下着泥棒を捕まえたら幼馴染だった件。これ、どうしてくれよう。

久野真一

下着泥棒を捕まえたら幼馴染だった件。これ、どうしてくれよう。

 もうすぐ八月も終わろうかという夏の夜のこと。

 俺は真っ暗な部屋で静かに耳を澄ませていた。


 一階にある1Kの部屋には薄いカーテン。

 今日こそ謎の下着泥棒を取り押さえるのだ。


(しかし、なんで男物の下着を盗んでるんだろうな)


 事の発端は二週間程前。

 物干し竿に干してあったトランクスがなくなっていたのだ。


(風で飛ばされたか?)


 最初はそう思って脳裏から懸念を追い払った。

 しかし、被害は翌日もその翌日も続いた。

 Tシャツも盗まれたとあっては泥棒だと認めざるを得ない。


 同じアパートの住人に被害がないか確認してみたものの、

 一様に被害はないし、不審者を見かけた事はないとのこと。

 故に、これは俺が現場を取り押さえるしかないと判断した。

 たかが下着ドロで警察は動いてくれないだろうし。


(さーて、いつ来るか)


 腕時計によれば今は午後九時。

 俺も普段ならお風呂に入ってゆったりタイムだ。

 幼馴染の神埼宮かんざきみやも似たようなものだろう。


 神埼宮。俺の小学校の頃からの付き合い。

 中学に進学時に引っ越して行ったのだけど、高校進学で再会。

 正確には宮と再会する約束を果たすためにこっちの高校を受けた。


 宮と再会した数ヶ月前の事は今でも鮮明に思い出せる。


かけるちゃん。約束、守ってくれてありがと」

みやも約束覚えてくれてありがとう」


 最寄り駅まで迎えに来てくれた宮とそんな挨拶を交わしたのだった。

 正直な所を言うと、初恋の宮を追いかけて来たという部分はある。

 ただ、それを言うのもキモいので伏せてるけど。

 ともあれ、宮との仲は良好で、放課後に二人で遊びに行ったりもする。


(二学期には仲を縮めたいもんだけど)


 いけないいけない。今は下着ドロに集中しないと。

 ふと、窓の外からガサゴソという音。


(来た!)


 カーテン越しに俺より少し小柄な人影が見える。

 ガラっとカーテンと一緒に窓を開けて外に飛び出す。


「!」


 ビクっと振り向いた下着ドロを視認する。

 下着ドロはサングラスにマスク、ニット帽。

 上下は余裕のあるジャージで性別は分からない。

 慌ててTシャツとトランクスを手に走り出す泥棒。


「待てー!つか、男の下着盗んで何がしたいんだー!」


 正直、俺の下着なんぞ盗んで何があるというのか。

 ともあれ、お縄についてもらわないと安心出来ない。


「……!……!」


 人気の無い場所へとひた走る犯人に追いかける俺。

 なかなか素早い。これでも走りには自信があるんだが。


(?)


 どうも走るフォームに既視感がある。

 それに、どうも走り方が女性のような……。

 いやいやそんな事を考えてる場合じゃない。


(ここは一気に決める!)


 息を止めて、猛ダッシュする。

 タタタタタタと猛烈な勢いで犯人との距離が詰まる。


「捕まえたぞ!」


 後ろから羽交い締めにすると、何やら柔らかな感触。

 うげ。やっぱり女性だった。


「痛い!痛い!やめて!」


 犯人の声で我に帰る。若い女性の声。

 いや、それだけじゃなくて、これは……。

 まさか、まさか。


 床に引き倒してニット帽とサングラス、マスクを強引に外す。


「まじ、かよ……」


 そこに居たのは俺が想いを寄せる幼馴染の宮、その人だった。


◆◆◆◆◆


 俺と宮の家は隣同士の一軒家だった。

 窓越しの会話などは建築基準法的に無理だったけど。

 それこそ幼稚園の頃から一緒に育ったという感覚がある。


 大人しく上品な宮と活発でガサツな俺。

 家で遊ぶのが好きな宮と外で遊ぶのが好きな俺。

 習い事で束縛される宮と自由放任だった俺。

 何もかもが違う俺たちだったけど、一つだけ共有したものがあった。

 それは、執着。


 俺は走るのが好きで習慣のように走っていたし。

 宮は料理が好きで、小学校の頃から色々な料理に挑戦していた。

 そんな「こだわり」が俺たちの接点だった。

 今風に言うと「リスペクト」という奴だったのかもしれない。


 ともあれ、仲良くして来た俺たちにも別れの日が訪れる。

 宮の両親が仕事の関係で関西に引っ越すというのだ。

 それが宮の中学進学直前。


「宮。あっちに行っても定期的に連絡しような」

「うん。駆ちゃん。私も連絡するから」


 指切りをして約束をした引っ越し前日の夜。

 そうして、三年間の間、時には夜更けに電話をして。

 あるいは、オンラインゲームで時間を共有して。

 いつか来る再会の日を待ちわびたのだった。


◇◇◇◇


(なんで、なんで、宮が俺の下着を?)


 再会した宮は高校生らしく、女性らしく成長していた。

 大人しく良識的な、俺の知る彼女のままに。

 それが、まさかこんな変態行為に走るなんて。


「ごめんなさい。駆ちゃん……」


 涙を流して謝罪をする宮を見て、慌てて立ち上がる。


「その。色々訳がわからない。説明してくれ。お願いだ」


 なんで宮が俺の下着やTシャツを?


「うん。まず、ごめんね。駆ちゃん」

「ああ。謝罪はいいから、理由というか」


 そこがわからないと混乱して謝罪どころじゃない。


「小学校の頃」

「ん?」

「小学校の頃。私、駆ちゃんの「匂い」が好きだったの覚えてる?」


 ぽつりぽつりと語りだした内容は意外なものだった。


「あ、ああ。よく、俺の服をくんくんしてたよな」


 「いい匂いー」とかなんとか言ってたっけ。

 「何言ってるんだよ、宮」と俺はスルーしてたけど。まさか。


「そう。実はその。私、匂いフェチだったみたい」

「え」


 何、その真相。


「再会した時も、駆ちゃんの香りがいいな、って」

「え、ええ。ああ。うん?」


 目の前のジャージ娘が何を言っているのかわからない。

 俺の香りがいい?


「ちょっと待ってくれ。匂いフェチは別にいいとしよう」


 ちょっと変わった性癖くらいきっと誰にだってある。


「それと、下着ドロと何の関係が?」


 言いつつも俺は薄々勘付き始めていた。


「下着とかシャツがあれば、大好きな駆ちゃんの香りが堪能出来るかなって」

「あ、うう。そう、か」


 あまりに驚愕の真相に目眩がしそうになる。


「軽蔑、したよね。私がこんな変態女で……」

「いや、軽蔑はしないけど、混乱してる」


 泣きそうな顔でじっと見つめてくるが、俺だって泣きたい。

 なんで好きな女の子に下着盗まれてくんかくんかされてるの?

 でも、一つ言っておかないと。


「とりあえず、泥棒はもう止めることな」

「うん。私もずっと罪悪感があったし」


 なら、さっさと止めて欲しかった。


「念の為聞いておくけど、他の人のは盗んでないよな」


 そこまで行ってたらヤバすぎる。


「しないよ。大好きな駆ちゃんのだからだもん」


 だもん、じゃねえよ。

 可愛げがあるし、頬染めてるけど、シチュエーション考えてくれ。

 そうなると、何か色々引っかかった点が繋がって来たような?


「なんか通学路で都合よく会うなーって思ってたんだけど。ひょっとして」

「待ち伏せてた。あと、学校から帰る時もタイミング見計らってた」

「お、おおう」


 つまり、ある意味ストーキングもされていたと。

 俺は正直、宮への想いは人一倍強い。そう思っていた。

 しかし、宮の想いはそれを遥かに凌駕している。

 というか、ぶっちゃけ常人ならドン引きレベルだ。


(そう。本来なら距離を取るべきレベルだ)


 二度と俺の下着を盗まない事を誓わせて。

 学校では挨拶するくらいの距離感にして。

 そうするのが正解だ。正解だと思うのに。


(嬉しいと思ってしまっている俺がいる……)


 考えてみれば匂いフェチだって昔の延長線上だ。

 俺の後をついて来たがったのだって昔から。

 同い歳のようでどこか妹のようだった。

 だから、この変態さんは彼女自身なのだと。

 不思議と納得出来てしまっていた。


「ごめんね。駆ちゃんもドン引きだよね……」

「……」


 さすがに自覚はあったらしい。

 しかし、とても悩ましい。

 要は下着ドロ云々を除けば。

 好きな女子が俺の事を好いてくれている。

 ただそれだけのことなのだ。

 いや、除いちゃ駄目だろうけど。


(でもだ。よく考えろ、俺)


 ここで、何もかも許してくっついたとしてだ。

 普通の恋人同士になれるだろうか。

 絶対に無理だと断言出来る。

 人生の墓場を覚悟しなければ宮と付き合うのは無理だ。

 それを肌で感じてしまっている。


(そういえば)


 前に聞いたことがあった。

 父さんと母さんの馴れ初めについて聞いた時の事。


「実は、最初、ストーキングされてたのよ」


 なんて冗談めかした事を我が母は言っていた。

 あの時の言葉がもし真実だとすれば。


「ごめん、宮。ちょっと電話してくる」

「う、うん。行ってらっしゃい」


 自宅に電話をかけつつ、俺は考える。

 今、重大な選択を迫られている。

 宮と付き合うか付き合わないかだ。

 おそらく、付き合うには相当な覚悟が必要だろう。

 単にキャッキャウフフでは絶対に済まない。


「母さん?夜遅くごめん。ちょっと聞きたいことがあって」

「あら、駆。どうしたの?」

「あのさ。母さん、前に父さんと出会った時の事言ってたじゃん」

「ああ。あの人にストーキングされてたことね?」


 事も無げに言いやがった。マジだったのか。


「聞きたいんだけど。なんでストーカー男と結婚しようと思ったの?」


 それが何か鍵になる気がするのだ。

 

「うん?何かおかしなことある?」

「いやいや。おかしすぎだろ。今だと場合によっては犯罪にも……」

「でも、私がされて嬉しかったら犯罪じゃなくない?」

「は?」


 今度こそ驚きすぎて顎が抜けるかと思った。


「あの人にね。言ったの「なんでストーカーするんですかって」」

「あ、ああ。それで、父さんはなんて?」

「「すまない。君の事が気になって、ついつけ回して……」って」

「で、母さんはなんて?」

「不思議なんだけど。胸がキュンと来ちゃったのよねー」

 

 おいおい。ツッコミどころあり過ぎじゃないか?

 うちの両親。胸がキュンて。


「つまり、胸キュンで全て許したと?」

「そういうことね。大体、それであなたが産まれてるのだから今更でしょ?」

「本当に今更の話だった。とにかく、ありがとう」


 どうやら、破天荒な目に会うのは親譲りだったらしい。

 でも、考えてみれば俺の気持ちが全てなのかもしれない。

 確かに、俺の下着でくんかくんかしているのは驚いた。

 ただ、その様子を想像して可愛いと思わなかったかと言えば嘘になる。


 ストーキングにしたってものはいいようだ。

 健気に俺を待ってくれていたとも言える。

 何より、俺自身が付きまとわれていたと感じていない。

 よし、決めた。


「お待たせ、宮」

「それで。改めて。本当にごめんなさい!もう二度としません!」


 土下座かと思うくらいの勢いでのお辞儀。


「いや、それはもういい。俺だけならどうってことないし」

「でも……」

「それより、何かいいたいことがあるんじゃないのか?」


 泣きはらした目をじっと見つめる。


「うん。その、ね。三年間の間、ずっと寂しかった」

「ああ」

「電話は出来たけど。会いたいなあっていつも思ってた」

「そっか。そこまで……」

「長期休みに会えた時は凄く嬉しかった」

「俺も嬉しかったよ」


 ま、どうやら、彼女のそれは何か振り切れてたらしいけど。


「だからね。再会してから、もっと一緒に居たいって思うようになったの」

「俺もそうだったよ」

「え?」

「ああ、悪い。続けてくれ」

「それで。最近、好きの気持ちが抑えられなくなって……」

「下着を盗んで匂いをかいでいた、と」

「うん。本当なら、告白した方が良かったんだと思う。でも、怖くて」


 常識的に考えれば、告白した方が百倍くらい良かったのでは。

 そういいたくなったけどこらえる。


「まあ、いいや。それで?」

「もうドン引きされて。無理なのはわかってるけど。大好きです、駆ちゃん!」


 闇夜に宮の大きな声が鳴り響く。

 さーて。どう返事したものか。


「驚いたのは確かだけど。ドン引きはしてないぞ?いや、普通はドン引きだけど」

「え?なんで?」


 目を白黒させている。そりゃ「普通」はそうだろうなあ。


「だってさ。思い出してみると、昔から俺のシャツの匂いかいでたじゃん」

「あ、ああ。うん。思い出すと恥ずかしいけど」


 最近、匂いかいでたのは恥ずかしくないんだろうか。


「だから、その延長線上で考えればそんなものかなーって」

「そ、それだけでいいの?ストーキングは?」

「別に登下校だけだろ。それだって、子どもの頃の延長線上だって」


 結局は、相手の行為を受け入れられるかどうか。それ次第。


「その。ええと。ということは。嫌わないでいて、くれるの?」

「元々、こっちに来たのだってお前が好きだったからなんだぞ?」

「そ、そうなんだ。たまたま志望校がこっちって言ってたけど」

「そのまま言うのは照れるだろ」


 しかし、俺自身が重さに引かれるどころか逆になるとは。


「じゃあ。じゃあ。駆ちゃんは今でも私の事を?」

「ああ。好きだよ。変態さんになったのは予想外だけど。それもいいさ」


 ちょっと一つや二つ属性が追加されたから何だと言うのだろう。


「私。きっとこれから駆ちゃんを凄く束縛するよ?」

「そんな気がしてる」

「振られたら生きてられないかも」

「だろうな」

「それでもいいの?」

「俺も覚悟決めたよ」


 結局、惚れたら負けたという奴だ。


「ごめんなさい。それと、ありがとう。駆ちゃん……!」


 泣きながら抱きつく彼女を俺は優しく抱きしめたのだった。

 道路にトランクスとTシャツが落ちてるのがムードのかけらもないけどな。


 こうして、とある一夜の物語は終わりを告げたのだった。


◇◇◇◇


 そして、翌日。


「駆ちゃーん。ご飯、もう少し待っててね」

「ああ、ゆっくりな」


 昨日の様子が嘘のようにけろっとした宮がそこに居た。

 早くも俺の家に押しかけて来る始末だ。

 しかも、料理を作らせてと言うので、任せてみた次第。


「これが人生の墓場って奴か……」


 小さくつぶやく。


「何か言った?」

「うんにゃ。人生何があるかわからないなって。それだけ」

「そうだね。私もこんな風になるなんて思ってなかった」


 なんともはや幸せそうなことで。

 ただ、極端から極端に振り切れないように。

 この、ちょっと危なっかしい彼女を見守っていかないと。


 窓から昇る朝日を眺めながら。

 俺もなんだか幸せな気分になったのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

ちょっとどころじゃない変態な幼馴染と、それを受け入れてしまった主人公のお話でした。

きっと、当人同士が良ければそれでいいんです。



応援コメントや★レビューなど頂けると嬉しいです。ではでは。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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