第25話 特別ルートとノワールの企み

 プールサイドで女の子達から恋についての返事まで聞き終えた頃、男の子達がワゴンをガラガラと押しながら戻ってきた。


「すごい量だね」

「その大きなカバンみたいなのは何?」


 男の子達に近づきながらアリアとサクラが同時に質問すれば、ラウルがニヤリと犬歯を見せて笑った。


「せっかくだからバーベキューにした」

「せっかくって……。ラウルが食べたいだけじゃない」


 サクラの後ろにいたイザベルを見れば、呆れたように目だけを細め、ため息をついた。


「イザベルだって嬉しいだろ?」

「そうだけれど……」

「バーベキュー初めて! やろう!」


 せっかくのラウルの提案でもあり、嬉しくてサクラは大きな声を出す。

 それに満足そうに頷き、ラウルが準備を始める。


「バーベキュー、初めてなの?」

「うん!」

「もしかして、サクラ先輩の世界にはないんですか?」

「……サクラ先輩の世界?」


 少しだけ驚いた様子のアリアに、サクラは微笑みっぱなしで答える。そんなサクラへ、フィオナが不思議そうに首を傾けた。

 そのフィオナの言葉を、ノワールが拾う。


「先程話していたのですが、サクラさんは別世界からこのゲームの世界に来たようですね。そして、私達が消えてしまう事を阻止すべく、願いを叶えようとしている事も聞きました」


 カランと、誰かが何かを落とした音が響いたが、アデレード先生はそのまま言葉を紡いだ。


「私よりも皆さんの方がよく知っているのでは? ですから皆で協力して、最善を尽くしましょう」


 アデレード先生の話を聞いている間に、クレスとキールの表情が抜け落ち、その顔をサクラへ向けた。


「話しちゃったの?」

「意見が知りたかったから」

「それについては何も言わないが、何故ゲームの世界だと伝えた?」


 クレスが悲しげに目を伏せ、キールは言葉を発した事により、怒りが滲んでいた。


「それは……、ごめんなさい。私の伝え方が下手だった」


 サクラもゲームのキャラの事までは伝えようとは思っておらず、それについては謝るしかなかった。

 そんなうつむくサクラの横に、アデレード先生が並んだ。


「サクラさんを責めるのは間違いです。ここがゲームの世界で、私達がその主要な人物だと気付いたのは、私です」


 はっきりと言い切るアデレード先生を見上げれば、真剣な眼差しでキールを見つめる、凛々しい姿が目に入る。


「そしてそれを、彼女達にも話しました。今は受け止められずとも、受け止めねば進めない事もあります。何より、真実を知らねば動けない事もある。ですから今回は、私の独断で彼女達を巻き込んでいるのです。なので、責めるなら私だけを責めなさい」


 アデレード先生が言い終えれば、誰もが音を立てずに立ち尽くしていた。

 そんな空気に耐えられなくなり、サクラが声を出す。

 

「責める相手は私で合ってます。でも、みんなの仲をぎくしゃくさせるつもりはないです。みんなだけは、いつもと変わらず、仲良くしていてほしいです」


 私が傷付けた事に変わりない。

 だけどそれでも、女の子達は明るく振る舞ってくれてる。

 こうなる事がわかってたから、男の子達だってまさかゲームの事を伝えるなんて思ってなかったはず。

 私のせいでみんなが嫌な思いをするなら、私1人で頑張ればいい。


 このゲームの世界に本当の意味で馴染む事のない自分が、みんなと距離を置けばきっと正常な関係に戻る。

 サクラはそんな想像に胸を痛めながら、無理やり笑顔を作った。


「私が大好きなのは、楽しそうに笑ってるみんなだから」


 サクラの少し震えた声に続いて、リオンが話し出した。


「誰かを責める事自体、間違っています。私達がすべき事は、皆が納得する願いを見付ける事です。違いますか、サクラ?」


 具合が悪いはずのリオンのしっかりとした声に、サクラは目が覚めたように、周りの景色がはっきりと色付いたように見えた。


「……うん。私は1人でも、その願いを見付け出して、叶えてみせる」

「あら。そんなつれない事を言うの? みんなが納得する願いを見付けるなら、みんなで考えなきゃ意味がないでしょう?」


 振り向けば、形の良い赤毛の耳をぴくりと動かし、イザベルがからかうように笑う。

 すると、横にいたアリアがサクラの顔を覗き込んできた。


「正直ね、自分がゲームのキャラだって、まだ、受け入れられない。でも、何も知らないまま、何もできなかった未来を選ぶ事は絶対にしたくないって、同時に思ったんだ。だからこそ、サクラちゃんが私達の事、大切に想ってくれてるって伝わったんだよ?」


 アリアの顔は少しだけ無理をした笑みをたたえていたが、言葉に迷いは感じられず、サクラは彼女の想いに目を見開く。

 すると、言葉を切ったアリアの表情が和らぎ、可愛らしい口からさらに言葉が紡がれた。


「私達にも未来を選択させてくれて、ありがとう」


 その言葉に、サクラは息をする事も忘れた。

 しかし突然、目の前をホログラムに遮られる。


『特別ルートが解禁されました。みんなで力を合わせて奇跡を起こして下さい。』


 何、これ……。


 この一連の流れすらもゲームのストーリーだったのかと、サクラの背中に嫌な汗が滲んだ。


 ***


 茶番のような話し合いが終わり、どうなるかと思えば普段通りの皆に戻り、願いについて話し続けながら食事を終えた。

 そして、それぞれが出来る事をやろうと別行動すれば、いつも通り、彼女達はノワールと共に来た。

 

 究極魔法を見付け出す為、どこまでも本で埋め尽くされた図書館の中を進む。

 すると、ナタリーが普段よりも小さな声で話しかけてきた。


「ノワールくん、あたし達も頑張るからね!」

「僕の為にありがとう。頑張るといえば、ナタリーはまた化粧の腕を上げたの?」

「やっぱり気付いてくれてたんだ!」

「当たり前だよ。水に濡れても君の可愛い顔を飾る星達が見えなかったからね」

「星なんて、大層なものじゃないよ!」

「そんな事はないよ。その星があるからこそ、ナタリーをさらに輝かせてくれているのは事実だからね」


 本来あるそばかすを化粧で消し、恥じらうようにはにかむナタリーの愛おしさに、ノワールはくすりと笑う。


「ノワールくん、ナタリーばっかりずるい」

「そんなに可愛い顔でねだられると、ジェシカしか見えなくなってしまうよ? 君が自分の身体を活かそうとあの水着を選んだ事も、僕にはちゃんとわかっているからね」


 肉付きのない体を嫌っているジェシカの勇気ある行動を認める為に、ノワールのローブを引く彼女の手を取り、口付ける。


「ノワールくん、私は……?」

「ふふっ。せっかちだね、ダコタは。でも君からそんな言葉を聞けるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろうか。どんどん大胆になっていく君の魅力に僕がどうにかなってしまいそうなのを知ってて、あの水着を選んだのかな?」


 引っ込み思案を治したくて努力しているダコタが、彼女の気持ちを表すような水着を選んでいた事はすぐにわかった。

 そんなダコタの頭を優しく撫で、ノワールは頬を染める彼女達を見回す。


「ずっとこうしていたいけれど、ここは図書館だからね。静かに探し物でもしようか」

「いけない、忘れてた!」

「じゃあ私はあっちを」

「私は向こう側を」


 ノワールの言葉に女の子達が小さな声で応え、バラバラに散る。


 努力する女の子達の姿は、本当に愛おしいね。


 心の中で呟きながら、ノワールも巨大な図書館の中をゆっくりと移動する。


 散々探したけれど、見付からない。

 輝く書物ならすぐ目に付くはずなのに。

 僕にはその資格がないって、言いたいわけだ。


 自分の考えに軽く笑って、足を止める。


 やっぱり、資格があるのはヒロインだけか。


 自分などすぐに埋め尽くされてしまうほどの本を収納する本棚の間で、ノワールはサクラを思い浮かべる。


 邪魔な奴がいるせいでなかなか手を出せなかったけれど、ようやくいなくなるな。

 それに、ランピーロを見た時にラウルがサクラと徘徊する者について話していたのは聞こえたから、1番最初に退場するのはまた彼からだろうし。

 まさかあれがイベントになるなんて、ね。

 僕らしくもなく、強引に七不思議なんて提案しなくてもよかったな。

 

 笑い出したくなる衝動を抑えたが、口元は歪む。

 けれどそのまま、ノワールは歩き出す。


 女の子達は言い聞かせられるし、アゼツの足止めはサクラに任せよう。

 あんなのと友達になったなんて、本気で言ってたからね。


 光り輝くものはないかと一応は見回しながら、自分の考えをまとめ上げる。


 現実の世界でサクラは誰にも認めてもらえないなんて、可哀想だ。

 だからこの世界にいる間は、僕がその役目を担ってあげる。

 そのかわり、僕の願いを叶える為の道具として動いてね、サクラ。


 君はこのゲームのヒロインなんだから、その役目だけを果たせばいい。

 

 目的を達成する瞬間を思い浮かべ、ノワールは鼻歌を歌った。

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