第33話 ハロウィンパーティーのはじまり

『門限は通常通り22時までです。立ち入れない場所は学園案内図に印を付けてありますので、各自きちんと確認するように。それでは良き夜を』

 

 本当にアデレード先生からの挨拶が簡単に終わり、サクラ達は講堂の入り口から少し離れた場所で、他のみんなを待っていた。


「この人集りで合流できるのかな?」

「大丈夫ですかね?」

「この中では私の背が1番高いから、目印になるといいのだけれど」

「ふふふ。じゃあこれの出番だね!」


 サクラがきょろきょろと見回せば、フィオナも困り顔で頷く。そしてイザベルが赤毛の耳をぴんと立て、視線を巡らせる。すると、アリアが楽しげに笑い、青い木のブローチから先端に金の星がついた杖を取り出した。


「何するの?」

「サクラちゃんの名前、借りるね。光よ!」


 アリアが嬉しそうに魔法を使えば、小さな星がキラキラと飛び出し、頭上にサクラの名前が描かれる。


「凄い! 光を生み出せるんだ!」

「そうだよ! 一定時間で消えちゃうけど、これなら見付けられるでしょ?」


 自分の名前を眺め、サクラはそわそわした。


「あのさ、どうやるの?」

「じゃあサクラちゃんも杖を出して?」

「うん!」


 自身のブローチへ触れ、地球儀を先端にあしらう杖を取り出す。


「光よ、って言いながら天井に向かって杖を振ってみて?」

「わかった。光よ!」


 サクラが呪文を唱えれば地球儀が輝き、杖を振れば青い光が紫色の天井を飾る。


「わー! 魔法、使えちゃった」

「驚いた? 杖を光らせたり、振って光を飛ばしたり、中庭なら花火を打ち上げるみたいに散らしたり、いろいろな使い方ができるよ。でも、人に向けると自分に返ってくるから、それだけは注意してね」


 微笑んでいたアリアが視線をサクラの後方へずらしたのが見えた瞬間、視界が遮られる。


「だーれだ!」

「ちょっと! びっくりしたでしょ、クレス!」

「えー? 何でわかったの?」

「声でわか……、あれ? その服……」


 驚きでびくりと体を揺らし、クレスの手を強引に引き剥がす。そして振り向けば、彼は容姿に合う服装をしていた。


「あー、これ? これはもう用意されてたんだよね」

「用意?」


 クレスは藍色の長い髪をばさりと払い、すみれ色の瞳を首元へ向け、黒いタキシードの襟を引っ張りながらつまらなそうに返事をした。

 赤い蝶ネクタイの真ん中には金のボタンが付けられており、袖口からはひらひらとした白いシャツが覗く。

 ズボンは膝までの長さで、だいぶゆとりのある作りのように見える。そして足はぴったりとした黒のロングブーツで覆われている。

 しかし、クレスの白い翼が消えており、違和感を覚える。

 そんなサクラへ、クレスの隣いたキールが声をかけてきた。


「自分達にはすでに衣装が配布されていた」

「んー? どういう……あ! 主要な人物だから特別衣装、とかですかね?」


 不服そうな顔をしたキールが碧の瞳を細めながら首を傾ければ、プラチナブロンドの長い髪がその頬にかかる。

 そこへ、フィオナが小声で正解らしきものを口にした。


 キールも同様に黒い翼が消えており、白の衣装はどこかの王子様が着ているような出立ちで、首元と袖口にはクレスの服と同じく、白くひらひらとした生地がある。

 下は白の布を幾重にも重ねたように包まれており、その隙間から、黒のズボンと白いブーツが見えた。


「ぼくも選びたかったー!」

「自分もだ」

「でもさ、2人ともよく似合ってるよ!」

「そう? それならいいけど。あとね、この衣装だから翼を消してきたんだ」

「あ、それ気になってた。何で?」

「サクラには自分達がどう見える?」


 クレスとキールと会話をしていたのに突然ホログラムが現れ、周りの生徒達が動かなくなった。当然、アリア・イザベル・フィオナも同様で、サクラの胸が痛む。


 そんな簡単に魂なんて宿らないだろうけど、それを思い知らされるようなこの時間は早く終わらせちゃおう。


 女の子達からそっと視線を外し、サクラは選択肢と向き合う。


『クレスとキールへ、感想を伝えましょう。』



 翼がなくてもちゃんと見分けられるよ。


 翼がないと2人ともそっくり!


 翼がないと、どっちが天使でどっちが悪魔だかわからない。



「何これー! 選んで選んで!」

「面白いな。サクラ、選んでくれ」


 無邪気な顔をしたクレスと、楽しげに口角を上げたキールが選択肢を覗き込み、サクラを急かす。


「ちょっと待ってね!」


 もう気にしなくていいかもだけど、一応、好感度の上がらないものを選んでおこうかな。

 本当は1番下の選択肢を選びたいけど、双子の好感度が上がらないのはこれが定番だよね。


「よし。決めた! 翼がないと2人ともそっくり!」


 チリン


「えっ!? 嘘でしょ!?」


 乙女ゲームの知識を披露できた事に満足した途端、好感度が上がる音が響き、サクラは愕然と双子を眺める。


「あはは! サクラ、その顔どーしたの?」

「だ、だって、双子ってそっくりって言われるのが嫌なんじゃ……」

「自分達は滅多に言われないから嬉しい」

「しまった!!」


 普通の双子じゃないじゃん!

 天使と悪魔なんて容姿が似てても間違える事なんてないって、よく考えたらわかるじゃん!


 双子という事に気を取られすぎたサクラが選択肢を誤った事実を受け止めれば、フィオナがのんびりと話し出した。


「そっくりというか、天使と悪魔を交換しちゃったように見えますね」

「私も本当はそう思ったんだ!」


 自分の本心を伝えれば、今度は彼らの好感度が凄く上がった。


「へ? 何で?」

「サクラはわざと違う選択をしたのだな。だが、その言葉が聞きたかった」

「大成功だー!」


 喜ぶクレスの天使の輪が輝き出した時、後方からラウルとリオンの声がした。


「お前ら、紛らわしい遊びをするな」

「今日はクレスが悪魔でキールが天使になりきっているのですね」


 銀髪の頭を掻きながら、面倒くさそうな顔をしたラウルが蒼い瞳を細め、双子を睨む。そんな彼は上半身が裸体で、そこには魔法陣のような模様が描かれていた。その上に黒の長いコートのような服を着ており、下はシンプルな黒のズボンに頑丈そうな黒のブーツの出立ちだ。


 そしてリオンは黒の軍服に身を包み、帽子を直す仕草をしながら微笑んでいた。髪も服も黒く、肩マントさえも真っ黒だからか、赤いネクタイと彼の緋色の瞳がその存在を際立たさせる。


「ラウル、その模様どうしたの?」

「これな、この服を着たら勝手に浮かび上がった」

「何それ。魔法?」

「よくわからん。何の変化もないから飾りじゃないか? ま、選ぶ手間が省けたからいい」

「ラウル、少しは考えなさい」


 サクラの質問に答えるラウルに対して、イザベルが呆れ顔になった。


「リオンもその服が用意されてたの?」

「はい。このようにしっかりとした服は好みなので、それだけはよかったなと……」

「ん? どうしたの?」


 急に視線を泳がしたリオンの様子が明らかにおかしく、サクラは下から覗き込む。


「あの、この服、似合っていますか?」

「似合ってるよ! 赤い目が映えてかっこいい!」

「ありがとうございます。サクラの衣装も、とてもよく似合っていますよ」


 照れたように頬を染めるリオンから好感度の上がる音が聞こえる中、サクラも自身の服装を褒められた事にお礼を伝える。


 そんなに緊張しなくても大丈夫。

 リオンは通常でもかっこいいんだから、自信を持ってアリアにその姿を見せたらいいよ!


 そう考えながら、アリアを見やる。

 すると彼女はリオンを見つめ、何かを決意したような表情を浮かべた。


「あの、リオンさん。今日少しだけ話したい事があるんです。あとで時間をくれますか?」

「わかりました」


 驚いた顔をしたリオンが頷き、サクラの心が期待に満ちる。


 これはもしかしなくとも、告白、だよね!?


 ノワールの手紙にも適当に組み分けしてと書かれていたが、サクラ自身が今日もそうする気でいた。だからこそ、これは嬉しい出来事だった。


「こんなに可愛らしい魔女がいるなんて、僕が守ってあげなきゃね」

「……そこにいる全員を守るの?」

「違うわよ! サクラを守るの!!」


 突然柔らかい声が聞こえたと思ったら、ノワールがたくさんの女生徒を引き連れて歩いてくるのが見え、サクラの高揚していた気持ちがしぼむ。

 しかし、返事をしたナタリーが目に涙を浮かべている事に気付き、サクラは戸惑う。


「ナタリー、どうしたの?」

「なっ、何でも、ない……」

「落ち着きなさい、ナタリー。サクラに負担をかけちゃだめよ」

「いつも通りに過ごすのが1番よね」


 ナタリーの背中を撫でるジェシカも辛そうな顔をしており、ダコタも無理やり微笑んでいるように見えた。


「みんな、どうしたの?」

「彼女達は優しいからね。今はそっとしておいてあげて?」


 困り顔で微笑むノワールは神父の姿をしており、胸元に大きな銀の十字架が輝いている。

 ナタリー達はそんなノワールに合わせたように、修道服を身にまとっていた。


「もしかして神父とシスターになりきってるの?」

「そうだね。そんなところかな」


 意味深な笑みを浮かべたノワールの言葉に、サクラは納得できずに首を傾げた。


 ***


 ノワール達は人数が多すぎるので別行動となり、夕食を済ませる。

 大きな白かぼちゃの器のシチューや、黒いバンズのミニバーガー、シルクハットの形をしたガトーショコラや真っ赤な王冠のようなムースケーキなど、見た目も味も楽しみ、サクラは至福の時を過ごす。


 そしてここからが本番だとばかりに、サクラはみんなにある提案をした。


「あのさ、学園内で配られるハロウィンのお菓子、誰が1番多く集められるか競争しない?」


 クレスとキールはすぐに賛同してくれたので、サクラは予定通り、想い人との組み分けを進める。


「キールはアデレード先生のところに直接向かってくれる?」

「わかった」


 見回りをしながらでもいいなら共に行動ができると言ってもらえたので、キールは現在の見回り場所で合流してもらう予定だ。


「それじゃ、アデレード先生の動ける時間を考えて、今から2時間後の21時までにまた食堂前に集合で!」

「あのさ、サクラちゃんは1人なの?」

「えっとね、実はみんなには見えてないんだけど、ゲームの相棒の白うさぎがいるんだ。その子と一緒に集めてくるね!」

「そんな子がいたんですね! いつかお会いしたいです」


 心配そうなアリアへ、サクラは嘘を交えながら真実を告げる。

 すると、フィオナがサクラの周りを興味津々に眺めていた。


「いつかちゃんと姿を見られるから、その時を楽しみにしててね! それじゃ、またあとで!」


 手を振り、みんなを見送る。

 けれど、何故かクレスとキールだけがこちらへ戻ってきた。


「どうしたの?」

「本当にアゼツと一緒?」

「う、うん」

「サクラ、これが自分達の役目だろうから伝えるが、何かあればアゼツをすぐ呼べ」


 嘘が見抜かれていた事に動揺しながらも、キールの言葉が引っかかり、サクラはそれを尋ねる。


「自分達の役目って?」

「自分達が感情のわかる設定になっているのはヒロインを助ける為だろう。サクラが決めた事なら止めはしないが、今はこの設定が騒がしい。だからもう1度だけ伝えておいた」

「そうそう。サクラが決めた事なんだからぼく達だって邪魔したくないんだよ? だけど胸がざわざわするし、このよくわからない設定って面倒なんだよね」

「設定って……。確かにさ、感情がわかるのは設定かもしれないけど、こうやって行動してくれるのは設定じゃないよね?」


 キールとクレスから告げられた言葉に唖然としながらも、サクラは自然と想いを口に出していた。


「そうなの?」

「だって胸がざわざわって、その、私の事、心配してくれてるんだよね?」

「確かに心配、なのだろうな。だが、これもゲームの流れでそう動くように設定されているように思えて仕方ない」


 もしかして、クレスとキールは自分の感情がよくわかってないのかも。


 魂が宿った事で戸惑いがあるのかもしれないと考え、サクラは彼らの気持ちを再確認する。


「フィオナやアデレード先生といると嬉しい?」

「嬉しいよ!」

「嬉しいな」

「私といると?」

「今までのヒロインとは違くて、楽しいよ!」

「自分も同じだが、これが攻略されるという事なのか?」


 そっか。

 自分で考えられるのに好感度なんてあるから、訳わかんなくなるよね。


 彼らの悩みの正体がわかり、サクラはしっかりと2人を見つめた。


「攻略っていうより、これが仲良くなるって事じゃない? 私はそう思いたい」


 サクラの言葉を聞いたクレスとキールがきょとんとした顔になり、好感度が上がる。


「そうだね、ごちゃごちゃ考えるよりそう考えた方がよっぽどいいや」

「まだ答えは出ないが、自分もそう思っておこう」


 笑顔になった2人を見送り、杖をぎゅっと握りしめる。


 ゲームの設定をなくした方が、きっとみんな生きやすいはず。

 あとは……、魂を消さずにこのゲームの世界を消さない事を願えれば、いいのかな。


 アゼツからは無理だと言われていたが、それでもやはり諦めきれず、そんな願いを抱く。この事を考えると胸が締めつけられるが、サクラは究極魔法を見付ける為、ノワールとの待ち合わせ場所へと急いだ。

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