第二章

第11話 リオンとラウルの共通点とアゼツの悩み

 授業中、サクラは電子黒板を眺めながら悩み続けていた。


 アゼツの事、どうにかしないと。

 私の言葉はアゼツを傷付けてばかりだ。

 でもどうしたらいいのか、わかんない。

 何であんなに先の事を気にするんだろう?

 思い切ってアゼツの隠し事、聞いてみようかな……。


 それと、リオンの昨日の言葉。

 放課後ずっと一緒に行動するとか、やっぱり心配しすぎじゃない?

 それをアリアに見られたら誤解されるかもしれないのに。


 リオンを安心させる為に、ノワールをどうにかしなきゃ。

 まぁ、あれが自然体なんだろうけど。

 相談とか乗ってくれるから話が通じないわけじゃない。だから、私が触らないでほしいって伝えれば解決するはず。

 あ、そっか! きっとスキンシップが多すぎて私の胸がどきどきしたのを恋って勝手に認識して、つぼみが色付いたんだ。

 うん。この理由なら納得。


 それにしてもこの空気。

 早く前みたいに戻らないかな……。


 両隣のリオンとラウルが最低限の会話しかしない日々が続いており、サクラはため息をもらす。

 そんな時、先生からの指名がきた。


「サクラさん。答えを」

「あ……、わかりません」


 サクラは授業に集中できず、考えもせず、そう返事をした。

 すると何故か、リオンとラウルが同時にこちらを向いた。


「サクラ、具合が悪いのですか?」

「お前らしくない。どうしたんだ?」

「えっ? 大丈夫――」


 2人に心配しなくていいと伝えようとして、サクラは言い直す。


「じゃない。うん。具合、とっても悪い。だから今日の放課後、3人で話したいんだけど、いいかな?」


 あからさまに嫌そうな顔をしたラウルと、固まるリオンを交互に見ながら、サクラは再度、念を押す。


「放課後、3人で話そうね?」

「……わかりました」

「はいはい。それでサクラの気が済むならいいか」


 リオンの声はどことなく、緊迫感を含んだものに感じた。対してラウルは、投げやりな態度ながらも応じてくれる。

 だからこの機会を逃さぬよう、サクラは2人をどのようにして仲直りさせるかを目論んだ。


 ***


 教室にサクラ・リオン・ラウルだけが残り、静かな時間が流れていた。

 そして横並びでは話しにくいと思い、サクラだけ前の席を借り、彼らと向き合う。


「あのさ、はっきり言うけど、仲直りしようよ」


 いろいろと考えたが、回りくどい事をせずに伝えるのが1番だと結論が出た。

 だから思い切って伝えたのに、ラウルがジト目になった。


「仲直りって、俺は別に普通だ。こいつがずっとおかしいだけだろ」

「……はぁ。よく普通でいられますね」

「あぁっ!? 言いたい事があるならはっきり言えよ!!」

「ストーップ!!」


 掴み合いの喧嘩へ発展しそうに思え、サクラは慌てて止める。


「私は話し合いがしたいの! まずリオン。どうして怒ってるの?」

「サクラはどうして怒っていないのですか?」

「私?」

「球技大会の日、ラウルがサクラに酷い事をしたのを、彼は謝りましたか?」


 あ、それで怒ってたんだ。


 意外な答えに、サクラは嬉しさを覚える。


「何もなかったし、もういいよ」

「よくありません。ラウル、謝罪を」

「……怖がらせて悪かった」


 リオンを睨みつけていたラウルが眉を下げ、こちらへ顔を向けてきた。


「確かに怖かったけど、リオンが受け止めてくれたから大丈夫! それにイザベルも怒ってくれたから、私は本当に気にしてないから」


 パッと表情が明るくなったラウルへ、サクラは続けて質問した。


「でもラウルもリオンに対して怒ってるよね? どうして?」

「あー……。それはな、最後の試合で結局自分を隠したままの奴に負けて、悔しかっただけだ」


 銀の髪をわしゃわしゃしながら、バツの悪そうにラウルが呟く。

 その言葉に、リオンの肩が揺れた。


「あのさ、その事なんだけど、聞いてもいい?」

「……答えられる事であれば」

「リオンはどうして顔、っていうか、素肌を黒い布で隠してるの?」


 机の上で組まれていたリオンの黒の布で覆われた手に力が入るのがわかったが、それでも彼は穏やかな声で話し出した。


「……これは、私を守る為、なのです」

「守る?」

「そうです。私はヴァンパイアなので、その、日の光が当たると消えてしまう……ので、この姿なのです……」


 だんだんと弱々しくなっていく声が気になったが、ラウルの鼻で笑う声がサクラの耳に届く。


「この期に及んでまだそんな事言ってるのか」


 馬鹿にしたような顔をしたラウルが目に入った瞬間、リオンが急に立ち上がった。


「別に私は彼と仲直りなどしなくていいです。今日は申し訳ないですが、お先に失礼します」

「えっ!? 待って――」


 歩き出そうとしたリオンに手を伸ばしたが、彼は闇に溶けてしまった。


「あいつのあーいうところが、俺は大嫌いだ」

「話したくない事だったんだよ。それでも教えてくれだんだから、そんな言い方、よくないよ」

「サクラはあの理由で納得したんだな」


 呆れたような顔をしたラウルを不思議に思い、サクラは首を傾げる。


「ラウルは何か知ってるの?」

「この学園、リオン以外にもヴァンパイアがいるだろ? そいつらはみんな普通に生活してる」

「そうだけど……。でもリオンは純血だから、とか?」

「リオンも幸せな解釈をしてもらえて、嬉しいだろうな」


 明らかにそうは思っていない表情のラウルへ、サクラはさらに尋ねる。


「ラウルもだけど、男の子達はリオンの事情を知ってるの?」

「だいたいな」

「それなら責めちゃだめだよ。私も今回踏み込んだ質問しちゃったし、この事はリオンが話してくれるまで今の理由で納得しておく」


 事情を知ってるのにここまでリオンに対して突っかかるのって、もしかしてだけどラウルも……。


 ある考えを浮かべたサクラはひと呼吸置き、ラウルを真っ直ぐ見つめた。


「あとさ、そこまで言うラウルも、その耳のテープは何?」

「……何でそれをお前に答えなきゃいけないんだ?」


 ラウルが冷たく睨みながら、吐き捨てるように質問してきた。


 リオンもラウルも、もしかしたら想い人と結ばれる為に乗り越えなきゃいけない事なのかも、しれない。


 ノワールの助言を信じ、サクラは勇気を出して言葉にする。


「あのさ、自分の姿を隠してって、ラウルも一緒だから、リオンに対して怒ってるの?」


 ラウルが目を見開き、彼の手の爪が鋭く伸びた。それに驚き小さな声をもらしたサクラを見て、ラウルが舌打ちする。


「俺とあいつが一緒だって? 馬鹿な事言うな」

「ご、ごめん。でもじゃあその耳――」

「お前には関係ない」


 低く唸るように答えたラウルが立ち上がり、サクラを残して歩き出す。


「ごめんね! 関係なくても、ラウルの力になりたくて……」

「……サクラ。もうすぐ夏休みが始まる。その時、主人公は寮に残る設定だった」


 立ち止まり、こちらを振り返るラウルが冷えた眼差しを向けてきた。


「この学園には七不思議が存在する。その1つに、『徘徊する者と出会うと命が奪われる』っていうものがある。それの正体を俺は知りたい。だから、協力してくれるか?」

「何でいきなりそんな話……」


 獰猛な生き物を目の前にした錯覚を抱くサクラへ、鋭い目つきのまま微笑むラウルがいつもより低い声で囁いた。


「俺の力になりたいんだろ? だったら協力してくれよ」

「でも、命を奪うって……」


 さすがに怖くなったサクラへ、ラウルがくぐもった笑い声を出した。


「ただの噂だ。もし本当に命を奪われた奴がいたら、学園長が黙ってないだろ?」

「そう、だけど……」

「これが最後だから、七不思議の真相が知りたいんだよ。いいだろ? 解明できたら俺の事も話してやるよ。だからこの事は誰にも話すなよ」


 最後……。


 この言葉で、サクラはラウルの願いを受け入れた。


「わかった。どう協力すればいいの?」

「それは夏休みに入ってから伝える。楽しみにしておけよ」


 薄く笑って、ラウルが教室を出て行く。

 それと同時に、ホログラムが目の前に浮かんだ。


『徘徊する者との対峙が決定されました。』


『徘徊する者との対峙』って……、イベント? 

 これ、名前からして確実に遭遇するんじゃ……。

 でもラウルもいるし、命に関わるゲームは除外されてるから、大丈夫だよね?


 まさかの展開ではあったが、参加するかどうかの可否が選択できないイベントなら避けては通れないと思い、サクラは気を引き締めた。


 ***


 アゼツはますますサクラとどう向き合えばいいのかわからず、昨日聞いたサクラの言葉を頭の中で繰り返す。

 そして今日も、願いの木をただただ眺めて過ごしていた。


 ボクはずっと、先の事がわかれば人間は幸せに生きられると思っていました。

 でも、サクラは違った。

 わからないのが普通だって、笑っていた。


 そして昨日も、『人間ってそうなのかもしれないけど、先の事がわかったら自分で何も考えなくなっちゃうよ、きっと』なんて、明るく答えてくれました。

 これから先の事が1番知りたいはずのサクラの言葉に、ボクの心が苦しくなった。


 こんな事考えるのは怖い。

 だけど……、だけど。

 もしかしてボクの考えは、間違っているのかもしれない。

 でもそうすると、ボクは何の為に、この試練を受けているんだろう。


 不安に思う気持ちから、ここへ来る前の会話を思い出す。



『それが、今のアゼツの答えなんだね?』

『はい』

『そう。それじゃ、行っておいで。アゼツが最終的にどんな答えにたどり着くのか、とても楽しみです』

『ボクの答えは変わりませんよ?』



 当時のアゼツは、自身の考えに疑う余地がなかった。


 この答えが出るのを、神様は知っていたのですか?

 それならボクは、これからどうしたらいいのでしょうか?


「神様……。それでもボクは、先の事をわかるようになって、人間を、幸せにしたいです」


 神様の力が宿る青い木を見つめ、アゼツは今すぐ叶う事のない願いを口にした。

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