第16話 願いの叶え方
夜ではあるが、まだ熱のこもる生ぬるい風がサクラの頬を撫でる。
そしてその横に並んで歩くアデレード先生は、前だけを向いて話し続けた。
「ただ、存在を知っているだけですが」
「存在を?」
「えぇ。究極魔法とは、普段扱う事のできない『神様の力』、と言った方がわかりやすいですかね?」
「神様!?」
反対隣にいたアゼツが、アデレード先生の言葉に反応して飛び上がる。それに驚いたサクラもびくりと体を揺らしたが、すぐに平然を装う。
しかし、前を歩く攻略キャラ達にもアゼツの叫びが届いたようで、立ち止まったのが見えた。
「何故、神様の?」
アゼツのとても小さな呟きを聞きながら、サクラもアデレード先生へ質問を続ける。
「神様の力って、どういう意味ですか?」
「この学園にある、願いの木の力は知っていますか?」
「はい。花の結晶を捧げると、運命の相手と永遠に結ばれるんですよね?」
「そうです。あの願いの木に人が集まるようになり、この学園ができました。そして願いの木に関してもう少し詳しく話せば、『育てた想いを花開かせる力が宿っている』そうです」
想い人と結ばれる為の後押しをしてくれるって、意味かな?
サクラがそう考えた時、アゼツの戸惑う声が聞こえた。
「願いの木に、そんな説明はなかった……」
アゼツの混乱が伝わり、サクラは心配で何度も上を見る。
そうしている間に、立ち止まっているみんなの元へたどり着いた。
「先程から、どうしたのですか?」
リオンが心配そうに、夜の闇に溶けかけている黒子の顔をわかりやすくアゼツにも向け、声をかけてきた。
「今ね、アデレード先生に究極魔法の事を聞いてたんだ。でもアデレード先生、どうして願いの木の話になったんですか?」
「それはですね、究極魔法が願いの木と同等の事ができると言われているからです。『どのような条件下でも、術者の願いを花開かせる魔法』なのだそうですよ。だから『神様の力』と言われているのです」
「……凄い魔法だったんですね!」
他にも方法があったなんて!
この魔法の方が無条件で何でも叶えてくれそうな気が……。
あ、でもゲーム内の設定ってだけで、願いの木でしか奇跡は起こせないかも。
まさかそんな隠しルートが存在しているとは思わなかったが、そこまで都合のいい魔法が存在するはずもないと思い、サクラはすぐに冷静さを取り戻した。
「これでもう、気掛かりはありませんか?」
「はい。教えてくれてありがとうございました!」
「それでは行きましょう。ランピーロは湧き水の周辺に生息しています。皆さん、薬草の森の地図はちゃんと持ってきましたか?」
アデレード先生が確認の為にみんなへ地図を出すように促し、それぞれがブローチから取り出す。そしてそこへ、アデレード先生が印をつける魔法を掛けた。
「ランタンがあるとはいえ暗いですから、これで見やすくなるはずです」
その言葉通り、森の中の道と複数ある湧き水の場所だけが光る。
「では、私はここで待機していますので、どうぞ行ってらっしゃい」
「何を言ってる? アデレードも行こう」
「ランピーロが咲く瞬間を見たいという理由に邪魔をするほど、私も野暮ではありません」
「自分はアデレードと見に来た。だから行こう」
強引に腕を掴み、キールがアデレード先生を引っ張る。
「ちゃんと先生と呼びなさい。私と見たところで何も起きませんよ?」
「見れればそれでいい」
「キールくんの気遣いにはいつも感謝していますが……。それならば、入り口から1番近い場所へ向かいましょう。皆さん、用事が済みましたら私達の所へ来て下さい」
アデレード先生は困った顔をしたまま、キールに引きずられていった。
「じゃあさ、私達もバラバラに探そう! みんなで一緒に探してる間に花が咲いちゃったら残念だし。つぼみがあればそこで待機して、つぼみがなかったら違うところへ行けば、効率がいいんじゃない?」
サクラはそう言いながら、無理やり組分けを進め、湧き水の場所も同時に指定した。
事前にアゼツから知らされた情報では、この時間帯が1番開花が見られるとの事だった。だからきっと、みんなが見付ける時には想い人と眺める事ができるだろうと考え、こんな行動に移ったのだ。
「あれ? サクラちゃんは誰と探すの?」
「ふふふ。実はね、もう1人誘ってる子がいて、その子を待ってるの。だから先に行ってて!」
心配そうに顔を曇らせたアリアへ、サクラは笑顔を向け、背中を押す。
「サクラ、先に行くけれど、あとでちゃんとみんなで一緒にも見るからね」
「ありがとう、イザベル!」
笑顔で手を振りながらみんなを見送り、アゼツへ声をかけた。
「アゼツ、私達も行こうよ!」
「……あ、はい!」
どうやら考え事をしていたようで、アゼツの反応が遅く、サクラは心配になる。
「あのさ、究極魔法と願いの木について、アゼツの知らない事だらけだったんだよね?」
静かになった森の中を、みんながいない方向へ進む。
「はい……。ゲームのキャラが知っている知識であれば、ボクも知っているはずなんですよ。でもわからなかった。こんな事できるのはきっと……」
神様、だよね。
手元の明かりが頼りなく感じるほど闇が迫る中、サクラは心の中で返事をする。
「よくわかんないけど、それでも願い木しか奇跡は起こせないんじゃない? こんな目に見えて美味しい話をぶら下げてくるなんて、ちょっと変だし。試されてるのかな?」
「試す?」
「みんなで協力して願いを叶えるのか、1人で勝手に叶えるのか、まるで試練みたい。なんてね!」
私が叶えたいのは、みんなと一緒に考えた結果の願い。
私だけが、これならみんなが幸せじゃないかと思う願いなんて、いらない。
もしかして神様はそれを伝えようとしているのかな? などと思い浮かべていたサクラは、アゼツが横にいないのに気が付いた。
「アゼツ?」
不安から声が震えたが、彼は後方に浮かんでいた。
「試練……。サクラの今の言葉は、サクラの言葉ですよね?」
「そうだよ? 変な事言った?」
「いえ……」
「何かあるならちゃんと話して?」
アゼツのそばへ行き、下から覗き込む。けれど、彼の目が泳いだ。
「その、サクラの言葉が、今のボクには……、神様の言葉に、聞こえたんです」
「私、そんな大層な事言ったっけ?」
アゼツがつっかえながらもちゃんと理由を話してくれた事に嬉しくなり、サクラは神様という言葉を重く受け止めないよう、努めて明るく返事をする。
「はい。今の言葉が聞けて、よかったのかも、しれません」
アゼツはそう言うと顔を上げ、翼を元気よくはためかせた。
「変な事を言ってすみません。ボク達も行きましょう! サクラが目指してるのはこの地図を見るかぎり、森の端っこですか?」
「自分が知らない事をいきなり知らされたら、誰だって驚くよ。だから気にしないで。さっ、アゼツの言う通り、みんなと鉢合わせしないようにちょっと遠くにしちゃったけど、よかった?」
森の中といっても、普段は薬草を採取する場所でもあるので道は歩きやすい。凶暴な動物もいないと言われているが、吸い込まれそうなほど深い闇が違うものを生み出しそうで、恐怖もある。
それでもアゼツと一緒だからと、サクラの中で喜びが勝る。
「ボクはサクラとなら、どこへでも行きますよ!」
自分の心に応えるようなアゼツの返事が嬉しくて、サクラは思わず破顔した。
アゼツに移動してもらえばすぐに到着するのだが、せっかくだからと歩き続け、2人は目的地の近くまできていた。
「みんなさ、思い出に残る素敵な時間を過ごしてるだろうね」
「サクラはどうして他の人の幸せを優先するんですか?」
「優先してるかな? 誰かが幸せだと、自分も幸せにならない?」
「それはボクにもわかりますけど、サクラはあまりにも無欲に見えるんですよね」
「そう? そう見えるのは、まだまだ私を知らない証拠だよ!」
大げさに手を広げて回転してみせれば、見事に倒れ込みそうになり、道を外れ、茂みの中へ踏み込む。
「あ……れーーーー!?」
「サクラ!?」
しかし、あるはずの地面がなく、サクラは情けない声を上げながら滑り落ちた。
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