第11話1.11 露店商始めました
父さんの動きは早かった。本当に。いや、模擬戦をしているわけではない。
仕事の速さのことを言っている。
「まさか、ひと月で形にしてしまうとは……」
以前は三つしかなかった店の横に様々な露店が並ぶ光景に苦笑を浮かべているとラスティ先生の声が届いた。
「優秀なお父さんね」
「はい!」
日本の役所だと、予算取りから始まって、早くて一年、下手すると三年後なんてこともあり得るのに、本当に優秀な父さんだった。
カノンさんが俺の身体の父親に選ぶのも納得だった。
「それじゃ、受付行こうか」
あまりの光景に我を失っていた俺はここに来た目的を思い出す。
――そうだった。今日は野菜を売りに来たのだった
俺は辺りを見回し、受付を探し歩く。たどり着いたのは塩を扱っている店舗だった。
「こんにちは!」
「いらっしゃい。可愛い坊ちゃん。今日は何を買いにいたのかな?」
野菜を積んだ荷車を置いて俺が店舗に入ると、制服を着たおねーさんが笑みで迎えてくれる。俺は手にした紙を女性へと差し出した。
「野菜を売る店を出したくて来ました。申込書です!」
「はい、ありがと」
申込書を手にしたおねーさんが、内容をチェックしていく。しばらくして、ある所で手を止めた。
「アル・クレイン君?」
「はい」
「クレイン様ってもしかして領主様の関係者?」
「息子ですが?」
「し、失礼しました」
おねーさんは突然頭を下げ始める。俺は物凄く驚いた。全く失礼なことをされた気がしなかったからだ。
「何も、失礼なことしてないですよ?」
「いえ、貴族様になれなれしい口を聞いてしまいまして……」
「へ? 貴族?」
「え? 違うのですか? 領主様のご子息ですよ?」
俺って貴族なの? って考えていたら目の前のおねーさんも、貴族様よね、と首を傾げ始める。二人して考え込んでいたらラスティ先生の声が届いた。
「そういえば、全く教えていなかったわね。ユーロス様は貴族ですよ」
「え⁉ そうなのですね。こんな田舎の雇われ領主なのに……」
「いやいや、田舎とか関係ないから、ユーロス様は貴族なのでその息子のアル君も、一応貴族かな」
「へぇ~」
「軽いわね」
いや、だって、肉も満足に食えないのに貴族だなんて言われても、ねぇ。
それに、こんなひ弱そうなちびっこが貴族だって威張っても、ねぇ。
「おねーさん、僕、一応貴族みたいですけど、気にしなくていいですよ」
「えっと、アル様。そういう訳には……」
「いや、やめて、アル様とか。背中がむずむずする」
「ですが……」
困ってしまったおねーさんは、ラスティ先生へと目線を向ける。助けを求めたようだ。
「ごめんなさいね。この子、本当に貴族だなんて知らなかったのよ。まぁ、クレイン家で細かいこと言う人はいないわ。普通に接してあげて。もし誰かに咎められたら、ラスティが許可したって言えばいいわ」
「はい……ってラスティ様⁉ 気付きませんでした‼」
納得しかけたおねーさんが、俺の時以上に驚きの声を上げる。俺は訳が分からず声をかけた。
「知っているの?」
「はい。もちろん御高名は存じ上げております」
おねーさんはコクコクと首を縦に振る。俺はどんな御高名なのか続けて聞こうとしたが、出来なかった。
「私のことはいいから、手続きを進めて」
ラスティ先生が話を進めてしまったのだ。
「はい! 書類は大丈夫です。出店料は……はい、確かに。では、こちらの札の番号が書かれた場所で店を出してください‼」
てきぱきと仕事を進めるおねーさんにラスティ先生が代金を支払った結果、俺が口を挟む間もなく受付から笑顔で送り出される。
おかげで、何も聞くことが出来なかった。
「むぅ、聞きそびれた。ねぇ、ラスティ先生?」
「なに? ああ、出店料ね。売り上げから返してね」
「それはもちろんですが、それよりもラスティ先生って……」
いつもは俺に目線を合わせて話してくれるラスティ先生が、言うだけ言ってすたすたと歩いて行ってしまう。
――何だろう、言いたくないことなのかな? でも、受付の人の感じだと悪いことじゃないと思うけど……
でも、これまでとは違う雰囲気のラスティ先生に改めて問う気が起きなかった俺は、身体強化をかけた体で野菜を積んだ荷車を引いて指定の場所まで歩いて行った。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこっちだよ。噂で聞いていたが大豆の木一つにこんなに豆が付くとは、知らなかった」
「はい。しっかり深く耕して水を多めに上げれば大きくなりますよ」
「必ず、試してみるよ!」
犬耳のおっちゃんが、買った枝豆を振りながら遠ざかっていく。店を広げてからずっと途切れなかった客が途切れたタイミングで隣に座るラスティ先生に話しかけた。
「凄い数のお客さんですね。『自由市』を開いてまだ、3回目なのに」
「結局のところ、みんな欲しい物が手に入らなくて不自由していたってことよ」
「父さんが頑張ったわけですね」
役所時代、フリーマーケットはもちろんの事、アンテナショップとか百貨店の催事とか色々イベントを手掛けてきた俺には分かる。客を呼ぶのがどれだけ大変かということが。
どんなにいい品物を揃えてもダメで、閑古鳥が鳴いていたこともあった。
――何だか、悲しい気持ちになって来た
隣の店舗は並んでいるのに、どんなに呼び込んでも誰もやってこないイベントを思い出して一人落ち込んでいると、隣から優しい手が伸びてきて俺の頭を撫で始めた。
「ユーロスさんは確かに凄いわ。でも、一番すごいのはアイデアを出したアル君よ」
「え⁉ 僕ですか。いや、僕は普通のことを言っただけで……」
肉が食べたい、という自分の欲求を満たすための、誰でも思いつくアイデアだった。日本人なら誰でも思いつく。
だが、このワーグ属領においては別のようだった。
「この領、いえ、このハポン国では普通ではないわ。誰でも売り買いできる場所を提供しようなんて思うことは、ね」
何だか意味ありげな目線を向けてくるラスティ先生。俺は頭の中に沸き起こった、俺の事、何か感づいているのかも⁉ という嫌な考えから逃げるように目線を逸らした。
「ふふふ、照れちゃって」
俺の態度を勘違いしたラスティ先生が、さらに頭を撫でまわしてくる。
結局俺は。
「他の店、見てきます!」
考えだけでなく、ラスティ先生そのものから逃げ出すことになった。
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