第41話 目覚めればそこには……
「ありがとうございます!」
「何度お礼を言っても伝え足りません」
……お父さんと、お母さん?
私……、現実の世界に、戻ってきたの?
おぼろげだが、両親の嬉しそうな声がする。しかしさくらの体は動かせず、耳だけを傾けた。
「いいえ。今回の手術はさくらさんの力で乗り切れたものです。ですから、お礼など不要です。寧ろ、私達が助けられたのですから、感謝はこちらが伝えるべきなのです」
「それはどういう……」
アデレード先生の声に、似てる?
所々しか言葉を拾えないが、それでも確認したくて目を開けようとした。だが、痺れたように力が入らない。
そして父の戸惑う声には答えず、女性は別の事を話し始めた。
「もう話は聞いているかと思いますが、術後の経過観察の為、さくらさんは退院後に学園預かりになります。よろしいですか?」
「先生自ら診て下さるなんて、こんなに安心な事はありません。どうぞ、よろしくお願いします」
「何度も顔を見に行くと思いますが、それは大丈夫でしょうか?」
「構いません。さくらさんの元気な姿を、たくさん目に焼き付けて下さい」
女性の言葉に父が答え、母が質問していたが、さくらは違和感を覚える。
学園預かり?
先生って、専属のお医者さんの事?
何が何だかわからなかったが、女性が席を立つのだけはわかった。
「それと、さくらさんに会いたいと言っている学友達がおります。騒がぬように言い聞かせておきますので、後日、面会の許可をいただけますか?」
「それはもちろん! 今まで画面越しでしたがさくらに友人がいたなんて、親として、とても喜ばしい事ですから」
私、クラスの子と話した事ない。
それなのに、誰?
もしかして、手術成功おめでとう、みたいなノリで来るの?
嬉しそうな父とは反対に、さくらの気持ちは沈む。
その間に、女性はコツコツと小さな足音を響かせ、病室から出て行ったのがわかった。
それと入れ違うように、美咲の声がした。
「もうそろそろ麻酔が切れる頃ですから、さくらちゃんの様子、見させて……」
その言葉を聞きながら、ようやくさくらはまぶたを開ける事に成功する。
そして、霞む視界の中の美咲がこちらへ近付いてきた。
「さくらちゃん、ここがどこだか、わかる?」
「いつもの、病室、です」
まだきちんと喋れず、ぎごちなく返事をする。そんなさくらの手を、両親が包み込んだ。
「さくら、ようやく、病気が治ったんだ」
「頑張ったね、さくら。これからはもう、さくらがしたい事をたくさんたくさん、していいからね」
涙を拭う事もせず流し続ける両親の顔を見て、さくらも初めて2人の前で泣き声を上げた。
***
次の日、そばを離れるのを名残惜しそうにする両親を見送り、さくらは美咲の巡回を待っていた。
こんなに体が動かしやすくなるものなの?
倦怠感がない事は嬉しいが、それでも元気になりすぎじゃないかと戸惑う。美咲曰く、『術後の経過が苦にならないように』と、同時に別途の手術もしていたらしい。
そのお陰で、さくらの頭は冴えている。
本当に消えてないのか、確認しなきゃ。
選択肢は消さないと選ばれていたが、それでも不安は付きまとう。そして、クリア後の世界がどうなっているのかも想像がつかない。だから、もし可能なら、すぐにあちらの世界へ行く事も決めていた。
そして、待ちに待った美咲が姿を現した。
「さくらちゃん、調子はどうかな?」
「凄くいいです。本当に病気だったのかなって、思えるぐらいに」
「それはよかった! でもまだまだ無理は禁物。まずはたくさんご飯を食べて、体力つけなきゃね!」
笑いながら点滴の様子を確認する美咲の横顔に、さくらは本題をぶつける。
「あの、美咲さん。私が手術中にやってた乙女ゲーなんですけど……」
「あっ! やっぱりさくらちゃんが選んだのって乙女ゲーだよね?」
「え……?」
驚き顔でこちらを見る美咲の言葉に、さくらは嫌な予感がした。
「私も手術前に確認したはずなんだけど、ゲームの名前が思い出せなくて。だから記録を調べたのに、さくらちゃんの手術が終わったあとすぐ消えちゃったみたいで、わからないままなんだ」
消えた……。
確かにこの目で『消さない』と見たはずなのに、美咲の様子が全てを物語っているのも、さくらはわかっていた。
「でもさくらちゃんなら乙女ゲーを選んでるはずって……、どうしたの? 悲しい内容だった?」
さくらの頬を、ゆっくりと温かい涙が流れる。けれどもすぐにその熱は冷め、心の中まで冷たさを伝えてきた。
「悲しい、内容じゃない、です。とっても、温かくて、優しい物語、でした」
美咲さんが何も覚えていないのは、やっぱりあれはただのゲームじゃなかったから。
でもどうして、私の記憶は消えてないの?
みんなとずっと一緒にという自身の願いは、この記憶を抱えたまま共に生きる事なのかと、さくらの瞳からさらに涙が溢れた。
***
――1週間後
朝からさくらは嫌な思いで心が埋め尽くされていた。
私の気持ちみたいに、曇ってるな。
みんなの記憶があるならと自身を奮い立たせ、恋のかたちを知りたくてを調べ続けた。
けれど何の情報も見付けられないまま、今日を迎えた。
そんなやるせない気持ちのままどんよりとした空を眺めれば、美咲が病室に入ってきた。
「ん? 寝不足?」
「えっと……、今日、学校の友達が来るって、言ってて……」
「あぁ! そりゃあ緊張するよね。だってさ、凄い美男美女ばかりなんだもん。私も見惚れたわー」
「えっ? 美咲さん、知ってるんですか?」
「担当の看護師さんに挨拶しておきたいって、昨日来たんだ。凄かった。いろんなところから悲鳴が聞こえた」
悲鳴?
どんな人達が来るのか想像できず、さくらはさらに気落ちする。
「例えるなら、乙女ゲーのキャラって感じかな!」
「乙女ゲー、ですか?」
「そうそう! 私がさくらちゃんと同い年だったら絶対に紹介してもらってた!」
「そう、ですか……」
「あ、大丈夫だからね。私も大人だから本当に狙うとかないから。それにね、今やってる乙女ゲーの攻略キャラが――」
美咲が嬉しそうに乙女ゲームの話をしていたが、さくらはそんな訳のわからない人達をどうやり過ごそうか、考えていた。
私は今、寝てるんだから。
顔も隠すし、すぐに帰ってよ。
本当に寝ちゃいたいけど、何言われるのかも気になって寝れない。
掛け布団をすっぽり被る準備をしながら、さくらは目を閉じ、頭の中でぶつぶつと呟き続ける。
すると、廊下から複数の声がした。
来たっ!
素早く布団を被り、思わず身を固くする。
しかし、扉はいとも簡単に開かれたようだった。
「あれ? 早く来すぎましたかね?」
布団に阻まれているからか、くぐもったように聞こえる言葉がリオンの声に似ている。だから、涙が出そうになった。
その瞬間、布団が剥がされた。
「いるいる! ここにいるから!」
「……おい。これじゃ痩せすぎだろ。差し入れは肉がよかったんじゃないか?」
「病み上がりの人間に大量に肉を食わせる気か?」
何でこんなに、似てるの?
クレスとラウル、それにキールの声にまで聞こえ、さくらは混乱する。
すると、誰かがそっと頬を撫でた。
「可愛らしい眠り姫は、王子様のキスを待っているのかな?」
ノワールの声まで聞こえ、サクラは思い切って目を開けた。
そして飛び込んできたのは、ずっと一緒に過ごしてきたみんなの姿だった。
「え……、え? 何で……」
さくらの様子が面白いのか、みんなが笑い出す。
「驚いた? ぼく達も驚いた!」
「これからもずっと一緒だ」
クレスとキールが満面の笑みでそう告げてくる。
「さくらの願いが叶ったんだよ。その結果、とても凄い事になっているけれどね」
「ゲームは消えたけどな、消えてないんだよ。わかるか、この意味?」
ノワールが楽しそうに笑い、ラウルがニヤリと意地悪く微笑む。
「会いに来るまで時間がかかりましたが、寂しくはありませんでしたか?」
優しく光る緋色の瞳を細めた心配そうな顔のリオンの言葉で、ようやくサクラは声を出す事ができた。
「夢じゃ、ないよね?」
「おや? 寝ぼけているのなら、やっぱりキス――」
ノワールがそう言いかけた時、扉が思いきり開かれた。
「ちょっと! 先に行くなんてずるい!」
「いくらノワールくんでもこれは許せないわ」
「みんなで一緒にって言ったのに。抜け駆けは禁止です」
ナタリー・ジェシカ・ダコタが、なだれ込むように病室の中へ入ってきた。
その後ろから、さらに大好きな人達が姿を現す。
「皆さん、静かに。ここは病院ですよ。そしてあなた達はまだ学生ですから、学園外でむやみにその姿にならないように」
「声が大きくなる気持ちはわかりますけど、さくら先輩、びっくりしすぎちゃってますよ?」
「そうよね。私達も驚いたもの。でも、これからもっと驚くんじゃないかしら?」
アデレード先生が眼鏡の縁を指で押し上げながら男の子達を注意をし、フィオナが人間の姿でこちらを申し訳なさそうに見た。その横で、イザベルも耳や尾がない状態で、小さな笑い声をもらしている。
すると、開け放たれた扉の向こうからアリアとアゼツの声が響いた。
「さくらちゃん、待ってるから!」
「で、でも!」
「大丈夫。その姿も素敵だよ!」
アゼツを引っ張るようなアリアの姿が見えたと思ったら、その手の先に見知らぬ男の子がいた。
けれど、背の低い中世的な顔に存在する金色の大きな瞳が、困ったような視線をこちらに向けてきた。そんな彼の真っ白な髪の毛は両サイドだけ、うさぎの耳が垂れたように長い。
「もしかして、アゼツなの?」
「はい……」
「人間に、なったの?」
「そうみたいです……」
思わず体を起こしながら尋ねれば、アゼツの顔がだんだんと下を向く。
「ふっ、ふふっ……、あはは!」
「な、何ですか!?」
もうさくらの頭は情報の処理が追いつかず、考える事を放棄していた。
そして単純に、自分の感情に身を任せる。
「だって、嬉しくて! これでもっと一緒に、人について学べるね!」
「学べる?」
「そうだよ! 言ったでしょ? 人付き合い初心者同士、一緒に協力していこうって。だからこれからも、ずっとずっとよろしくね!」
さくらが喜びの涙を拭いながら伝えれば、アゼツの頬が染まる。
「任せて下さい! さくらの弟になったボクが、これからもさくらをフォローします!」
「弟!?」
「正確には、養子ですね。さくらの父親の友人が何かあった時は頼むと、ボクを託していたようです。そしてこの設定は、さくらも知ってる設定ですので覚えておいて下さい」
まだゲームの中にいるような表現に、さくらはまたも笑う。
「設定っていうか、そういう人生になってるんだね」
「あ、そういう言い方もできますね」
アゼツの呟きに、さくらは笑顔で頷く。
「あとですね、病院に隣接している学校がラビリント学園になっていますから、今まで通り、皆さんと一緒に過ごせますよ」
「へっ!?」
さくらの反応に、アゼツ以外のみんなが笑い出す。
「もうね、めちゃくちゃなの。さくらちゃんの世界と私達の世界が一緒になっちゃって、歴史が変わってるんだ」
「嘘!?」
「ふふっ。本当だよ。だからなのか、私達は現実の世界でも生きてきた記憶があるんだ」
「何が、何だか……」
混乱し始めたさくらへ、アリアが笑いながら近付いてくる。
「でも今は、さくらちゃんとまたこうして話す事ができた事を、喜びたい」
思わず見惚れるぐらいの綺麗な涙を浮かべながら、アリアが微笑む。
「私達を諦めないでくれて、ありがとう」
抱き締めてくれるアリアの温もりに、さくらも涙が滲む。
そこへ、リオンが声をかけてきた。
「私達の恋のお手伝いをしてもらいましたから、今度はこちらがお手伝いする番ですね。と言いたいところだったのですが……」
困ったように眉を下げ、リオンは続きを話し出す。
「私達は恋を教える為に作られたはずなのに、自分の恋のかたちすらわからないままでした」
そして、リオンの頬がほんのりと染まれば、彼は囁くように言葉を伝えてきた。
「ですから一緒に、恋を、してみませんか?」
たどたどしく言い切る姿が、さくらのやる気に火をつけた。
「任せて! 私も恋した事ないけど、乙女ゲーの知識はあるから何とかなる!」
さくらの言葉にアリアが飛び退くように離れ、大きく目を見開く。
「これからも私がみんなの恋のお手伝いをするから! 一緒に恋のかたちを見付けようね!」
「……これは、手強いね」
一瞬の沈黙のあと、ノワールの呟きだけが響いた。
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