第23話 初めての水着

 サクラの心は沈んだままだったが、夏休みはどんどん進んでいく。

 そしてみんなと過ごしている間は、サクラも全力で楽しむように心がけた。

 

 運動施設も種族に合わせたものが解放され、中でも魔法使いがほうきに乗る練習をする場所には何度も通った。サクラも魔法が掛けられたほうきに乗ったり、フィオナの妖精の羽の粉で一緒に飛ぶなど、普通の生活ではできない事をたくさん体験した。


 美術館も、この世界の不思議なものに溢れていて、まだ全てを観て回れていない。

 シアターも選んだものを上映してくれるので、時間がいくらあっても足りない。


 どれもこれも、みんなと一緒だから楽しいのだと、サクラは心から思う。

 けれど、自室に帰れば何を選ぶのが正しい事なのかわからず、途方に暮れる毎日。

 そして今日もベッドに腰掛け、夜空を眺めていた。


「サクラ……。元気を出して下さい。みんなを想う気持ちは素晴らしい事だと思います。けれどそこまで悩むのであれば、サクラが以前に教えてくれた、普通の人間になりたい、という願いを優先して下さいね?」

「でも……、私の願いは……」


 みんなを助ける事だから。


 少し前なら迷いなく答えられた言葉を、サクラは飲み込む。


 本当に心から、そう思えてる?


 自分自身の願いがわからなくなってしまい、アゼツから目を逸らす。


「サクラはたくさんの事を考えすぎです。そうだ! 明日はプールじゃないですか! 早く疲れを取って、初めてのプールを楽しむ事だけを考えましょう!」

「プール!!」


 アゼツの言葉に、悩みが一時的に吹き飛ぶ。けれど、それ以上の負担がサクラを襲う。


「どーしよ!! あのさ、やっぱり全身を隠せる水着――」

「あ・れ・は、女の子達と選んだんですよね? 照れながらも喜んでいたのを、ボクは知ってますよ」

「だってさ、初めて友達と水着を選んだら誰だって嬉しいでしょ!? だけどさ、冷静になったらちょっとあれは――」

「それ以前に、水着のデータは選んだものしかないので、変更不可です」

「そんなっ!!」


 アゼツに言い訳を遮られながら、サクラは死刑宣告でも受けたかのように絶望した。


 ***


 からっと晴れた空には、大きな入道雲がもこもこと仲良く連なっている。

 そんなコバルトブルーの大自然の天井をそのまま映し出したような巨大なプールが、サクラを誘うようにキラキラと水面を輝かせる。


「サクラちゃん、行こっ!」

「ちょっ、ちょっと、心の準備が……!」

「心? 体の準備じゃなくて?」


 膝までを隠す、レース模様があしらわれた白いブラウスのビーチウェアの前をぴったりと締めている手を、アリアが掴んでくる。けれど、まだ水着姿を見せる勇気がないサクラは、首を振りながら声を裏返す。

 そんなサクラの言葉に、準備運動をしていたイザベルが不思議そうに首を傾げた。


 みんなはすごく水着が似合ってるけど、私のは見せらんない!!


 今すぐ逃げ出したくとも、アゼツは今、そばにいない。彼は何か気になるものを発見したようで、サクラを送り届けたら自室へ帰ってしまった。

 呼べば来てくれると思うが、『しっかり遊んできて下さいね!』と念を押されたので、きっとこの場からは連れ去ってくれないだろうと諦める。

 そんな恨めしい気持ちのまま、サクラは女の子達を眺めた。


 アリアとフィオナは大きな花柄のワンピースタイプで、ふわりとしたスカートの裾が可愛らしい。アリアが水色でフィオナがピンク色だが、2人は種族が違うのに姉妹に見える。


 イザベルとジェシカとアデレード先生はすらりとした体型を活かすような、胸元のフロント部分がクロスしたビキニタイプ。

 カーキ色を選んだイザベルはうっすら腹筋が割れているので、綺麗だけれど格好良い。

 白を選んだジェシカは無駄な肉のない体型が、彼女の綺麗さを際立たせている。

 黒を選んだアデレード先生はさすがは大人の女性という感じで、艶やかさが優っている。


 ナタリーはパステルグリーンの生地にアイス柄があしらわれた、遊び心のあるリボンのビキニタイプ。食いしん坊の彼女は水着でもそれを主張しているように見え、微笑ましい。

 ダコタはブルーグレーのシンプルなモノニキタイプ。これなら、前はワンピースで後ろから見ればビキニに見えて良いとこ取りだからと、選んだ時の彼女は楽しげに笑っていた。


 私もアリアとフィオナみたいなワンピースにしとけばよかった!!


 そう後悔していたサクラを、水の塊が襲う。


「冷たっ!!」

「ごめーん! サクラもやろーよー!」


 まだプールに入ってすらいないサクラが水を滴らせ、振り向く。そこには、大砲のような水鉄砲を抱えたクレスが、悪びれもせず笑っていた姿があった。


「もう少し待って!」


 サクラは水浸しのビーチウェアを絞りながら、やけくそ気味に叫ぶ。


 自分の水着も見せらんないけど、男の子達も直視できない……!


 男の子達は長さや色が違えど、サーフパンツなのはちらりと見て確認済みだ。

 しかし、異性の体を目にする機会もなく、変に意識してしまい、どこを見たらいいのか戸惑う。それを誤魔化すように、サクラは急いで女の子達に目線を戻す。


「かなり濡れちゃったから、干してから行くね」

「おっけー! 先行ってるね!」


 ナタリーが元気に手を振り、サクラはプールサイドにあるビーチチェアへ向かう。

 しかしそこには、完全なる黒子姿の上にダークグリーンのサーフパンツを履いたリオンが、パラソルの下で寝そべっていた。


「リオン……、あのさ、暑くない?」

「暑くないですよ?」

「本当に? 全身を布で包むなんて、プール、楽しめてる?」

「布? これは私の創り出した影ですよ?」

「え……、それ全部、影なの!?」


 前に触れた時、とても触り心地が良かったのを今でも覚えている。だから、サクラはずっと絹でも使っているのかと思い込んでいた。


「全身を覆う服なんて、私には作れませんから」

「でもさ、触り心地の良い影って、何?」

「あ、それはですね、不意に誰かに触れてしまった時、相手に不快感を与えない為の工夫です」


 そんな事で工夫って……。


 リオンの斜め上な気遣いに、サクラは声を出して笑った。


「凄くリオンらしい理由だね」

「私らしい?」

「誰かの為にそこまで考えられるのが、リオンらしい」


 チリン


「そういえばさ、リオンが1番、好感度が高いかも」


 会話の途中で好感度の上がる音が聞こえる事に慣れたサクラは、そう呟く。


「そうなのですか?」

「うん。アゼツの次によく話してるのからかもね」

「そういえば、アゼツは?」

「なんかね、気になる事があるからって、私の部屋で調べ物してる」

「そうですか……。それなら私も行きましょうか」


 おもむろに体を起こしたリオンが、立ち上がった。


「ん? どこに?」

「プールですよ?」

「あれ? ヴァンパイアだから太陽の光が辛くてここにいたんじゃないの?」

「いいえ。のんびり過ごしたいなと思いまして」

「もしかして、邪魔しちゃった?」

「邪魔なんて事はありません」


 そう言って、リオンがすっと手を差し出してきた。


「その水着、とても似合っていますよ。せっかくのみんなで過ごす時間ですから、行きましょう」

「えっ!?」


 どういう事かと自身を見れば、クレスに水をかけれた事で生地が張り付き、はっきりと水着の存在が浮かぶ。

 小さな抵抗のように着ていたビーチウェアの意味がなくなり、サクラは顔が赤らむのがわかった。


「サクラ?」

「……もう、いいや!!」


 お世辞だろうが似合っていると言ってくれた事で、サクラはようやく水着姿になる決心がついた。


「そんなに大きな声を出してどうしたのですか?」

「気合い入れたの! その、プールも水着も、初めてだから……」


 だんだんと小声になりながらも、リオンに背を向けビーチウェアを脱ぎ、ビーチチェアに広げて掛ける。

 そして待っているであろうリオンに向き直し、うつむく。


「似合ってるって言ってくれて、ありがと……」


 好感度の上がる音がしたが、まだ恥じらいのあるサクラはそのまま、マリンブルーのホルターネックのビキニに目を落とす。

 胸下を飾るフリルは背中に向けて後ろ下がりに見えるデザイン。

 ショーツは、淡いピンクと白の2色で大きめな縦ストライプ柄だが、そこに小さな白いレースの花が刺繍されている。

 そして1番サクラが気にしていたのは、ショーツのサイド。この部分は紐で結ばれており、サクラが動くたび、結び目の大きなリボンが揺れる。


 やっぱりこれはちょっと……。


 改めて確認し、サクラは自身の水着にそんな感想を抱いた時、リオンの優しい声が耳をくすぐった。


「初めてだから戸惑っていたのですね。大丈夫です。私もみんなもいますから、思いきり楽しみましょう」


 照れていたのが馬鹿らしくなるような言葉に、サクラは顔を上げる。


「そうだね。楽しまなきゃね!」


 そしてまたリオンが差し出してくれた手を取れば、その手が強ばったのがわかった。


「どうしたの?」

「……いえ、何でも、ないです。少しだけ体調が悪くて……」

「え? だからここにいたの?」

「まぁ……、そんなところですね」


 息苦しさが伝わるような声を出しながらも、それでも歩こうとするリオンを引き留めた。


「じゃあやっぱり休んでて? 無理しないで」

「いえ、大丈夫ですから。その……、差し出したのは私からなのに申し訳ないですが、手を離して、少しだけ距離を取って下さい……」

「距離? あぁっ! ごめんね、誤解されるもんね!」

「そういうわけでは……」


 手なんか繋いでたら誰でも誤解するじゃん! もっと早く気付けばよかった!


 自分の迂闊に腹を立てながらも、サクラはリオンに言われた通りに距離を取る。


「みんな待ってるだろうから、行こう!」

「……そうですね」


 まだ少し元気のないリオンが気になり、今度はサクラが彼を励ますように声をかけ続けた。

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