第12話1.12 肉が買いたいです


「野菜、木工、漬物、古着、金物……おお、獣の皮まで売っている……でも、ない」

 

 俺は、お目当ての肉を探して歩いていくが、それらしい店舗は見つからない。気づけば、露店街の端まで来てしまっていた。


「本当にないな」


 魔獣の皮があるなら肉があってもいいと思うのだが、なぜ? と疑問に思った俺は少し戻って魔獣の皮を売っている露店の主らしき猫耳のおっさんに声をかけた。


「こんにちは」

「おう、ボウズ。毛皮が必要か?」

「いや、毛皮より肉が欲しいのですが」

「あー肉か。そうだな、ボウズぐらいの年なら毛皮より肉だよな。でも肉はないな」

「そうなのですね。どこかで売っていませんかね?」

「うーん、露店で肉売るのは難しいかもなぁ。余分に持ってる奴いないだろうしな」


 腕を組んで考え込んでいる猫耳おっさん。可能性があるとすれば、と前置きをしてから教えてくれた。


「ハンター組合に行けばあるかもな」

「あるのですか?」

「獲物が持ち込まれていればな。この毛皮も組合から買って俺がなめした上等なやつだぜ。一枚どうだ?」


 猫耳おっさんが買ってくれとばかりに親指で毛皮を指さす。俺は軽く頭を下げてその場を後にした。毛皮より肉が欲しかったから。



 露店のブースに戻ってみると、『完売』という立札の後ろでラスティ先生が暇そうに座っていた。


「戻りました」

「お帰り、アル君。もう、売るものないわよ」

「早いですね。完売ですか」

「ええ、一本の木にあんなに豆が付いているのはかなり珍しかったみたいよ。後、作り方を教えてあげるのもよかったみたい。御礼に、って言って買っていったわ」

「そうですか。何よりです」


 今回の露店出店、肉を買う金が欲しいという目的の他に、もう一つ目的があった。それは俺が始めた栽培方法を拡散させることであった。

 

――耕すという基礎中の基礎を疎かにしていたからなぁ


 考えてみれば不思議な話であった。文明を構築する上で最も根本にあるべき農業の根本ともいうべき耕すという行為が重要視されない。まるで何者かが知識を消し去ったかのようだった。


――それはないか。多分、9割が死滅した関係だろう


 人口が減って知識の伝承に偏りが出たと言った方が、収まりがいい気がする。

 一人納得していると声が届いた。


「どうしたの、アル君。一人、うんうん頷いて」

「えーっと、ちょっと考え事していただけです。それよりも、これからハンター組合に行こうと思うのですが、ラスティ先生行きますか?」

「……どうしようかしら……」


 露店の出店にまでついてきてくれた先生なら当然行くだろうと思って声をかけたのだが、何だか思案顔のラスティ先生。

 これまで見たことない態度に俺が、なんで? とばかりに見つめていたら。


「私は荷車見ているから行ってくれば?」


 先生は、さらにそわそわと目線を泳がせはじめる。

 結局、何だか分からないけど、一人で行く羽目になった。


――ラスティ先生に案内してもらおうと思ったのに


 内心で愚痴りながら露店街から出て、一気に人気が少なくなった町を歩く。何度か人に場所を聞いて、目的の建物へと到着した。



 魔獣駆除組合、勝手に思っていたよりも綺麗な建物だった。ただ、臭いだけはどうしようもないみたいで、生臭さが漂ってくる。俺は少し顔をしかめながら扉を開けた。

 

「こん、にちは」


 初めての建物、しかもこっちは5歳児である。日本で流行っていたアニメによると、こういうところでは変な人に絡まれて変なフラグが立つとか何とか聞いたことがある。『田舎に聖地を』プロジェクトの時に話を聞いたアニメ評論家という肩書の人の話だが。


 ともかく目立たないように恐る恐る扉をくぐるが、余計な心配だった。

 入った大きな部屋の中は、がらんとして人気が無かったからだ。


 俺は少し安堵の息を吐いてから辺りを観察する。

 まず目に入ったのは、入って右手にある受付カウンターみたいな場所だった。

 そのカウンター内で犬耳の受付嬢がせっせと何か作業をしている。その逆側は椅子と机が結構な数、並んでいた。

 一瞬、打ち合わせブースか? と思ったが奥に食器類が並んでいることから食堂スペースだと理解した。


――なんだ、半分食堂なのか。なら、入った程度で咎められることもないな


 少しだけ気が大きくなった俺がカウンターへ向けて足を踏み出そうとした、ところで後ろから声がした。


「何だぁ? ガキがこんなところに何の用だ⁉」

「あれじゃね? ハンター登録に来たとか?」

「こんなヒョロヒョロのガキが、か? 10年はえぇって」

「「「ぎゃはははははは」」」


 俺を見下ろしながら若い男3人組が笑い声をあげる。俺は愛想笑いを浮かべて返した。


「僕はお肉を買いたくて来ました」


 その言葉を聞いた途端。


「ぎゃははははは、お肉だって」

「いったいどこのボンボンだ」

「いい子はお家でママのオッパイでも飲んでな!」

「「「ぎゃははははは」」」


 言いたいだけ言って笑い続ける3人組。俺は、これ関わったらいけない人たちだな、と見切りをつけて背を向けた。その時。


「ま、待てよ。俺が肉を用意してやるよ!」


 男の一人が俺の肩を掴んでくる。俺は男の手を身体強化した手で払いのけた。


「結構です。あなた方には頼みません!」


 言い置いてカウンターへ進む俺へ再び男が手を伸ばしてくる。俺は、すっと体を横にずらして躱した。すると。


「うぉ!」


 躱されると思わなかったのか、男がバランスを崩して倒れ込む。

 そこに。


「だっせー、ガキに負けてやがる」

「ぎゃはははは、まぬけー」


 残りの2人から嘲笑の声が届いた。

 この声に最も反応したのは、もちろん倒れ込んだ男だ。


「ふざけんな! 俺がガキに負けるか‼‼」


 顔を真っ赤にした男が俺の前に立ちふさがる。俺は内心でため息をついた。


――勘弁してよ。俺の身体ひ弱なんだから


 目の前の男がちょっと力を入れて殴っただけで命を失いかねない。俺の身体はそれほどにひ弱だった。それなら。


――助けを呼ぶか?


 騒ぎに気付いたのか受付嬢がこちらをちらちら見ているのを知っている。ちょっと目線を向けるだけで助けてくれそうだった。

 だが、中身が大人の俺からして、若い――多分10代中ごろ――女性に助けてもらうのは気が引ける。

 俺は自分で対処することにした。


「何か御用でしょうか?」

「ああ、御用だよ! てめぇのせいで俺が笑いものになったじゃねぇか‼ その落とし前を付けさせろや‼‼」

「ふぅー。笑われたのはあなたが勝手に転んだからですよね。俺には関係ないと思いますが?」

「ぁあ⁉」

「ですから、あなたは、ただバランスを崩して転んだわけですよね。それと俺に何の関係もないですよね」

「あぁ、確かに……関係ねぇか?」

「では、そういう事で、失礼します」


 俺は軽く一礼してから男を避けてカウンターへと足を進める。後ろでは。


「なぁ、俺ってなんで転んだんだ?」

「そりゃ、ガキ掴もうとしてよけられたんだよ」

「ぎゃはははは、ガキに言いくるめられてやがる!」

「そうか、そうだよな!」


 再び不穏な気配を醸し出していた。


――あちゃー、いけると思ったんだけどなぁ


 再び顔を真っ赤にして近づいてくる男を横目に対処を考えているところに。


「いったい何の騒ぎ!」


 凛とした声が響いた。

 俺が、その声の方へ目を向ける。すると、そこには燃えるような赤い長髪と長い耳を持つ――女性? が立っていた。


――女性だよな?


「組合長!」

「げぇ、バイオレット‼」


 俺が悩んでいる間に、その女性へ向けて受付嬢と赤い顔の男が声を上げる。

 気づけば男の顔は赤から青へと変わっていた。


「説明!」


 バイオレットと呼ばれた女性が受付嬢へ短く告げる。受付嬢は、あらましを説明した。


「言い訳は?」


 話を聞き終えたバイオレットさんが今度は青い顔をした男へ告げる。男はしどろもどろになりながら答えた。


「いや、あの、ちょっと、遊んでいただけだよ。な、ボウズ、ははは」


 その答えを聞いた俺はというと、眉間にしわが寄っているのが自分でもわかるぐらいだった。


「その答え。僕より無理があると思いますが……」

「ですよねー」


 俺の言葉に受付嬢まで同調してくる。しばらくして大きなため息をついたバイオレットさんは男に言い放った。


「素行不良で一か月の会員権停止!」

「な! 勘弁してくれ。そんなことになったら生きていけねぇよ! お前らからも言ってくれ」


 男は必死で弁明し、さらに仲間にも仲裁を頼む。だが、仲間は冷たかった。


「いや、むり……」

「ぎゃはは、巻き込むな……」

「そんな……」


 項垂れる青い顔の男。俺は、自業自得だろうに、と思いながらも少し憐れんでいると頭に手が置かれた。


「君、勇気があるわね。それに、知恵も」

「本当です。助けなんていらないって顔しているんですもの。タイミング逃しちゃいました」

 

 頭を撫でてくるバイオレットさんの後ろから受付嬢の声が聞こえる。俺が恥ずかしくて縮こまっているとバイオレットさんが続けた。


「ところで、今日は何の用で来たのかな?」

「はい。お肉を買いたいのですが、ありますか?」

「肉か……持ち込まれる量が少なくてね。今はないかな。代わりに、少し高くなるけど狩猟の依頼を出すことは可能だ」


 どうやらすぐに持って帰るのは無理みたいだった。


――そうか、今日は食べられないか


 肉を欲する胃を宥めながら、仕方がないと切り替える。俺は野菜の売り上げが入った袋を出しながら告げた。


「分かりました。依頼をお願いします」

「はい。それじゃ、依頼表を作るわね」


 受付嬢が用紙に何かを書き始める。その隣では、バイオレットさんがお金を数えていた。


「細かいのが多いが、きっちり一万ブロだ」

「分かりました。依頼料一万ブロ」


 受付嬢が金額を紙へ書き込む。そんな中。


――おぉ、売り上げ、大台に乗ってたのか


 俺は、その金額に驚いていた。なにしろ一万ブロといえば、そこそこの大金である。ラスティ先生の話では一万ブロあれば王都の高級料理屋でお腹いっぱい食べられるぐらいの金額だそうだ。日本円だと10万円ぐらいのイメージか。

 ちなみに、ブロとは通貨の単位だ。貨幣としては硬貨が存在し、一ブロ=鉄貨一枚で、十ブロ=銅貨一枚、百ブロ=大銅貨一枚、千ブロ=銀貨一枚、万ブロ=金貨一枚だ。他にも十万ブロ=大金貨、千万ブロ=白金貨があるらしいが、こんな田舎では使うことはないらしい。


 とにかく一万ブロあれば肉の調達は出来そうだ。案の定。


「この金額なら、ワイルドボアぐらいですかね」

「そうだね。大型のグレードディアでも可かな? 味ならボアだけど」

「どうする?」


 受付のおねーさんが俺に話を振ってくる。俺の答えは決まっていた。


「蛇とかでなければ、量優先でお願いします」

「分かったわ。毛皮とか角とかは要らないわね」

「はい。食べる部分だけでいいです」

「ふふふ、食べ盛りだもんね」


 受付嬢は微笑ましい物を見る目で俺に語り掛けた後に、さらに紙に書き込んでいく。

 やがて出来上がった依頼書には。


 『食肉募集』『一万ブロまで』『蛇、虫は除く』『組合で確認後、依頼主へ直納』と書かれていた。


「これでいいです」

「分かったわ。そうしたら後は依頼主の情報が必要だけど、名前と住所、教えてくれる?」

「はい。僕はアル・クレインといいます」

「え⁉ クレイン君」

「はい。住所は……って知らないですね。あの、領主の館です」

「ってことは、ユーロス様の――」

「息子ですね」

「し、失礼しました」


 突然頭を下げ始める受付嬢。俺は困惑していた。


「や、止めてください。こんな子供に、ねぇ、バイオレットさん」

「ですが、貴族様ですから、ねぇ、組合長?」


 俺と受付嬢が助けを求める様にバイオレットさんへ目をやる。

 目を向けられたバイオレットさんはというと、目を見開いて固まっていた。


「く、組合長?」


 どうかなさいましたか? とおねーさんが組合長の肩をトントンと叩く。

 すると、突然。


「貴様が、アル・クレインか―‼‼‼」


 バイオレットさんが怒りの形相で俺の胸倉を掴んで持ち上げた。


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