第7話1.7 順調に成長しています



「大きく、膨らみましたよ」

「本当に大きいわねぇ」


 俺の言葉にラスティ先生が大きな頷きを返す――が、一つ言っておこう。

 膨らんだのはラスティ先生の胸の事ではない!

 膨らんだのは大豆の鞘である。今日は、枝豆の収穫をしているだけである。


「本当ね。私の植えた大豆とは大きさが倍半分ぐらいあるわね」


 俺が豆の鞘を一つずつ収穫している後ろで母さんが感心しきりで頷いている。


「お水、沢山あげましたから」

「それだけじゃないでしょ? 芽が出た後も何度か、耕していたわね」

「はい。土の表面を柔らかくしたついでに、豆の木が倒れないように根元に土を寄せたりしました」


 おかげでかなりの豊作である。日本で見た畑にはまだ遠いが、初めてにしては十分な成果と言えた。


 ちなみに耕すのには土理術を使った。理力を込めたら何の違和感もなく、土は動いた。


 結局、水も風も土も理術としては、みんな同じだというのが俺の結論だ。

 液体だろうと気体だろうと固体だろうと、粒子の集まりであることには変わりない。理力で粒子を動かすと考えれば問題なく発動した。

 放出系で唯一違っていると感じるのは火理術だ。といっても粒子を動かすのか温めるのかの違いだけで、本質的には同じだと感じられたし、また問題なく発動した。


 うんうん、頷いていると、しみじみとした声が届いた。


「私も真似した方がいいのかしら?」

「はい。ぜひやってみてください」

「そうねぇ。アル、手伝ってくれる?」

「もちろん!」


 収穫の手を止めて母さんを見ると、何も植わっていない畑という名の荒れ地へ目を向けていた。

 今すぐにやってほしいみたいだった。


「ここですか?」

「ごめんね。後でもいいのよ?」

「大丈夫ですよ。今日食べる分の収穫は終わりましたから。あ、でも先に草枯らせてもらっていいですか?」

「どうやって枯らせるの?」

「火理術で炙ってほしいです。その方が、早く草が土に還りますから」

「?」


 俺の言ったことが理解できなかったのか、不思議そうな顔で俺を見ていた母さんだったけど、とりあえず言われたようにすることにしたのか、中丹田の理力を練り始めた。


「炎よ。焼き尽くせ!」


 言葉に合わせて母さんの手から炎が伸びる。俺は、その炎を見て疑問に思った。


「なんで、母さんの炎はいつも青い?」


 これまで、何度か母さんの火理術は見せてもらっていた。竈に火をつけるとき、庭でたき火をするとき、俺に火理術の手ほどきをするとき、そして父さんや子供たちに対して本気で怒ったときに背後にちらちら見える炎……

 どんな時も必ず、母さんの炎は自身の髪の色同様に青かった。


――青いってことは、温度が高いってことだよな


 悪魔の力を持った退魔術師とは違うはず、と思いながら俺は自らも火理術を使ってみる。

 すると現れたのは普通の火だった。


「やっぱり、赤だよな」

「まぁ、それが普通よね」

「ラスティ先生、何かご存じですか?」


 枝豆を入れたざるを持ったラスティ先生が現れたので聞いてみる。

 だが。


「私も詳しくは分からないわ。ただ、カレンは私が火理術を教えた時から青い炎を出していたわ」


 有用な回答は得られなかった。


――でも、高い温度が出せるってことは、有能ってことだ。


 カノンさんが有能な遺伝子組み合わせの片割れとして選んだのだから当然か、と考えている間に草が枯れるというより灰へと変わっていく。

 数分後、見渡す限りの草が消滅していた。


「どうせだから、畑広げようかと思うの」


 枯草一本残ってない荒野を背に首をコテンと可愛らしい笑みを浮かべる母さん。俺は、ちょっと見惚れた後で自分のやるべきことを思い出した。


「……分かりました。耕しますね」

「ありがとう。枝豆、料理してくるわね」


 優しく頭を撫でてくれた母さんがラスティ先生から、ざるを受け取りスキップ交じりで遠ざかっていく。俺は長い息を一つ吐いてから中丹田の理力を練り地面に流し込んだ。

 するとボコボコと土が盛り上がり、上下が反転する。

 これは土がトラクターで耕した時と同じになるように考えた、『耕耘』理術であった。


 その耕耘理術を畑の範囲内にかけていく。数分後、作業は終わった。


「畝立ては今度でもいいですかね」

「大丈夫よ。冬野菜を植えるには少し早いから。それより、理力は大丈夫なの」

「ええ、耕す土の動きが最小限になるように理術を発動させてますから、使う理力は少ないです」

「ならいいけど、気を付けてね」

「はい」


 俺は差し出されたラスティ先生の手を取り、おやつの枝豆を食べるべく家へと歩き始めた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る