第15話 ヒロインの選択は絶対

 7月が終わりを迎え、ランピーロを探しに行く日にもなった。


「課題も終わったし、あとは思いっきり遊ぶ……じゃなかった。みんなの考えを聞いて、想い人との仲を取り持たなきゃね!」

「サクラ、ボクの前では本心を話していいですよ」


 自室の机に向かうサクラは、くるりと振り向く。

 するとベッドの上にいたアゼツが、図書館から集めてきた書物の山から顔を上げ、楽しげに笑った。


「でもさ、みんなが幸せになる方法を探さなきゃ。これからみんなにその話もしなきゃだし。それに私の手術ってあとどれくらいで終わるのかわかんないから、急がないと」

「現実世界の事はボクが把握しているので、大丈夫ですよ」

「そうなの?」


 意外な答えにサクラが身を乗り出すと、椅子がギィッと音を立てた。


「はい。ナビとしての機能に追加されていますので」

「えーっと……、このゲームってさ、誰かが手を加えてるの?」

「えっ!? そ、そう……、どうなんでしょうね!」


 うーん、アゼツのこの反応。

 手を加えているのは神様だろうな、きっと。


「……あのさ、私の手術って、今、どうなってるの?」


 目を泳がせたアゼツを可哀想に思い、サクラは尋ねるをやめ、違う質問をした。

 それにほっとしたように息をついて、アゼツが可愛らしい声で話し出す。


「サクラの手術は今のところ順調です。時間は3時間ほど経過しています」

「まだそれぐらいしか経ってないんだ」


 4月の終わり頃から転入して、明日から8月。ひと月過ごすのにだいたい1時間かかるのかと、サクラは考える。


「手術が終わればゲームも強制終了です。もしそうなったとしても、気に病まないで下さいね」

「それまでに何とかしたい。手術が終わる時間も……」

「どうかしましたか?」


 サクラは未来の事を問いかけようとして、その言葉を飲み込む。


 先の事を知ったところで、私がやる事は変わらない。

 むしろ知ったら、その結果次第で動けなくなるかもしれない。

 やっぱり未来は、わからない方がいいや。


 納得する答えを浮かべ、首を傾げるアゼツへ微笑む。


「何でもないよ! アゼツは究極魔法、見付けた?」

「それが、全然情報がないんですよ。ナビの記憶の中に究極魔法の事がないのも変ですし」

「気になるね。リオンも知らなそうだったし。隠しルートかもしれないけど、選択肢を選ばなかったからもう情報が出てこないとか?」

「それならいいんですけど……」


 腕を組んで納得のいかない表情を浮かべるアゼツは諦めきれないようで、再び書物へ視線を落とした。


 ***


 時刻は22時になる少し前。

 自室の窓から外を眺めれば、満天の星が今にも地上に降り注いできそうなほど、チカチカと瞬いている。


「夜空、凄い綺麗だね」

「このゲームの世界は自然豊かで、季節ごとにさまざまな風景を楽しめます。ですが、直接見るこの景色は、まさに壮観ですね」


 サクラとアゼツは自然に肩を寄せ合い、同時にため息をつく。


「この景色は忘れたくないな」

「だったらそう願って下さい。ボクも、忘れてほしくないです」


 アゼツの声がとても真剣で、サクラはその想いに応える為に頷いた。


「絶対、忘れない。アゼツの事も、みんなの事も、このゲームの事も」


 欲張りだろうが何だろうが、全てが叶う願いを見付ける。


 そう心に刻んで、サクラはアゼツと共に待ち合わせの場所へ移動した。



「サクラ、こんばんは!」

「サクラ先輩、今日はよろしくお願いします」

「こんばんは! クレスとフィオナが1番乗りだったんだね」


 薬草の森に続く西の玄関へ到着すると、クレスがフィオナを天使の輪から発する淡い光で照らしながら、無邪気に笑った。


 フィオナといる時は、いつも優しい光なんだよね。


 この光が植物を生き生きとさせてくれると、フィオナがこそっと教えてくれた事がある。その時の彼女はとても嬉しそうに頬を染めていて、クレスにも見せたかったなと考えた事をサクラは思い出す。


 今日ならその顔、見る事ができるよね、きっと!


 サクラはみんなの妨げにならないよう、別行動する予定でいる。もちろんアゼツと共になので、身の安全は保証されている。


「サクラ先輩、何か良い事でもあったんですか?」

「え? えーっとね、フィオナって植物が好きでしょ? だからさ、こうして一緒に特別な植物を見付けに行くのが嬉しいなって思って」

「そんな……。わたしの事、考えてくれてたんですね。でも、夜間に咲くランピーロは故郷でも見るのを止められていたので、今日探しに行く事ができて、本当に嬉しいです」


 自然と緩んだ頬はフィオナに話しかけれられても戻らず、サクラは企みを話さぬように彼女に対してだけの気持ちを伝える。

 その言葉を聞いて、フィオナ自身が光る花にでもなったかのように、ふわりと顔を綻ばせた。

 それなのに、クレスの好感度が凄く上がった。


 え、何で?


 驚きでクレスを見つめれば、彼は大きな目を糸のように細めながら、微笑んだ。


「サクラのおかげでフィオナがこんなに喜んでる。本当にありがとう!」

「そんな事ないよ」

「サクラの選択は絶対だから、サクラのおかげなんだよ!」


 私の選択は絶対……。


 クレスの言葉に他意がないのはわかるが、それでもサクラの心を痛めつける。

 その時、サクラの耳が足音と話し声を拾った。


「お待たせしました」

「みんな一緒だったんだね。あとはキールとアデレード先生だけ?」


 振り向いたサクラへ、リオンが声をかけながら歩いてくるのが見え、その横には少しだけ距離を空けて歩くアリアもいた。そして後ろにぞろぞろと他のみんなが続いていたが、2人の姿だけがない。


「キールはね、みんなの明かりを持ってきてくれるよ!」


 後方からクレスが明るく答えた瞬間、何もない空間からアデレード先生に手を引かれ、キールが姿を現した。


「皆さん、揃っているようですね」


 周りを見回すアデレード先生へ、サクラは驚きから自然と質問した。


「アデレード先生、今どこから来たんですか?」

「いつもの部屋からですよ?」

「えっと、どうやって?」

「転移の魔法を使ったのです」

「アデレードの魔法はどれも凄い。特に転移の魔法はアデレードの描く魔法陣を介せば、何人でも移動できる」


 サクラへ涼しげな笑みを向けながら、アデレード先生がキールと共にみんなへランタンを渡していく。

 そしてアデレード先生を自分の事のように褒めるキールに、つい笑い声がもれた。


「何を笑っている?」

「キールらしいなと思って」


 首を傾げるキールから、魔女の帽子でも被っているようなランタンを受け取る。その中を見てみると、くしゅくしゅとした白く丸い布が、柔らかい光を生み出していた。


「これ、不思議な明かりだね」

「これがランピーロのつぼみだ」

「え? じゃあ探しに行かなくてもいいの?」


 まさか明かりが光る花のつぼみだとは思わず、あっさりと目的を達成し、サクラの気が抜けた。


「残念ながら、このつぼみは咲きません。魔法で時間を止めたので、このようにずっと光り続けているだけです」

「そんな事もできるんですね」

「元々魔女は、ランピーロのつぼみを明かりとして使用してきました。現在はもっと便利な物がありますから、使う機会はありません。ですが、どうにも捨ててしまうのが忍びなくて。それに、どの様なつぼみかわかれば探しやすいでしょう? ですからキールくんにランタンを探すのを手伝ってもらえて、本当に助かりました」


 どうして2人が一緒に来たかもわかった瞬間、キールの好感度が凄く上がった。


「まさか、キールも?」

「何がまさかなのかわからないが、アデレードの力になれたのはサクラの選択のおかげだ。感謝する」


 キールからもクレスと同じような言葉を聞き、サクラはヒロインという立場を嫌でも理解させられた。


「さて、それでは行きましょうか。学園内とはいっても、もう夜です。足元には十分、気を付けるように。もし怪我をしたのであればすぐに申し出て下さい。私が魔法で治しますので」


 そんなサクラの気分を変えるようなアデレード先生の声に、本来の目的を思い出す。


 私の立場がゲームをプレイする側なのは、わかってる。

 それでも、みんなの意見を聞いて選択肢を選ぼう。みんなだって、自分の考えがあるんだから。

 だから、今日はイベントに集中して、明日にでも、アゼツと話し合った事を伝えよう。

 

 歩き出したみんなへ続くために、考えをまとめたサクラも踏み出す。その横に、ずっと黙っていたアゼツも静かに翼をはためかせていた。


「楽しみだね」

「はい!」


 アゼツにこそっと話しかければ、彼は嬉しそうに笑ってくれる。


「あとさ、究極魔法の事、アデレード先生に聞いてみる?」

「え? うーん、ボクも知らない事をゲームのキャラが知っているのかどうか……、いえ、違いますね。聞いてもらえますか?」

「うん!」

「サクラさん、何をしているのですか?」


 小声で話す事に意識を向けていて、いつの間にか、サクラとアゼツだけが取り残されていた。それに気付いたアデレード先生がこちらへ戻ってきたので、サクラはここぞとばかりに尋ねる。


「あの、質問があるんです」

「歩きながら答えましょう。何でしょうか?」


 前を行くみんなにアデレード先生はちらりと視線を送り、ゆっくりと歩き始めた。サクラもその横へ並び、小さな声で問いかける。


「アデレード先生は究極魔法って、知ってますか?」

「知っていますよ。サクラさんは魔法に興味があるのですね」


 あまりにもさらりと答えられ、サクラとアゼツは顔を見合わせた。

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