第三章
第21話 夏休みに寮で過ごす理由
クレスが本気を出し、男の子達は話し合いをした日に課題を終わらせていた。
しかし、女の子達はまだ途中だ。
なので、今日は朝から女子寮の談話室へ集まり、課題に取り組む。女の子達と集まるなら自分はいない方がいいだろうと、アゼツはそばにいない。
そして夏休み中で他に利用している人がおらず、今はサクラ達だけで気兼ねなく過ごしている。
とても広いドーム状の部屋の壁は赤いバラのように染められ、それに合わせ、大昔の貴族が座りそうなアンティーク調のソファも同様の色合いだ。
そのソファに囲まれた長方形の木製のテーブルは磨き上げられ、光沢を放つ。本来ならば、ここには季節の花が飾られている。しかし今はどけられ、花にも負けない、甘い香りを漂わせるお菓子の入ったトレーバスケットが存在していた。
「サクラちゃんがもう課題を終わらせてたなんて、びっくりだよ」
「夏休みはみんなとたくさん遊びたくて、終わらせちゃった」
「もっと早く言ってくれたらよかったのに。そうしたら私だって早く片付けていたわ」
「でもさ、私の考えに合わせてもらうのって迷惑かな? って思ってさ」
サクラと同学年のアリアとイザベルは隣り合って座り、課題に取り組む合間に、イチゴとチョコのしましま柄のクッキーを口に運ぶ。
「そんな事、誰も考えませんよ? それに寮に残る人は少ないですから、こんな風に楽しいお誘いは逆に嬉しいです」
「そうよ! あたしは誘ってもらって嬉しかったわ!」
「ナタリーは楽しい事が大好きだものね」
「それを言うなら私達全員、楽しい事が好きじゃない」
サクラの隣に座るフィオナが、花の蜜から作られた、花びらを包み込む薄ピンクのアメをぱくんと食べる。そして、青く透き通る美しい妖精の羽をゆっくり動かし、笑いかけてくる。
そんな彼女の言葉に賛同した、サクラ達の前のソファに座るナタリーが、焼きチョコをごくんと食べ終え、パステルピンクのツインテールを揺らしながら瞳を輝かせる。その様子を、彼女と一緒のソファに座るジェシカとダコタが微笑ましそうに眺めていた。
「えへへ。みんな、ありがとう。でもさ、みんなはどうして寮に残ったの?」
課題を進める手を止め、みんながサクラを見る。
そして、彼女達は遠慮し合うように目配せし始めた時「あの……」と、アリアが声を出した。
「ここにいるみんなになら、話してもいいかな」
アリアがぽつりと呟き、寂しげに笑った。
「私の血が特別みたいで、ヴァンパイアに狙われやすくて。私が大きくなるにつれ、それに誘われたようにヴァンパイアに襲われる事が多くなったの。だからね、魔法使いの両親でも私を守りきれなくなった事があって。その時はたまたま助けてくれた人がいたから無事だったけど、このままじゃ危ないからって、この学園に入学したんだ」
アリアの声だけが静かに響き、みんなは彼女を見守るような視線を向けていた。
「学園にいる限りはアデレード先生の魔法がブローチに込められいて、血の匂いを消す事ができるの。その魔法を永続させる道具をアデレード先生が作り終えるまでは、家に帰らないって決めてる」
いつも穏やかで人を気遣ってばかりのアリアがそんな悩みを抱えていたとは知らず、サクラは自身の顔が歪むのがわかった。
「そんな理由があったんだ。聞いてごめん」
「いいの! 私が知ってほしくて話したんだから。私ね、この学園にいれば普通に生活できると思ったの」
この学園にいれば普通に生活できる、か。
アリアも、私と同じ事を考えてたんだ。
サクラはその事実に胸が苦しくなり、さらに自分の顔が変化したのがわかった。
きっとそれに対してアリアは慌てたように手を振っていたのだが、その表情が曇る。
「でもこの前、ランピーロを探す時、リオンさんの様子がおかしかったから、話さなきゃとも思ってたし」
痛々しい笑みを浮かべるアリアの言葉が理解できず、サクラは首を傾げる。
「リオンの様子?」
「なんだかね、極力私に近付かないようにしてたの。きっと、リオンさんは純血だからアデレード先生の魔法があっても血の匂いがわかるのかもしれない。だからね、私のそばにいるのが辛いのかもしれないから、私が一緒に遊ぶのっていいのかな? って思ってたの」
リオン、誤解されてるよ!!
絶対、照れてただけでしょ!?
サクラは心の中でリオンに同情しながら、すかさずフォローする。
「リオンって女の子に対して紳士すぎるから、そんな態度に見えたんじゃない? 一緒に遊ぶ事は喜んでたから大丈夫!」
「そうなのかな? でもサクラちゃんがそう言ってくれたからほっとした。ありがとう」
いつものアリアらしい笑顔が戻り、サクラも安堵する。
すると、イザベルが話し始めた。
「種族による悩みは尽きないものね。もし道具が完成する前に卒業を迎えたら、私が護衛するわ」
「イザベルが護衛してくれるなんて嬉しいな。でも、アデレード先生が卒業までには完成するって言ってたから大丈夫。ありがとう」
「何もなくとも、いつでも頼って」
とん、と胸を叩いたイザベルが、こちらへ視線を移す。
「私の理由は大した事じゃないのだけれど、一族の長になる為の学びで、他の種族の生活も勉強するように言われているの。だから卒業するまで帰れないだけ」
「それでラウルも残ったんだね。そういえば、どうやって長になるの?」
「特別な決闘をするのだけれど、勝った方が長になる資格を得て、今の長から認められるよう修行するのよ。認められるまでは見習いってところね」
ぱさっと立派な赤毛の尾をソファに打ち付け、イザベルが肩をすくめる。
「大変な道のりなんだね。特別な決闘っていつするの?」
「それはラウル次第ね。今のラウルに勝っても、私は辞退するわ」
「どうして?」
サクラの言葉に、イザベルが苦々しげな表情を浮かべた。
「本当のラウルと、私は戦いたいのよ」
それはどういう意味なのかを尋ねようとした時、イザベルは他へ話を振っていた。
「さぁ、お次の方は?」
「それならわたしが。わたしの理由が1番、下らなそうなので」
少しだけ頬を染め、フィオナが遠慮がちに話し始める。
「わたしの故郷、すーっごく、遠いんです。ですから帰るのが億劫で、残りました」
思わぬ理由に、みんなの笑い声が重なり合う。
「わかるわ、その理由。面倒よね! あたしも帰ったら両親がいないからここに残ったのよ。料理するの嫌だし!」
「両親がいないって?」
「ただの旅行だから心配ないわ! 私を学園に預けておけば安心だからって、2人だけで羽を伸ばしに行ったのよ!」
ナタリーが笑いながら目元の涙を拭い、サクラの問いに答える。
「そうそう。私も両親がいないから、帰らないだけ」
「ジェシカも同じ理由?」
「うちはね、仕事で他の日もいないから」
鼻で笑うジェシカだが、それは寂しくないのだろうかとサクラが考えた時、ダコタが控えめな声で話し出した。
「私も両親が同業だからか、家の中がぴりぴりしてて。帰りたくなくて残ったのよ」
「家なのに落ち着かないのは、しんどいね」
「心配ないわ。もう慣れたから。それよりもサクラの方が寂しいんじゃない? ご両親がお仕事で遠くの地へ行ってしまったのよね?」
あ、そういう設定なんだ。
現在のヒロインの状況を知り、サクラはここがゲームの中だという事を思い出す。
「寂しいけどまた会えるから、大丈夫」
今、お母さんとお父さんは、私の事を待ってる。
手術が成功して、普通の女の子になるはずのさくらを、待ってる。
でも本当に、会えるのかな……。
手術が成功しなかったらと、サクラは初めて不安を抱く。
私、もしもの未来が、怖いの?
生きる事は辛くも見つめられたが、死ぬ事を受け止められなくなった事に驚き、サクラはその考えから目を背ける。
「サクラ、大丈夫?」
ダコタが心配そうに声をかけてきた時、談話室の扉が開く音がした。
「遅くなりました。課題は順調に進んでいますか?」
「はい。もう少しで終わります」
アリアの返事にアデレード先生が優しく微笑み、こちらまで来るとみんなの手元を眺めた。
「何かわからない事があれば、質問して下さい」
「あの、もしかしなくても、アデレード先生忙しいですよね?」
「いえ、問題ありません。今日はノワールくんの質問に答えていて、遅くなっただけです」
「ノワール?」
学園長を何度も誘っている事に罪悪感を覚えたサクラが声をかければ、アデレード先生は首を振った。
しかしノワールの名前に、ナタリー、ジェシカ、ダコタが反応し、続きを知る為に強い目線をアデレード先生へ向ける。
「彼もどうやら究極魔法について知りたいようで、いろいろと尋ねてきたのです」
ノワールも魔法に興味あるんだ。
魔法が使えないからこそ魔法に惹かれるのだろうとサクラは理解し、頬が緩むのがわかった。
「やっぱり魔法って魅力的ですもんね」
「サクラさんも魔法を込めた道具を使えば、魔法使いの気分を味わえますよ。ノワールくんの場合は究極魔法だけが気になる感じでしたが……」
「究極魔法だけ?」
サクラの呟くような質問に、ナタリーがさらに問いを重ねる。
「ノワールくんは究極魔法を見付けたがっているんですか!?」
もう課題どころではないようなナタリーを落ち着かせようと、ジェシカとダコタが肩を押さえる。けれど瞳は、みんな同じような輝きを含んでいた。
「どうやらそのようです。ですが、究極魔法は使用者を選びます。ですから、選ばれた者の前に姿を現すそうです」
姿?
どういう事なのだろうと考えるサクラの思考を遮る、元気のないナタリーの声が聞こえた。
「選ばれた相手しか、見付けられないんですか?」
ツインテールまでしょんぼりとしてしまったようなナタリーが目に入り、サクラも気落ちする。
「そうです。残念ですか?」
「ノワールくんのお手伝いをしたかったです……」
「その気持ちだけで充分、ノワールくんも喜ぶでしょう」
ナタリーを温かい眼差しで見つめながら、アデレード先生は言葉を付け加えた。
「それに、彼は諦めていないように見えました。強く求める者にならば道は開ける、かもしれませんよ」
その言葉に、ナタリーをはじめ、ジェシカとダコタも真剣な顔になり、頷いた。
「ノワールくんならやり遂げそうな気がします。だからあたしも諦めないで、探してみます!」
「それならば、図書館をくまなく調べてみて下さい。もしかしたら、ひっそりと隠れているかもしれません」
急にいたずらっ子のような表情を浮かべたアデレード先生に、みんながきょとんとした顔になる。
「『題名のない輝く書物』。それが究極魔法の姿、だそうですよ」
ふふっと笑い声をもらしたアデレード先生が手をぱんっ! と鳴らし、場の空気を変える。
「ですがその前に、課題を終わらせてしまいましょう。学園内の施設を使って皆さんが交流を深めるのは、とても素晴らしい事です。ですから応援していますよ」
その言葉を合図に、みんなが残りの課題と向き合う。
サクラは課題を終えているので、フィオナがわからない箇所についての質問に答えながら、別の事を考える。
ノワールはそこまでして、現実の世界に行きたいんだ。
やっぱり消えちゃうのは怖いよね。
アゼツも知らなかった究極魔法。もしかしたら本当に、願いを叶えてくれるのかもしれない。
だからこそ、ノワールが気にしてるんだ。それに、私が願いを叶えるより、究極魔法の方が確実に叶えてくれそうだもんね。
でもそれなら、ノワールがもっと希望を持てるように、私も頑張らなきゃ。
こっそりとみんなを見回し、サクラは彼女達の願いを聞き出す決意を固めた。
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