第10話 恋のお手伝いをするための情報
サクラは自室の横に広い机の上に置いたタブレットの画面を眺め、電子ペンを握る。
まず、リオンから。
リオンは人から直接血を吸う事を嫌う、純血のヴァンパイア。
主食は輸血パックらしい。不快に思わせたくないからって、人前では飲まないんだよね。
普通の食事もするけど、黒子のまま食べてる。何で食べれるかわかんないけど、あの布に何か秘密があるはず。けど、それはまだ聞けてない。
『あ、ちなみに1番好きな血液はO型です』
『それは聞いてないから』
リオンの嬉しそうな声を思い出すも、サクラ自身がO型なので何とも言えない気持ちになる。
そういえば、食事、美味しいな。脳がそう認識してるだけだろうけど。
それでも誰かと一緒に食事するって楽しい。
っと、いけない。今はこっちに集中!
このゲームの楽しさに関心を寄せてしまう自分に喝を入れ、情報と向き合う。
リオンの想い人アリアは、人間の女の子。
可愛くて穏やかで気遣い上手な優しい子。
好きなタイプを聞いたら、誰かを思い浮かべるように『勇敢な人』って教えてくれた。
それをリオンに伝えたら、『アリアにそのような人が……』とか言って、凄く落ち込んでた。
でもリオンの説明には『忘れられない子がいる』って書いてあったのに、アリアはリオンとはこの学園で出会ったって言ってた。
それをリオンに尋ねたら『出会いについては話したくありません』って、はっきり言われたから、私が踏み込むべき事じゃない。
とにかく、リオンにはもっと堂々と振る舞ってもらって、アリアとたくさん接点を作らなきゃ。
現段階のやるべき事を書き込み、次へ移る。
次はラウル。
ラウルは獣人の中でも身体能力の高い、狼男。
お肉が大好き。すっごい量を食べてて、こっちが胃もたれしそうだった。
最初冷たい人だと思ったけど、興味のある事には情熱的だと思う。
『こうやってバランス良く食べるのが、丈夫な体の作り方だ』
『いやバランスって……、種類が違うだけでみんなお肉じゃん』
ラウルのこだわりはサクラには不要な情報だったが、一応、書き記してある。
ラウルの想い人イザベルは、狼女。
とっても綺麗で堂々としていて、それでいて気さくな人。
彼女の好きなタイプは『自分に自信がある人』だった。
それをラウルに伝えたら、そっぽ向かれたんだよね。ラウルの事だと思ったけど、違うっぽい。
ラウルの説明には『自分がずっと勝てない相手』って書かれてた。一族の長になるべく2人は育てられているのに、昔からイザベルに勝てないらしい。
ラウルとイザベルはすでに仲が良いから、あとはもう、勝つだけ。
勝てばきっとラウルも今以上に自分に自信が持てて、イザベルと結ばれるはず!
だから今は体を鍛えるしかない、かな?
自分に出来る事がなく、サクラは思わずため息をもらしながら画面をタップした。
次はクレス。
クレスは凄く明るい性格の天使。
思ってる事をそのまま口にしてる気がするから、裏表がない人かな。
あと彼の場合、発光するから見付けやすい。まさか感情に反応して天使の輪の光り方が変わるなんて、そんな秘密は知りたくなかった。
『天使の食事? こうやって翼を広げて――』
『眩しっ!!』
太陽から力をもらう時に喜びで輝くクレスのそばにいてはいけないと、サクラは学んだ。
そして天候には左右されず、日中に1度だけ食事をすれば満腹だとも教えられた。
クレスの想い人フィオナは、妖精。
妖精ってとっても小さい人を想像したけど、大きさは普通の人と変わんなかった。
フィオナは彼女自身がお花なんじゃないかっていうぐらい、ふわふわで可愛くておっとりした子。
彼女の好きなタイプは『植物の気持ちがわかる人』だった。
クレスに植物の気持ちがわかるか聞いたら、『何となくわかるよ!』って言われて。
だからフィオナの好きなタイプを伝えたのに、『そんな事は知ってるから』って笑顔で言い切られた。
クレスの説明には『綺麗な心の持ち主に惹かれた』って書いてあって、もしかしてフィオナの心も何となくわかってて、ゆっくり仲を深める予定なのかな? って思ったのに……。
その予想が間違いだと知った日を思い出し、サクラは電子ペンを握りしめ、うなだれる。
『ぼくが想いを告げる事でフィオナの心を汚したくないんだよね。だからさ、ずっと見てるだけでいいんだ!』
理由はわかったけど、いいのかな?
見た目が悪魔だからあーそうだよねとか思いかけたけど、クレスは天使だし、何より、好きって気持ちが心を汚すわけないのに。
クレスの考えがよくわからないまま、もう1人の双子の情報へ目を落とす。
次はキール。
クレスと違って落ち着いていて、私と話す時はあまり表情が変わらない悪魔。
面倒見がいいのに、逆の立場は嫌がってる気がする。
あと食事はするけど、それよりも想い人のそばが1番満腹になるって言ってた。
『悪魔の主食は人の欲望。だから感情に敏感だ。それで思っていた事があるのだが、サクラはもう少し、欲望に忠実に生きたらいい』
『う、うん』
天使の姿で悪魔の囁きをされ、変な気分を味わった事を思い出す。
キールの想い人アデレード先生は、魔女。
もの凄く長生きしてるみたいだけど、見た目は20代ぐらいにしか見えない、眼鏡の似合う知的で綺麗な人。
でも問題は、学園長って事、だよね。
最初にラビリント学園の建物を眺めた時に目に入った、屋根の上にある王冠の形をした部屋。それがアデレード先生の居場所だった。
はじめは緊張したけど、アデレード先生が転入生の私を心配していつも優しく出迎えてくれるから、今は話すのが楽しい。
そんな先生にどんな人が好きか聞いたら、『どんな私も受け入れてくれる人、ですね』って、笑って教えてくれた。
それなら、悪魔のキールはぴったりなはずなんだけど。
だから、キールが想いを告げれば2人はすぐにでも結ばれるんじゃないかと思って、それをキールに伝えたのに……。
その時を思い出し、思わず頭を抱えた。
『彼女は深く暗い闇を抱えているのに、堕ちない。自分はそれに飲み込まれない彼女の姿を見ていたいだけだ』、なんて言われるとは思わなかった。
心の中にそのようなものを抱えながらも、それを表に出す事なく学園長を勤め上げているアデレード先生の凄さに、驚きしかなった。
でもそれ以上に、そんな彼女を見守るキールの言葉が、胸に残る。
双子だからか、2人とも考え方が似てて、見守る事を決めていた。
それを邪魔しないで、それでも結ばれるように考えなきゃいけないはずだったのに。
ノワールに言われるまで、2人の事はちゃんと応援できてなかった。
サクラは顔を上げ、じっと画面を見つめる。
きっと、恋したら眺めてるだけなんて無理なんじゃない?
どの乙女ゲーもみんな動いてた。
私自身は恋した事がないからわかんないけど、きっとそれが正解。
だからクレスとキールにはもっと素直になってもらって、動けるように協力しよう!
2人の情報に追記し、助言をくれたノワールを思い浮かべる。
常に恋してるノワールならではの考えは、参考になるな。
そう思いながら、ノワールの情報を開く。
最後はノワール。
1週目では攻略不可な隠しキャラ。
今回はよくわかんない奇跡が起きて、攻略可能になった普通の人間。
ただの人間なのに人を惹きつける魅力の持ち主だから、それが厄介なんだよね。
あれだけたくさんの女の子に囲まれてたら、選び放題だし。
何より、私が1人に絞ってほしいって伝えた時の返事。
『だってそんなことしたら、選ばれなかった子が可哀想でしょ?』
それで好きな子がどんどん増えていく。
でも全員現実の世界に連れて行ったら、日本じゃただの浮気になる気がする。
あ、ハーレムを築ける国に行けたらいいのかな? それができたら解決……じゃないよね。
選ばない事にも何か理由がありそうだったが、ノワールに話題を切り替えられた事も思い出す。
だからサクラはどうすればいいのか、答えが出ないままだった。
ノワールの思う通りにさせてあげるのがいいのかな?
でも、もっと気になる事、言ってたよね。
ノワールから知らされた新事実を、サクラは頭に浮かべる。
『あなた達には、魂が宿りました。そして、もうすぐこのゲームの世界にある少女が訪れます。その少女と結ばれた者だけは、救えます』
アゼツから言われたって言葉。
それがもし本当なら、ヒロインと結ばれない限り、助けられないの?
でもそうすると、みんなの想い人はこのゲームに取り残されちゃうよね。
だからみんなは生きたいって思えないのかもしれない。
それなのに私がクリアしたら、このゲームごと消えちゃう。
それだけは何としてでも避けなければならない結末だったが、その詳細を教えてくれるはずのアゼツの様子がおかしいため、サクラはこの考えを飲み込む。
今はできる事をして、アゼツが普通に戻ったら聞き出そう。
本当は先送りにしちゃいけないんだろうけど、それでも、もう少しだけ……。
アゼツの事が心配でもあるが、真実を知るのが怖くなったサクラは、今だけ、進むのをためらった。
とにかく、みんなを助けたい。
みんなには生きたいって思ってほしい。
せっかく手に入れた命なんだから、大切にしてほしい。
その願いを届けるように、サクラは無意識に青い木のブローチを握りしめていた。
だからか、いきなり目の前に持ち物一覧が表示されたように思い、サクラはびくりと肩を揺らす。
あ……、私、ブローチに触ってたんだ。
その瞬間、サクラはふと、ノワールの言葉を思い出した。
『もうサクラは僕の事、好きなんじゃないのかなって、思うんだけど?』
まさか、ね。
そう考えながらも、サクラは花のつぼみの結晶の文字をタップし、取り出す。
「嘘、でしょ……?」
サクラの手の中でほんのり色付く花のつぼみに、愕然とする。
私、恋、してるの?
まさか本当にノワールの言う通りだったとは思わず、でもどこか実感がなくて首を傾げた。
今のこの状態が恋なら、私が思ってたものと違う。
恋とはもっと心が揺さぶられ、相手に焦がれるものだとサクラは想像していた。
だからか、今の自分の穏やかな感情が恋だとは思えず、眉間にしわが寄る。
恋したてだから、とか?
それならこのまま忘れよう。
誰か1人を選んだら、みんなを助けられない。
それに、私みたいなよくわかんない存在が恋するのは、無意味だから……。
手術が無事に成功しても、サクラは自分が普通に人の輪の中に溶け込める気がせず、心が沈む。
そんな時、机にそっとアゼツが降り立った。
「サクラ、大丈夫ですか?」
「アゼツこそ、もう大丈夫なの?」
「……ボクはいつでも大丈夫です!」
絶対に無理をしているであろうアゼツの笑顔を見て、サクラの胸が苦しくなる。
アゼツはどうしてこんな奇跡を起こしたんだろう。
頭に浮かぶ疑問から目を背け、アゼツに対して微笑む。
「そっか。それならいいんだ」
「心配してくれてありがとうございます……って、サクラ! 誰かを好きになったんですね!」
花のつぼみを見て興奮したアゼツから隠すように、慌ててブローチの中にしまう。
「ちっ、ちが……!」
「誰ですか? お手伝いしますよ!」
「恋なんてしてないから!」
「本当ですか? サクラがさっきから頭を抱えていたのはそのせいですよね? やっぱり人間は先の事がわからないから悩むんですよね?」
心配してくれるアゼツに、サクラは安心させるように微笑む。
「私が悩んでいたのは、攻略キャラ達の恋のお手伝いについてだよ。それとさ、人間ってそうなのかもしれないけど、先の事がわかったら自分で何も考えなくなっちゃうよ、きっと」
それを聞いたアゼツの金の両眼が見開かれ、直後に彼の長い耳が垂れた。
もしかして私、またアゼツを傷付けた?
アゼツの変化に対し、サクラは励ます言葉を考える。
「……そう、ですか……」
「あ……、えっと……」
「サクラ、もう寝ましょう。おやすみなさい」
ぷいっと背を向け飛び立ち、アゼツは籠へと戻った。
「……ごめんね。おやすみ」
結局何も浮かばず、サクラもベッドに横になる。
そして目の前に浮かぶホログラムの『もう眠りますか?』に、『はい』と返事をした。
この瞬間、全てが暗闇に包まれる。
だからサクラは瞳を閉じて、次の日になるのを待つ。
そしてすぐに光を感じ、目を開く。
するともう疲れもなく、朝を迎える。
しかし気分は夜のままだったので、サクラはちゃんと謝ろうと思い、アゼツを見る。
けれど小さな籠のベッドはもぬけの殻で、サクラは心がさらに沈むのを感じながら、途方に暮れた。
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