第21話1.21 久々の甘いお菓子は最高でした


 瞼の先に眩しいものを感じ、目を開ける俺。すると見たこともない幻想的な世界が広がっていた。


 真っ白い大理石が敷き詰められた床。その床から伸びる水晶のような物でできた柱、そして空には光り輝く光球達。


「綺麗だ、とても綺麗だ」


 陳腐な表現だと思う。だが他に言葉が見当たらない。人間、本当に良い物に出会うと言葉が出てこないと思わせるほどの光景だった。


「ふぉふぉふぉ、気が付いたようじゃの」


 陶然としている俺に声が掛かった。あの真っ白爺さんこと長老だ。


「えっと、ここはどこですか?」

「ヒーダ大山脈のど真ん中にある我らの拠点、ハイヘフンだの。ふぉふぉふぉ」


 ヒーダ大山脈のど真ん中? 拠点? 何だっけ? いやいかん、まだ頭がボーっとしているようで考えが纏まらない。フルフルと頭を振っていると違う声がした。


「ほら、長老。もっと言うことあるやろう。笑っとらんで!」


 可愛いらしい声だった。長老の結構近くから声がすると思って声の主を探してみる。けど、長老しか目に入らない。

 不思議に思っているとまた声がした。


「そこのあんた、どこ見とるんや! もっと下見いや!」


 声に従い、下、下と思って見てみると、長老の足元にシェールと同じぐらいの年の幼女が立っていた。桃色の長い髪をサイドテールにまとめ、腕を組み勝気そうな目をこちらに向けている。そんな少女と目と目が合ったので挨拶する。


「こんにちは、お嬢ちゃん。長老のお孫さん――」

「違うわ」


 食い気味で反論された。


「ふぉふぉふぉ、すまんの。こやつは我らの仲間だ。こんななりだが年は、ぐふぉ!」

「年の話はせんといて。うちは、立派なレディなんよ。アンタも覚えといてや」


 幼女の言葉に俺はコクコクと頷くしかなかった。幼女の蹴りが見事に長老の脛を直撃していたから。弁慶でも泣いちゃう攻撃だから。あれは、かなり痛いだろうと思うから。


「ふぉ、ふぉふぉふぉ、すまんの。しかし、『時空』の、レディは何かを足蹴にしたりしないと思うがの」


 うずくまり脛をさすりながら反論する長老。かなり辛そうだ。だが、幼女はお構いなしだ。


「さ、それより、アンタ大丈夫? 訳も分からんと転移魔術に放り込まれたみたいやけど。全く、長老ったら何も考えんと転移してくるんやから、場合によってはショックで精神に異常をきたすかもしれへんのに」

「そういえば、そうじゃったの。大丈夫か、アル君や。つい嬉しくて、説明をすっ飛ばしてしまったの」

「あ、はい。ちょっとボーっとしていましたけど。もう大丈夫です」


 お二人のどつき漫才のおかげで、と続けそうになったけど心の中だけで思うことにした。

 あの子の目が怖いので。


「それより、どれ位気を失っていたのでしょう。長時間いなくなると家族が心配するのですが」

「ふぉふぉふぉ、それなら大丈夫。ほんの数分だけじゃ。それに、家族には気づかれないように帰してあげるでの。心配不要だの」

「何、自分だけの手柄みたいに言うてんの。どうせ、私の魔術あてにしてるんやろ!」


 また、どつき漫才が始まりそうな二人の会話だけど、少し気になる単語があった。


「あのー、お二人は魔術を使われるのですか? 理術とは異なる?」

「長老~。ほんまに何も説明せんとつれてきたんやね~」


 俺の言葉にちょっとびっくりした顔をした幼女が、長老の方を向いて怖い顔をしている。


「ふぉふぉふぉ、ふぉふぉふぉ、いやほんと、天の声を聴いてから5年。やっと見つけたでの。嬉しくての。ほら、皆も早く会いたいだろうしの。だから、ふぉっ――」


 今度は、反対の脛だった。


「はぁ~~~全く、連れてきてしもうたんは、しょうがないな。まず、状況確認を進めることにしよか」


 幼女は蹲る長老を気にも留めず、付いて来てや、と手招きしていた。


 すたすた歩く幼女に導かれてたどり着いたのは、テーブルと椅子がある会議室みたいな部屋だった。さっきの幻想的な雰囲気からのあまりの変わりようにちょっと戸惑ってしまう。


「何してんの。座んなさいよ。椅子の無いとこから来たわけや無いでしょ?」


 幼女は、ぶっきらぼうに椅子を進める。その幼女はというと座らずにどこかに出て行ってしまった。


「ふぉふぉふぉ、座りなさいな。時空のなら茶を用意しに行っただけだからの。ああ見えて、気遣いのできる女性だからの」

「では先に失礼します」


 いつの間にか付いてきていた長老の変なフォローは無視して目の前の椅子に座ってみる。


 そして驚いた。


 一見普通に見える椅子だったのに、座り心地が全く違う。そうこれは人間工学に基づいて設計製造された椅子。日本の役所で掃除のときにちょっとだけ座ったことがある市長の椅子と同等、いやそれ以上の座り心地。その座り心地を普通の見た目で再現する技術。この人達、本当に只者では無いことを確信する椅子だった。


「どないしたんアンタ?」


 俺が感動に浸っているところに幼女の怪訝な声がする。見ると、お茶とお菓子を持ってきていた。


「あ、お気遣い無用ですよ」


 一応、大人として遠慮する体を出すと、幼女がますます怪訝な声で返してきた。


「こんな子供に言われると、なんかイラっとするなぁ」

「それは、お互い……ふぉふぉふぉ」


 長老、今回は途中で気づいたようだ。笑ってごまかした。


「まぁ、ええわ。食べて」


 ちらっと長老をみた幼女だったが無視してお茶とお菓子を並べていく。その並んだお菓子に、俺は我が目を疑った。


 出されたバームクーヘンに。


 震える手でバームクーヘンを掴み口に入れた瞬間、天にも昇るような気分になった。

 この世界ジアスで物心ついてから2年余り、お菓子と言えば甘味の少ない果物が殆どだった。極稀にビスケットみたいなものが出てきたが、砂糖が貴重なこのご時世、甘味もなくパサパサの保存食と同じにしか思えなかった。


 そんな食生活を送っていた俺の前に突如現れたバームクーヘン。出されたフォークを無視して手で掴んで口いっぱい頬張っても文句は言わせない! ああ、生きているって幸せ。


 だけど、そんな幸せは長続きしなかった。


 直ぐに終わってしまった。食べ終えてしまった。どんなに皿を見てももう何もない。絶望に暮れる俺に天使の声が聞こえた。


「そ、そんなに飢えとるん? 大丈夫? うちのもあげよか?」


 冷静に聞けば、かなり引き攣った声だったに違いない。だけど本当に天使のような声に聞こえた俺は反射的に首肯した。


 そして二度あることは……と、もう一度同じことを繰り返した俺は長老の分まで食べてようやく落ち着いたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る