第14話 夏休みの過ごし方

 アゼツと友達になり、目標も定まり、サクラはやる気に満ち溢れていた。そのお陰で勉強もはかどり、試験は学年トップだった。


 1位はだめだってわかってたのに。

 みんなの好感度、もの凄く上げちゃった……。


 やり切った充実感と罪悪感が、サクラの中でせめぎ合う。

 そんな複雑な心境の中、順位が映し出されている電子掲示板の前で、みんなから声をかけられていた。


「サクラ、素晴らしい結果ですね!」

「本当に素晴らしいです。サクラ、よく頑張りましたね」

「サクラちゃん、凄いね!」


 ぽふぽふ音を立てながらアゼツが手を叩き、それに賛同するように、リオンも手を鳴らす。

 アゼツの姿は見えていないが、リオンの想い人・アリアも薄緑色の瞳を普段よりも大きく開き、バターブロンドの髪を揺らしながら頷く。


「お前らしいというか、何というか……」

「そこははっきりと褒めてあげたらいいじゃない。サクラ、おめでとう」


 呆れ顔のラウルの背を軽く叩き、ラウルの想い人・イザベルが山吹色の瞳を細め、長く赤い髪をかき上げながらサクラへ微笑む。


「凄いねー! サクラは頑張り屋さんなんだね!」

「サクラ先輩は努力家なんですねぇ。わたしもわからない事があったら、教えてもらっていいですか?」


 ほんのり天使の輪を明るくし、クレスが目をキラキラさせている。その横には、彼の想い人・フィオナもいる。

 彼女のポニーテールにしている髪や瞳は春の空を連想させる淡い水色で、童話から抜け出して来た存在に見える。

 そんなフィオナの背に生える、青いアゲハ蝶のような透ける羽の向こう側にいたキールとも目が合う。


「サクラ、よく頑張った。アデレードが心配していたが、杞憂に終わったな」


 悪魔のキールが天使の微笑みを浮かべ、彼の想い人の名を口にする。

 

 すると、コツっと音がして、サクラは音の方へ振り向く。

 そこには、アデレード先生の姿があった。


「いつも注意していますが、私の事は先生と呼びなさい」

「こうしてアデレードに会えるなら、いくらでも名を囁く」


 急に甘い雰囲気を醸し出したキールに構う事なく、アデレード先生はサクラへ近付いた。


「私のところへ来ていたのは悩みがあるのかと思っていましたが、こんなにたくさんの友人がいるのであれば、要らぬ心配でしたね」


 生徒達よりも長く黒いローブに身を包むアデレード先生が、紫銀のとても長い髪をさらりと払い、眼鏡の向こう側にある黒の瞳を細める。


「ですが、人の心は魔に傾くと後戻りできなくなる事があります。そうすると、私のような怖い魔女になってしまうので、くれぐれも気を付けて下さいね」

「アデレード先生みたいな魔女になら、今すぐにでもなりたいです」


 これがアデレード先生ならではの冗談だって、最初はわかんなかったな。


 この学園は魔法を使えるようになった人間の教育にも力を入れており、その人達だけの特別授業を通して魔法を使いこなせるよう支援している。

 あいにく、ヒロインは魔法が使えない設定なので、この事についてはゲームの説明書に載っていた知識しか持ち合わせていない。


 私も魔法、使ってみたかったな。


 サクラがそう考えた時、賑やかな声と共にノワールが話しかけてきた。


「サクラなら可愛い魔女になるわ!」

「でもサクラは頭が良いから、学者向きじゃない?」

「そうね。でもサクラが本当になりたいのなら、私達は全力で応援するだけよね」

「そうだね。僕らのサクラなら、何でもできるだろうね」

「ちょっと、褒めすぎだから。でもみんな、ありがとう」


 穏やかな眼差しに囲まれながら、サクラは照れ笑いする。

 そして改めて、ノワールのそばを特に離れない先輩達へ視線を巡らせる。


 耳の横で結ばれたツインテールが、可愛らしいパステルピンクに染まるナタリー。

 肩下までのシルバーグレーの髪が目を引くジェシカ。

 濃い茶色の髪をお下げにしているダコタ。

 3人ともサクラと目が合えば、にっこりと優しく微笑んでくれる。


 普通だったら『転入生が調子に乗るんじゃないわよ!』とか言われそうなのに、ノワールの周りにいる女の子達も、良い人なんだよね……。


 情報収集をしていた時、ノワールの事が大好きな女生徒達に囲まれ、サクラはそれを思い知った。


 ノワールもいなかったし、絶対酷い目に遭うと思ったのに、『ノワールくんが気にかける女の子は全員私達の仲間だから! 何か困った事とか悩みがあったら言ってね! あ、話し方も堅苦しいのは禁止だから!』とか言われるなんて。

 最初は嘘だと思ったけど、本当に親切だったし。だからこそ、ちゃんと選んであげたらいいのに。

 誰を選んでもいいぐらい、みんな良い子だから。


 そんな想いを込めてノワールを見れば、彼は嬉しそうに微笑み返してきた。


「それで、サクラはどうしてここに僕らを呼び出したの? 夏休みに寮に残る人だけ連れてきてほしいって、どういう事?」


 不思議そうに首を傾けたノワールに賛同するように、さらにみんなから注視される。

 それに対し、サクラは満面の笑みで応えた。


「あのね、夏休みなんだけど、ここにいるみんなで何か楽しい事でもしようよ!」

「楽しい事? 何するの?」


 クレスが早く知りたいとばかりに身を乗り出してきた瞬間、ホログラムが現れた。


「サクラ、選択の時間です!」

「今なの!?」


 まさかこの流れがゲームに沿っていたとは思わず、サクラは動揺する。

 けれどそれが事実だと知らせるように、サクラとアゼツ、そして攻略キャラ以外のゲームキャラは動かなくなってしまった。


「こんなに普通に話せてるのに、女の子達には本当に魂がないの?」

「はい。学習型AIで会話が成立しているだけなので、中身は空――」

「ねぇ、早く選択した方がいいんじゃない? ほら、これなんか面白そう」


 アゼツの言葉を遮り、ノワールが選択肢を指さす。

 そこには『学園七不思議巡り』と書かれていて、サクラは嫌な汗をかく。


「え……、これ、絶対怖い奴じゃ――」


 そう言いかけたが、サクラはラウルとの約束を思い出す。


 あ、そうだ!

 みんなで七不思議の解明をしたらいいんじゃない?

 ラウルも強いだろうけど、リオンも強いし、これならさらに安心だよね!


『徘徊する者との対峙』のイベントを安全にクリアする為のひらめきに、サクラの心が弾む。

 だからノワールの提案に乗ろうとして他の4人に目を向ければ、ラウルだけが不服そうな顔をしていた。


「ラウルは嫌?」

「あー……」

「私も反対です」


 困った様子で言葉を詰まらせるラウルではなく、リオンが硬い声で意見を伝えてきた。


「そっか。それじゃ……」


 みんなが楽しく過ごせるものがいいと思うサクラは、違う選択肢を眺めようとした。

 その時、うさぎが跳ねるように、アゼツがみんなの頭上へ飛んだ。


「これはサクラが決める事です。ですから、サクラの選択を妨げてはいけません!」

「えっ!? いや、いいよ! みんなの意見も聞きたいから! ほら、アゼツも何がいい?」


 怒った声を出すアゼツへ、サクラは慌てて手招きをする。

 きょとんとした彼はゆっくり下降し、ホログラムを覗き込んだ。


『学園で過ごす初めての夏休み。どのように過ごしますか?』



 学園七不思議巡りをする。


 ランピーロ【光る花】を探して、大切な人と眺める。


 自室に引きこもり、究極魔法を見付け出す。



 何これ?


「きゅ――、じゃなかった! えっと、今回はみんなで楽しみたいから、2番目がいいのかな? でもこれ何?」


 危うく究極魔法と言いそうになりながらも、サクラは自分の声に反応しないよう、選択肢の言葉を飲み込む。


 好感度を上げないためには自室に引きこもるのが1番だけど、究極魔法って何?

 ランピーロもよくわかんないし。

 それにしてもこのゲーム、もしかして攻略キャラと結ばれる以外の隠しルートがあるの?


 不思議な選択肢が紛れているのが気掛かりだったが、アゼツが説明を始めた。


「ランピーロは夏の間、夜間にだけ咲きます。そして花開く瞬間、花びらの中に包まれていた光が飛び出すんです。それを大切な人と見る事ができれば仲が深まる、なんて逸話があるそうですよ」

「そんな不思議な花があるんだ。それならやっぱり2番目にする?」


 七不思議はラウルとリオンが嫌そうなので、サクラは再度、確認する。

 すると、みんながそれぞれ話し出した。


「ボクはどれでもいいですよ。究極魔法が気になりますけど。これ、ボクにもわからないです」

「何でしょうね、これ。ヒロインは魔法を使えなかったはずですが……」

「俺は七不思議じゃなけりゃ、何でもいい」

「それならランピーロにしようよ! フィオナが喜ぶから!」

「クレスが求めるのであれば、自分もランピーロを探そう。夜間の外出はアデレードがいれば問題ない」

「えー。僕は七不思議がいいんだけどなぁ」


 アゼツとリオンが究極魔法とは何かを予想し出し、投げやりなラウルへクレスが詰め寄りながら訴える。そんなクレスの様子を見ながら、キールが彼の願いを後押しする。しかしノワールも、やんわりと意思を伝えてきた。


「あのさ、1番下の選択肢も気になるんだけど、今回は2番目を選ぼうと思う」


 このままだと収拾がつかないと思い、サクラは大きめな声を出す。すると、全員一致の意見ではないが、みんなは特に反対する事もなく、頷いてくれた。


「想い人との仲が深まるといいね!」


 みんなの恋を応援するべく、ホログラムの選択肢を押す。

 すると、馴染みの音がした。


 チリリリン


 あぁっ!

 また好感度が上がった!


 リオンから聞いた、通常の会話からでも好感度が上がる仕様をアゼツにも確認すれば、通常の会話でも好感度を上げないと攻略キャラ専用ルートの選択肢が出ない設定だと知らされた。

 それと同時に、好感度の上がり方は2パターンしかなく、好感度は下がらない設定だとも伝えられた。

 だから今後もみんなを攻略しないためにも、選択肢には注意しなければならない。


「みんなごめんね。好感度上がっちゃったね……」

「好感度って、何の事?」


 時が動き出したのを忘れていたサクラへ、アリアが不思議そうに話しかけてくる。


「あっ! えっとね、ランピーロでみんなの……じゃなくて、私がアリア達の好感度を上げたくて、ランピーロを探したいんだ!」


 取り繕うように言い直すサクラへ、アリアがふわっと笑った。


「私もね、もっとサクラちゃんと仲良くなりたかったから、嬉しいな」


 うぅっ……、可愛い!


 屈託のない笑顔を浮かべるアリアこそ、乙女ゲームのヒロインにふさわしいのではないかと、サクラは心から思った。

 そんなサクラへ、アデレード先生が声をかけてきた。


「なるほど。だから私も誘ったのですね」

「えっ?」

「私がいれば、夜間の外出許可証は必要ありませんからね」


 くすりと笑うアデレード先生へ、サクラは慌てて訂正する。


「違います! アデレード先生とも仲良くなりたいんです! 協力してもらう形になっちゃいましたけど、一緒に来てくれますか?」

「そんな風に歩み寄ってくれるなんて、先生として、とても嬉しいです。薬草の森にランピーロは生息していますので、皆さんがいいのであれば同行しますよ」


 アデレード先生の表情から、学園長が一緒だと楽しめないだろうという配慮を感じたが、キールと女の子達は喜んでいた。

 そして他の男の子達も問題なさそうで、アデレード先生の同行を快く受け入れていた。

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