第22話 女の子達に告げた真実

 しばらくの間、談話室に静寂が訪れた。

 それから1人、また1人と、電子ペンを置き、課題が済んだ事を伝えてくる。


「終わりましたー!」

「頑張ったね、フィオナ!」


 ふぃーっと、フィオナがおでこを拭う仕草をしながら顔を上げ、他の女の子達も褒めちぎる。


「皆さん、本当に頑張りましたね。図書館もですが、運動施設やシアター、美術館等も開放されていますので、夏の思い出をたくさん作って下さいね」

「アデレード先生も来てくれますか?」

「もちろん。時間のある時には同行しますので、ぜひ声をかけて下さい。この前クレスくんとキールくんが仲良く訪ねて来た時から、私も心待ちにしていました。ですから今日のお誘いも、とても嬉しかったのですよ」


 そう言って、アデレード先生は何かを呟きながらくるくると指を回し、指先に宿った光をサクラのブローチへ触れさせた。


「今のは?」

「いちいち最上階の私の部屋へ来るのは面倒でしょう。ですから、ちょっとした魔法を贈りました。何かあれば、私の名前を呼びながらブローチへ触れ、話しかけて下さい。それでいつでも会話できますからね」


 その言葉を証明するように、サクラの目の前にホログラムが浮かぶ。


『アデレード先生との通信が可能になりました。』


 これは便利!


 嬉しい贈り物に、サクラの笑みがこぼれる。


「素敵な魔法をありがとうございます!」

「いえいえ。ささやかな魔法ですから、お礼はいりませんよ。こちらこそ、ランピーロに続いて素敵なお誘いをありがとうございます。では皆さん、このあとは好きに過ごして下さいね」


 そう言ってアデレード先生が立ち上がろうとした瞬間、サクラは慌てて声をかけた。


「あのっ! みんなもだけど、アデレード先生もまだ時間って大丈夫ですか?」


 もう正午に差し掛かるので、サクラは念の為、確認する。


「大丈夫ですよ。何かありましたか?」


 途端に心配そうな表情を浮かべたアデレード先生に同調するように、みんなの気遣うような視線が集まる。


 これから話す事に、不安があるのが伝わっちゃった。


 申し訳ない気持ちが込み上げてきたが、それでもサクラは話を進めた。


「えっと、ここにいるみんなに、相談があるんです」

「ゆっくりで大丈夫です。話してみて下さい」


 アデレード先生の落ち着いた声色に促され、サクラは口を開く。


「今から話す事は私が見た夢の話なんです。でも、夢には思えなくて。だからもしもの話なんですが、それでも一緒に考えてくれたら、嬉しいです」


 グレーに染まる制服のスカートにしわが寄るぐらいぐっと手に力を入れ、サクラは言葉を絞り出す。


「この世界が…………」


 どんな風に話したらいいかわかんないから、正直に話そう。


 ゲームの事は伏せるべきだと思っていたのだが、それだと余計に話が複雑になると予測し、サクラは腹を括った。


「……実は、ゲームの世界で、私がゲームを遊ぶ主人公なんです。でも、この世界はもうすぐ消えちゃうんです。私はみんなが大切です。だから助けたい。それには、みんながどうしたいのか、知る必要があるんです。それで、みんなが納得する願いを見つけて、叶えてもらおうと思います。願いは願いの木が1度だけ、叶えてくれるんです……っていう、夢なんですけど……」


 話しているうちに自分自身でもよくわからなくなってきたサクラは、最後に不自然に夢という言葉を付け加える。

 そしてみんなの様子を見回せば、真剣な眼差しのアリアと目が合った。


「サクラちゃんはその夢を見て、私達を心配してくれたんだね」

「うん。みんなが消えちゃうのが、怖くて……」


 言葉にした事で、その気持ちを表す音となり、サクラの声は震えながら空気に溶けるように消えた。


「そのようにはっきりと見る夢は、神様からのお告げかもしれませんね」

「神様……」


 アデレード先生の口からまたも神様という言葉が出てきて、サクラは複雑な心境になる。


 神様はいったい、何がしたいんだろう。


 直接見たわけでも会話したわけでもないが、このゲームの始まりからずっとちらつく神様の存在。助けてくれるのか、ただ何かを試しているのか、いまだに謎な事ばかり。

 しかしその真意を知る事はできないので、サクラは余計な考えを振り払い、みんなへ向き直した。


「消えちゃうなんて不吉な事、言ってごめん。でももし、この世界が消えちゃうなら、違う世界に移り住んで生き続けたいと思う? あ……、夢だとね、私が違う世界からゲームしてるんだ。それでこのゲームが終わるか願いを叶えれば、そっちの世界に帰っちゃうんだ。だから、私が住んでいる世界で暮らしてみたい? って事なんだけど……」


 サクラが弱々しく言い終えると、みんなは難しい顔になり、黙ってしまった。


 ***


 少しだけ考えさせて、か。


 眠る準備を済ませたサクラは自室の椅子をくるくる回しながら、昼間の事を考える。


「さっきからずっと、どうしたんですか?」


 アゼツは調べ物を増やし、サクラの部屋には図書館から借りてきた書物が山積みになっている。今はとても長いシリーズの『願いの木の歴史』なるものをベッドの上で読んでいたアゼツが、顔を上げてこちらを見た。


「昼間の事考えちゃって。女の子達にそのままの真実を伝えすぎちゃったかなって思って」


 もし自分が逆の立場で、今の世界がゲームの世界でもうすぐ消えてしまう、なんて言われても、答えられないのが普通だよね。

 それよりも、誰も笑ったり怒ったりせず、真剣に考えてくれてた事の方が凄いよね。


 女の子達がサクラの言葉を受け止めてくれた結果が『保留』なだけ有り難いと、考えを改める。


「そこまで考えすぎなくてもいいんじゃないでしょうか? 彼女達の受け答えは所詮、作り物です」


 アゼツの物言いに、サクラはかちんときた。


「あのさ、いくら女の子達がゲームのキャラだからって、その言い方はないよね?」

「でも、ボクには魂が宿っていないものは全部一緒に見えますから」

「それでも! 私や男の子達にとって大切な存在なんだよ!? それを悪く言われるのは、やっぱり嫌」


 ベッドを大きく揺らしながら両手を乗せ、アゼツに顔を近付ける。すると彼は、気まずそうに目を背けた。


「言っている事はわかりますが、ボクにとっては違います。ただ、魂が宿ればボクの見方も変わる。それしか、今は答えられません」


 アゼツの発言で、サクラは裏切られたような気持ちになった。しかし彼はまだ心というものを勉強中なのだと、自身へ言い聞かせる。

 しかし不安も浮かび、それだけは確認するように声を出した。


「それじゃアゼツは、私の考えを応援してくれないの?」

「そういうわけではありません。サクラが望む事は全力で応援します。しかし、彼女達を応援するわけではないです」

「私だけ、なの?」

「ボクの中での優先順位はサクラが1番ですから」


 アゼツとの会話で、サクラの頭にはノワールが告げてきた言葉が繰り返されていた。


『アゼツが任されたのは『サクラと魂が宿った攻略キャラだけ』だって。だからさ、何かあった時、女の子達は切り捨てられるはずだ。それを常に心に留めておいて』


『アイツが話せない何かは、僕らよりも大切な事だってわかったでしょ? それにはサクラが必要なんだよ』


 アゼツと私は友達になったの。

 だから、そんな事、考えたくない。

 でも、やっぱり、アゼツと私達の考え方は、全然違うもの、なのかな……。


 友達になりはしたが、アゼツの事をこれっぽっちも理解していなかった事を今さら自覚させられる。その事実を受け止めようとしたが、出口のない迷路を彷徨うような感覚に陥る。

 そんなサクラの顔を、今度はアゼツが覗き込んできた。


「サクラがみんなを助けたいと思う気持ちは尊重します。だから、ずっと考えていたんですけど、このゲームを消さない、って願いが1番いいのでは? これについて、サクラはどう思いますか?」

「ゲームを、消さない?」


 みんなを助けるならこのゲームを消さない。

 そんな当たり前の事を、サクラは今の今まで考え付かなかった。


 そうだよ。

 ゲームを消さなきゃいいんだよ。

 でも……、どうして、喜べないんだろう。


 胸がずきずきと痛み、サクラは自分の事がわからなくなりながらも、賛同するように頷いた。


「確かにそれなら、私もみんなも納得する願いかも! でもさ、消さなくていいなら、何でこのゲームが消えるなんて言ったの?」

「でしょう? ボクも頑張って考えた甲斐がありました! でもこのゲームは神――」


 まるでしまった! とばかりにアゼツが大きく目を見開き、うさぎが床を叩くように足でベッドを蹴る。


「どうしたの?」

「い、いえ! その、自分に腹が立って!!」

「そんなに怒らなくて大丈夫だよ。ほら、深呼吸!」


 アゼツってうっかり、口を滑らせてるよね。


 白くふわっとした両手を広げ、深呼吸を繰り返すアゼツを眺めながら、サクラは顔には出さないよう、心の中でくすりと笑う。

 けれど、彼の手がもふもふのお腹に当てられるたびに揺れ、それが可愛くて思わず吹き出してしまった。


「何ですか?」

「ちょっとね、楽しくなっちゃって。私も深呼吸しよ」

「気持ちいいですよ、これ」


 さっきまでのぴりぴりとした空気が消え、穏やかな気持ちで満たされる。

 それはアゼツも同じだったようで、話し出した彼の声はとても落ち着いたものになっていた。


「それじゃ、続きが知りたいんだけど?」

「続き……。えっとですね、このゲームを消さない為には、魂を消さないといけません」

「魂って……」

「攻略キャラ達の魂を消せば、このゲームは消さなくていいんですよ」

「そんな……。今のまま、消さないのは?」


 先の事を考えれば無茶な要望だとはわかっていた。それでも、言わずにはいられなかった。


「サクラ……。それは無理な事だと思いませんか? だって、次にゲームをするヒロインにも、攻略キャラが生きてる事が知られてしまいます。だから、消さないといけないんですよ」


 このゲームを別の人がプレイする。

 そう考えただけで、サクラは嫉妬のような怒りを感じた。


 ゲームを消さないなら、別の人だってこのゲームを遊ぶ。

 攻略されたくないって思ってる事なんて知らないで、彼らの気持ちを変えていく。

 それに女の子達も、今の私に接するように、次のヒロインと仲良く過ごすんだ。

 そんなのって……。


 みんなが消えてしまう事を拒絶し、それ以上に、他の人にゲームをプレイされてしまう事が嫌で、消さない事も選べない。

 そんな自分がみんなを助けたいだなんて綺麗事を吐くのが滑稽で、サクラは悔しさから口をつぐんだ。

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