第27話 強制イベント

 ラウルの耳のテープを剥がした日から3日後。彼の言った通り、もの凄い嵐が来た。そのせいでもうすぐ夏休みも終わるというのに、サクラは自室で過ごしている。


「ゲーム内ですから食事はしなくても大丈夫ですが、習慣を変えるのはよくありません。この量で足りますか?」

「これで大丈夫」


 ぽつぽつと雨が降り始めたのは、朝食を食べている最中で。もしかしたらと思えば、昼前には本格的に降り出した。

 だからサクラはラウルの助言通り、明日の朝までの食事を食堂で調達し、今は自室で昼食中だ。そんな机に向かうサクラの横に浮かぶアゼツが、心配そうにこちらの様子を窺っている。


「スープとサラダだけって……。ほら、マフィンもありますよ?」


 滑らかな舌触りのビシソワーズを口にすれば、じゃがいものほのかな甘みが広がる。それを感じながら、サクラは首を振る。


「このスープ、結構量があるでしょ? それにサラダもまだ食べ終わってないし。マフィンはお腹が空いたら食べるね」


 まだ納得していない様子のアゼツへ笑顔を向け、ズッキーニやトマト、茄子やパプリカなどをソテーし、レモンドレッシングをかけたさっぱりとしたサラダも食べ続ける。


「お腹が空いたら、いつも通り食べて下さいね?」

「うん。たぶんだけど、みんなと食事したら食べられるから」


 アゼツはいてくれるが、彼は食事をしない。それに不満はないのだが、誰かと食事をする楽しさを覚えてしまい、サクラは1人で食べる事が味気なくなった事に気付く。


「ボクも食べましょうか?」

「でも、必要ないんだよね?」

「まぁ……、食べる事自体、よくわかりません……」

「いいよ、無理しなくて。ありがとう」


 アゼツなりの歩み寄りに、サクラは嬉しくて微笑む。

 けれど彼は申し訳なさそうに、長い耳を垂らした。


「すみません。ボク、ずっとお役に立てなくて……」

「何言ってるの? アゼツがいなかったら隠された暗号に気付けなかったんだよ?」


 サラダを食べる手を止め、サクラはアゼツへ体を向ける。


「あれは、たまたまで……」

「でもさ、アゼツが究極魔法や願いの木の違和感に気付いてくれなかったら、そんなヒント、誰も見付けられなかったよ」


 3日前、サクラが部屋に戻ればアゼツが興奮気味に『隠されたメッセージを見付けました!』と、騒いだ。目を輝かせる白うさぎの姿は相変わらずの可愛さだったが、落ち着かせながら詳しい話を聞き出した。

 すると、知らない事があるのなら、このゲーム内にまだ特別な何かがあるはずだとして調べ続け、その言葉を見付け出してくれた事実を知った。


「でもサクラは『すべてのこころをひとつに』って言葉を、ボクや女の子達まで含めて考えていますよね? それはやっぱり違うのではないでしょうか?」

「でもさ、このタイミングでそのヒントはそういう事じゃない? だって特別ルートだよ? このゲームは何かに手を加えられているなら、この特別ルートが女の子達にも魂を宿せるルートなんだよ!」


 特別ルートの事が表示された時、気味が悪いと思った。けれどアゼツの言葉を聞き、もしかしたら神様も後押ししてくれているのではないか? と、サクラは希望を抱く。

 だからこそアゼツに、こうして前向きな発言ができる事に心から感謝していた。


「もしそうだとしても、ボクの願いは……」


 落ち込むように耳と翼をぺたりと下げたアゼツの小さな声は、激しく揺れる窓の音にかき消される。


「ごめん、窓の音がうるさすぎて聞こえなかった。もう1度言ってくれる?」

「……いえ、何でもないですよ」

「本当に? でも元気ないよね? もしかして学園ごと吹き飛ばしちゃいそうな嵐が怖いとか?」

「嵐なんて怖くないです!! それにこの学園は頑丈に作られてますから、安全ですよ!」


 さっきまでのアゼツが嘘のように消え、彼はふわふわの白い胸毛をぽんと叩いて、得意気な顔をしていた。


 ***


 夜になっても全然弱まらない風が、怒り狂ったように窓を叩く。そしてゴロゴロと、不穏な音までもを連れてきた。


「もしかして当分続くのかな? 食べ物、もっと持ってくればよかった」

「そういえば、サクラは何で嵐が来るから自室で過ごすなんて言ったんですか? 別に嵐が来ても室内で遊べますよね?」

「……あっ!!」


 アゼツが見付けた言葉や特別ルートの事に気を取られ、サクラはすっかりイベントの事を話し忘れていた。


「何ですか!? びっくりしました!」

「ごめん! あのね、イベントが決定されてて、それに遭遇しないように自室にいる――」


 サクラが言い切る前に雷が落ちる音が聞こえた瞬間、真っ暗な空間に放り出された。


「え? ここ、どこ?」


 何が起きたのかわからないまま呟くサクラの声を、轟音がさらう。

 

「ひっ!」


 思わず頭を守れば、雷に照らされた空間が見えた。


 ここ、食堂だ……。


 どこまでも続くような壁に並ぶ、歴代の先生達の写真が一瞬だけ不気味に浮かび上がる。そのせいで、いつもの明るく煌びやかな空間が別の姿を見せてきた。

 けれど場所さえわかれば恐怖は薄れ、食堂の半円を描く高窓を見上げれば、またピカッと、雷がその存在を主張してくる。


 食堂ってもう空いてる時間じゃないから、誰もいないよね。


 21時までは作り置きのものやお菓子、種族によっての必要なものまで自由に持ち帰りができるように解放されている。

 そしてサクラがここへ来る前に時間を確認した時は22時前だったので、不安が胸をよぎる。

 けれど自分にはアゼツがいると、頼もしいナビの存在を思い出した。


「アゼツ、来てくれる?」


 小さな声で呟けば、白うさぎが泣きそうな顔でぱっと姿を現した。


「サクラー! びっくりしすぎて来るのが遅くなりました! ごめんなさい!!」

「大丈夫だよ。私もびっくりしたし。何でこんなとこに来たのか……」


 サクラは興奮したアゼツに目線を合わせ、重要な事を思い出す。


『間違っても食堂に行くな。特に夜な』


 もしかして、イベントが始まるの……?


 ラウルの言葉を思い浮かべながら、やはり強制イベントは回避できないのかと考える。けれどもここにはアゼツがいるので、何かあれば自室へすぐに移動できるので大丈夫だと、そんな安心感も芽生えた。


「あのね、イベントが始まるかも」

「イベント?」

「徘徊する者との対峙ってイベント名だった。よくわかんないんだけど、危なそうなら部屋に戻ろう」

「それなら今すぐ――」


 アゼツがびくびくしながら周りを見回し、サクラへ触れようとした瞬間、ゴトンと、音が響く。


「ふぇっ!」

「しっ!」


 アゼツが驚きながら飛び上がったのを抱きしめ、サクラは彼の口を押さえながら身を屈めた。


 この暗がりだから、しゃがんでたら見つからないはず。

 それかただ、何か落ちた音かも。


 アゼツが驚いてくれた事により、サクラは彼を守ろうと頭が冴える。そして音がした方向へ目を凝らせば、黒い塊が揺れ動いていた。


 何あれ……?


 蠢いてる何かは遠くてよくわからず、サクラは身を乗り出そうとした。けれども腕の中のアゼツが動き出し、サクラは彼の口を解放する。


「サクラ、もう帰りますよ!」


 全身をぶるぶると震わすアゼツがサクラを見つめ、囁く。


「そうだね。帰ろう」


 アゼツの怖がり方が尋常ではなく、ラウルがこの七不思議の真相を知りたがっていない事もあって、諦めも早かった。

 そんなサクラへ頷き、アゼツが大きな声を出した。


「自室へ!」


 ガタン


「「……あれ?」」


 アゼツの声に反応したように、黒い塊が動いた気がした。

 しかし、自分達は自室へ移動する気配がなく、サクラとアゼツは同時に呟く。


「どうしよう、サクラ! 帰れません!」

「そう、みたいだね」


 先程よりも震えているアゼツがとても小さな声で嘆き、サクラは前方を見据える。

 するとそこには先程まではなかった、心が引き寄せられそうになる不思議な赤い光が2つ、揺らめいていた。

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