第四章

第32話 衣装選び

 サクラは酷い態度をとった事を後悔し、夏休みの終わりにリオンとクレスとキールへ、きちんと謝罪した。それを彼らは笑顔で受け入れてくれた。

 しかし、意見は変わらないと釘を刺され、サクラは悔しさをぐっと堪えた。

 それならば、ノワールがみんなの為を思って動いているのを証明する。きっとそれで彼への誤解は解けるはずだからと、サクラは究極魔法を見付け出す事を決意した。



 新学期が始まり、普段の学園生活へ戻る。

 そして同時にハロウィンパーティーの準備も開始され、生徒も先生も、みんなが浮き足立っている。


「サクラは最近、張り切っていますね」

「うん! 目標も決まったし、何より学園中が楽しそうだからね!」


 サクラの横に浮かぶアゼツへ小声で答えながら、普段はダンスホールとして使用されている部屋の扉を開く。


 うっわ……! 

 こんなにたくさんの衣装の中から選ぶんだ!


 広々としている室内はハロウィン用の衣装で埋め尽くされ、女生徒達が楽しそうに笑い合う声が響く。


「サクラちゃん、こっちこっち!」

「3人ともお待たせ!」


 手を振るアリアを見付ければ、その横にイザベルとフィオナの姿もあった。

 サクラが急いで駆けつければ、魔女の衣装のエリアだった事に気付く。


「魔女だけでこんなにあるんだ」

「凄い数ですよねぇ」

「選ぶのも一苦労よね」

「女の子の方が種類が豊富みたいだよ。男の子の方はこっちより少ないみたい」

「そうなんだ」


 サクラの呟きにフィオナが水色のポニーテールを揺らしながら頷き、イザベルが手近な衣装に触れながらため息をもらす。

 そんな中、アリアだけが嬉々とした表情で説明をしてくれる。


 男女分かれてるし、男の子側にどんな衣装があるのか想像つかないな。

 ナタリー達はノワールに合わせるって言ってたけど、対になる衣装があるのかも。


 みんなが選んだ衣装を見るのは当日までの楽しみに取っておこうと決め、サクラは自身の服も探し始める。


「アデレード先生が魔女がおすすめって言ってたけど、何でだろ?」

「ふふふ。サクラちゃん、魔法、使いたいんだよね?」

「え、うん。使えるなら使いたい」


 とても楽しそうに微笑むアリアに首を傾げれば、彼女はサクラの手を引いて歩き出した。


「私もね、両親が魔法使いなのに魔法が使えないから、使いたくて。だからね、去年のハロウィンも魔女にしたんだ」


 アリアの言葉に、黙ってついてくるアゼツと顔を見合わせ、サクラは軽く首を傾げる。

 そして魔女の衣装の隙間を抜ければ、目の前にはたくさんの小道具が並べられていた。


「これ、全部杖!?」

「凄いでしょ? この杖に1種類だけ魔法が込められていて、魔法が使えない人でも魔法が使えるんだよ。だからっていうわけじゃないけど、衣装は魔女が1番人気みたい。あ! 別の衣装でも杖は選んで大丈夫だからね」


 私も魔女がいい!


 アリアが魔女の衣装を選んだ理由がよくわかり、サクラは繋いでいた彼女の手をぎゅっと握り、照れくさく笑う。


「私の衣装も、アリアとお揃いにしてもいい?」

「うんうん! 私もお揃いがいいなって思っていたから、サクラちゃんがそう言ってくれて嬉しいな」


 バターブロンドの髪をふわりと揺らし、アリアは満面の笑みを向けてくれた。


「あら。それなら私も今年は魔女にしようかしら」

「じゃあ、みんなで魔女に変身しちゃいましょうか」


 うしろにいたイザベルとフィオナからも賛同する声が聞こえ、サクラは嬉しくて、頬が熱くなるのを感じながら笑った。


 ***


「サクラー! もうすぐハロウィンパーティーが始まりますよ!!」


 衣装を選んだ日から楽しみで仕方なかったせいか、待ち望んだ日までがとても長く感じた。

 しかし、喜んでいたサクラはある事実に衝撃を受け、夕日に照らされた自室のベッドへ突っ伏し、アゼツに肩を揺さぶられている。


「またやっちゃった……」

「いいじゃないですか。可愛いですよ?」

「可愛いけど、いろんなところが見えすぎじゃ――」

「ですが、衣装の選択は1度きりです」


 アゼツの言葉に思わず少しだけ顔を傾け、片目だけで白うさぎの姿を捉える。


「でもさ、これはしゃぎすぎかなって――」

「水着の時もですが、サクラが選んでもらえて喜んでいたのを、ボクはこの目で見ていますからね」

「うっ……」


 また友達と一緒に選べた事が嬉しくて、サクラは深く考えずに魔女の衣装を決めていた。


「他の生徒も仮装していますから、そんなに気にしなくていいのでは?」

「そうだけど……。アゼツは男の子でうさぎだから女の子の気持ちがわかんないんだよ」

「なっ! サクラまでボクをうさぎって言わないで下さい!!」


 ぐだぐだしているサクラを揺さぶる手が、今度はぽふぽふと音を立てて叩き始めた。

 その時、呼び鈴の鳴る音がしてサクラは固まる。


「ほら、女の子達が迎えに来ましたよ。今日はみんなと楽しんできて下さいね。リオンとクレスとキールとも、本当の意味で仲直りしてくるまで帰ってこなくていいですから」

「アゼツが冷たい」

「うさぎって言った罰です」


 渋々体を起こしたサクラの背を押し、アゼツがベッドを占領するように素早く本を置く。

 けれど、サクラはアゼツの想いを理解し、微笑んだ。


「気にかけてくれてありがとね。今日は頑張ってくる」

「もしまた喧嘩した時は、ボクを呼んで下さいね」


 困ったようにはにかむアゼツの口元から、小さな前歯が覗く。


 ノワールの手紙には、アゼツは部屋で過ごすようにしてほしいという指示があった。なので、アゼツにはまだヒントを探してほしいと伝えれば、彼は嬉しそうに快諾してくれた。


 究極魔法を見付けたら、全部解決するはずだから。


 そう心に誓い、サクラはアゼツへ力強く頷いた。



 アゼツの言った通り、サクラよりも露出が激しい仮装をしてる生徒もおり、徐々に恥ずかしさが薄れる。


 学園内の飾り付けは全体的に可愛らしく、心浮き立つ。

 建物の天井はどこも明るめの紫色に塗り替えられ、笑顔のかぼちゃや魔女の帽子を被ったおばけ、まんまるなコウモリなどの装飾が声を出し、動いている。


 それに気を取られていれば、いつの間にか講堂へたどり着いていた。


「開催の挨拶ってすっごい短いって聞いたんですけど、本当ですか?」

「えぇ。アデレード先生が少し話して終わり。生徒達が待ちきれないのがわかっているのよ、きっと」


 膝下までの黒いシフォンスカートをふわりと揺らし、長い袖をひらりとさせながら、フィオナが大きな魔女の帽子を落とさないように掴み、見上げるように話しかける。

 それに答えるイザベルは、足元まですっぽりと覆う体の線がはっきりとわかる魔女の衣装だったが、黒のローブまでもがその長さになっており、あまり服装がわからなくなっている。


「サクラちゃん、ここの前を通ってね」

「こう?」

「ふふっ。背伸びしなくても大丈夫だよ」


 催し事で講堂に集まる場合、学年クラス関係なく着た順で中へ入る。なので、自動で点呼を取る魔法が施されたサクラの顔よりも大きな水晶の前を通るようにと、アリアが教えてくれた。

 けれど、教会で使われているような木製の両開きの扉に埋め込まれたそれはサクラの背よりも高い位置にあり、思わず背伸びしながら歩いてしまう。

 そんなサクラへ笑い声をもらすアリアは、小さめのとんがり帽子を被り、フレアの袖を楽しげに揺らしながら歩いている。そして、前は膝丈だが後ろが長いスカートの魔女の衣装を見事に着こなしていた。


 3人ともすっごく似合ってる。


 そう思いながら、自身の衣装に目を落とす。

 サクラが選んでもらった魔女の衣装は、黒い袖や膝上の長さのスカートがバルーン状になっており、背中が大きく開いたものだった。そして足は黒のロングブーツで覆われているが、素足を包む目の細かい網タイツを固定するガーターベルトが見えており、それを見るとまた恥ずかしさが込み上げてくる。


 もう気にするのやめよ。

 今日はみんなと一緒に楽しむんだ!


 無理やりだが気持ちを切り替え、サクラは講堂へ足を踏み入れた。

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