第20話 みんなでできる事

 教室の窓から、強い日差しが照りつける。それから逃れる事もせず、男の子達は受け入れるように浴び続ける。

 それぐらい、サクラの机の上にいるアゼツが魂の宿った理由を話している事に、みんなが真剣に耳を傾けていた。

 そこへ、サクラが踏み込んだ。


「あのさ、それなら私達が女の子達を大切に思えば、魂が宿るの?」

「言葉にするのは簡単ですが、サクラや皆さんのように魂がある者の想いを、とても長い時間をかけて蓄積させなければいけません。ですがその結果、絶対に魂が宿るとも言い切れません」


 でも試してみるべきだとサクラが提案しようとした時、アゼツの声が小さなものに変わった。


「ですから今回の事は、まさに奇跡なんです。だからこそ、ボクが来たんです」

「どういう事?」

「こういった奇跡が起こるには理由があるんです。でもそれは、あなた達が知るべき事ではない」


 アゼツのまとう空気が突然変わる。それを表すように、不思議な光を宿したアゼツの金の双眼に射すくめられ、たじろぐ。

 それでもサクラは、無理やり声を出した。


「その理由は、アゼツの大切な、何か、なんだね?」

「はい」

「わかった。それならこれ以上は聞かない。でもさ、さっきアゼツが教えてくれた事は試したい」

「試す?」


 アゼツの瞳がいつもの金に戻り、きょとんとした顔になった。それにほっとし、サクラは緊張を解く。


「あのさ、女の子達ともっと仲を深めれば、魂が宿るかもしれないでしょ?」

「でも時間が――」

「今回、みんなに魂が宿った事が奇跡なら、まだその奇跡は続くかもしれない!」


 アゼツの焦りを表すように動き出した白い翼を見ながら、サクラは彼の言葉を遮り、笑みを向ける。


「私がここへ来たのだって奇跡でしょ? こんなに不思議な奇跡が起こり続けてるなら、何が起きてもおかしくない。だから、みんなでできる事をやろう!」


 黙っている彼らを見回し、サクラは席を立つ。


「これからはもっともっと、女の子達と過ごす時間を増やそう! そうすれば、たくさんの想いを女の子達に向け続けられる。私にとっても彼女達は大切な友達。みんなにとっても大切でしょ? それに、ゲームの制作者だって女の子達にも愛着があるはずだよ!」


 微動だにせず聞き続けるみんなに、サクラは笑みを絶やす事なく言葉を紡ぐ。


「それにさ、みんなだって長い間、彼女達を想い続けたんだもん。魂が宿っていない時からだったとしても、その想いは彼女達の中に残されている気がするから」


 全てはそうであれと願うサクラの言葉だが、攻略キャラ達から好感度の上がる音がした。


「へへっ。みんな、私の言葉にときめいたんだね? それってさ、みんなもそうだったらいいなって、思ったんだよね? だったら、やるしかないよね?」


 共感してくれた事が嬉しくて、サクラは照れながら頬をかく。

 すると、双子の方から凄く好感度が上がる音が響き、クレスが勢いよく立ち上がった。


「フィオナに魂が宿るなら、やってみよっか!」

「落ち着けクレス。まだどうなるかわからない。だが、共に過ごせる時間が増えるのは問題ない」


 クレスの天使の輪が輝き出し、キールがやんわりと彼の背中を叩いた。でもその顔は、クレスと同じように微笑んでいた。


「言いたい事はわかるが、あまり期待するなよ? 期待しすぎるとそうならなかった時、立ち直れないからな」

「それには私も同意です。どんな結果になろうとも、自分を責めてはいけませんよ?」


 ラウルとリオンから心配され、サクラは苦笑する。


「まだ結果なんてわかんないし、そんな心配はしないでおく!」


 本当なら気にするべき事なのはわかっている。けれど、それで下を向くぐらいなら前を向きたくて、サクラは元気な声で応える。

 そこへ、ノワールの静かな声が囁きかけてきた。


「もし、サクラが提案した事を実行して魂が宿ったとする。でも彼女達が生きたいと思わなかったら、どうするの?」


 和やかな空気が一瞬で冷え、しんと静まり返る。

 でも、サクラは笑顔を崩さなかった。


「だからちゃんと女の子達の意見も聞くよ。それで全員が納得する願いを見付けてみせる」


 ノワールの表情に変化はなかったが、彼は姿勢を崩してため息をついた。


「サクラは変わってるね」

「えっと、たぶん、あんまり人と接してこなかったから、変なのかも」

「そういう意味じゃないよ」


 口元を隠しながら笑うノワールの真意がわからず、サクラは首を傾げるしかなかった。


「じゃあさ、さっそくみんなで遊ぼうよ! ちょうど夏休みだし、遊び放題じゃん! それじゃみんな、行こう!」

「待て、クレス。先に課題を終わらそう。このままだといつものように、新学期に自由時間がなくなる」

「えーーー!? ぼくは今、遊びたいのに!!」

「それはいつもだろ」

「キールの言う事を聞いておいた方が身の為ですよ? 使える時間はしっかり確保して下さい」


 はしゃぐクレスが教室から飛び出そうと走り始めれば、その行動を予測していたように動き出したキールが、自身の兄弟の手を掴み引き留めた。

 それでも意見を変えないクレスに、やれやれといった感じでラウルとリオンが立ち上がり、彼を諭す側にまわる。


「でもさ、今日ぐらい――」

「そう言ってずっと遊び続けているのはだめだ」

「キールが冷たい!」

「冷たくて構わない。クレスが本気で取り組めば、今日中にでも課題を終わらせられるだろう?」

「うーーー。あっ! じゃあさ、女の子達の居場所だけ知りたい! アゼツ、教えてよ!」

「女の子達の、ですか?」


 珍しく、クレスとキールが言い合いを続けていたが、何か素晴らしい事をひらめいたようにすみれ色の瞳を輝かせ、クレスがアゼツを見た。それに首を傾げながらも、アゼツは彼らの方へ飛んでいく。


「クレスは何を思いついたんだろうね?」

「双子は楽しい事が好きだから、きっと特別に面白い事なんじゃない?」


 上半身だけを傾け、立ち上がる事なく様子を見ていたノワールがこちらへ向き直し、軽く笑った。

 そしてそのままサクラを見上げ、笑みを消した。


「今日、サクラの考えが聞けてよかった。でもだからこそ、やっぱりアゼツには気を付けて」

「どうして?」


 小さな声で話すノワールに、サクラは自然と机に手をつき屈む。


「はっきり言ってたよね? アゼツが任されたのは『サクラと魂が宿った攻略キャラだけ』だって。だからさ、何かあった時、女の子達は切り捨てられるはずだ。それを常に心に留めておいて。そうじゃなきゃ、きっと、サクラはアイツに利用される」

「もしそうなら、私が何度でも説得する。でも利用って?」

「アイツが話せない何かは、僕らよりも大切な事だってわかったでしょ? それにはサクラが必要なんだよ。だからさ、アイツに絆されて巻き込まれないようにね」


 確かに雰囲気がガラリと変わってしまったアゼツに驚きはした。しかし、それによってノワールがさらにアゼツを誤解してしまった事を感じ、サクラは悲しみを抱く。


「心配してくれてありがとう。でもアゼツとは友達になれたから、大丈夫!」

「……友達になったんだ」


 すっとノワールの琥珀色の瞳が細められた時、クレスの騒がしい声が聞こえてきた。


「もういいや、覚えきれない! アゼツ、一緒に来てよ! それじゃぼくは遊ぶ約束だけしてくるね!」

「ちょっと! 困りますからーー!!」

「自分が責任を持ってクレスの面倒を見る。またな」


 アゼツの手を引き、クレスが凄い勢いで教室を飛び出してしまった。けれど、キールは慣れた事のように表情を変えず、追いかけていった。

 

「今日はもう解散しましょうか。課題が済んでいなければ、なるべく今日中に終わらせてしまいましょう」

「それなら例の件で、少しだけ邪魔していいか?」

「いいですよ」


 リオンからの提案に頷きながらも、ラウルが真剣な顔で別の頼み事をしている。

 すると、ノワールが先ほどよりも小さな声で話しかけてきた。


「最後にこれだけは教えてほしいんだけど、昨日、究極魔法についてアゼツが凄い驚いていたのはどうして?」

「なんかね、究極魔法の事をアゼツが知らないのにアデレード先生が知ってて、それが神様の力って説明された事に驚いたみたい。あとは願いの木の説明も初めて知ったものがあったみたいだよ。このゲーム、ナビのアゼツでも知らない事があるみたいなんだよね」

「……ふーん。そうなんだ」


 ふっと口元に笑みを浮かべ、ノワールが身を乗り出し、サクラのあごにそっと手を添える。


「教えてくれてありがとう」


 親指でゆっくりと唇がなぞられ、魅惑の笑みを浮かべるノワールにどきりとしてしまう。

 しかしその手から逃れるように、サクラは急いで顔を離す。


「こういうの、やめて」

「どうして?」

「私は恋しないから」

「それは困るな」

「私がノワールを好きにならなくても、どうにかするから」


 ノワールの願いもちゃんと叶うようにする。だから私はノワールにどきどきしちゃだめ。

 これでノワールの事を好きって勘違いされて、つぼみの結晶が花開いちゃったらみんなの願いが叶えられない。


 さらに妖しく微笑むノワールの顔を真剣に見つめ、サクラは想いを込めて伝える。

 けれど彼は肩をすくめ、立ち上がった。

 

「それは嬉しい返事だね。でも僕は好きにさせてもらうよ。じゃ、僕も行くね。何かあればアゼツを通して連絡してね」


 どこか楽しげに見える足取りで教室を出るノワールと入れ違うように、アゼツの姿が目の前に現れた。


「サクラ、お待たせしました……」

「大丈夫?」

「ちょっと怖かったですけど、キールが助けてくれたので大丈夫です……」


 目の前に浮かぶアゼツは力なく耳を下げ、ふるふるとしながら呟いた。

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