第17話 願いの光

 手から離れたランタンと一緒に、どこまでも続く落とし穴のような場所を滑っているからか、周りはとても明るい。


「いった……って、ここ――」

「サクラ、無事ですか!?」


 ようやく平らな地面に放り出されると、慌てたアゼツの声が頭上から降ってくる。

 けれど目の前の光景に、サクラは息を呑んだまま、返事ができずにいた。


「……ここは、ランピーロの群生地、ですね」

「凄い……。光の海、だね」


 まるで月の上にでもいるような、どこまでも白い光が広い土窟内を照らし、淡い群青色の泉を浮かべるように囲っていた。


「ここにみんなも呼ぼう!」

「えっ!? でも人間はこの斜面、行き来できますか?」


 ランピーロのつぼみの光でさらに白く輝くアゼツの腕が後方へ伸び、サクラも顔を向ける。


「うわ。この角度はちょっと……」


 まさかここまで直角に近い斜面を滑り落ちていたとは思わず、改めて自分自身に怪我がないか確認しようと立ち上がろうとした。

 けれど、右の足首に痛みが走り、へたり込む。


「どうしましたか?」

「ちょっと、足首捻っちゃったみたい……」


 へらっと笑いながら現状を伝えれば、アゼツが目を見開いた。


「ボクは怪我を治せません。現実世界のサクラに影響が出る前に、アデレード先生のところへ向かいましょう」


 そう言って、アゼツがこちらに触れる。けれどサクラは、そのふわりとした手をやんわり押し返し、握りしめていた地図を見せる。


「もう少しだけ待って。もう少し、みんなに時間を作ってあげたい。それから地図のここ、覚えてくれる?」


 それぞれに指定した場所を指差し、アゼツを見る。


「みんなへ先に声をかけてくれる? 最後にアデレード先生のところへ行って、キールにこの場所を伝えてほしい。きっと、アデレード先生の転移の魔法で、みんなもここへ来る事ができると思うから」


 みんなの時間を邪魔しないよう、でもこのたくさんのランピーロが咲く瞬間も一緒に見たくて、サクラは願いを伝える。

 しかし、アゼツは首を振った。


「だめです。今すぐ声をかけます」


 アゼツは地図を見ながら、ぽふっとおでこに手を当てた。そして少しの間を置いて、彼は瞬きした。


「皆さんには、サクラの状況と目指していた湧き水の場所を伝えました。けれどこの場所は茂みで隠されていて、気付かないはずです。ですから誘導してくるので、少しだけ待ってて下さいね。何かあれば、すぐにボクの名を呼んで下さい!」


 サクラの返事を待たずにアゼツが姿を消し、静寂が訪れる。


「ありがとう」


 きっと聞こえてはいないけれど、サクラは自分の事を必死に考えてくれたアゼツへの感謝を呟いた。



 ランピーロのつぼみが閉鎖された空間を照らしてくれるので、怖くはない。

 けれどアゼツがいなくなり、久々に1人の夜を過ごし、徐々に寂しさが心を埋めていく。


 1人でいる事なんて、慣れてたはずなのに。


 まるで現実の世界の病室に戻ったような心境になり、サクラは痛む足を無理やり動かし、膝を抱えた。


 このゲームの世界へ来てから、普通の人間として過ごすって本当に楽しいんだなって、思えた。

 それに、男の子も女の子もみんな、私を構ってくれる。

 だけどそれは、ヒロインだからって理由が大きい。

 そうじゃなきゃ、きっと、私なんて見向きもされなかった。


 自分の考えに心が締め付けられ、サクラはその苦しみを吐き出すように、小さな声をもらした。


「手術が成功したら、こんな風に、普通の人間として、過ごせるのかな? でもその時、みんなはそばにいない」


 ぎゅっと膝を抱える手に力が入り、続く言葉が震えた。


「このまま、ここにいたいな」


 そうすれば、普通に接してくれるみんなと、ずっと一緒にいられるのに。


 そんな考えに気を取られていたサクラの視界が、暗くなった。


「サクラ、無事ですか!?」

「リオン?」


 いつもの落ち着いた声が崩れ去り、緊迫した様子のリオンを見上げる。


「アゼツの声が聞こえる前からサクラを探していたのに、見付けられずに申し訳ありません」

「何で私を探してたの?」

「何でって……。サクラは自分の行き先を言いませんでしたよね? それに気付いてすぐにアリアと戻ったのですが、サクラの姿はすでになくて。だから心配したのですよ? 今はここに1人でいたなんて、心細くはなかったですか?」


 表情はわからないが、リオンの気遣いが嬉しくて、サクラの心が晴れていく。


 久々に1人になって、弱気になっちゃった。

 私が現実の世界で生きていくのが不安だからって、あんな事考えちゃだめだ。

 みんなの人生はみんなのものなんだから。

 

 きっと消える事のない不安だが、それでも今は目の前にいるリオンの想いに応えるべく、笑顔を向ける。


「リオンが来てくれたから、大丈夫だよ!」


 チリリリン


「あっ! 何で会話だけでこんなに好感度上がっちゃうんだろうね?」

「……無自覚なのも、どうかと」


 リオンが黒子の顔を押さえ、ぼそりと呟く。


「よくわかんないけど、好感度を上げるとリオンを攻略する事になるんだよね?」

「どうでしょうか。魂が宿った事で私の意思が反映されるようになりました。ですから私次第、だと思います」

「そうなの? それじゃ好感度を上げても私を好きになる事はないね!」

「……サクラがそう、望むのであれば」


 消え入りそうな声を聞き取れず、再度尋ねようとした時、アデレード先生と共に、次々とみんなが舞い降りるように地面へ着地した。


「サクラさん、怪我を見せて下さい。キールくん、よくサクラさんの感情を辿ってくれましたね」

「別に。自分の力じゃない」


 アデレード先生がサクラの足に触れ、魔法を唱える。すると嘘のように痛みがなくなり、サクラは立ち上がれた。

 そして、離れたところで腕を組むキールは不満そうな表情を浮かべ、アゼツを睨みつけた。


「サクラ、遅くなりました!」


 アゼツがサクラへ近付き、小声で話しかけてくる。それに返事をするように、サクラは小さく頷く。


「サクラちゃん、何でこんなところに1人でいたの!?」

「サクラ、人間は脆いから、無茶しないで」

「今日はサクラ先輩に1番楽しんでほしかったのに、こんな事になるなんて……」

「怪我したなんて、心配したのよ!」

「もう別行動は禁止。はじめから一緒に探しておけばよかった」

「ノワールくんもね、ずっと気にしてたの。サクラを1人にしちゃ危ないかもって。でも戻ったらもういなくて。1人にしてごめんね」


 女の子達が不安げな表情を浮かべ、サクラを囲む。

 アリアは目に涙を溜め、イザベルが眉間にしわを寄せ、サクラの顔を覗き込む。フィオナも悲しげな表情でサクラの手を握った。そしていつもノワールと一緒のナタリー、ジェシカ、ダコタが次々に声をかけてきた。


「えっと、待ち合わせてしてた子の具合が悪そうで、1人で散策する事にしたんだ。そしたらつまずいて、ここに落ちちゃった。でもさ、そのおかげでこのたくさんのランピーロを見付ける事ができた。それにね……」


 同性の友達からの気遣いも嬉しくて、サクラの心が温まる。


「こうやって私を心配してくれた事が、今日の出来事の中で1番嬉しかった。みんな、ありがとう!」


 たとえ魂がなくても、私はみんなが大好き。

 ここにいるみんなが、私の大切な存在。


 好感度が凄く上がる音が聞こえる中、サクラは自然と溢れた想いを心に浮かべ、微笑んだ。

 その瞬間、土窟内がさらに明るくなった。


「ランピーロが開花しますよ。皆さん、しっかり見ていて下さいね」


 アデレード先生の言葉が合図となったように、一斉にまばゆい光が浮き上がり、線香花火のように天井で弾ける。


「ランピーロの光は謎が多いのですが、子供達が多く集う場所で育てると輝きが増す、との記録があります。その結果、この光は『未来にたくさんの希望を抱く子供達の願いから生まれている』と、考えている者もいます」


 アデレード先生の穏やかな声がさらに優しいものになり、サクラは思わず顔を向ける。


「私も、そのように思っている者の1人です。ですから、皆さんの心の中にある願いもこのような輝きを放っていると、忘れずにいてほしいのです」


 まるで母のような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるアデレード先生と目が合い、サクラは頷く。


 私は、みんなが生きてる相手として接し続ける。

 だから、みんなが消えてしまわない方法を探す為に、全員の考えを聞こう。


 男の子達には、想い人と結ばれた上で、今後どうしたいのか。

 女の子達には、もし、自分が消えてしまうなら、どうするのか。


 どう伝えればいいかわかんないけど、彼女達の意見も知りたい。

 そのあとで、みんなが納得する答えを探して、私が心から願えば、叶うはず。


 たくさんの願いの光が降り注ぐ中、サクラは新たな目標を決めた。

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