第5話 宣言

 サクラの背後に存在する願いの木が葉音を立て、アゼツの声を誤魔化すように消していく。

 それでも、自分が選ばなかったら魂の宿った彼らが消えると、頭の中に繰り返し浮かぶ言葉までは消せない。

 そしてサクラの心が限界を迎えた時、ようやく声を振り絞れた。


「じゃあ、ノワールが言ってた、最後って……」

「そういう事です。それにこのゲームは破棄が決まった時、攻略キャラに魂が宿り、今回限りプレイ可能になっただけなんです。なので、サクラがクリアすれば消えます。その時一緒に、彼らも消えるんですよ」

「それなら……、クリアする前にリセットし続ければ、彼らは消えないの?」


 サクラの発言に、アゼツは呆れたようにため息をついた。


「何度も言いましたよね?『人生は1度きり』だって。リセットなんてできませんよ。ゲームプレイも1度きりです」


 そんな……!


 元々リセットを繰り返しながら、ノーマルエンドを目指す予定でいた。

 けれど、サクラの頭にはリセットできない事よりも、生きている彼らを助ける術が浮かばず、ただ、立ち尽くす。


「納得してくれましたか?」

「……納得なんて、できるわけないじゃない!!」


 アゼツの言葉で、サクラは現実に引き戻される。


 こんな馬鹿げた話、信じたくない。

 でも、信じなかったら?

 信じなくて、本当に彼らが死んでしまったら?

 そんな未来、もっと信じたくない!!


 ぐっと、奥歯を噛み締め、アゼツを見つめる。


 アゼツは私達に生きる気力を与えに来た、はず。

 それなら……。


 サクラはもしかしたらと考え、無理やり声を出した。


「彼らも、生きたいと思わせられれば、いいの?」

「たぶん、そのはずなんですけど……」

「たぶん?」

「い、いえ! そうなんです!」


 何で答えがこんなに曖昧なの?

 アゼツも本当は知らないんじゃ……?

 それにアゼツって、何者なの?

 最初に『神』とか言いかけてた気がするけど、神様? 何で神様がこんな事するの?

 …………あー、やめやめ!

 アゼツが隠してる事は後回し!

 私がやらなきゃいけない事は、アゼツの正体を見破る事じゃない。

 当初の目的通り、私は私のすべき事をしてみせる!!


 アゼツの事は気にはなる。けれど、今はそれどころではない。だからサクラはこの気掛かりを頭の隅に追いやり、考えをまとめる。


 誰か1人を選んだら、確実に他の人が消えてしまう。だから、攻略キャラは絶対に想い人とくっつける。

 願いの木がとんでもない事まで叶えてくれるのは、アゼツの言葉からわかった。それなら両想いになって、想い人と現実の世界で生きる事も可能なんじゃない?

 そうしたらみんな、生きる希望が湧くかも!


 そんな願いを込めて、サクラは再度決意する。


「だったら私も、彼らが生きたいと思えるように協力する」

「えっ……、本当ですか!?」

「けれど私は、彼らの想い人との恋を応援する」

「えぇっ!? それはだめ――」

「アゼツがさっき言ったじゃない。『恋に落ちれば、きっと生きたいと思えるはず』って」


 目を見開くアゼツの言葉を遮り、サクラは話し続ける。


「みんな生きてるなら、助けたい」


 サクラの言葉にアゼツはさらに目を見開き、長い耳を揺らしながら首を振る。


「サクラは、どうするんですか?」

「私?」

「サクラはどうしたら、心から生きたいって、思ってくれますか?」


 アゼツの言葉に、サクラは今の気持ちが萎んでしまいそうになる。

 けれど笑顔を浮かべ、口を開いた。


「そんなの、わかんない。でもね、攻略キャラ達の恋のお手伝いをし終えるまでは絶対に生きてやるって、思っておく!」


 本当は、途中で何かあってもいいって、少しだけ、思ってた。

 だって、ヒロインと攻略キャラを幸せにするわけじゃなかったから。

 でも、今は違う。

 

 誰かの為に何もできなかった私が、誰かを助ける事ができるなんて、そんなの、やるしかないじゃない!


 再びやる気に火が灯り、サクラは続けて言葉を紡ぐ。


「だからさ、みんなにもちゃんと話さなきゃ」

「どうして?」

「私は攻略キャラを攻略しないヒロインだって、伝えなきゃ!」

「そんな事、伝えちゃっていいんですか?」

「いいの! そうでもしないと、みんなの警戒心が解けないでしょ?」


 アゼツはまだ何か迷っていたようだが、それでも頷いてくれた。

 そしてぽふんと音でも聞こえてくるように、片手をおでこに当てた。


「ちょっとだけ、待ってて下さいね」

「何してるの?」

「念話です。ここへ来るように伝えたので、もうすぐ来ますよ」


 その言葉通り、サクラ達の近くにブラックホールのようなものが現れた。それが人の形となり、黒子のヴァンパイア・リオンが音もなく地へ足をつける。


「何でしょうか? 今日のイベントは終わりですよね?」


 若干迷惑そうな声色の黒子を眺めていたら、風を巻き起こすように、狼男・ラウルがこちらへ駆けてきた。


「何だってこんな場所に呼び出したんだ? それに侵略者までいるとは聞いてない」


 また侵略者と言われた事に腹を立てそうになるが、彼らからすればヒロインはそんな存在だったのだろうと考え直し、サクラは耐えた。

 その時、上空にいる3人の姿を目に捉えた。


「これ、気持ちがいいねぇ」

「でしょ! やっぱり空を飛ぶのが1番だよね!」

「クレスに任せたら大変な事になる。また空を飛びたいと思うなら、その時は自分に声をかけるがいい」


 隠しキャラの人間・ノワールを、双子の天使・クレスと悪魔・キールが挟み込むようにして、ゆっくりと地面へ降り立った。


「サクラから皆さんへ、伝えたい事があるそうです」


 アゼツがみんなを見回し、静かに話しかける。

 その真剣な様子を感じ取ってくれたのか、彼らは黙るとサクラを見つめた。


「アゼツから話は聞いた。改めて、私の名前は落合さくら。このゲームの中ではカタカナのサクラ。えっと、できたら、ゲーム名のサクラって呼んでくれると、嬉しいです」


 自己紹介に照れが混じったが、それでもサクラは話し続ける。


「みんなの態度が冷たい理由は、私もみんなを攻略しようとしてるって思ってるから、なんだよね?」


 サクラの問いかけに、ノワール以外のみんなが無言で頷く。

 そんな彼らへ、サクラはビシッと指を差し、宣言した。


「私は今までのヒロインとは違う。私がこのゲームを選んだ理由は、みんなの恋のお手伝いをするため! だから安心して、好きな人と結ばれて!」


 満面の笑みを向けたはずのサクラに対して、彼らは顔を見合わせた。


「何だ……? 俺らを油断させて侵略を進める気か?」

「そんな事しないから!」


 テープの貼ってある耳をピクピクさせながら、ラウルが睨み付けてくる。


「うーんと、余計なお世話かな!」

「自分の事は自分で決める。手伝いは不要だ」


 小悪魔が微笑むように、天使のクレスからは明るく断られ、天使が見下すように、悪魔のキールからは冷たくあしらわれる。


「……私はこの姿なので、無理です」


 頭をがっくりと下げたリオンが、恨めしい声を出す。だからか、黒子の顔からは闇でも広がりそうなぐらい、どんよりとした空気を感じた。

 そんな彼の事情を聞こうとした瞬間、それを遮る声が響く。


「サクラ。君は、?」


 ノワールは優しく微笑みながら、ひやりとする声で話しかけてくる。


「私もまだ何を信じたらいいか、わかんない。だけどさ、アゼツが必死なのは嘘じゃないって思った。だから私も、みんなを、助けたい」


 サクラの言葉に、ノワールの笑顔が歪んだ気がした。


「サクラがそう決めたなら、いいんじゃない?」


 けれどそれは見間違いだったようで、ノワールが先程よりも柔らかく微笑みながら、サクラに近付いてくる。

 そして目の前で立ち止まると、優しくサクラの頬に触れてきた。いきなりの事に思わずびくりと体を揺らすサクラヘ、ノワールは琥珀色の瞳を輝かせ、顔を寄せてくる。


「な、何!?」

「おや? 美味しそうなぐらい、頬が真っ赤だよ?」

「だっ、だって、いきなり触ってくるから……」


 乙女ゲーにはこういうキャラがいたりするのはわかってた。わかってたけど!

 直接こういう事されると、どうしていいのかわかんない!!


 高鳴る胸から意識を逸せず、声にならない叫びを上げるサクラは視線を慌ただしく動かす。

 すると、ノワールがふっと笑い声をもらした。


「やっぱりサクラは可愛いね。そんなサクラを、僕も応援するよ」

「えっ! いいの?」

「……そのかわりご褒美は――」


 思わぬ協力の名乗り出に、サクラは頬に触れるノワールの手を掴んだ。

 その瞬間、彼の表情が固まった気がしたが、すぐにとろけるような笑みへと変わり、囁いた。


「サクラがいいな」


 そしてそのままサクラの頬へちゅっと音を立て、ノワールが口付けてきた。


「――っ!!!」

「僕のキス、大切に閉じ込めてくれるの?」


 思わず頬を手で押さえれば、艶っぽい笑みを浮かべたノワールがくすくすと笑う。


「協力はしてあげる。だから僕のものになってね、サクラ」


 それだけ言うと、ノワールはサクラの返事を待たずに離れた。

 そんなノワールの姿を追いかけるように、ヴァンパイアのリオンだけが彼の動きに合わせ、顔を向け続けていた。

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