第4話1.4 美人さんと一緒に寝るのは緊張します
成長ホルモン分泌理術――略して成長理術――を使い始めて一月ほどたったころ、俺はようやく歩くことが出来るようになっていた。
と言っても、成長理術が効果を表したわけでなく、身体強化理術が上手になったのだ。
「アル、ゆっくりでいいからね」
「はい!」
母さんに手を取ってもらいながら俺は一歩一歩確実に足を進める。向かう先は家族皆が食事をする食堂だった。
「ふぅー」
俺は食堂の椅子に座って一息つく。
すると目の前に座る細身の男性と目が合った。俺の父さんだ。
「アル、お疲れさん。上手に歩けるようになったねぇ」
「父さん、ありがとうございます。理術を教えてくれたラスティ先生のおかげです」
頭をぺこりとしてから俺が父さんに微笑むと、父さんは何故か少し引き攣った笑顔を浮かべている。俺がなんだろう、と疑問に思っていると横から声がした。
「アルは、おしゃべりも上手になったね。僕より上手なぐらいだ……」
ははははは、と乾いた笑い声を出しているのは今年10歳になったゼロス兄さんだ。
こちらにも、ありがとうございます、と返しながら父さんと兄さんの二人が、なぜ何とも言えない表情をしているのか考えていた。
記憶を取り戻してから、まともにこの二人に会うのは始めてだ。部屋まで会いに来てくれることもあったけど、ごく短時間で本当に生きていることを確認に来ている感じだった。
――確かにあまり会話をしていないか
記憶が戻る前の記憶――垂れ流して入って来ていた情報――を思い返してみても、俺はほとんど言葉を発するようなことをしていなかった。
だから、俺が話をするのが珍しいのか、と当たりを付けたのだが、そうすると別の疑問が湧いてきた。
――母さんは、気になっていないのかな?
母さんだけじゃなくラスティ先生もローネさんも、俺の変化に気付いていないはずがないのに、全く気にすることなく対応してくれていた。
何故だろう? じっくり考えてみるが、なにも思いつかない。
直接聞くしかないか、何と言われるか分からないから聞くの怖いけど……とちょっと怯んでいるとゼロス兄さんの反対側から声が聞こえた。
「アル、何考えているの? 変な顔して」
「あるにぃ、おなかすいてう」
「あるにぃ、こまってう」
母さん、そして母さんと手を繋いだ、子供二人だった。
「だ、大丈夫ですよ。ははははは」
俺は、ついさっき聞いたような乾いた笑い声を出してから話題を変えるために子供に声をかけた。
「ビル、シェール、こんばんは」
「こんばんは!」
「こんばんは」
元気な挨拶を返してくれる男の子はビル、ぺこりと頭を下げて挨拶を返してくれる女の子はシェール、二人は俺の弟妹に当たる。とは言ってもこの二人、生まれた日は俺と同じだ。つまり俺達は三つ子の兄弟ということだった。
そんな弟妹だが、これまでは滅多に会うことが無かった。
理由は単純。元気いっぱいの二人と俺が一緒にいると俺が疲れてしまうので、バラバラに生活していたのだ。最近は俺の体力が増えてきて、少しずつ顔を合わせるようになってきていたが。
そんな二人が、俺の横の椅子へとよじ登り座る。そして、それぞれに口を開いた。
「おなかすいたー!」
「いっしょにごはん?」
叫んでいるのはビルで首を傾げているのはシェールだ。
「うん、今日は僕も母さんも一緒にご飯だよ」
ビル越しでシェールに返事をしてあげると、シェールはにっこりと笑みを返してくれた。さらによほど嬉しいのか、手足をバタバタさせている。
俺は少し申し訳ない気分になった。
――母さん、俺の相手ばかりしているから寂しい思いさせているのかな
でも、これからは大丈夫だよ。体も元気になってきたからね、と俺はシェールへ念を送ってあげる。すると彼女は俺の念に気付いたようだ。
シェールが俺の顔を見て首を傾げる。だが残念ながら念に気付いたわけではなさそうだった。三つ子と言ってもテレパシーのような能力は使えいらしかった。
何かを感じたと思いたいけど……。
夕食には、ステーキが出てきた。
――おお、肉を食べるのは久しぶりだな
今生の記録を思い返しても、食卓に肉が並んだことなど数えるほどしかないほどだった。
現に。
「やった、にくだ!」
「おにく……」
「父さん、これ角舞牛の肉ですか? 流石ワーグさんですね」
「ああ、元とは言え、流石、一流
ビルやシェールはもちろん、ゼロス兄さん、さらには父さんまでテンションが上がっている。極めてレアであることは間違いなかった。
俺は、そんな二人を見て疑問を覚える。
――父さんって領主なのに
立場で言えば、領で一番偉いはずの人だ。
まぁ、ラスティ先生から聞いた話では、雇われ領主で、かつ開拓中の領だから色々物資が足りないのは仕方ない。けど、肉が食卓に並んだだけでテンション上げるって、領の運営大丈夫なの? と考えずにいられない話だった。
ちなみに、ワーグさんというのはローネさんの旦那さんで熊の特徴を持つ熊獣人である。身長2m50cmを超える大男だ。父さんの部下として働いている。
さらに言っておくと、ラスティ先生やローネさん、そして母さんも
それを聞いたとき俺は、ワーグさん凄い! ハーレムパーティーだ‼‼ とちょっと尊敬しかけたが、実情は美女たちの男避けというか肉壁というか、パシリというか……余り羨むような状態ではなかったらしい。
ラスティ先生が半笑いでいろいろ教えてくれた。ワーグさんの残念さを。
それでも、爆乳美人のローネさんと結婚できたのだから結果オーライというやつなのだろう、と思うとやっぱり羨ましかった。
話を戻そう。
みんなの前に出されたステーキを各々が頬張る。
「おいしぃー!」「おいし」「うまい!」「いい脂が乗っている」「あら、ほんと!」
口々に感想を述べている人たちの中、俺は物足りなさを感じていた。
――確かにいい脂が乗っているけど……
問題は味付けだ。
滅多に食べない食材だというのに、塩しか調味料を使っていなかった。もちろん、こだわっているわけではないはずだ。岩塩とかでなく、普段使ってる塩だから。
――せめて胡椒が欲しいところだな
顎の筋肉も弱くて、なかなか嚙み切れない肉を咀嚼しながら考えていると、気付けばゼロス兄さんが俺の顔を覗き込んでいた。
「アルには硬すぎたかな?」
「だいじょうぶ、です」
俺は小声で返して頷く。
ゼロス兄さんは、無理しちゃだめだよ、と優しい笑みを浮かべて食事へと戻った。
――今度の対応は、気にならなかったみたいだ
さっきは、はっきり話しすぎた、と対応を変えたら受け入れてくれた。
よかった、と次の肉を口へ放り込む。そして身体強化理術を使って、モグモグ噛んでいると、ビルとシェールが席から降り始めた。
見ると早々と夕食を食べきっていた。
――違うか、俺が遅いのか
食卓を見渡すと母さんも綺麗に食べきっている。父さんとゼロス兄さんに至っては、お代わりを食べ終えようとしているところだった。
そんな中、俺が頑張って咀嚼を続けていると横から話声が聞こえ始めた。
「シェール、かあたんとねんねする」
「ビルもー!」
「あらあら、どうしようかしら……」
母さんが腕を引っ張る二人を見ながら首を傾げる。そんな母さんが考えているのは間違いなく俺のことだ。チラチラ見てくるし。
なによりも、ここ最近ずっと、母さんは俺と二人っきりで寝ているのだ。ビルとシェールには寂しい思いをさせているに違いなかった。だからといって、4人で寝るわけにはいかない理由があった。
寝相の悪いビルが俺の上に乗ったり、何かに抱き着いて寝る癖のあるシェールが俺の首を絞めたりしないか――という自分の命の心配で。
二人に比べて体も小さくひ弱な俺を守るためには必要なことだと思う。でも、いつまでも母さんを独り占めするわけにはいかない。俺は肉を飲み込んだタイミングで口を開いた。
「僕、ひとりでねれるよ?」
「「駄目だ(よ)」」
俺の言葉に即答したのは、父さんと母さんだ。
「アル、私たちが、どれだけ心配したと思っているの!」
「そうだ。5日も起きてこなかったのだぞ。一人で寝かせて、また明日同じことが起こったら、悔やんでも悔やみいれない!」
「ごめんなさい」
二人の剣幕に怯んだ俺は頭を下げるしかできない。恐らく二度と同じ状態になることは無いだろうと分かっているのは俺だけで、両親どころか他の誰にも分かるはずないないのだから。
――余計なことを言ったな
悔やんでいると、優しい声が届いた。
「アルを責めているわけではないの。私たちが心配なだけなの」
俺は、ゆっくり頷く。すると、父さんと母さんも頷きを返してくれる。嬉しいやら恥ずかしいやらで、二人から目をそらして肉をかき込んでいるところに扉が開く音が聞こえた。
入ってきたのは、ラスティ先生だった。
「ただいま~。おお、美味しそうな夕食ねぇ~」
「お帰りなさい、ラスティ先生。アルの快復祝いですから」
「お帰りなさい、ラスティさん。ワーグを手伝っていただいたようで、ありがとうございます」
「おかえり」
「おか」「えり」
「ラスティ先生お帰りなさい」
ゼロス兄さん、父さん、母さん、ビル&シェール、そして俺も挨拶を返す。
そんな俺達にひらひらと手を振り返したラスティ先生は、子供達を見回し何かを察したのか少し首を傾げた。
「カレン、何か問題かしら?」
「それがねぇ~」
母さんが状況を話していく。
ふんふんと話を聞いていたラスティ先生、ほんのちょっと考えた後で俺に笑みを向けてきた。
そして笑みの理由が分からず訝しんでいる俺の頭に手を置いて軽く告げた。
「アル君、今日から私と寝よっか」
「え?」
「ん? だめなの」
「いえ、駄目ってことはないですが……今日から、ですか」
「そうよ。今日から、ずっと」
「え〝! ずっとは、ちょっと」
「じゃ、しばらくなら大丈夫ってことね。そういう事で……あ、ちゃんと体綺麗にしてきてね。私も後で、お手入れしなくっちゃ! ふふふ」
俺の頭をポンポンとしてラスティ先生は夕食を食べるため、空いている席へと向かう。
「ラスティ助かるわ。じゃ、アル、早く食べちゃいなさい。体を拭いて寝巻に着替えましょ。ちゃんと歯磨きもよ。ビルとシェールもね。母さんと寝るんでしょ」
「「うん」」
「気にしなくていいわよ~。いただきます」
屋敷で唯一のメイドであるアヤミさん――推定42歳――が出したステーキをラスティ先生は美味しそうに食べ始める。
なんだかうまく言いくるめられた気分の俺だが、大人たちが決めてしまったことに従うしかない。
「……はぁ」
俺は母さんやラスティ先生に聞こえないようにため息をついた。
今19歳だという青髪美人の母さんを血の繋がった親だからと言い聞かせて幾週間……やっと気にせず同じ布団で寝むれるようになった、と思ったら今度は金髪美女のラスティ先生と寝よう、である。
気にならないわけがなかった。
――胸が小さいから男だと思えば……
それはそれで失礼だな、と思うが他に緊張をほぐすいい案も思いつかない。
俺は諦めのため息をつきながら寝る準備をするべく部屋を出た。
――
「アル、ラスティの言うことちゃんと聞くのよ」
「はい、母さんおやすみなさい」
「おやすみ」
手を振りながら母さんは部屋から出ていく。一人になった俺はベッドに腰かけて、男、男だ、とつぶやきながら天井を見ている。
そこに。
「アル君、お待たせ」
ふんわりと柔らかそうな寝巻を着たラスティ先生が部屋に入って来た。
「い、いえ⁉」
俺は慌てて首を横に振る。やはりというか、とても男だとは思えなかった。
「ふふふ、すごいね、今の。とてもスムーズな身体強化だったわね。練習の成果だね! って、どうしたのかな? 一緒に寝るの初めてじゃないでしょ?」
「ははは、そうですね……」
記憶が戻る前ではね……と目をそらして答える俺の横にラスティ先生が腰かける。
長い金髪からフローラルな香りが漂ってきて、俺の心を強く揺さぶった。
「よく分からないけど、その様子じゃ、あんまり眠たくなさそうね。何かお話でもする? うーん、寝る前だし分かりやすいやつで、勇者が魔王を倒すお話しとか、英雄がドラゴンを従えて国を作る話とか……どう?」
逸らしている俺の目線に合わせるようにラスティ先生が覗き込んでくる。
おかげで、さらに俺の心は揺さぶられて考えなしに話してしまった。
「うー、シジツニソッタお話がいいです」
「シジツ二ソッタってどんなこと?」
あ! と思うがもう遅い。現地語で知らない単語を日本語のまま口走ってしまった。
「えっと、えぇっと、本当にあったお話がいいです」
「ああ、『史実に沿う』のことね。ふふふ、アル君、言葉は違ったけど難しい表現の仕方知っているのねぇ。凄いわぁ」
「あ、ありがとうございます」
「ふふふ、照れちゃって可愛い」
ラスティ先生が、おもむろに俺の脇の下に手を入れてきて自分の膝の上に抱き抱える。
「それじゃ、アル君が住んでいる、このハポン王国で本当にあった昔話。『泣いた桃鬼』を聞かせてあげるねぇ」
先生は俺の頭を撫でながら話を始めた。
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