第7話 やはりマニュアルは必須ですから

「けいちゃんって誰のこと?」

けいちゃんそっくりのその人が訊いてきた。

「え、ええと…」

バカね!千冬!ここにけいちゃんがいるわけないじゃない!

ここは日本じゃないのよ。

誰の助けも期待できない、ここはいわば私だけの戦場…。

(そういえば、けいちゃんと焼き肉食べ放題いく約束してたんだよね…。珍しくけいちゃんが奢ってくれるっていってたのにな…)

けいちゃんは同じ団地に住んでいた幼なじみだ。

高校まではずっといっしょ。

私が短大、けいちゃんが四大に進んでからもよく会っていた。

彼女じゃないから割り勘な!って絶対奢ってくれなかったけいちゃんから、臨時収入入ったから焼き肉おごってやるよ、と言われていた。

(焼肉、楽しみにしてたのにな…。けいちゃんと出かけるの久しぶりだったし)

いまごろどうしてるかな…。

けいちゃんのことを思い出したら、今まで怒涛の展開過ぎて忘れてた他のことも思い出して、寂しくなった。

大好きなミータンの主演舞台のチケット。最前列だったのに…。

あと、お金ためてやっと買った憧れブランドのバッグは、ミータンの舞台の時に使おうと思って、まだ使ってなかった。

こんなことなら通勤時にヘビロテしとけばよかった。

未練はつきない。

でも、わたしはここで生きてかなきゃいけないんだわ…。

仕方なく、わたしはけいちゃんそっくりのその人に微笑みかけてみた。

しかし、未練たっぷりの笑顔が気味悪くうつったのか、彼は「ひいっ」と情けない悲鳴をあげた。

なによ、失礼な!

しかし、どうやらそうでなかったらしい。

「な、なんだよ? オバケ? 違うよな? 違うといってくれよ~!」

むしろ、バカな勘違いしてる。

彼は、私が自分の背後に声をかけたと思ったらしい。

(彼は壁によりかかっているので、その背後に人は立てない)

「な、なあ? なんかいるのか? いないよな?」

しつこいし、カッコ悪~!

私は心底あきれて彼を見た。

長めの黒髪をちょいポニーテール気味にゆわいて瞳はダークブルー、肌も少し日焼けた感じで 全体の雰囲気としては日本人に近いかも。

まあ、近いだけだけど。

よくみたら、けいちゃんのがカッコいいわ。

少なくとも、ホラー映画を観に行ったとき、こんなに騒がなかった。

(あーあ、失敗したな)

私は仕事がブランクありになるのが嫌で あわててよくわからない仕事についてしまったことを初めて後悔した。

焼き肉も、ミータンも、憧れのブランドバッグもなく。

いるのは性格悪い、意地悪メガネと怖がりでカッコ悪い知らない人。

「イライザ?」

イライザなんて呼ばないで。わたしは千冬よ。

はっきり言ってやろうかと思ったが、

「…痛っ」

後ろから蹴飛ばされた。

意地悪メガネの仕業だ。

『…誰なのか教えなさいよ』

わたしは小声で訊ねた。

相手は素知らぬ顔だ。

『ご自分で何とかされてはいかがです? 私は所詮使えない営業ですから』

え、いまそうでる? ありえない。

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悪役令嬢は派遣社員?! @maririnpa

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