第5話1.5 食生活改善は必須です
朝はスッキリと目覚めた。
言っておくが変なことはしていない。というか、まだできないから‼
誰に言っているのやら……話を戻そう。
緊張して寝むれないかと思っていたが、ラスティ先生の話に聞き入っているうちに寝入ってしまったのが良かったのかもしれない。
「おはよう、アル君」
「お! はようございます。ラスティ先生……」
でも、やっぱりふんわり寝巻を着た美女からの朝の挨拶にはドキッっとしてしまう。
「ふふふ、良いごあいさつね」
思わず俺が目線を外していると、後ろから優しく抱きしめてくるラスティ先生。
刺激的な朝の始まりだった。
「やっぱり、薄い……」
決してラスティ先生の胸の事ではない……しつこいな。
ともかく薄いのは、先生の手から逃れ、そそくさと着替えを終えた俺は食堂で出された汁を食べた感想である。
朝食のメニューは、炊き立ての玄米ご飯にお漬物。そして、みそ汁だった。
それを見て、塩以外にも調味料あった! と喜んだのは一瞬だった。
――これって味噌溶いているだけだよな。コクが無いというか、深みが無いというか……
ほとんど塩味だった。
日本で食べていたインスタント味噌汁と比べてみると一味も二味も足りない汁を飲んでため息をついていると隣の席に人が来た。
「アル君、おはよーってさっきベッドの上でも言ったね~」
ご存じスレンダー美女、ラスティ先生だ。ふんわり寝間着から着替えて普段着のパンツスタイルになっているけど、一晩一緒にいたと思うと何だか直視できない。
結局、ぼそぼそとしたあいさつになった。
「……おはようございます。ラスティ先生」
「うん、おはよーって、アル君どうしたの元気ないね? 部屋では笑顔だったのに、ちょっとおっさん臭い笑顔だったけど」
首を傾げたラスティ先生が俺の額に手を当ててくる。
俺は慌てて笑顔を作った。おっさん臭くないやつを――って違いは分からんが!
「何を言っているのですかラスティ先生、僕は元気ですよ⁉」
「そう、ならいいけど」
ラスティ先生がにこっと笑顔で答えてくれる。
俺は内心焦っていた。母さんがこっちを心配そうに見ていたからだ。
――元気がないとか思われたらベッドに逆戻りだ
もう一日中寝て暮らすのは勘弁してほしかった。テレビもラジオもネットもゲームも何にもない部屋で過ごすのは退屈すぎた。
俺は大慌てで薄い味噌汁と玄米ご飯を食べ終えて、ごちそうさまをする。そして子供部屋へと向かった。
子供部屋、俺を含めた三つ子とローネさんの子供たちを遊ばせるための部屋だ。
「ここに来るのは久しぶりだな」
記憶が戻ってからは初めてである。
改めて辺りを見回す。
ビルやユーヤ兄が振り回す木の棒、シェールやサーヤが人形遊びに使う壊れた木の食器などが部屋の隅に片付けられていた。
――ここでも退屈かもしれない
いい歳した大人がチャンバラごっこもおままごとも気恥ずかしい。何をしようかと悩んでいるところに。
「アル君、おはよう。早いね」
「おはようございます」
ローネさんがサーヤを連れて現れた。
「おはよう、サーヤ」
「あるにいしゃま。おはよ、でしゅ」
ぺこりと頭を下げてサーヤがあいさつする。俺は、優しくサーヤの頭を撫でてあげた。
にっこり微笑むサーヤへローネさんが告げる。
「じゃ、サーヤ。ここで遊んでいるのよ。」
「あい」
「アル君よろしく」
ローネさんは言うだけ言って足早に立ち去っていく。
「サーヤ、何して遊ぶ?」
俺の服をギュっと掴むサーヤへ俺は微笑みかけた。
「あるにいしゃま、ごはん、どうじょ、でしゅ」
「サーヤ、ありがと」
遊びはサーヤの希望で仕方なくおままごとになった。身体強化理術が無いと思うように動けない俺にとって、いい運動量の遊びだ。退屈だけど……。
サーヤが渡してくる皿やコップに見立てた木切れを俺は受け取る。
俺は、ご飯を食べる真似をしながら考えていた。
――成長理術が今一つ上手くいかないのは食生活が悪いからでは?
祝いである昨晩のメニューを別にすると、普段は一汁一菜を地で行く本当に質素な食事だった。
俺は健康課の保健師さんの言葉を思い出す。
『日本人の体格が良くなったのは、食生活が豊かになったからよ』
江戸時代の人は現代人に比べると30㎝ぐらい小さかったらしい。その原因は、
――まずは、食べ物をどうやって調達しているか調べるか
「おしる、どうじょ、でしゅ」
「お、ありがとう」
サーヤが差し出してきた壊れた食器を受け取り、お汁を飲む真似をする。
俺は食器を返しながら聞いた。
「お汁に入っている、おネギさんはどこにあるの? サーヤ知っている?」
「うん! サーヤしってう、でしゅ!」
知っていることを聞かれたのが嬉しいのか、サーヤは元気に首を縦に振る。
そして、立ち上がって俺の手を取った。
領主の家だからか、面積だけは広い家の中をサーヤと二人手を繋いで歩く。
いくつもの部屋の前を通り過ぎ、サーヤが裏口に向かっていると分かったころ、廊下を歩いているシェールに出会った。
「あるにぃ、どこいくの?」
「おネギさんのあるところだよ。シェールも知っている?」
「うん、しってる!」
元気に返事をしたシェールが空いている俺の手を取る。
そして、二人して俺を引っ張り出した。
裏口を出たシェールとサーヤは庭をずんずん歩く。俺は身体強化を使って何とか遅れないように足を進めながら、感動していた。
――そういえば、外に出るの初めてか?
今生の記憶という名の情報を探ってみても、俺が外に出ている映像は見つからなかった。
足元の草、生えている木、そして青い空、前世では何とも思わなかった景色に目を奪われていると、鼻歌を歌いながら草をひく人影を見つけた。
「かあたんだ!」
シェールの挙げた声に気付いた母さんが顔を上げる。そして、こちらを見た瞬間、駆け寄って来た。
「あ、アル! 大丈夫なの、こんなところまで来て⁉」
ものすごい勢いで近づいてきて、手をあわあわさせる母さん。俺は、ちょっと驚きながら返した。
「だ、大丈夫ですよ。シェールとサーヤもいるし」
「でも、躓いて骨でも折れたら……」
倒れただけで骨が折れるって、後期高齢者か! と突っ込みたいところだけど、今の俺ならあながち間違いでもないか、と考え直した俺は母さんに笑みを向ける。
「分かりました。母さんの側にいます。それならいいでしょ?」
「いいけど……暑くなり始める季節だから、無理はしないでね。二人もアルのこと見ていてね」
渋々承諾した母さんは手を繋いでいるシェールとサーヤに声をかける。
「うん」
「あい、でしゅ」
二人は元気な声を上げた。
「それじゃ、私は畑の世話があるから、じっとしているのよ」
俺達を木陰に誘導して、びっ! と指を立てた母さんが草引きをしていた場所へと戻る。
俺は母さんの様子を眺めていて疑問を覚えた。
「あれ、何か避けて草を抜いているね。シェール、何か知っている?」
「しってう! おいもしゃん、うえてうの‼」
「え⁉ あそこが畑ってこと?」
「あい、おねぎしゃん、あっち」
サーヤが立ち上がって指さす。その先には、確かに朝の汁に入っていたネギが生えていた。ヒョロヒョロと……
「嘘だろ……」
俺は愕然とした。目の前の場所がとても畑だとはとても思えなかったからだ。
「畑って言うのは、もっと作物が生き生きと……」
農林振興課にいた頃見た畑の風景が脳裏に浮かぶ。俺は、その時の会話を思い出していた。
『作物が生き生きとしていますね』
『んだ、しっかり土作りしとるけんね』
『んだんだ、作物の元気を一番に考えれば農薬なんていらんけんね』
『ばーさんはワシより作物が一番やけん』
『じーさん、何拗ねとるんよ。じーさんのために野菜作っとやで』
『いやいや、孫の為じゃけん』
『そーいや、そーじゃ』
『『がはははは』』
――あー、何の話だっけ……初めの、土作りだ!
立ち上がった俺はヒョロヒョロと生えているネギに近づき、土に手を当てる。
その手触りは――カッチカチだった。
「こんな硬い土では無理だ……」
項垂れていると、背後から抱き抱えられた。
「こら! アル‼ 木陰に居なさい‼‼」
いつの間にか近づいていた母さんが、俺を元居た場所へと連行する。
俺は、駄目よ! と注意する母さんに尋ねた。
「母さん、畑の土って耕している?」
「ええ、もちろんよ。植える前にスコップで掘り起こしているわ。そうしないと、種植えられないしね」
「それってつまり、種植えない場所は?」
「植えない場所? 何もしてないわね……」
必要なの? って感じで母さんが可愛らしく首を傾げる。
母さんの仕草と返答の衝撃によって俺の思考が停止しているところに、声が届いた。
「アル君、こんなところにいたのね。部屋にいないから探しちゃった」
「あら、ラスティ。ゼロスさんの授業は終わったの?」
「ええ、いましがた。それで、どうかしたの?」
「アルがね――」
母さんが種を植えない場所を耕さないことを不思議がっていると説明する。
「えっと、初めに畑を作った時だけ耕したわね。農家の人にアドバイス貰って」
「そうそう、したわね。ワーグに手伝ってもらって――」
ラスティ先生と母さんが昔話に花を咲かせ始める。その話を聞いていて俺は理解してしまった。
目の前の光景が、この硬い土に作物を植えるのが、この
――そりゃぁ、あんな食事しか出てこないわけだ
「はぁー」
この文明、大丈夫なのか? という考えが頭に浮かんでしまい、思わず漏れたため息を聞いていたのか、ラスティ先生が母さんとの話を切り上げて尋ねてきた。
「アル君、野菜作りに興味があるの?」
「あります!」
俺は反射的に答える。野菜作りというか、農業全般にテコ入れが必要だと感じていた。俺が大きく、本当の意味で物理的に大きく成長するためには。
「そう、ならやってみる?」
「待って、ラスティ、アルはやっと歩き出したところなのよ?」
「大丈夫よ。身体強化もスムーズに発動できるようになってきているし。私も手伝うから、ね、アル君」
ラスティ先生の言葉に折れて、分かったわ、と母さんが許可を出す。
こうして俺の俺による俺のための農業改革が始まった。
作物を育てるために必要なこと、一に土作り、二に土作り、三四が無くて、五に土作り。
かつて聞いた農家の爺さんの格言だ。
――あの爺さんの畑に植わった作物はどれも生き生きしていた
この世界でも、あの畑を目指す! と意気込んで俺は鍬を振り下ろす。だが、鍬は全くと言っていいほど土に刺さらなかった。
一角を借りた母さんの畑は、信じられないほど硬かった。
いや、俺がひ弱なのか……
――うそだろ~
俺は身体強化を全力にして再度鍬を振り下ろす。すると、ほんの少しだけ鍬は地面に刺さり土が掘り返される。だが、何度か鍬を刺しただけで今度は理力が無くなり、身体強化を維持できなくなっていた。
俺は、その場に座り込んで掘り返された土を手にして項垂れた。
「いくら身体強化があるからと言っても、人力じゃ無理か」
「そうねぇ。こういう時には――土よ」
ラスティ先生が、地面に手を置いて理力を込めると、数十センチほど土が盛り上がった。
「先生、凄い!」
「ふぅー、ありがと」
微笑むラスティ先生だが、少し息が荒い。家庭教師として理術も教えているラスティ先生が何故? と俺が疑問に思っていると先生が教えてくれた。
「今のは、土理術。土を動かす理術だけど、私、得意じゃないの」
「理術に得意とか不得意とかあるのですか?」
「ええ、私は風理術が得意なの。適性なんて言われているけどね――」
農業改革のはずなのに、なぜか理術講義が始まった。
覚えておくべきことは。
「物質に影響を与えるのは中丹田の理力。適性の有無は調べられない。練習してみないと分からない」
「よくできました」
ラスティ先生が優しく頭を撫でてくれる。そんな中、俺は、どうすればいいか考えていた。
俺がこれまで練習してきたのは、身体強化、下丹田を使った理術だ。そんな俺が、いきなり土理術を使ったとして、結果は見えている。多分、砂粒が一個動く程度だ。身体強化理術でも歩くまでには、それなりの努力が必要だった。世の中、甘くはない。
だったら、と方向性を変えてみる。
「ラスティ先生、風理術が得意なのですね。でしたら土の中に風を吹かすことは出来ませんか?」
「土の中に風?」
「ええ、土の中にも、『クウキ』……風の元になる物がありますので、それを動かすのです」
「風の元になるのは、気体ね。それが土の中にもあると?」
「はい。うまく話せませんが、あります」
説明するには、現地語の語彙が足りない。もどかしい思いをしている俺の顔をじっと見ていたラスティ先生が手を下に突き出した。
「風よ!」
瞬間! 広範囲にわたって爆ぜる大地。前方十数メートル四方で土煙が上がった。
「おお! 凄い‼」
「私が土理術を……」
感動する俺の横でラスティ先生が自らの手を見つめる。想定外の出来事に理解が追い付いていないようだった。
「何なの⁉」
大きな音が響いたからか、母さんがシェールとサーヤの手を引いて駆けつけてくる。
「ラスティ先生に風理術で土を耕していただきました」
「風理術で土を耕す?」
何言っているの? って感じで母さんが目を細める。
俺はさっきと同じように、土の中にも気体があると話をするが――
「ラスティ、アルは何を言っているの?」
理解はされなかった。
「私にも今一つ理解できないわ。ただ、アル君にお願いされて土に向かって風理術を発動してみたたら、本当に発動したの」
「はい?」
母さんとラスティ先生が眉間にしわを寄せながら見つめ合う。
「うーん、どう説明したらいいのかな? 土も風も全て小さな粒の塊で、全て『ゲンシ』で構成されているのだけど……」
俺がどう言えばいいか困って説明を考えていると、横から可愛らしい声がした。
「『ゲンシ』って、なにー?」
「シェール、『ゲンシ』ってのは、小さな小さな粒のことだよ。土や風や水や火、目に見える全部『ゲンシ』が集まって出来ているよ」
「サーヤもでしゅー?」
「もちろんサーヤもだよ。サーヤの身体も『ゲンシ』が集まって出来た『サイボウ』で出来ているよ。分かるかなー?」
「はい」
「あい、でしゅ」
元気に頷くシェールとサーヤだが。
――分かって無いだろうなぁ
俺は、あえて突っ込むことはしなかった。
俺と二人の話が終わった後も、母さんとラスティ先生は難しい顔で話し続けていた。
俺は、そんな二人を横目に鍬で柔らかくなった土で畝を作り始める。
数メートル進んだところで、ラスティ先生がこちらをじっと凝視していることに気が付いた。
「アル君、今度は何をしているの?」
「種を植える場所を作っています」
「なぜ盛り上げるの?」
「えっと、種が元気に大きく育つように」
「種が元気に大きく育つ……」
俺の返答をかみしめるように復唱するラスティ先生。俺は、そんな先生に逆に尋ねた。
「今から植えられる野菜はありますか?」
「え……あるわよ。今からなら豆がいいわね」
「どんな豆ですか?」
「お味噌を作るのに使う豆よ」
――つまりは、大豆ってことか
俺は大豆の特性を思い出す。
畑の肉と言われるほどたんぱく質の多く、早めに収穫すると枝豆として食べられ、なにより痩せた土地でも作れる作物だった。
「植えたいです」
「分かったわ。種用意するわ」
「お願いします!」
後日、耕した土地すべてに大豆を蒔いた。
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