第39話 みんなの想い
ここ、どこだろう……。
突然真っ暗になったと思えば深い霧の中におり、サクラは困惑する。
何かのイベントに巻き込まれた、とか?
強制イベントを思い出しながら、サクラはふらふらと歩き続ける。
すると前方に、人影が見えた。
「誰か、いるの?」
サクラの声に反応したように人影は揺らめくが、霧で姿が見えない。
「ここまで来てしまったのですね」
聞き覚えのない穏やかな声の持ち主は、こちらへ近付いてくる気配がない。だからサクラも距離を置いたまま、返事をする。
「あの、別にここへ来る気はなくて……。その、ここ、どこですか?」
「ここは、別の世界の入り口です」
「別の世界?」
「ここへ来る直前の事は、思い出せますか?」
そう問われ、サクラはノワールと共に図書館にいた事を思い出す。
私、ノワールと話してて、それで……。
続く言葉を浮かべる前に、胸が思い出したくないとばかりに勝手に痛みを訴えてくる。
「何をそんなに悲しんでいるのでしょうか?」
「え……?」
お互い姿は見えていないはずなのに、あちらにはわかっているような気味の悪さを感じる。
何だろ、これ……。
イベントなら選択肢が出てきてもいいのに。
本当にイベントなのだろうかとサクラが疑問を抱いた時、霧の向こう側の人物が問いかけてきた。
「あなたは願いを叶えないのですか?」
「願いって……」
そうだ。
私の役目は、みんなを元に戻す事だ。
早く、帰らなきゃ。
みんながヒロインを待ってる。
願いを思い出したのに胸の痛みは増し、サクラは思わず胸元を掴む。気付けば、自身の服装が制服に戻っており、手に触れたのは青い願いの木のブローチだった。
「あの、帰り方を教えてもらえませんか?」
自分の役目を思い出せば気が焦り、サクラは人影に近付く。けれども距離は縮まらず、この霧に覆われた空間すら何の為に存在しているのかわからない不安から、足を止めた。
「焦らなくとも、帰りたいと思えば帰れます。ほら、よく耳を澄ませて」
さっきからこの人、何がしたいんだろ?
不思議に思いながらも、このよくわからないイベントをクリアする為、サクラは言われた通り音を探る。けれど何も拾えず、焦りが募る。
「あの、何も聞こえないんですけど……」
「そんなはずはありません。ほら、もっとよく耳を澄ませて」
「………………やっぱり、聞こえません」
もしかして何か聞こえるまで、このイベント続けなきゃいけないの?
状況が理解できず、サクラは苛立ち始める。
「ここで時間を使うわけにはいかないんです。だから今すぐ帰れる方法を教えて下さい」
不機嫌な声色になったが、サクラはそれでも早口で言い切る。
すると、相手が小さな笑い声をもらした。
「あなたはどちらの立場で耳を澄ませていますか?」
「どちらの立場?」
「ヒロインか、さくらか、どちらでしょうか?」
えっ?
ヒロインかサクラかって、どっちも同じじゃない?
これに答えればイベントは終わり?
怒りが鎮まり、サクラは困惑しながらも口を開く。
「ヒロインのサクラです」
だってここはゲームの世界なんだから、ヒロインのサクラしかいないじゃない。
そう思い、はっきりと告げる。
それなのに、イベントは終わらなかった。
「それでは永遠に聞こえません。そこまで帰りたくないのであれば、ずっとここにおりなさい」
「えっ!?」
これ以外の正解などないはずなのに、人影が小さくなっていく。だから慌てて、サクラは大声を出した。
「待って! 何が違うの!?」
「私は、『ヒロインか、さくらか』と尋ねたのです。違いがわかれば帰れるでしょう。しかし急ぎなさい。あなたの命はもう、長くはない」
違い? 私の命?
余計にわからなくなり、頭が痛む。
そして思い出した、ここへ来る直前の出来事。
さっきはもっと頭が痛くなって……。
でも、それでも、みんなの為に、願いを叶えに行かなきゃ。
そうしなきゃ、私、何の為にここにいるのか、わかんない。
こんな事もできないなんて、本当に、生きてる意味が……。
そう考えた瞬間、今度は全身に激痛が走る。
「いっ……!」
「あなたは今、ヒロインなのか。それとも、さくらなのか。どちらで生きたいのですか?」
「どちら、で、い、きる?」
初めて知る痛みに耐えかね、サクラは膝をつきながらも必死に言葉の意味を考える。
この世界で生きるなら、ヒロインのサクラ。
でも、現実の世界で生きるなら、ただのさくら。
だけど役に立てるのは、ヒロインのサクラ。
だってただのさくらは、何もできないから。
「本当に?」
「え……」
全身の痛みを少しでも逃すようにヒューっと音がもれるサクラの口から、掠れた声がこぼれる。
「よく思い出しなさい。あなたの言葉はヒロインの言葉なのか、それともさくらの言葉なのか」
「こと、ば」
「その言葉は皆の心に届いている。それに対する皆の想いを、あなたはしっかりと聞いたはず」
何、言ってるの?
言葉?
このゲームは自分で話さなきゃいけないから、言葉は全部、現実の世界のさくら――。
そう考えた途端、痛みが和らぎ、懐かしい声がした。
『さくらにこれ以上頑張れなんて言えない。だけどね、お母さんはずっと、ここで待っているから』
『さくら、お父さんを嘘つきにしないでくれ。今までにした約束を、全部叶えるんだ』
お母さんと、お父さん?
自分の名を呼ぶ両親の囁きがする方向へ意識を向ければ、また別の声がした。
『さくらちゃん、あなたは強い子だよ。だから大丈夫。戻ってこれる』
美咲さん?
何故こんな声が聞こえるかわからず、それでも導かれるように立ち上がり、サクラは歩き出す。
『サクラ、戻ってきて下さい。あなたの笑顔を、また見せてほしい』
『サクラちゃん、私、こんなお別れの仕方なんて嫌だ。だからね、絶対に戻ってきて』
リオンと、アリア?
『俺はこんな感情を知らない。だから早く戻ってきてくれ。サクラなら、わかるだろ?』
『サクラ……。病気なのを知った時から、あなたの自由を優先した。その結果がこれなんて、あんまりじゃない。早く戻ってきなさい』
ラウルと、イザベルだ……。
『ぼくはさ、これからのサクラをもっともっと見ていたかったんだ。だから戻ってきて。サクラがいなくなるなんて、寂しすぎる』
『サクラ先輩、どうして黙っていたんですか? わたし今、凄く怒ってます。だから、戻ってきて下さい。わたしだって、サクラ先輩に頼られたい』
クレスと、フィオナも……。
『サクラにはやり残した事があるだろう? それを思い出せ。そうすれば、戻ってこられる』
『サクラさん、あなたにはまだまだ生きてもらわねばなりません。たとえ現実の世界が辛くとも、私達と過ごした日々があなたの心の支えになる事を祈っています』
キールと、アデレード先生まで……。
『サクラ、僕の言葉が君を追い詰めたんだろう。それでも僕らの事を願うと嘘をつくのは、辛かっただろうね。だから戻ってきた時、君の本当の願いを聞かせてほしい』
『あたし達はサクラを助けたい。この気持ちは今でも変わらないから!』
『サクラお願い、戻ってきて。ただもう一度、あなたと話がしたい』
『サクラ、ごめんなさい。こんな事になるなんて。それでも、私達はサクラが大好きなの』
ノワール、何言ってるの?
ナタリーもジェシカもダコタも、どうしたの?
声の聞こえる方へ歩くたびに痛みが消え、霧の中に小さな光が見えた。
『ボクは、今のサクラが幸せを感じないまま生を終えるなんて、絶対に嫌です。だから、絶対に助けてみせます!』
アゼツ?
ひときわ大きくアゼツの声が響けば、光が大きくなり、その周りの霧を晴らす。
「聞こえたようですね」
遠くから投げかけられる言葉に、サクラは振り向く。けれども後方にある霧の濃さだけは変わらず、もう人影すら確認できなかった。
「これは……」
「サクラもさくらも、あなた自身です。誰もヒロインとしてのあなたを望んでいない。あなたはあなたのまま、存在すればいい」
そんな答えが返ってくるとは思わず、言葉に詰まる。
本当に?
「それが真実である事は、あなたが1番よく知っているはず。だからこそ、皆があなたを助けたいと願った」
「願った?」
もう、自分の考えすら筒抜けな事を気にするよりも、願いの意味が知りたくて、サクラは声を出す。
「今、あなたの容態は急変し、魂が彷徨っている状態です。それを助けるべく、全ての心が1つとなり、究極魔法が姿を現しました。だから願われたのですよ、あなたを助けてと」
私を……?
先程のみんなの言葉がわかり、ゆっくりとサクラの心に届く。
「本当はもう、気付いているはずです。だからこそはっきりと声が聞こえ、帰る場所もわかったのでしょう。さぁ、進みなさい」
みんな、待っててくれてるんだ。
ただの、さくらを。
さくらの心が前を向き、みんなの声が聞こえる光へ歩き出す。
「この出逢いは、『誰かに必要とされたい』と求める心が引き寄せた現象にすぎません。そして生きるとは何かを、あなた達は知ったはずです。だからこそ、本当の奇跡を起こせるのです」
その意味を尋ねたいのに言葉が出せず、さくらは光だけを見据え、不思議な力に歩かされていた。
「何が起きても、あなたの心を貫く覚悟を。それができた時、奇跡は起こる」
さくらの全てを暖かな光が包んだ時、風のような囁きが耳に届く。
「アゼツを、お願いします」
アゼツって――。
まさかこの人はと考えた直後、さくらの意識は光の中に溶けた。
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