺は風理術で作り出したハンマーでバイオレットさんの後頭部を殴る。すると、ぐぇ、と変えるみたいな声を出して倒れ込むバイオレットさん。そんな彼を無視して俺はミーケさんのところへと駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「あ、アル君。逃げなさい! 私は大丈夫だから‼‼」
頬が痛むのか手で押さえたままのミーケさんが、俺を出口の方へ押し出す。俺は俺を押すミーケさんの手を取り引っ張った。
「駄目です。ミーケさんを置いて何て行けません!」
「痛っ!」
引っ張られて体勢を崩したミーケさんが顔を歪める。よく見ると彼女の左足首が曲がってはいけない方向へ曲がっていた。
「駄目なの。今、痛くて動けないの……」
申し訳なさそうにミーケさんは足首を見つめる。俺は、上丹田で練った理力をミーケさんに流し込んだ。
――くそ、骨修復はまだできないんだよ。出来ることは
「ミーケさん、左足の感覚を遮断しました。さぁ、僕を杖代わりにして立ってください!」
痛みをごまかすことだけだった。
「あ、あなた、上丹田の理術まで使えるの……」
「さぁ、早く!」
俺が急かすとミーケさんは一つ頷いて、立ち上がってくれる。二人してゆっくりではあるが出口へ向け進み始めた。
「大丈夫ですか、ミーケさん」
「ええ、何とかね」
「それにしても、これだけ騒いでいるのに誰も来ないのですね」
「ふふふ、仕方がないわ。こんな田舎じゃ、ハンターやろうって人も少ないもの」
「ひょっとして肉の流通が少ないのも?」
「ええ、原因の一つね」
多少引き攣りながらもミーケさんが笑みを見せてくれる。そんなミーケさんが突然、俺を突き飛ばした。
「組合長! あなたという人はどこまで‼‼‼ アル君、あなただけでも逃げなさい‼」
建物の奥の方を見てミーケさんが叫ぶ。俺もミーケさんの見ている方へ目をやる。するとそこには、人よりはるかに大きい魔獣型の炎が存在していた。
「ふはははははは! ホワゴット大森林最奥に住む火竜サラマンダーを模した、俺最高の理術で消し飛べ‼‼‼‼‼」
『ギシャァァァァアアアア』
バイオレットさんの合図に合わせてサラマンダーが歩き始める。その炎はハンター組合の建物へと移り始めていた。
「何をしているの! 逃げなさい‼‼」
叫ぶミーケさんの声で我に返った俺は、理力を練って水球を作り出す。そしてサラマンダーへと投げつけるが――
「効かん、そんな水などサラマンダーに効くはず無かろう‼‼」
水は蒸発するばかり。サラマンダーの歩みを遅らせることすらできていなかった。
「くそ! どうすれば……」
焦る俺など気にも留めず動けないミーケさんへ向け一歩一歩距離を詰めていくサラマンダー。
次に俺が行ったのは、空気の壁でサラマンダーを閉じ込めることだった。そう、酸素不足で炎を消そうと思ったのだ。
『ギシャ?』
本当に生きているかのような声を出すサラマンダーの身体を構成する炎が揺れる。やがて少しずつ体が小さくなり始めていた。
――いける!
効果を確信した俺はさらに壁を強固にしていく。その時。
「アル君! 後ろ‼‼」
ミーケさんの悲痛な声が届いた。
声と同時に怖気を感じた俺は身体強化理術全開で横っ飛びをする。そんな俺の顔の横を通り過ぎる物があった。
バイオレットさんの拳だった。
「ちっ! 避けられたか。だが、おかげでサラマンダーにかけていた理術が解けたようだな。ふははははははは! サラマンダー炎を回復させろ!」
再び大きくなり始めたサラマンダーに意気揚々と命令するバイオレットさん。対する俺はというと。
「体が、動かない」
全力で横っ飛びした結果、壁にぶち当たって動けなくなっていた。おまけに理術使いすぎて身体強化できなくなる始末。
「……だから、早く逃げなさい、って言ったのに」
「すみません。行けると思ったんですけど……」
ミーケさんの横で俺は頭を下げる。そんな俺達に。
「貴様ら、余裕ぶっていられるのは今の内だぞ! 必ず殺してやるからな‼」
バイオレットさんが怒り狂ってきた。そもそも狂ってたけど。
「えっと、殺すのは俺だけにしてもらえませんかね? ミーケさん関係ありませんし」
「駄目だ! 二人とも殺して、建物も焼き尽くして証拠を消すんだ!」
「意外と考えてる……」
「意外とはなんだ! 意外とは‼‼ 俺はな、偉いんだ。組合長だぞ。かつてこのサラマンダーすら狩ったことのある一流のハンターでもあるんだぞ。それを……」
よほど腹が立ったのか地団駄を踏み始めるバイオレットさんを見ながら俺は不思議に思っていた。
――最高クラスのハンターって本当なのかね
確かにこの炎のサラマンダーはすごいと思う。でも、はっきり言って母さんの青い炎に比べたら、大きいだけの見掛け倒しだ。畑焼くところしか見たことないけど。
さっきの拳だってそうだ。ワーグさんに比べたらかわいそうなほど遅い。ワーグさんの拳は、避けよう、と思う間もなく体に突き刺さった。
――比べる相手が悪いのだろうか?
考えがまとまらない。そこに。
「アル君、なんでそんなに余裕なの? 今から殺されようとしているのに」
ミーケさんの引き攣った声が届いた。
――余裕?
数年前に死んで、記憶が戻ってすぐ死にかけたから? と思ったけど、ちょっと違う気がする。俺が思いついたことは――
「ちょっと、遅いから来てみたら……バイオレットー! あなた、私のアル君に何したの―――‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
困ったらラスティ先生が助けてくれるということだった。
「バイオレットー!」
いつも柔和な笑みを浮かべているラスティ先生が、感情の感じられない表情で、かつ聞いたこともない低い声で叫ぶ。バイオレットさんは、俺を指さして叫び返した。
「ラスティ。見ろ! あんなガキより、俺の方が優秀だ。さぁ俺の物となれ‼」
「なる訳、ないでしょー! 風弓よ‼」
ラスティ先生が弓を射るような構えを取る。そして一呼吸おいて叫んだ。
「射貫け!」
巻き起こる轟音! 吹き抜ける強風! その二つが収まった後にサラマンダーの姿はなく、ついでに建物の壁も消え去っていた。
「風弓」
小さくつぶやき構えるラスティ先生。次の標的は、バイオレットさんだった。
「ま、待て、ラスティ。俺は、ただアイツより優秀であることを証明した――」
ひゅん! バン! ドサ!
叫んでいる最中、突然壁にぶち当たり床に倒れ込んだバイオレットさん。ラスティ先生は蹲る彼を、ごみを見るかのような目で見つめていた。
「ら、ラスティ先生?」
普段とのギャップに戸惑う俺が、恐る恐る声をかける。すると先生は、おもむろに俺を抱きしめてきた。
「せ、先生?」
「ごめん。アル君。私のせいで……」
事情はよく分からないが落ち込むラスティ先生の頭を俺はそっと撫でた。
「ラスティ先生は何も悪くないですよ。悪いのはバイオレットさんですよ」
「アル君、ありがとう」
ぎゅっと力を入れた後で、ゆっくりと離れていく先生。その顔には、いつもの笑みが戻っていた。
「帰ろっか?」
右手を差し出してくるラスティ先生。俺は首を横に振ってから後ろで倒れているミーケさんへ目を向けた。
「駄目ですよ。ミーケさんの手当てをしないと」
「え⁉ ミーケ、いたの?」
「ラスティさん、酷いです」
「ごめん、全然見えてなかったわ、って足折れてるじゃないの。大変!」
ラスティ先生が大慌てで回復理術をかけていく。その間に。
「大きな音がしたから来てみれば、なんじゃこりゃ⁉ 事務所がめちゃくちゃだ」
「おい、倒れてるの組合長じゃないのか?」
「ミーケさんも怪我してるのか⁉」
近所の人や、ハンター達が集まってくる。そんな人たちへラスティ先生は指示を出し始めた。
「誰でもいいわ。領主の館に行ってワーグとローネを連れてきて。後、ミーケが怪我をしてるの、奥の治療室へ連れて行って。それと、バイオレットを縛り上げて!」
「ラスティさん、領主の館行ってきます!」
「ミーケさん、大丈夫ですか?」
「え! 組合長を縛り上げる⁉ どういうこと? まぁ、ラスティさんが言うならやるけど」
言われたことに疑問を抱きながらもてきぱきと動き始めるハンター達。俺は不思議に思っていた。
――あれ? バイオレットさんより先生の方が偉い?
俺は、なんでかな? とラスティ先生を眺める。すると。
「さぁ、アル君も治療室に行くわよ」
先生は俺をひょいと抱き上げ歩き始めた。
「アル君、怪我したって聞いたけど大丈夫なの⁉」
治療室のベッドで横になっているとローネさんが駆け込んできた。
「アル君は大丈夫よ。ちょっと理力使いすぎて疲れてるだけだから。それより、ミーケを見てあげて」
「ミーケ大丈夫なの⁉」
「ローネさん、すみません。ちょっと足をやってしまいました」
苦笑いを浮かべるミーケさんの足へ手を当てローネさんが上丹田の理力を流し始める。俺はすぐ横でその様子を凝視していた。
――あーやっぱり、いきなり治すんじゃなくて、骨の形を戻してから修復理術かけるんだなぁ
なるほど、と一人納得しているところにワーグさんが顔を出した。
「ラスティ、縛り上げたバイオレットはどうするんだ。牢屋に放り込むのか?」
「そこは、私じゃなくてワーグが決めてよ。森じゃなくて町で起こったことなんだから」
「おぅ、牢屋放り込んでからユーロスさんに相談するわ」
手をひらひらさせてワーグさんは去っていく。その頃には、ローネさんの治療を終えていた。
「骨が付くまで3日、足つかないでね。あと、足首も動かさないでね」
「えぇっと、難しいこと言いますね。出来るかな……」
犬耳を垂らして困り顔のミーケさん。俺は、それなら、と提案した。
「木の板か何かで足を挟んで布を巻いたら固定できませんかね?」
「あら、いいわね。その方法」
「そうね。ローネ、私、木の板探してくるわ」
「ラスティお願い。布は包帯があるからそれを使いましょ」
俺の提案を受け入れ、すぐに動いてくれた二人によってミーケさんの足は固定されていく。その間に俺は余った木材で松葉杖を作っていた。風理術で木を削ったりほぞ穴を掘ったりして。
「アル君、それは杖かしら? あまり見ない形ね」
「はい、ローネさん。脇の下に当てて使う杖です。楽に歩けると思います」
「というか理力は大丈夫なの? かなり使ったんでしょ?」
「いえ、中丹田の理力は、あまり使ってませんし、ゆっくり休んでので」
心配そうなラスティ先生に俺は笑顔で返す。先生は少し渋い顔をしながらもそれ以上は何も言ってこなかった。
「アル君、ありがとう」
「いえ、礼を言うのはこちらの方です。僕を庇ったせいで怪我まで負って……」
「そうね。私からも礼を言わせて。ミーケがいなかったらアル君は死んでたかもしれない。ありがとう」
「そんな、アル君もラスティさんも、私はただ同僚の馬鹿な行動を止めたかっただけで。でも止められなくて、結局、二人に助けられて……」
恐縮し始めるミーケさん。そこに、パンパンと手を叩く音が響いた。
「はいはい。そこまでにしましょ。みんな無事だったんだから、ね。ラスティも気にしすぎちゃだめよ」
「そうね。ローネの言う通り。無事で済んでよかったわ」
笑顔を見せるラスティ先生だけど、その笑顔に俺は何故か陰りを感じていた。
「さぁ、二人は帰りなさいな。私はミーケを家まで送り届けてから帰るから」
ローネさんの言葉に一つ頷いたラスティ先生が、ひょいと俺を抱き上げ歩き始める。そこに。
「あ、アル君。依頼、明日にはちゃんと張り出すから~」
ミーケさんの声が届いた。
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