第36話 クレスとキールの告白とラウルの勘

 クレスは気もそぞろなフィオナの気分転換にと、花が咲き乱れる庭園を目指していた。

 しかし、彼女はついに足を止めた。


「クレスくん、やっぱりわたし、サクラ先輩が気になる」

「ぼくも気になる」

「それじゃどうして、サクラ先輩を置いてきたの?」

「言ったでしょ? サクラが決めた事だからって」


 気になるけど、最近のサクラは本当に楽しそうだから邪魔したくない。

 まだちらっと暗い色が混じるけど、それでもサクラの心に灯る色は明るくなった。

 でもそう見える設定にされてるだけで、本当は違うかもしれないけど。


 それでもこのゲームで与えられた役目を信じ、クレスはフィオナに笑いかける。


「サクラはぼく達に楽しんでほしいんだろうね」

「みんなで一緒に楽しめばいいのに。サクラ先輩、何考えてるんだろう?」


 いつも通り、外見は穏やかなフィオナの心を彩る感情の色が濃くなる。


「フィオナは本当に自分の気持ちに正直だよね」

「当たり前でしょ? 自分の気持ちは自分が理解するのが1番だもの」


 そう言って、フィオナがふわりと笑う。


 フィオナの、感情を素直に受け入れる心が好きになった理由なんだろうな。

 でも……。


 クレスがふとある考えを浮かべれば、フィオナが「よし」と声を上げた。


「やっぱり、サクラ先輩のところへ行こう。また何かあったら、わたしはわたしを許せない気がする」

「フィオナのそういうところが、とっても好き」

「クレスくんはわたしの内面まで見えてるはずなのにそう言ってくれるから、わたしも凄く好き」


 お互いに微笑めば、同時に口を開いた。


「「だからね、友達になれて本当に嬉しい!」」

 

 そうなんだよね。友達って言葉がぴったりなんだよ。

 ぼくの好きって何だったんだ? って思うけど、それすらよくわからないや。

 だって、ぼくには異性を想う好意の色がないんだもん。

 なのに、サクラにはあったんだよね。凄く淡いけど。だから本人も気付いてなさそう。

 

 芽生えた恋の行方は気になるが、サクラが恋しないと言い続けている内は放っておこうと思い、別の考えを巡らせる。


 ぼく達を助けたいと思ってくれるのは嬉しいけど、サクラは自分の事をもっと優先してあげた方がいいよね。


 そう思いながら、消していた翼を広げる。

 すると、フィオナも同じように羽を広げていた。


「じゃ、行こっか」

「サクラ先輩、どこ行ったのかな? アデレード先生に魔法で探してもらう?」


 揃って飛び立とうとすれば、背後から誰かの声がした。


「待ちなさい!」

「あれ? ジェシカ先輩がどうしてここに?」


 こちらを睨むジェシカの怒りの色に、クレスは首を傾げるしかなかった。


「……とにかく、飛ばないで」


 何だろ?

 焦りと悲しみの色が混じってて、ジェシカ自身が混乱してる。


 クレスとフィオナが地に足をつけたのに、ジェシカは親指の爪をかじり、苛立っている。


「ねぇ、ジェシカは何をそんなに悲しんでるの?」

「……」

「あの、ジェシカ先輩、クレスくんは感情の色がわかるので、隠し事はできませんよ?」


 クレスの質問に沈黙したジェシカへ、フィオナがおずおずと話しかける。

 すると、ジェシカは諦めたように口を開いた。


「ねぇ……、何であなた達はサクラの事を知っていたのに、教えてくれなかったの?」

「サクラの?」


 涙を堪えるようにジェシカが顔を歪め、言葉を吐き出す。


「サクラ、病気なんですって? しかも今、手術中って……。でも、助かるか、わからないなんて、そんな大事な事、どうして……」


 嗚咽を漏らさないようにジェシカが口を押さえれば、フィオナが問いただした。


「何ですか、それ。サクラ先輩、そんなのひと言も言ってなかったですよ?」

「あれ? サクラは話してなかったの?」

「えっ?」


 全てを話していると思っていたクレスがそう言えば、フィオナの顔がこちらへ向く。


「ジェシカの話は本当。サクラは現実の世界で手術をしながらゲームしてるんだ。凄いよね、そんな事できちゃうの。だから――」

「うそ……」


 フィオナの水色の瞳からは光が消え、感情の色が渦巻きはじめた。


「てっきり話してると思ってた。サクラって本当に自分の事は二の次なんだね」

「……クレスくん、行こう。サクラ先輩を絶対に1人にしちゃだめ」


 クレスの手を取るフィオナへ、ジェシカが首を振る。


「サクラは1人じゃないわ。だから今だけは、探さないで」

「どういう事ですか?」

「本当は黙っていなきゃいけないけれど、理由を聞いたらあなた達も納得してくれるはずよ」


 悲しげな表情のまま、ジェシカは話し続けた。


「今ね、ノワールくんはサクラと一緒に図書館にいるわ。サクラはこのゲームのヒロインだから、究極魔法を見付ける事ができるだろうからって。それを見付けて、絶対にサクラを助けるって」


 ノワールの色はいつも暗くて、サクラと話す時、特に暗さが増してた。

 それぞれ悩みがあるのはわかるけど、サクラを心配する色はなかった。

 だからノワールは、サクラを助けようとは思ってない。


「そっか。これが胸がざわざわしていた正体か」

「え、クレスくん!?」


 気持ちが軽くなり、クレスは驚くフィオナの手を離し、上空へ羽ばたく。


「ぼく、サクラのところへ行ってくる!」

「だめよ! 究極魔法は人を選ぶわ。だから余計な人が行っちゃ――」

「でも、ノワールの考えは違うっぽい」

「え……?」


 目を見開くジェシカを無視し、クレスは大きく翼をはためかせる。そのあとを、フィオナも慌てながらついてきた。


 ***


 生徒達に声をかけながら歩くアデレードの歩幅に合わせ、キールも歩き続ける。


「こんな日まで私と行動を共にしなくてもいいのですよ?」

「こんな日だからこそだ」

「クレスくんもですが、キールくんの力も厄介なものですね」

「これでも自分達は力を抑えている」


 もうキールの説得は諦めているようで、ため息をつきながらアデレードは歩き続けた。その隣で、キールは彼女を好きになった理由を思い出す。


 入学式の日、アデレードが奏でた音は見事なまでの不協和音で。なのに、とても心地良かった記憶がある。それぐらい、彼女が今を生きる事を喜び、同時に深く後悔しているのが伝わった。

 それは本当に危うくて、でも、どこまでも消える事がない音に心揺さぶられた、設定だったのだろう。

 アデレードは魔女狩りの歴史と共にあり、人に助けられ、人に裏切られた。そんな彼女は多くの生徒を前にすると不協和音を奏でる。


 ふと彼女を見れば、アデレードもこちらへ目を向けた。


「どうかしましたか?」

「アデレードの音色は相変わらず心地良いな」

「そうですか」

「何故、全てを受け入れられる?」


 そう。不協和音なのだが音同士が受け入れ合ったように奏でる音色だからこそ、心地良い。


 自分が心惹かれた理由が知りたくて、キールは初めてアデレードに問いかけた。

 すると彼女はしばらく無言で歩き続け、生徒達の姿がまばらになった廊下で立ち止まった。


「先程の質問ですが、答えは、今の自分になる為には必要なものだった、という言葉で理解してもらえるでしょうか?」

「今の自分?」

「過去の私にこんな言葉をぶつければ、きっと惨殺でもされるぐらいの反発を受ける事になるでしょう。しかしそれがあったからこそ、私は同じような体験をした者の心の近くまで行く事ができる。それは誇るべき事だと、私は思っています。このような考えの今の自分もまた、未来の私を作るものです。ですから、受け入れた方が生きやすいのですよ」


 物騒な事を言い始めたアデレードの表情はどこまでも穏やかで、奏でる音は星が囁くように静かに流れる。


「キールくんが私に執着する理由は、音が原因でしょう。初めて聴く音が珍しいのでは? その理由がわかった今、気掛かりはなくなったと思われますが」


 音、か。

 そういう設定としか、今は思えない。

 そしてこの想いは、恋とは言い難い。

 だからこそ、アデレードが人として好きだ。


 静かに佇むアデレードの黒の瞳を見つめ、キールは僅かに微笑む。

 

「……いや、これからもそばにいる。けれどこれからは、その生き方を知っていきたい」

「キールくんがそのように言うのであれば、私は何も言いません。ですが、私から学べる事などたかが知れています。ですからもっと、サクラさん達と共に過ごして下さい」


 サクラか。

 いつまで共に過ごせるのだろうか。

 彼女の奥底に潜む音はくぐもり、よく聴こえない。

 抑え込んでいるものが這い出すような小さな音は、本当は誰かに気付いてほしいのだろうと思う。

 しかし、それに気付くのは自分自身でなければならない。

 自分で気付く事で、人は前を向ける生き物だからな。


 サクラが心の闇と向き合う時、自分達がそばに居られればいいと、キールは静かに願う。

 その瞬間、乱れた音が耳に届いた。


「アデレード先生! 急いで図書館に! サクラちゃんが!!」


 アリア?


 リオンと共に行動しているはずのアリアが、血相を変えて叫んでいる。そのうしろには、ダコタが青い顔をしてついて来ていた。

 そして、アリアの声に同調するように、焦りの音が増える。


「ダコタ、失敗したの?」

「ごめんなさい……」

「いいのよ。だから私達もいるんじゃない」


 跡をつけてきていたのか、シスター姿の女生徒達が道を塞ぐように立ちはだかった。


「すみません、アデレード先生。もう少しだけ時間を下さい。そうしたら私達、退きますから」

「何を……」


 驚きで目を見張るアデレードの元へ、アリアが息を切らしながら駆け寄る。


「アデレード先生、サクラちゃん病気で、それを治そうとしてるノワールさんと、2人で、究極魔法を見付けに……。でも、リオンさんの様子が変だったので、何か他にも、あるかもしれないです」


 ノワールと2人……。

 そうか。だからノワールの音がさらに深く、弾んだものになっていたのか。

 今日、サクラに何をする気だ?


 自分の胸を急かすような感情はこのせいだったのかと理解し、キールは翼を出す。


「行かせない!」


 険しい顔をした女生徒達が、キール達を囲うように動き出す。だがそれより早く、キールがそばにいる2人を抱え、上空へ逃れる。


「きゃっ!」

「サクラさんが、病気?」

「アリア、大人しくしていてくれ。アデレード、しっかりしろ。転移の魔法陣を描け」


 騒がしい声と音が重なり合い、キールは感情の音を遮断する。

 そしてアデレードが天井に魔法陣を描けば、ダコタだけが走り去るのが見えた。


 ***


「どうだ。俺の勘は正しかっただろ?」

「勘って……。ランピーロの時を思い出しただけじゃない」


 ラウルとイザベルはサクラに気付かれないよう、かなりの距離をあけて跡をつけた。すると、アゼツではなくノワールと合流する姿が見え、舌打ちしそうになった。


 ノワールと2人はまずいだろ。


 ノワールという男は、女に対していつもベタベタしているのが当たり前だ。しかし、サクラにそれをされるのは無性に腹が立ち、これが保護者の気分なのかと、ラウルは小さく唸る。


「図書館……。サクラ達、まさか究極魔法を見付けに?」

「あ? 何で究極魔法なんか見付けんだよ」

「ノワールが究極魔法を見付けたがっていたって、アデレード先生が言っていたのよ。もしかして、サクラの病気を治そうとしているのかしら?」

「ノワールが?」


 リオンのイベント後、イザベルに拳を交えて問いただされ、過去のゲームの記憶がある事とサクラの病気の事を告げた。

 イザベルの混乱は酷いものだったが、それならば、サクラの望むように過ごさせてあげたいと、イザベルは力なく呟いた。


 その言葉通り、サクラの意思を尊重しつつ、イザベルは見守る事に徹していた。


「それなら別に、心配する必要はないのかしら?」


 サクラとノワールがすぐ戻ってくるかもしれないと様子を見ていたが、その気配はない。だから図書館へ向かおうと動き出したラウルを、イザベルの声が止める。


「でも2人きりはまずいだろ」

「そう? ノワールはあんな感じだけれど、一定の距離を保つ人よ。それに、女の子に酷い事をしないでしょう? それなら究極魔法に願いを叶えてもらえるよう、協力すべきじゃない?」

「あのな、そんな簡単に願いなんて叶わねーよ。それに、やましい事がないなら話すだろ? 何も話さないって事は、他にも何かあるはずだ」


 考えが読めないノワールの笑みを思い出し、ラウルは苛つく。

 するとイザベルがため息をつき、歩き出した。


「サクラが男と2人きりでいるのが嫌だと、はっきり言ったらいいじゃない」

「は?」

「あぁもう。じれったい」


 理解が追いつかないラウルはただ足を動かし、イザベルについていく。

 すると、かなり後方から誰かの足音がした。


「待ちなさいよー!!」

「ナタリー?」


 うるさい声で叫びながらこちらへ向かってくるシスターに、イザベルも振り返る。


「図書館に、行こうとしてない!?」


 ぜぇぜぇと息を切らし、ナタリーが額の汗を拭う。


「そうだけれど……。ナタリー、何か知っているの?」

「知ってるけど、教えない。何であたしが、この2人の、尾行なの……」

「尾行?」


 イザベルの言葉にはっとした顔付きになったナタリーは大きく深呼吸すると、しっかりとこちらを見据えた。


「と、とにかく、図書館はだめ!」

「究極魔法を見付ける方法がわかったから、サクラとノワールを2人きりにしているの?」

「えっ!? 何で知ってるの!?」


 驚きすぎた顔は気の毒になる程全てが大きく開き、面白く見える。


「尾行って、俺ら全員を、誰かが見張ってるのか?」

「うっ!」

「それを指示してきたのは、ノワールだな?」

「ぐぅっ!」


 ラウルの言葉に呻くナタリーは、それだけで肯定の意味を伝えてくる。


「そうか、よくわかった。行くぞ、イザベル。扉をぶち破るから協力しろ」

「何を言っているの? 図書館は魔法が掛けられているじゃない。扉を叩いて中から開けてもらうか、アデレード先生に鍵を――」


 待ってられるか、そんなの。


「今日はな、何だか力が湧いてくる。だからいける」


 そう決めて、ラウルは駆けた。

 すると突然、扉の前に闇が生まれた。

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