第6話 選択は慎重に
みんなに宣言をしてから1週間が経った。
もしかしたら時間経過も現実の世界と一緒かとサクラは危惧したが、それは杞憂に終わる。
通常のゲームと同じく、場面が切り替わり進行していく毎日。そして、夜になり眠る行動を選択をすれば、翌日を迎える。
本当に寝るわけではないのだが、それでも疲れがなくなり、とても快適な日々を過ごしていた。
部屋着や他の服装に着替える場合、持ち物一覧から選べば瞬時に変更できると、初日にアゼツから教えられた。
そしてアゼツは、魂のないキャラには見えない事も知る。それでも、サクラが集中しやすいようにと、授業中は別行動をしていた。けれど、サクラの居場所は常にわかるようで、呼べばすぐに現れる。
だから授業が終われば呼びかけ、サクラはアゼツと共に、みんなの恋のお手伝いをするため、想い人の情報収集をしていた。
協力を申し出てくれたノワールは女生徒達まで一緒に連れており、サクラはやんわりとお断りをした。
『僕にできる事があれば、何でも言ってね?』なんて笑いながら去って行ったが、それなら想い人を1人に絞ってほしいと、サクラは心の中で呟いた。
そんなサクラは画面越しの勉強ではなく、クラスメイトと共に対面での授業を受け、この毎日を謳歌していた。
楽しい……。
ゲーム内だが、クラスの一員として存在している事が嬉しくて、サクラの頬は緩みっぱなしだった。それに加え、現在の日本の授業内容ばかりな事もあり、それもまたのめり込む要因となっていた。
「サクラさん。こちら、答えられますか?」
授業中、指名されるのはサクラだけ。
ヒロインだからこそ好感度を上げるチャンスの時間なので、本来なら間違えてしまえばいい。
でも、サクラは全力で答える。
「その3カ国が新たな緩和医療の開発を掲げ、2190年に国際条約が締結されました」
「正解です。これをきっかけに、目覚ましい医療の発展を遂げました。皆さんも覚えておくように」
チリン
「お前! これで何度目だ!?」
「はぁ……。サクラ、あなたは本当に私達に協力しようと思っているのですか?」
サクラの席は、窓側の列の1番後ろにある。
右隣には、黒子のヴァンパイア・リオン。
左隣には、狼男・ラウル。
その2人に挟まれながら、サクラは小声で話しかけられていた。
双子の天使と悪魔は下級生。隠しキャラは上級生。そして、ヴァンパイアと狼男は同級生。まさか、クラスメイトに攻略キャラが2人もいるとは、想像していなかった。
そんな2人の攻略キャラから責められ、サクラは口ごもるように返事をする。
「ご、ごめん……。でもさ、授業中の好感度ってそんなに上がんないよね? なんかさ、おまけみたいな感じで」
「おまけで俺らの心臓を騒がせるな」
「まぁ、慣れてきましたけどね。サクラの事情も聞きましたし、他意はないと信じます」
みんなの恋のお手伝いをすると宣言した時、サクラは現在手術中で、もしかしたら途中で命を落とすかもしれないと伝えた。
それにより、攻略キャラ達の態度が若干、軟化した。
「えへへ。リオンは優しいよね。ありがとう」
「あ、私に恋しちゃだめですからね」
「いや、いいぞ。リオンに恋しておけ。そうすれば俺は自由だ!!」
相変わらず攻略されるのだけは嫌がり、サクラに小言を言ってくる。
「だから私は恋しないって! あっ、やばっ!」
「――ってぇ!!」
先生の眼鏡が光り、弾丸のような速さの電子チョークがラウルの頭へヒットした。
***
「えっと、これは、イベント、なんだよね?」
サクラがこのゲームを始めてから1ヶ月ほど経った、5月の終わり頃。球技大会が開催された。
その種目がドッジボールだという事に、サクラは慄く。
アゼツはやはり邪魔にならないよう、この場にいない。
自分も一緒に連れて行ってと頼めば、『ここはヒロインの腕の見せ所ですよ!』と笑顔で言い切られ、置いていかれた。
そしてサクラは今、赤いTシャツの上から、動きやすく、生地の柔らかい黒い上下の運動着に身を包み、震える声を出していた。
「どうした? ビビってるのか?」
「いや、だって、いろんな種族が混ざって、スピードが……ぎゃっ!!」
もの凄い速さのボールから逃れるため、サクラはラウルを盾にする。立派な銀の尻尾が揺れ、彼は何事もなく受け止めたようだった。
「こんなの、当たらなきゃいーんだよ」
「無理だから! 私、スポーツとかやった事ないから!!」
「あー……、そうだったのか。なら、俺から離れるなよ!!」
そう言って尖った犬歯を見せながら笑うラウルも、もの凄い速さのボールを投げる。逃げ惑う対戦相手が数人吹っ飛び、サクラは震え上がった。
「ちょっ、ちょっと! みんな、無事なの?」
「ゲームのキャラはすぐに治る」
「そう、だけど……」
1クラスの人数が100人近くと多いため、どのクラスも2組に分けられた。
それなのに、サクラ達は初戦から対戦相手がクラスメイトという、何とも気まずいイベント。
まだこの学園で生活してからさほど時間が経っていないとはいえ、会話も普通にしているため、サクラの胸が痛む。
そこへ、ラウルの小さな声が耳に届く。
「このイベントはな、いつも俺ら側が負けるんだ」
「負ける?」
「っと! よく見とけ」
またもボールをキャッチし、ラウルが先程よりも速いスピードで投げる。
その先には、運動着に身を包み、普段よりも露出している部分を全て黒い布で覆う、ヴァンパイアのリオンがいた。
「あんなの当たったら――」
サクラがそう呟いた瞬間、リオンが闇の中へ消えた。
「あれって……」
願いの木に集まってもらった時に見た、黒い影?
前に見た時は、その中からリオンが姿を現したはずだったのを思い出すサクラへ、ラウルが不服そうな声で話しかけてくる。
「見たか? ズルだよな」
「なになに、何あれ?」
「リオンの移動手段だ。アレがある限り当てられない、ってわけだ」
そう話している内に別のところに闇が生まれ、リオンの形になった。
その時、艶やかな声が響いた。
「あらあら。ラウルが苦戦する姿を見られるなんて、楽しい試合じゃない」
「イザベル!」
「わぷっ!」
銀の尻尾が激しく揺れ、サクラの顔を叩く。それに気付かないぐらい、ラウルはイザベルに夢中だった。
いった!
こんなにあからさまな態度なのに、イザベル、本当に気付いてないの?
ぶんぶん尻尾を振るラウルに、燃えるような長い赤毛をかきあげ、山吹色の瞳を細めて笑う狼女・イザベルの姿は、とても美しかった。
そんな2人は太陽と月のように見えるが、中身は正反対のように思える。
だからこそ惹かれ合うものじゃないのだろうかと、サクラは想い人の情報収集をしながら考えていた。
そしてイザベルへ、サクラは彼女がラウルの気持ちに気付いているのか知りたくて、探りを入れた。
すると彼女は、『ラウルの想い人なんて、見当も付かないわ』と、微笑んだ。
そんなイザベルとの会話を思い出していたサクラにも、彼女は声をかけてきた。
「サクラ、ラウルから離れてはだめよ? あなたみたいな小さくてか弱い人間の女の子は、大怪我しちゃうだろうから」
「イザベル、心配してくれてありがとう!」
同性でもときめくような微笑みを向けられたが、そのイザベルの言葉がラウルのやる気に火をつけたようだった。
「イザベルの頼みだ。絶対にお前を守ってやる!!」
「あ、ありがと」
ラウルの気合の入った声に驚いたが、同時に安心感も覚える。
「よし。これが最後だからな。リオンを倒すぞ!」
イザベルが観戦しているから良いところを見せたいのだろうとサクラは理解し、頷く。上手くいけばイザベルとの進展も期待できるので、彼に協力しようと心の中で誓う。
その時、ラウルがボールをキャッチした。
「とにかく、リオンさえどうにかできれば、勝利はすぐそこだ」
ラウルはリオンを睨みつけ、策を練っているように見えた。
「それに、自分を隠す奴に負けっぱなしなんて、嫌だからな」
怒りを含む低い呟きに、サクラは戸惑う。
あれ?
攻略キャラ同士って仲が良いのかと思ってたけど、違うの?
そう考えた瞬間、サクラの目の前にアゼツとホログラムが現れた。
「サクラ、選択の時間です!」
「わっ! びっくりしたんだけど!!」
「あはは! ごめんなさい。説明していない事があったので伝えに来ました。選択の時間は3分間だけ周りの時間が止まります。選択しないとランダムで選ばれるので、それだけは覚えておいて下さいね」
時間制限ありなの!?
選択肢に悩むサクラとしては、その事実だけで焦りが生まれる。
「俺のやる気が冷めないうちに早く選べ」
「えっ? ラウルは動けるの?」
「魂があるので、動けます」
ラウルの催促に動揺しながらも、アゼツの説明を聞き納得する。
「それなら悩む必要はないね! どれが1番好感度が上がらないのか、知ってるよね?」
サクラが明るく声をかけたのに、ラウルが眉間にしわを寄せ、首を振る。
「それは、俺にもわからない」
「え……、何で?」
「この選択は、サクラが自分で選ばなければいけません。攻略キャラ達にはゲームで過ごした記憶はありますが、選択の時間についての記憶は思い出せないようになっています」
アゼツが長い耳をぴんとさせ、サクラの疑問に答える。
「何でそんな仕様に? ヒントとかもないの?」
「攻略キャラ達に魂が宿り、従来の好感度の上がり方とは異なる事が予測されました。だからこのような仕様になった、と言えばわかりやすいですかね? ですからヒントとなるものも、誰もわかりません」
だからって、記憶をいじるなんて……。
私は自分で決められるのに、みんなは選べないなんて、変じゃない?
魂が宿っても全てが自由ではない事を知り、サクラはもやもやしたものを感じた。
けれどホログラムの色が青から赤へ変わり、それに目を奪われる。
「サクラ、あと1分です!」
「えぇっ! ちょ、ちょっと待って!!」
アゼツ言葉に、慌てて選択肢に目を向ける。
『自分のチームを勝利へ導くために、サクラが出来る事を伝えましょう。』
リオンの気を引き、ラウルのボールを当てやすくする。
イザベルに応援を頼み、ラウルの士気をさらに高める。
サクラがボールになる。
え、何これ?
「サクラがボールになる?」
サクラの言葉に反応したように選択肢が決定され、焦りながらも別のものを押す。
しかしホログラムは消え、動揺を隠しきれないまま、アゼツに目を向けた。
「あっ! 忘れてました! サクラの声にも反応するので、選択は慎重に!」
「おっそいから!! やり直しは、無理、だよね?」
「はい」
てへへとばかりに頭をかく白うさぎをどうしてやろうかと考えた瞬間、まさかの音が響く。
チリリリン
「えっ!? もしかしてもの凄く好感度が上がったの!?」
急いでラウルを見てみれば、彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「サクラがそこまでして俺を勝利に導いてくれようとするなんて、感動しないわけないだろ?」
「ちょっとそれ、なんか違くない!?」
「さぁ、サクラ。このボールをしっかり抱え込め」
サクラの意見などお構いなしに、ラウルがボールを押し付けてくる。
そしてそのまま、サクラを小脇に抱えた。
「ちょっと、本気!? リオンに避けられたらどうするの!?」
「いや、それは大丈夫だ。リオンに当たったらボールを離せよ」
びくともしないラウルの腕を叩き続けていたが、彼は前方に向かって叫んだ。
「リオン! しっかり受け止めろよ!!」
「まさか本当に……!?」
素早く縦抱きにされ、表情はわからないが、動揺していそうな声のリオンへ向かって、投げ飛ばされる。
何で私がこんな目に!?
あまりにも理不尽な一連の出来事に、サクラは涙が滲む目をぎゅっと閉じた。
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