第12話 自分の気持ち

 リオンとラウルの仲を悪化させただけに終わり、気落ちしたサクラはすぐに寮へ帰った。


 あーあ、私の馬鹿。もう何もしない方が……。

 だめ。これが最後なんだから。


 どんどん弱気になる自分をどうにか踏み止め、サクラは考えを巡らせる。


 そういえば……、夏休みにヒロインが寮にいるなら、攻略キャラ達もいる設定じゃない?

 だったら、休みの間に想い人の子達も含めて、みんなで楽しく過ごして仲直りとか?

 これ、名案じゃない?


 夏休みまでに試験がある事も思い出し、追試や補講で休みを潰さないよう、サクラは勉強にも力を入れようと決意する。


 男の子達と女の子達に声かけとこ。

 きっと素敵な思い出になるし、それぞれの仲も進展するはず!


 自分の目的も達成に近付くと思い、サクラは気持ちが浮上する。

 だからか、アゼツとの事も前向きに考えはじめた。


 今日、ちゃんと話そう。

 誰にも悩みを打ち明けられないなんて辛いはず。

 どんな事を言えばいいのかわかんないから、私の言葉で伝えよう。


 そう決心し、サクラは気合を入れる為に頬を叩いた。



 サクラはアゼツの帰りを待つ間、勉強をして過ごしていた。


 寮は1人部屋でそこまでの広さはないが、普通に生活するには十分であった。

 クリーム色を基調とした部屋には、木製の机や扉が備え付けられ、穏やかな気持ちで過ごせる。

 部屋の入り口から見て、右側の壁に向かうように置かれた机は横に広く、荷物をたくさん置いても余裕がある。

 その机から後ろを振り向けば、ベッドにタンス、アゼツの寝床の籠がある。


 そして玄関に続く廊下には、電子レンジと立派な冷蔵庫が設置されていた。

 基本は食堂で食事をするが、料理やお菓子を持ち帰る事ができる。そして、種族によって食事の量や種類が異なるので、その配慮から冷蔵庫は大きな物になったらしい。

 その冷蔵庫の向かい側に、お風呂場とトイレがあるつくりになっている。


 集中が途切れ、サクラがお菓子でも食べようと立ち上がった時、アゼツが部屋に現れた。


「あっ、お帰り!」


 音もなく現れるので驚く事も多かったが、今は慣れたもので、サクラはすぐに声をかけることができた。


「……ただいま、戻りました」


 笑顔なのだが、ふわっと盛り上がる白い毛で覆われた口元が無理をしてその形を作り出しているように見え、サクラはすぐに話題を切り出した。


「アゼツ、ちゃんと話そう」

「何を、ですか?」

「とりあえず、ベッドに座って」


 無言でサクラの言葉に従うアゼツの隣へ、自分も腰掛ける。


「まずは、ごめんなさい」

「何でサクラが謝るんですか?」

「私の言葉がアゼツを傷付けたでしょ?」


 サクラの言葉に、アゼツの金の目がまんまるになった。


「違いますよ! ただちょっと、ボクの考えが変なのかもって、思っただけです」

「ほら。やっぱり私の言葉がアゼツを悩ませちゃってる。だからごめんなさいなの」

「いいえ! ボクが勝手に悩んでいただけなので、サクラは何も悪くないです!」


 絶対に引かない態度がアゼツらしくて、サクラはつい笑った。


「どうしたんですか?」

「久々にアゼツとちゃんと話せて、嬉しくて」

「……そう、ですね。ボクも、嬉しいです」


 そう言いながら、アゼツは翼をぱたぱたと小さく動かしていた。


「最近さ、アゼツやみんなともギクシャクしちゃって。ただのゲームならきっと気にしなかった。でもね、みんな生きてるから、ちゃんと向き合いたい」


 じっとこちらを見上げるアゼツへ、サクラは自分の気持ちを伝える。


「私、仲良くなりたい。アゼツやみんなの事、ちゃんと知りたい。これが最後だから……」


 サクラの言葉にアゼツが悲しげな表情になり、口を開いた。


「サクラはやっぱり、生きたいと思えませんか?」


 自分の事を問われるとは思わなかったが、アゼツを知りたいと思うなら応えなければと、サクラは目を閉じて自分自身の見たくない想いを探る。


 生きたいと思えないのは、手術が成功しても『人じゃない』って思われるから。

 それに、子供の頃から入院ばかりしてて、学校へ行っても腫れ物扱いで。今はもうずっと病院にいるから、普通の生活がわからない。

 だから、普通の人達の中に飛び込むのが、怖い。

 それと…………。


 体に力が入るのがわかったが、サクラはそれでも考えを浮かべた。


 私、生きるって事も死ぬって事も、どっちもちゃんとわかってないから。


 両親に全てを委ねる生活をしていて、自分で生きている感覚がなかった。

 そして痛みも苦しみもさほどなく、倦怠感と体に増えた管や薬の量で自分の死期が近い事を悟っていたが、死というものとは向き合ってこなかったと、サクラは改めて思う。


 最後って思いながらも、私はどこか他人事で、目を背けてた。

 でもみんなは? 

 きっと、ちゃんと最後と向き合って動いてるんだと思う。

 だったら私も、ちゃんと生きよう。

 最後の事なんてまだわかんないけど、自分で考えて、生きてみよう。


 そう決意し目を開き、アゼツと向き合う。


「私、生きたいって気持ちも、最後って気持ちも、よくわかんなくて。でもね、アゼツやみんなは最後と向き合って動いているんだと思ったの。だから私も精一杯、生きる」


 初めて自分の気持ちを伝え、サクラの心が軽くなる。だから自然と笑顔になり、続けて言葉を紡いだ。


「これが今の私の、生きたいって思う気持ち。だから、この気持ちに気付かせてくれたアゼツやみんなの力になりたい。たとえ怒らせたとしても、私は私のやり方でしかぶつかれない」


 アゼツの柔らかな手を握り、彼の顔を覗き込む。


「だから教えて。アゼツはいったい、何を悩んでいるの? それに、どうしてこんな奇跡を起こしたの?」


 問われたアゼツの目が見開かれ、サクラの視線から逃れるように顔を背けた。


「話せません」

「でもね、ずっと1人で悩むのって辛いはずだよ?」

「でも……、それでも……」


 サクラの手の中でアゼツの小さな手がきゅっと握られ、彼の葛藤が伝わった気がした。


「話せる事だけ話してみる、とかは?」


 全てを話せない理由はわからないが、この提案ならアゼツも話しやすいだろうと思い、そう口にした。


「それは……、ちゃんと気持ちを話してくれたサクラに対して、不誠実ではありませんか?」

「そんな事ないよ。話したくない事を話すのって、凄く勇気がいるから。それでも知りたいって思う、私のわがままなんだし。だから、話せる事だけ教えて?」


 サクラの言葉にアゼツの手の力が緩み、彼はこちらへと視線を戻した。


「この奇跡は、奇跡としか、言いようがありません」

「アゼツが起こした奇跡じゃないの?」

「違いますよ」

「あのさ、アゼツって、神様、なんだよね?」


 飛んでいってしまうのではないかと思うほど、びくりと全身を揺らしたアゼツに驚き、サクラは慌てて謝罪した。


「びっくりさせてごめんね!」

「いっ、いえ! えっと、あの、ボクは神様じゃないです!」

「じゃあやっぱり、神竜なの?」

「そうです! これ以上は答えられません」


 うーん。嘘は言ってない気がするけど、じゃあ何で最初に話した時、言い直してたんだろ?


 疑問はあったが答えられないと言われた以上、尋ねる事はできない。

 なので、次の質問をする。


「じゃあアゼツはどうして私やみんなを助けようとしてるの?」

「……それが、ボクの使命だから、です」

「使命?」

「これも、答えられません」

「そっか……」


 神様じゃなくて神竜。それと使命。

 アゼツは神様じゃないけど、神様が関わってる気がする。そうじゃなきゃこんな奇跡、起こるはずがない。

 そうだとして……、神様と何か約束があって喋っちゃいけないのかも。

 だから答えられないのか。


 自身の中でそう結論付け、サクラは1番気になっていた事を尋ねた。


「あとさ、アゼツはどうして先の事を気にするの?」


 自分よりも暖かなアゼツの手の温もりを感じながら、先程のように驚かせないよう、落ち着いた声で話しかける。

 そんなサクラへ、アゼツは長い耳を力なく垂らした。


「……あの、それを、ボクも知りたいんです」

「知りたい?」

「はい。人間って、先の事がわからなくても、幸せですか?」


 アゼツの言葉は、サクラの心をちくりと刺した。

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