第28話 徘徊する者の正体

 雷鳴が轟く中、その天からの光だけを頼りに、サクラは必死で遠くにいる者の姿を探る。


 イベントなら、何か解決策があるはず。


 そう考えた時、ホログラムが現れた。


『徘徊する者と対峙しました。どう対処しますか?』



 食堂の明かりをつける。


 手近な物を投げ、戦う。


 正体を見破る。【名前を言って下さい】



 これ、どうしたら……。


 明かりをつけるにしても、もし自分がつけなければならない場合、場所がわからない。

 手近な物といえば、椅子や火の消えたロウソクがある。

 何より最後はヒントもないので、不可能に近い。


 戦うしか――。


 そうサクラが決断しようとした時、腕の中にいるアゼツが暴れ始めた。


「サクラ! あれ、近付いてきますよ!?」

「え? 選択の時間でも動くの? イベントだから?」

「何で動くんでしょうかね!?」


 アゼツの声が裏返り、前方にいる塊の動きが早くなった。


 アゼツの声に反応してる?

 そういえばさっきも……。


 どうしてナビのアゼツの声に反応するのか理解できず、サクラは頭を悩ませる。

 その時、とても近くに雷が落ちたようで、建物全体が揺れた。


「ぎゃあぁぁあ!!! ボクおばけとか無理なんですっ!!」

「落ち着いて! 私がいるから大丈夫!!」


 どこかへ飛んでいってしまいそうなほど動揺したアゼツを強く抱きしめれば、こちらへ距離を詰める黒い塊が目に入った。


 人……?


 シルエットとしては人のように見えるが、本当に人なのかはわからない。

 それを見極めようとしていたら、ホログラムがいつの間にか色を変えていた。


「神様ぁ! 迷える魂をお導き下さい!!」

「待って、アゼツ! 選択する時間が……!」


 もうサクラの声すら届いていなさそうなアゼツが、暴れながら腕の中から抜け出す。先程からアゼツの声に反応するので狙われてはまずいと、サクラも追いかけるように立ち上がる。


「ぷぎゃっ!!」

「アゼツ!?」


 飛び出したアゼツが運悪くテーブルに頭をぶつけたようで、そのままどさりと落下した音が聞こえる。

 その瞬間、選択肢が決定された。


 1番選んじゃいけないやつ!


 ランダムで選ばれた選択肢がよりにもよって『正体を見破る。【名前を言って下さい】』だった事に、サクラは内心で舌打ちする。


 正体……。


 ホログラムが消え、正体不明の何かが闇夜に浮かぶ赤い月のように光を輝かせ、近付いてくる。


 あの赤いの、目だ。

 でも、アゼツの事、見てない。

 今のターゲットは、私?


 少し離れた床の上で伸びてしまったアゼツではなく、サクラを見ている気がした。


 普通のゲームならヒントが絶対ある。

 でもないのは、この乙女ゲーが普通のゲームと違うから?

 だからってこれは不親切すぎる。


 動けないアゼツの方へ向かわせないよう、サクラはゆっくりと後退する。


 七不思議の事、ちゃんと調べておけばよかった。

 それがヒントに繋がったのかもしれない。


 事前の準備を怠った事を悔やみながら、それでもサクラは諦めずに考え続ける。


 今わかってるのは、アゼツの声に反応した事と、選択の時間に動いた事。

 普通に考えたら魂が宿ってるとしか思えないけど……。


 そんな自分の考えに、サクラはハッとする。


 もしかして名前を言ってって、現時点でヒロインが名前を知ってるからヒントがないの?

 男の子達の中に赤い目の人はいない。いないけど、まさかこの人って――。


 違ったらどうなるかわからなかったが、サクラは前方に向かって叫んだ。


「リオン!」


 サクラが名前を呼んだ瞬間、好感度が凄く上がる音と共に、リオンの容姿が落雷に照らされる。


 初めて見るリオンの顔は、とても苦しげだった。それでも整っているのがわかるほどの、端正な顔立ちをしていた。そんな彼の首元まであるさらりとしていそうな黒髪と、長めの前髪から覗く切れ長の緋色の瞳が印象に残る。


 そしてまた辺りが薄暗くなった時、呻き声がした。


「リオン、何があったの!?」


 慌てて近付けば、リオンが胸を押さえながら崩れ落ち、それでも空いている方の手でサクラが近付かないように合図してくる。


「にげ、て、サクラ!」


 振り絞るような声を出すリオンを放っておけず、サクラはさらに走り寄る。


「サクラ、私の目を、見ては、いけません!」


 そう忠告するリオンが、ぎこちなく顔を上げる。すると、彼の緋色の瞳が輝きを増し、サクラの足が勝手に動き出した。

 気付けば膝をつき、リオンの腕の中にいた。


「リオンの素顔、だよね?」

「そう、です。この目は、ずっと、隠して、おきたかった」


 荒い息遣いのリオンがサクラの肩に頭を乗せ、抱きしめる腕にさらに力を入れた。


「何で……?」

「この目は、人を、引き寄せます。ですが、人を、好きになったら、食の対象には、思えない。だから私は、もう、血は、飲みません」

「まさか、アリアの為に主食を抜いてるの?」

「そう、だった、はず、なのですが……」


 急に返事が曖昧なものになったが、それと同時に肩にあるリオンの頭が重さを増す。もしかして気を失ってしまったのかと思えば、リオンの手が、サクラの長い髪をゆっくりと片側へまとめるように動いた。

 その急に無防備になった首筋へ意識を向ければ、リオンの頭の重みが肩から消える。


「どうしたの?」


 何をしているのか問えば露わになったばかりの肌へ吐息を感じ、サクラはぞくりを身を震わす。そして、何も言わないままのリオンの口が首筋をなぞるのがわかり、今度は心臓が跳ね上がった。


「ひゃっ!!」

「サクラ、どうして逃げなかったのですか?」


 先程までの苦しげな声ではなく、指先で背中を撫でるようなリオンの声に、サクラの全身が熱くなる。


「だっ、だって、リオンが苦しそうだったから、助けなきゃって!!」

「そう……。だからこんなに美味しそうな匂いを漂わせて、私を誘っているのですか?」


 首筋に軽く唇を触れさるように喋り続けられるので、サクラの体が何度もそれに反応する。それが面白いのか、リオンがくつくつと笑う。


「サクラは本当に、可愛いらしいですね」


 ちゅっと音がするほど首筋を吸われたのがわかり、サクラは固まった。


 リオンの様子、さっきよりも変じゃない!?


 まるでノワールみたいな事を囁き続けるリオンに心臓が騒ぎっぱなしだが、彼がおかしくなった原因を必死に考える。

 その時、ホログラムが現れた。


『リオンにサクラの血を与えますか?』



 与える。


 与えない。



 これ、リオンの個人イベントだったの?


 リオンの様子がおかしいのは血を飲んでいないから。それなら血をあげれば正気に戻るはずだと思い、彼に声をかける。


「リ、リオン! これ、イベント!」


 サクラの声にぴくりと反応し、リオンの顔が首筋から離れる。そして彼は鬱陶しそうにちらりと選択肢を確認した。


「これすらも選択、なのですね。こんなもの選ばなくとも――」

「あ、あのね! アリアじゃなくてごめんね!」

「アリア?」


 またこちらへ顔を寄せ始めたリオンに急いで声をかければ、眉間にしわを寄せた彼と目が合う。先程よりも落ち着いた光を宿す緋色の瞳を見つめ、サクラは早口で答える。


「好きな人の血がいいのはわかってるんだけど、今は私しかいないから我慢してね! あっ、でも私ね、リオンの好きなO型だから口に合うかも。なんて――」

「何を言っているのですか?」

「えっと、リオンならいいよ! だからそんなに急がなくても私の血でリオンが楽になるなら、あげるから!」


 サクラの言葉にリオンが目を見開き、好感度が凄く上がる音が響く。


「じゃ、与え――」

「待って、下さい!」


 抱きしめられていて身動きが取れず、サクラは言葉にして選択しようとした。その声を遮るように、リオンが苦しげに叫ぶ。


「何で?」

「サクラの血は、いりません」


 抱きしめる腕を解き、サクラの肩を掴んで体を離したリオンが首を振る。


「やっぱり、アリアがいい?」

「そうではなく、大切な人の血は、飲みたくないです」


 そこまで大切な友達として想ってくれている事が嬉しくて、思わず頬が緩んだ。


「サクラ、早く、選んで下さい」

「うん。リオン、ありがとう」


 リオンの好感度が上がる音を聞きながら、サクラは『与えない』と決定する。

 すると続けて凄く好感度が上がり、サクラはリオンの顔を覗き込む。


「大丈夫? ラウルの時もだったけど、好感度が上がりっぱなしって辛くない?」

「ラウルも……」


 そう呟くリオンが地面に崩れ、また呻き声を上げ始めた。


 選択しても解決したわけじゃないんだ!


 動揺したサクラがリオンへ手を伸ばそうとした時、落雷とは違う轟音が響き渡った。

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