第24話 女の子達の返事とアゼツが見つけた文字

 巨大なアヒルボートに乗ったり、大砲のような水鉄砲でクレスに仕返しするのをキールに協力してもらったり、男の子に混ざって泳ぎの勝負に挑んだイザベルが圧勝した事に大興奮したりと、サクラの感情は忙しなく動く。


 そして気付けば正午を過ぎており、プールサイドで休憩していたアデレード先生が「昼食にしましょう」と声をかけてきた。

 それなら自分達が食事を運んでくると、男の子達が揃って食堂へ向かい、女の子達だけの時間となった。


「今までずっと気になってたんだけど、羽がある種族ってそんな風になってるんだね」

「クレスくんとキールくんは背中と翼の間に隙間がありますし、消しておく事もできるみたいですよ。妖精族は小さくして折り畳む事しかできませんけどね」


 円になるように動かしたビーチチェアに腰掛け、パラソルの影で涼みながらサクラはフィオナに質問していた。

 制服も種族によって作りが違うのだが、今は水着姿のフィオナの背中を目に焼き付けている。


「自分の意思で操作できるのはいいわよね。私は自分の尾がたまに邪魔だわ」

「イザベルのしっぽって立派だもんね。でも見ている側としては、かっこいいんだけどな」


 フィオナの話を聞きながら、イザベルは自身の髪色と同じ、燃えるような赤毛の長い尾を持ち上げた。濡れても貧相にならないところを見ると、毛量がありとても重たそうなのも伝わる。

 でも、その赤い尾を揺らして歩くイザベルが好きなサクラは、褒める言葉しか浮かばない。

 そんな緩んだ空気の中、アリアの真剣な声が耳に届く。


「サクラちゃん。前に談話室で話してくれた事の返事を、今、してもいい?」

「……うん」


 アリアの薄緑色の瞳が力強くこちらを見つめてくる。だから、サクラも彼女の気持ちを受け止めるように頷く。


「たくさん考えたんだ。でもね、考えれば考えるほどよくわからなくなって。だから、1番最初に考えた事が私の本当の気持ちかな? って思えたから、それを伝えるね」


 続く言葉に身構え、サクラは手を握りしめた。


「たとえここがゲームの世界だったとしても、私はここで生きてきた。だからね、この世界が本当に消えてしまうからといって、違う世界で生き続けたいとは思えない。ここには私の大切な家族や友達がいるから」


 アリアの口から出た言葉は至極真っ当で、血の気が引いた。

 しかし急に、アリアがサクラへ、柔らかく微笑んだ。


「でもね、サクラちゃんも私の大切な友達。サクラちゃんの話だと、サクラちゃんだけが私達とお別れしなきゃいけなくなるんだよね? 私はそれを耐えられるほど、大人じゃない」


 眉を寄せ、泣き出しそうな顔になってしまったアリアはそれでも言葉を紡いだ。


「だからね、願いの木が願いを叶えてくれるなら、私はサクラちゃんとずっと一緒にいたいな」


 ねぇ、アゼツ。

 これでもみんな、魂がないの?


 心のこもった言葉だと、サクラには感じた。

 だからこそ、魂がないだなんて受け入れられず、今はそばにいないアゼツに語りかける。

 けれどそれ以上に胸が熱くなり、サクラの視界が歪んだ。


「だから、一緒に考えてみよう? どうしたらみんなの願いが叶うのか」

「……アリア!」


 同じ考えに至ってくれた事が嬉しくて、サクラは思わずアリアに駆け寄り抱きついた。


「サクラちゃんさ、夢だって言ってたけど、本当の事、なんだよね?」

「どう、して?」


 優しく抱き止めてくれた腕の中で、驚きから涙が止まる。そしてぎこちなく見上げれば、間近にある優しげな眼差しのアリアと目が合った。


「ここにいるみんなが、そう思ってるよ」

「え……?」


 アリアから体を離し、涙を拭いながら周りを見回す。すると、どこか困ったような笑顔をサクラへ向けるみんなの姿があった。


「あんなに真剣に話されたら、夢の話じゃないってわかるわよ!」

「サクラは嘘が下手よね」

「信じられない話だったけれど、それを話してくれたサクラにだからこそ、ちゃんと応えようと思って」


 ナタリー・ジェシカ・ダコタはお互いの言葉に頷きながら、笑い声をもらす。


「遊んだあと、サクラと別れてからみんなで何回も話し合ったのよ」

「サクラ先輩の様子がずっとおかしかったので、ちゃんと答えを出したくて」


 イザベルとフィオナが、気遣うように優しく微笑む。


「あの話が真実だからこそ、サクラさんはこうして皆さんと過ごす時間を作り続けているのですよね? 同時に彼らを誘うのにも理由があるかと思いますが、その理由は、私達がゲームの主要な人物だから、でしょう?」


 アデレード先生の口からゲームのキャラだと認めるような言葉が出てきて、サクラの胸は痛くなるほど、動悸が激しくなる。

 そして思わずもれた息と共に、サクラは想いを伝えた。


「みんな……、自分がゲームのキャラだって思いながらも、私の話を、信じてくれたの?」

「それはまだ信じたくないけど、サクラちゃんの言葉は信じるよ」


 隣にいるアリアは辛そうな笑みを浮かべながらも、サクラの目を見て頷いた。


「あり……がとうっ!」


 ようやく迷路の出口を見つけたように、サクラの心から不安が消えていく。


「さて、それならば、彼らが帰ってきたら話を進めましょう」

「話?」

「ノワールくんが究極魔法を見付けたがっている理由も、きっと同様のものでしょう。 ですから彼らはすでに事実を知って動いているのですよね?」

「そこまでどうして?」


 サクラは驚き過ぎて、心の声をそのまま出した。


「ランピーロを見付けに行く日、キールくんはサクラさんがに感謝を述べていましたよね。サクラさんが提案ではなく、選択。その言葉がどうにも引っかかりまして。ですから辻褄を合わせるなら、サクラさんがゲームの主人公だから選択できる立場だとした方が、納得できたのですよ」


 そんなひと言を拾い上げていたとは思わず、サクラは呆気に取られた。


「そこまで、覚えていたんですね」

「気になる事はずっと覚えているだけですよ。けれどわからないのは、この世界はどのようなゲームの舞台なのですか?」


 うっ!

 ど、どうしよ……。


 ここでまさかゲームのジャンルを問われるとは思わず、サクラは口ごもる。


「世界を救う……にしては、ずっと遊び続けていますし……。しかし、この行動こそが成長に?」

「アデレード先生、考えすぎじゃないですか? この世界がゲームなら、学園スローライフ系のほのぼのとしたやつとかですよ!」

「でもほのぼのなのに、この世界が消えるってどういう事よ?」

「その事実だけでほのぼのじゃないわね」


 返事がないサクラを気にする事なく、アデレード先生とナタリーが考察を始め、ジェシカとダコタが眉をひそめる。


「サクラちゃん、どんなゲームなの? 私達、何をすればいいの?」


 アリアがそう問いかけてくれば、みんなの視線が一気にサクラへ集まった。


 これは、言うべきか、言わないべきか。


 現実の世界で言う分には恥ずかしくないのだが、『乙女ゲーだよ!』とゲーム内の本人達に言えばどんな反応が返ってくるのか、サクラには想像が付かなかった。


「顔色が悪いけれど、実は何かと戦ったりするのかしら?」

「戦い? サクラ先輩、まさか1人で戦うつもりですか!?」


 黙っていた事でかえって厄介な方向に話が進んでしまい、険しい顔をしたイザベルとフィオナが身を乗り出すようにこちらを見た。

 するとアデレード先生が眼鏡の縁を指で押し上げ、普段とは違った様子で不敵に笑った。


「私はこの学園の学園長です。生徒の願いに応える存在であり、生徒達を守る存在でもある。ですから、最善を尽くしましょう」


 これが本来のアデレード先生の姿なのかと思えるような、好戦的な笑みを口元に浮かべ、言い切る。

 さすがに止めなければと、サクラは手を振った。


「ちっ、違います! 戦うとか、そういうのはないです!」


 それなら何なのだ? というみんなの視線に耐えられなくなり、サクラはぽつりと呟いた。


「乙女ゲーです」

「え?」

「乙女ゲーです!」

「オトメゲー?」


 乙女ゲーって言葉が通じない!!


 みんなの声が揃い、だんだんと顔が熱くなってくるのがわかる。けれど、サクラは勢いで言い放つ。


「ヒロインが男の子と恋をするゲームです!!」


 しんと静まり返った中、「きゃっ!」と聞こえたと思ったら、顔をほんのり赤らめ、口元を押さえたアリアと目が合う。


「サクラちゃん、大好きな人を助ける為にこの世界に来たんだね!」

「へっ?」

「だってさ、消えてほしくないぐらい、その、男の子達の中の誰かを、好き、なんでしょ?」


 完全に誤解しているアリアへ、サクラはぶんぶんと首が痛むほど振り、声を張り上げた。


「私が好きなのは友達としてのみんな! みんなが大好きだから恋はしないよ!」


 その言葉に、何故かみんなが頷く。


「私も、みんなが大好き。だから、恋してる場合じゃないね」

「恋ね。そういうの、今はいらないわ」

「恋はいつでもできますから、今は後回しですね」


 アリア、イザベル、フィオナが笑い合いながらそんな宣言をする。


「え……。み、みんなはどんどん恋して! それに好きなタイプまではっきり言ってたし、もう恋してるとかじゃなくて!?」

「こういう人ならいいかな? ってだけだよ? 好きな人なんていないよ?」

「私も同じ。いないわよ」

「誰かを好きになってはみたいですけど、今じゃないですねぇ」


 まさかの返答に、他のみんなも頷き合う。


「あたしはノワールくんに恋してるけど、彼はみんなのものだから」

「私も恋してるけど、結ばれたいとかは思わないわ」

「そうね。誰かが独り占めしていい人じゃないもの。でも、ノワールくんが選んだ相手なら諦められるわ」


 それは果たして恋なのだろうか? と、サクラが疑問に思った時、アデレード先生の声が響いた。


「私としては、誰とも歳が離れ過ぎていて対象がいません。それよりも、どんな私も受け入れてくれるこの学園が恋人のようなものですから、間に合っています」

「えぇっ!?」


 前に聞いていたアデレード先生のタイプがまさかのラビリント学園だと知り、サクラの驚愕の声が響き渡った。


 ***


 サクラのベッドに読み終えた『願いの木の歴史』の書物を広げ、アゼツは頭を悩ませていた。


 普通の文章の中に、どうにも変な書き方が混ざっているのはどういう事でしょうか?


 最初に気付いた時は誤植かと思って読み飛ばしたのだが、読み進めるとまた同じような部分が目につき、読む手を止めた。

 そしてアゼツは最初から読み直し、その違和感のある文字を、ナビとしての機能で記録する作業を続けていた。


 願いの木の役割や似た力の存在についての記述だけ、おかしい。

 この似た力の存在って、究極魔法の事、ですよね。


 そう考えているうちに記録が終わり、アゼツは顔を上げた。


「これで全部ですかね!」


 もしかしたら意味があるかもしれないと、ページや段落順に並べ替え、読み上げる。


「『すべてのこころをひとつに』? 何ですか、これ?」


 やっぱり神様はボクと一緒にこのゲームに手を加えた時、ボクにすら隠して他にも手を加えていたんですね。

 それを見付けるのも試練の内、なのでしょうか?

 心……。サクラと攻略キャラの心を1つに、って事ですよね。


 このゲーム内に神様からの言葉が隠されていると踏んだアゼツは、この文字をそのように理解した。

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