第35話 リオンの告白
楽しげな生徒達とすれ違いながら、リオンの隣を歩くアリアが小さな声をもらした。
「何だかこれって、あの時と同じような……」
「えぇ。ランピーロの時と一緒ですね」
双子が『サクラが決めた事だから』と念を押してきて、それぞれが組み分け通りに別行動した。妙な胸騒ぎがするが、またサクラヘ忠告すれば彼女は怒るだろうと思い、行動出来ずにいる。
そして今はアリアの話を聞くため、建物に挟まれた小道を歩き、裏庭へとたどり着く。他の裏庭よりもこじんまりとした空間には誰もおらず、背丈の低い木々がハロウィン用の飾りをほんのり光らせているだけだった。
「サクラちゃん、大丈夫かな?」
「今回は集合時間も決まっていますし、きっと大丈夫でしょう」
まるで波紋のように広がる石畳の上で向き合えば、そこが小さな舞台のように思え、不思議な感覚に囚われる。
「意外……」
「何がでしょうか?」
「ランピーロの時のリオンさんと全然違うから」
驚いた顔をしていたアリアが、真剣な表情を浮かべた。
「私の話はすぐ終わりにするから、サクラちゃんを探しに行こう」
「いえ、今回は本当に……」
「ふふっ。その言葉は嘘でしょ?」
「嘘では……」
「今まではリオンさんの表情がわからなかったけど、今ならちゃんとわかるから」
そこまで言い切り、アリアが頭を下げた。
「リオンさん、昔、私を助けてくれてありがとうございました!」
「気付いていたのですか?」
「助けてもらった時、ちゃんと顔を見たから。だから、お礼を言った直後に悲鳴を上げて、ごめんなさい」
顔を上げたアリアが不安げに胸の前で手を握り、悲しげに目を伏せる。
「いえ。襲われた直後ならこの目はさぞかし怖かったでしょう。ですから、気にする事はありません」
「それでも……、顔を隠すきっかけを作ったのは、私かなって、思えて」
アリアの核心を突く言葉に、リオンは覚悟を決めた。
「その事で、私からも話があります」
リオンの言葉で、伏せられていたアリアの薄緑色の瞳がこちらへ向く。
「私はアリアから感謝を伝えられた時、あなたに恋をしました。私のような存在でも誰かを救う事ができるのだと、そう思えました。そして同時に傷付き、情けない事に顔を隠しました。けれどそれは過去の話。今はもう、大丈夫です。ですから、気に病む必要はありません」
想いを伝えたのに、アリアに対して心が動かない。
それでもアリアを安心させるように微笑めば、彼女も笑みを浮かべた。
「サクラちゃんが言うように、リオンさんは優しい。そんな傷を作った私の事まで気遣ってくれる。だからこそ、サクラちゃんの誤解を解きに行こう」
「誤解?」
「どうしてサクラちゃんが私にリオンさんの話をするのか、同じ人同士で組み分けするのか、ようやくわかったから」
アリアは小さく笑うと、続けて言葉を紡いだ。
「サクラちゃん、私達に恋してって言っていたの。それって、みんなをくっつけようとしているんでしょ? でも、リオンさんが恋している相手はサクラちゃんだよね?」
サクラのわかりやすい行動が裏目に出て、全てが知られてしまった。
けれどその事実よりも、リオンはアリアの最後の言葉に動揺する。
「何故、サクラの事を……」
「表情がわからなくても、リオンさんはサクラちゃんだけを気にかけていたから」
「それでも私はアリアを……」
好きだったとは言葉にできず、沈黙する。そんなリオンへ、アリアが屈託のない笑顔を向けてくる。
「ね? 続きが言えないぐらい、サクラちゃんを大切に想っているんでしょ? だから探しに行かなきゃ」
歩き出したアリアを追えば、彼女は急に足を止め、振り返った。
「私に恋をしたって言ってくれて、凄く嬉しかった。きっとその時は本当に私に恋をしてくれたのかもしれない。私も、助けてくれたリオンさんに心がときめいた。でもお互い、それだけ。心が夢中で追いかける人に、私はまだ出逢っていない。だからね、リオンさんが羨ましい」
そう言って、アリアはくすりと笑った。
「私はサクラちゃんの友達だからサクラちゃんを応援するけど、リオンさんの事も応援するね。だってこんな事をするサクラちゃんって、すごーく鈍感だと思うから」
確かにそうだと思い、リオンも声を出して笑う。
けれど、アリアの気遣いは無用だと気付き、笑みを消す。
「アリアもそう思うのですね。ですが、サクラは別の世界の住人です。ですから、応援は不要ですよ」
それに、この感情は好感度が上がった仕組みでそう感じているだけなのかもしれないと、不安がつきまとう。
そしてサクラは恋をしないと決めている。皆を助ける為に。
だから、その邪魔だけはしたくない。
サクラを求めようとする心は今なら抑えられると、リオンは自身に言い聞かせた。
「それだけど、もっと別の願いがあるかもって、私は思ってるの」
「別の?」
「まずはサクラちゃんに相談しようと思う。というわけで、探しに行こう!」
軽やかに歩き出したアリアへ続けば、その前方にシスター姿の人影が見え、彼女は明るく声をかけた。
「ダコタさん、1人ですか?」
ノワールと共にいるはずの彼女がここにいる理由がわからず、リオンも返事を待つ。
しかし、ダコタはいきなり頭を下げた。
「あの、ごめんなさい。話を聞くつもりはなくて……」
か細い声でそう告げたダコタは顔を上げると、表情を硬くした。
「けれど、その、ここから先は通しません」
「どういう――」
「サクラを助ける為に、協力して下さい」
リオンの声を遮り、ダコタは言い切る。
「助けるって?」
「……サクラは病気なのよ。リオンさんは知っていますよね? サクラは今、別の世界で手術中で、助かるか、わからないって……。だから、ノワールくんが助けるって」
「え……?」
質問したアリアが目を見開き、ダコタは泣き出してしまった。
「どうやって助けるつもりですか?」
「それは、言えないわ。でも、今だけはサクラを探さないで。きっとノワールくんの考えは正しいから」
考え?
嫌な予感がした時、アリアがダコタに詰め寄った。
「今の話、本当?」
「本当よ。だって、ノワールくんはこんな酷い嘘を言わないもの」
「もしかして、ノワールさんが究極魔法を見付けたがっていたのは、そのせい?」
究極魔法?
話が読めず、リオンも会話に割り込む。
「何故サクラを探してはいけないのですか?」
「お願い。少しだけでいいの。リオンさんは特に……」
「もしかして今、サクラちゃんとノワールさんはとしょ――」
アリアの口を泣き顔のままのダコタが塞ぎ、首を振る。けれどリオンには、十分な手掛かりになった。
「サクラは今、ノワールと2人きりですか?」
「少しだけ時間をちょうだい! サクラはこのゲームのヒロインだから見付けられるはずなのよ!」
ただサクラを助けるだけじゃない。
他にも目的があるはずだ。
嫌な予感が的中した事を悔やみながらも、リオンはアリアへ言葉を残す。
「私は先に行きます。アリアはもしもの時の為に、アデレード先生を探し出してきて下さい」
「待って!!」
ダコタが縋るようにこちらへ手を伸ばしたが、リオンは影へと身を溶かした。
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