第8話1.8 5歳になりました
新しく暮らし始めた世界『ジアス』、一年という期間は地球とほとんど同じだった。一日の時間も同じだと思う。体感なので絶対ではないが。
さらに言うと季節の移り変わりも地球いや日本に似ており、春が来て新芽が出て、夏が来て暑くなり、秋が来て森が色付いて、冬が来て雪が降った。
少しだけ、日本が生まれ育った町が恋しくなった……戻れないと分かっているけど。
そんな季節が二回巡り、5歳になった俺は体が少しだけ丈夫になっていた。
「アル君、凄い! 『身体強化』無しで走れるようになったのね」
「ええ、少し、だけですが」
走れると言っても少し駆け足しただけで息が上がるぐらいだが、それでもラスティ先生から見たら驚異的らしく、体中撫でまわして喜んでくれる。
俺は少し鬱陶しくなって、ラスティ先生を手で押した。
「アル君、酷い! 私を押しのけるなんて、ずっと献身的に支えてあげたのに、私の助けなんてもういらないのね……」
よよよ、と泣き崩れるラスティ先生、俺は慌てて言い訳をした。
「ち、違いますよ。走ったから少し暑かっただけです」
「そう? ならもういいわね」
けろっと、笑顔に戻った先生が再び俺を抱きしめ始める。俺は変わり身の早さに呆れながらも、ある感触を確認していた。
――Bカップぐらいか?
ここ2年で膨らんだラスティ先生の胸の感触だ。記憶を取り戻したころは男かと間違えるほどの体形だったのに、すっかり女性らしくなっていた。
――膨らんだのは『豊胸』理術の影響か、はたまた食糧事情の改善か
今の俺には判断が付かない。考え込んでいると、その柔らかな感触が無くなった。
「アル君、どうしたのかな? 難しい顔して」
「え⁉」
突然の問いに、思わず胸に向けそうになった視線を先生の顔へと持ち上げ、無理やり話題を変えにいった。
「……畑、豊作ですね」
「そうだね。アル君の土理術のおかげだよ」
ラスティ先生が家の敷地内に広がる畑を眩しそうに見つめる。
畑には、作物が青々と広がっていた。
「でも……」
俺も畑を見ながら言いかけた言葉を止める。でも先生には言いたいことが分かっていたようだ。
「野菜ばかりだと飽きちゃった?」
「ええ、正直、肉が食べたいですね。大豆も美味しいのですが……」
身体を成長させるためにも『動物性たんぱく質』が必要だと思うのだが、ハポン語ではなんて表現したらいいのか分からない。悩んでいると先生は勘違いしたみたいだ。
「ふふふ、そんなにお肉食べたいの。私が狩ってきてあげようか?」
こう見えて私、狩り得意なのよ! と弓を構える真似をするラスティ先生。
大変魅力的な提案だけど、先生にはゼロス兄さんの家庭教師という仕事がある。頼るわけにはいかなかった。と言うより、肉を定期的に調達しなければ意味がなかった。
俺は畑を眺めて考える。浮かんだ答えは。
「この野菜って売れないですかね?」
そう食べきれなくて配っている野菜を現金に換えて、その現金で肉を購入することが出来ないか、と言う誰でも考え付きそうな素朴な案だ。
だが、言われたラスティ先生はと言うと。
「え、うーん、売るのは難しいかなぁ……」
なんだが、悲しげな顔をして遠くを見ている。そんな先生の表情を不思議に思いながら俺が眺めていると、まだ早い? でもアル君なら、などとつぶやいていた先生が何かを決意したのか、俺の身体をひょいと担ぎ上げた。
「見た方が早いわ、行きましょ」
「え、行くって、どこへ?」
困惑する俺をよそに先生は母さんに、ちょっと出てくるわ、と軽く挨拶してから歩き始める。向かう先は屋敷の表門だった。
「そ、外?」
「そうよ。アル君、ひょっとして初めて?」
そう言えば初めてかも、と思い返す俺の返事を待たずにラスティ先生は表門から外に出て、すたすたと足を進める。
抱き抱えられたままの俺が、どこに向かうのだろうと、思い始めたところで見えてきたのは、町というよりも村という言葉がよく似合う建物の集まりだった。
ラスティ先生がその村の一角で足を止める。そして、俺を降ろしてこういった。
「ここが、このバーグ属領の領都ルーホールの商業街よ!」
はっきり言って、言われた瞬間どころか数分は先生の言葉の意味が理解できなかった。
領都の商業街が、かつて自分が住んでいた田舎の商店街より寂れているなんて思いもよらなかったから。
「………………客が、一人もいませんけど……」
「そうね。いないわね」
「……これが日常?」
「もちろん!」
「みんなはどこで買い物を?」
「買い物なんてしないわ」
「⁉」
どうやって生きていくのか! と衝撃を受けていると先生が教えてくれた。
話によると、この領都の人々は物々交換で生きているらしかった。なら、なんで店があるのか? と思ったら、どうやら生活必需品を販売している店だということだった。
「塩に、理具に、嗜好品の店ですか」
「そうよ。自分達で調達できない物を売る店ね。高いのよね~」
「でしょうね!」
食い気味に突っ込んでしまったが、致し方ないと思う。こんな価格競争の無い店舗、安くなるはずがないのだから。
――この領、このままだと先がないのでは……
こう考えてしまうのも致し方ない。
現状、このバーグ属領は本領からの補助金で成り立っているのを知っているから。
ゼロス兄さんが困っていたので、ちょっと計算問題教えてあげた結果、あれもこれもと、計算練習という名で帳簿の間違い探しさせられたおかげで。
補助金を切られたら町は終わりだ。
聞いたことある状況に、帳簿を見た時も、大丈夫か? と心配になったが、町の現状を見たら心配は杞憂ではないと確信してしまった。
――これは自分で何とかしないと、肉は食えないどころか、一家で路頭に迷うぞ……
俺は町の税収を増やしつつ自分が肉を買う金も稼ぐために、役所時代の知識をフル動員する。
導き出された答えは。
「フリーマーケットってどうですかね?」
そう、単純に店の数を増やすことだった。
「アル君、それは何?」
俺の顔を覗き込んで尋ねてくるラスティ先生に俺は自分の知っている限りの現地語で説明する。
――くそう、『自由経済』とか『市場価値』とかハポン語で知らねーよ
内心で愚痴りながら続けた説明はラスティ先生の言葉に届いたようだった。
「分かったわ。すぐに行くわよ!」
「行くってどこに⁉」
またしても困惑する俺を抱きかかえたラスティ先生が、今度は駆け出していく。
そして、たどり着いた屋敷、しかも、領主である父さんの前で同じ説明をさせられる羽目になった。
俺の話を聞いた父さんは、難しい顔で考え込んでいた。
「ユーロスさん、いいと思わない?」
「……いいとは思います。ですが――」
「商業組合?」
「はい。商売を仕切っている彼らが何と言ってくるか……」
商業組合、確か、商人たちの集まりだったはず。理由は分からないが、フリーマーケットを開くために、その商人組合が文句を言ってくるという。
――値段が下がるからかな?
いわゆる既得権益者というやつか。日本でも良くある話だ。役所でも、よく相手をした。新しいことをしようとすると、すぐに反対する輩と。
などと、勝手に考えていたら少し違うみたいだった。
「塩の価格で、かなり無理してもらっていますから……」
「他の商品で利益を得ているのに、それが売れなくなると困る、か」
分からない話ではないが、経済から考えると尋常な話ではなかった。
こういう場合は、行政側が仕組みそのものを変えないと正常にはならない。
「あのー、塩が問題なら父さんが塩を買い上げたらいいのではないですか?」
「俺が塩を⁉ ……なるほど――」
たった一言で父さんは理解してくれたようだ。
俺がやりたいことは、いわゆる官営事業である。そもそも、塩なんて命に係わる品物だ。日本でも長いこと官営事業だったはずだ。今でもどこかの省庁で管理しているぐらいの。
そんな大事な事業を組合とはいえ商人が握っているなんておかしい。すぐに改めるべきだった。
「それなら、いけるか? だが、商人は利益が無いと……」
少しだけ明るい顔をしていた父さんが、再び難しい顔で考え込み始める。
「それなら、主催を商人組合に任せればいいのではないですか?」
「そうか! 一枚噛ますのか……」
打てば響く――父さん、優秀な領主みたいだ。普段は優しいお父さんといった雰囲気なので、こんなに仕事できるなんて知らなかった……。
ちなみに、こっちは官主導の民間事業である。委託して利益を上げてもらって税金として納めてもらえれば領主としては十分なはずであった。
「行ける。いけますよ。ラスティさん。長年の課題だった経済活性化に向けて」
「よかったわ」
父さんの晴れやかな顔にラスティ先生がにっこり笑顔を返す。
――父さんも生徒みたいだな……
ラスティ先生の対応がゼロス兄さんへ向けるものと同じだったので変な感想を抱いてしまう。
そんな不思議な感覚に囚われていると。
「よし、父さんは仕事をするから、アルはおやつでも食べておいで」
一人部屋を追い出された。
―――
「ラスティさん、いや、先生、アルはいったい何者なのでしょうか?」
「ユーロスさんに先生って言われると何だか年取った気がするわね……」
アル君が出て行った後、突然発せられた問いかけにため息で返すと、ユーロスさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
私は、その態度を見て漏れそうになる笑いをこらえながら答えた。
「アル君は、アル君よ。ユーロスさんとカレンの子供」
「ですが……」
「言いたいことは分かるわ。今回のことも畑のことも、なにより二年前突然ぺらぺらと話し始めたことも」
――ついでに言うと私の胸が膨らみ始めたことも、ね
「不思議な子。でも悪い子ではないわ」
「言うことはよく聞くし、それは分かりますが……」
「二年前にも話したでしょ。私は信じている、と。もし、ユーロスさんが手元に置きたくないというなら、私がどこか遠いところで育てると。その気持ちは今でも変わらないわ」
「決して子供として愛せない、と言う訳ではないのです。ただ、気になるのです。あの知識の出所が……」
沈痛な面持ちで言葉を止めるユーロスさん。
「私も気には、なってるわ」
――ユーロスさんが考えるよりも何倍も、何倍も!
思わず自分の胸に手を当ててしまう。そして私は締めくくった。
「でも、
意見を押し付ける気はない。どうしても聞きたくなったら聞けばいいと思う。
自分の息子の事なのだから。
「それじゃ、ゼロス君の授業の時間だから」
私はユーロスさんの執務室を後にする。
後ろから。
「よろしくお願いします」
という言葉だけが聞こえてきた。
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