第40話 エンディング

 どこかに座らされているのか、サクラは背中に硬いものを感じた。そして頬を涼しい風が撫で、カチチッと不思議な音に耳を澄ませば、辺りがいきなり騒がしくなった。


「サクラちゃん!」


 アリアの声がした途端、体が痛くなるほど抱き締められたのがわかった。思わず目を開ければ、泣きはらしたような顔のアリアがこちらを覗き込んでくる。


「大丈夫? 痛いところはない?」

「痛い……」


 そういえば、さっきまで全身が痛くて……あれ?


 みんなの声は思い出せるが、何か他にもあったように思えて、サクラは首を傾げる。


「どうしたの?」

「えっとね、よくわかんない場所にいたんだけど、みんなの声が、聞こえたんだ」


 そう告げれば、アリアの目に涙が溜まる。周りを見回せば、同じような表情を浮かべたみんながサクラを囲っていた。

 けれどその後方に、純白の輝く羽毛をまとう美しい竜が、金の双眼をこちらへ向けて浮かんでいた。


「もしかして、アゼツなの?」

「はい」

「凄く綺麗で、かっこいいね」

「ありがとうございます。本来のボクの姿を見せる事ができて、よかったです」


 けれど突然、穏やかに話していたアゼツの声が低くなった。


「皆さん、時間です」


 その言葉で、サクラの周りからみんなが離れる。

 何があるのだろうかと立ち上がれば、腰を下ろしていたのは願いの木の根元だと気付く。


「時間って――」


 夜の図書館にいたはずなのに、太陽が見える外にいる。そして、みんなも自分もハロウィンの衣装から制服に変わっている。

 何が起きているのかわからないまま、それでもサクラはアゼツの言葉の方が気になり、口を開く。

 その瞬間、ホログラムが現れた。


『おめでとうございます。特別ルートをサクラ生存でクリアです。』


 え……?


 一瞬、何が書かれているのか理解できなかった。それでも先を読み進めれば、周りの音が消えてしまったかと思うぐらいの衝撃で、サクラは言葉を失った。


『それでは最後の選択です。このゲームを消しますか? 消しませんか?』



 消す。


 消さない。



 この選択肢って……。


 頭が回らないまま、サクラはホログラムを見つめ続ける。

 すると、アゼツの声がした。


「今までの出来事は全て、サクラが生きたいと思えるように手を加えられていたゲームの流れなんです」

「ゲーム……?」

「サクラは生きたいと願えたので、戻ってこられたのです。ですから、これがエンディングになります」

「エンディング?」

「おめでとう、サクラ。手術は成功です。これからはサクラが望んだ普通の人間として、現実世界での生活を楽しんで下さいね」


 アゼツの言葉に、みんなが頷く。

 けれどサクラには、理解できなかった。


「待ってよ。何言ってるか、わかんないよ。ほら、私、やらなきゃいけない事があるから。まださ、みんなの恋のお手伝い、終わってないし」


 混乱から震え始めた声で伝えれば、アリアがくすりと笑う。


「私達女の子はね、サクラちゃんにやきもちを焼かせる為に作られただけ。だからね、誰もくっつかないよ?」

「そうよ。だからサクラは何も心配せず、現実の世界へ戻って」

「サクラ先輩、今度は自分の恋を優先して下さいね」


 同じような微笑みを浮かべ、アリア・イザベル・フィオナが声をかけてくる。


「サクラは本当にお人好しね! だからね、胸を張って恋しなさい! サクラならきっと素敵な人を見付けられるわ!」

「恋ってとっても楽しいのよ? だからね、それをサクラにも味わってほしい」

「辛い事があっても、恋する事はサクラにとってたくさんの事を教えてくれるはずよ」


 ナタリーがいつもよりも大きな声を出し、ジェシカもダコタも口の端を僅かに上げ、笑っていた。


「え……。でもさ、男の子達は――」

「それは心配ありません。もうすでに、解決済みです」

「解決?」


 サクラの小さな声に、リオンが穏やかな声を重ねてくる。

 それに賛同するように、男の子達が話し出す。


「自分の気持ちにケリがついた。だからもういい」

「そうだよ! だからね、ぼく達は本当に大丈夫だから!」

「サクラは最後まで人の事ばかりなのだな。これからは自分の気持ちを優先しろ」

「でもそれがサクラの良い所だもんね。最後まで僕らを想ってくれてありがとう」


 ラウルが真剣な眼差しを向け、クレスとキールは微笑みを向けてくる。そしてノワールも、いつもの笑みを浮かべていた。


「そんな……。でもさ、みんなの願いを、叶えなきゃ……」

「それはもう叶いました。サクラさんがこうして生きる事を選んでくれたのが、私達の願いです」


 アデレード先生が慈しむような眼差しをこちらへ向け、微笑する。

 そして、ホログラムが青から赤へ、色を変えた。


「サクラの願いはその2択です。どちらでも、望む方を選んで下さい」


 アゼツの声に顔を上げ、彼を見る。

 けれども、竜になったアゼツの表情に変化はなく、何の感情も読み取れなかった。


 全部が、ゲーム?

 私が生きたいと思えるお手伝いって、そういう事?

 みんなに魂が宿った事も、そういうストーリーだったの?


 さらに混乱するサクラの頭に、美咲の声が響く。


『これじゃなくて、もっと幸せになれる乙女ゲーがたくさんあるよ?』


 幸せ……。

 これが私の望んだ、幸せ?


 ゆらりと、サクラの心にはっきりとした熱が宿る。

 そして思い出される、自身の言葉。


『でもどの乙女ゲーにも、幸せなラストがちゃんと用意されていますよね?』


 私は美咲さんにそう返事をした。

 私はこんなラスト、望んでない。

 私が目指してきたエンディングは、これじゃない!!


 そして知らない声が、頭に響いた気がした。


『何が起きても、あなたの心を貫く覚悟を。それができた時、奇跡は起こる』


 浮かんだ言葉はすぐに消えたが、さくらは心の中にある想いを叫んでいた。


「私が選びたい選択肢が、ここにはない!」


 みんなが私の事を願ってくれた。

 それはゲームなんかじゃない。

 だから私は戻ってこられた。


「私の名前は落合さくら。本当の名前はひらがなのさくら!」


 願いを叶えるのは1度きりって言われてる。その1度を、みんなが使ってくれたんだ。

 でも、私の願いは叶ってない。


 目の前のホログラムが点滅し始めたが、さくらは願いを口にし続けた。


「本当の私を、もっと知ってほしい!」


 この願いを、みんなは望まないかもしれない。

 アゼツの使命も、叶えられないかもしれない。

 それでも、私の本当の願いはこれしかない。


「私は、この世界で生きている大好きなみんなと、これからもずっと一緒に生きていきたい!!」


 落合さくらの人生に選択肢なんていらない。

 私は、現実の世界もみんなが生きるこの世界も、大切にする。

 だから、自分の生き方は自分で決める!!


 さくらの叫びが途切れた瞬間、『消さない』と選択肢が決定される。

 そして背後から青く強い光が射し、胸元のブローチも輝き出す。

 けれど、自分の身体が透け始めた。


「待って! 待ってよ!!」


 絶対、諦めない!!


 みんなの元へ駆け出せば、その表情が歪んだ。

 そしてさくらが伸ばした手が届く前に、アリアが涙を堪えたように微笑んだ。


「私達も、さくらちゃんが大好きだよ」


 アリアの囁きが耳に届いた瞬間、さくらは淡い桜色の光の渦にのまれ、意識を失った。


 ***


 さくらが現実世界に戻り、アゼツはこのゲームの消滅が始まると思っていた。

 なのに、さくらがいた場所に彼女の選んだつぼみが浮かび、願いの木と共鳴するように輝いている。


「何が、起きているんでしょうか?」


 アゼツが呟けばつぼみが花開き、桜の形の結晶が願いの木へ吸い込まれる。

 すると、青い葉の隙間を彩るように、桜の花が現れた。


「これは、いったい……」


 ひらりと、桜の花びらが舞う。

 徐々にそれは花吹雪となり、空を覆い始める。

 その花弁が、ここにいる皆にも触れた。


「さくら……」


 触れた場所からさくらの温かな想いが伝わり、胸を締め付けられる。

 それは皆も同じだったようで、眩しそうに願いの木を見つめていた。


「痛い。でも、嬉しい。これは、何?」


 泣き崩れていたアリアが呟けば、他の女の子達も胸を押さえてうずくまる。


 まさか、今になって魂が宿るなんて……。


 命の輝きにアゼツが目を見張れば、ノワールの声が聞こえた。


「そうか。さくらのつぼみが色付いていたのは、みんなを、この世界を、想ってくれていたからか」


 その意味に、アゼツは嬉しさのあまり笑い出しそうになった。


「こんなに想われていたのなら、願いを叶えるしかないですね」


 待ってて下さいね、さくら。


 光の泡となり始めた自身を見つめ、アゼツは微笑む。

 どんな結果が待ち受けているのかわからなかったが、またさくらと出逢える事だけは、はっきりと感じられた。

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