第19話 みんなの考え
『肉体を創る事ができても入れる魂がない。こればかりはどうする事もできないと思います』
静かになった教室の中で、アゼツの言葉がサクラの頭の中で繰り返される。
気が付けば、膝の上で痛くなるほど握りしめていた手が震えていた。
「それじゃ、女の子達は、消えるしか、ないの?」
ようやく出せた声は自身の体より震えており、さらにサクラの心を乱れさせていく。
「前にも言いましたが、彼女達だけではなく、このゲーム自体が消えます」
そこへ、アゼツの言葉がためらいもなくサクラの心を刺す。
そして同時に、ある言葉を思い出させてきた。
『それに彼らをゲームの中の人と結ばせてしまったら、余計に生きたいと思わなくなりますよ!?』
私がみんなの恋のお手伝いをしたいって言った時、アゼツが反対してきた理由って……。
この予感が外れてくれればいいと願いながら、サクラは口を開いた。
「……女の子達を助けられないから、みんなは生きたいって、思えないの?」
すると、サクラに応えるようにクレスが微笑んだ。
「まぁ、そんな感じ。だからさ、ぼく達だけが生き残る意味もないよね? でも最後だし、好きに過ごしたいんだ」
「何で、笑ってるの?」
消えてしまう事をあっさりと受け入れている様子のクレスが理解できず、心の声がそのまま出てきた。
「だって、元々ぼく達もゲームのキャラだよ? 魂が宿ったところでそれは変わらないから。最初は凄い迷惑だったけど、自分で動けるからフィオナと一緒にいられる時間も増えたし、そこは感謝してるからね!」
もしかして、思い残す事が、ないの?
でも、魂が宿るくらい、ゲームがクリアされなくて未練があったはずなのに?
いつもの明るい笑顔を浮かべるクレスが嘘を言っていないように思いながらも、それならアゼツの言った言葉は何だったのかと、サクラは戸惑う。
「ちょっと待って。よくわかんない」
「何が?」
「だってさ、消えちゃうのって、怖くないの?」
「さぁ? 消えた事ないからわからないや!」
普通の人なら呆気に取られる言葉だと思えたが、サクラには納得できた。
「そっか。その気持ちはちょっと、わかるかも」
「そうなの? サクラは最初から魂があるのに、ぼくの気持ちがわかるんだ?」
「私だって、消えた事ないから」
「あー! そうだよね、一緒だね!」
けらけら笑うクレスの声だけが響く中、他のみんなは口を閉ざしたままでいる。
だからサクラは、順に話を聞いてみた。
「リオンも、一緒?」
「消える事に関しては何も問題ありません。ですが、このゲームは途中までしかプレイされていません。ですからその先……、アリアの今後がどうなるのかが気になります。それがわかれば満足です」
「そうなんだ。それがリオンの願いなんだね」
表情はわからないが穏やかな声のリオンから、机に肘をつくラウルに視線を移す。
「ラウルは?」
「俺も同じようなもんだ。イザベルに勝ちたかったが、それはもういい。あいつが次の長になる資格を得る瞬間を見届けたいだけだ」
「そうだったんだ。わかった」
サクラと視線を合わせずに話し終えたラウルから、クレスへ顔を向ける。すると彼はにっこり笑い、サクラが話しかける前に答えた。
「ぼくも今まで通り、フィオナのそばにいられたらいい。彼女が最後まで楽しく過ごせれば、それだけでいいんだ」
「そっか。だから想いを伝えなくて、いいんだね」
幸せそうに微笑むクレスから少しだけ視線をずらし、無表情のキールを見つめる。
「キールは?」
「クレスやアデレードが消えるなら、自分も消えない理由がない。そして、今のアデレードを変える気もない。だから自分の想いを伝える事もしない」
「そんな風に考えてたんだね」
こんな想い方もあるんだ。
キールの決意もわかり、みんながそれぞれ動かなくとも相手を想っているのが伝わる。
だから初めて、サクラは自分の気持ちをぶつけるだけが恋ではない事を知った。
そして最後に、ノワールへ問いかける。
「ノワールは?」
「僕はちょっと違うかな」
「違う?」
「消えた事はないけれど、消えるのが怖い。だからさ、サクラに助けてほしいんだよね」
いつもの余裕のある笑みに陰りが見え、サクラは自分でもわかるほど目を見開いた。
「どうすればいいの?」
「だから何度も言ってるよね? 僕を好きになってって」
ノワールは現実の世界に行きたいんだ。
だからきっと、誰も選べないのかもしれない。
彼の言葉の意味を理解したが、サクラは頷く事ができなかった。
「みんなの願いはわかった。でも、みんなが納得する願いがわかんない」
「サクラは? サクラの願いは何ですか?」
リオンの囁くような声が聞こえ、サクラは少しの間思案し、正直な気持ちを口にした。
「私さ、みんなが生きたいと思えるような、幸せになる願いを見付けたかったんだ。でもみんなの話を聞いて、どうしたらいいのかわかんなくなった。もし、女の子達に魂があって全員が現実の世界に行けたら、みんなの考えって変わったのかな?」
サクラの様子をじっと見守っていたみんながそれぞれ顔を見合わせ、首を捻った。
「変わったかも、しれないですね。でも、もしもの話はやめましょう。それに希望を見出す意味がありません」
僅かに戸惑うリオンの声を聞きながら、サクラは再度、考え込む。
確かに、もしもの話だけど……。
でもみんな、ちょっとだけ悩んだよね?
それが実現すればいいって、本当は思ってるんじゃない?
みんなと同じように、女の子達にも魂が宿ればいいのに。
……あれ?
ここまで考えて、サクラはみんなを見回した。
「あのさ、みんなの魂が宿った時の事を教えてほしいんだけど」
もしかしてそこにヒントがあるかもしれないと思い、サクラは身を乗り出すように尋ねる。
すると、アゼツの長い耳がぴんと立ち、彼も気になる事なのだろうと思わせた。
「あの時は確か、自分がもうすぐ消えるのがわかったのです。その時私は、『最後まで楽しんでもらえなかった』と、同時に考えました。それで気付けたのですよ。何でこんな事を考えられるのか? って」
「何かきっかけとかなかった?」
「きっかけ……」
リオンが考え込むと同時に、アゼツが話し出す。
「それは、このゲームの製作者の想いを受け取ったからでしょう」
「ゲームの製作者?」
「最後まで楽しんでもらえなかったという製作者の想いが、愛着のある攻略キャラの中に蓄積されたようです。そしてこのゲームの破棄が決定した時、その想いが強まりました。それに反応して魂が宿ったので、攻略キャラは未練を感じているのです」
「そういった理由が……。でも今はそこまで未練を感じませんが?」
「それぞれの性格がありますから、その影響が強いんだと思います」
淡々と答えるアゼツの言葉に、みんなが聞き入っている。
でもサクラだけは、別の事に気を取られていた。
想いが蓄積……。
想いが強まる……。
まだ考えはまとまらないが、サクラは思いついた事を伝えるべく、口を開いた。
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