オレンジに包まれて
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オレンジに包まれて
私は私を見失いそうになって、鏡に鼻先が触れるほど近づきました。巨大な眼球が獲物を狙うように私を見つめています。底が見えない海のような真っ黒な空洞に私は囚われてしまって、瞬きもせずに、体はすっかり硬直してしまいました。秒針の乾いた音だけがしつこく脳を貫いて、そのたび私の頭も空っぽになっていくようでした。私はぼんやりとしてしまって、ただ呆然と目の前の彼を見つめていました。鏡はもはや私を映し出してはいません。彼は笑って、私は泣いているのです。
あの時、鏡に映っていた彼が誰なのか、今の私には分かる気がします。授業を終え、いつものように一人で帰ろうとしたところに、クラスメイトの一人が私の手を引いて、人影の少ない通路に私を連れていきました。少し顔を赤らめて、ゆっくりと間を置いてから「好きです」と静かに言いました。そして彼女は美しく微笑みました。私も小さく微笑みました。胸が張り裂けるほど悲しくて微笑みました。嬉しそうに目を細める彼女の眼に映っていたのは、紛れもなくあの鏡に映っていた彼だったからです。彼は不自然なほど優しい笑顔で私を見つめていました。恐ろしくなって目を逸らそうとしますが、あの時と同じように私の視線は吸い込まれて、体はやはり固まってしまいました。下校する生徒たちの声が少しずつ遠ざかり、まるで当時に時間が戻ったかのように思われたほど、頭はぼんやりとしてしまいました。
突然、細い指が頬に触れる感触で現実に引き戻されました。彼女が心配そうな顔で私を見つめています。私の頬に触れる小さな指は私の涙で濡れていました。それを気にする様子もなく、彼女は両手で私の右手を何も言わずに握りました。ひんやりする彼女の両手から私の狂気が伝染してしまうと思いましたが、彼女はぎゅっと握って離しませんでした。そのまま彼女は頭を私の胸に押し当てて、鼻から小さく息を吐くのが聞こえました。
伝染したのは私の狂気ではありませんでした。触れ合う胸と右手から、暖かい何かが流れ込んできます。目を閉じると、室内のはずなのに、まぶた越しに太陽を見ているようでした。視界が鮮やかなオレンジに包まれて、私も小さく息を吐きました。
彼女は顔をあげて、また美しく微笑みました。私は微笑みながら泣いてしまいました。あまりに彼女が美しくて、あまりに暖かくて。泣き顔を見られたくなかった私は、誤魔化すように彼女を抱きしめました。ぼやけた床を見つめながら私は激しく泣きました。一人で生きようとした自分が情けなくて。人を信じようとしなかったこれまでを省みて。人が怖くて、取り繕ったもう一人の自分がとうとう私を乗っ取ろうとしていたことを、彼女は知っていたのかもしれません。小さな両手がそっと背中に触れると、私は一層強く彼女を抱きしめました。
オレンジに包まれて yt @yt2477
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