第4話 忠告
サクラは学園の案内を、『誰も選ばない』と選択した。
それなのに『チリン』と攻略キャラ達の方から一斉に聞こえ、目を見開いた。
「最初からみんなの好感度を上げるなんて、とても素晴らしい選択ですね、サクラ!」
え……、何で!?
選んでいないのに好感度が上がるとは思わず、サクラは固まる。
そんなサクラを無視して、自分の事のように喜ぶアゼツは、もふもふの手で一生懸命に拍手をしていた。
けれども攻略キャラ達の反応は、全く違っていた。
「選ばれない事に喜んでしまいましたが、それを音で伝える機能はなくしてほしいのですが……」
「おい、クソうさぎ。俺はただ、今日はこれで関わらなくて済むなと思っただけだ。なのに、好感度が上がった事になるなんておかしいだろ!?」
「それらはボクには変更不可です! あと何度も言いますけど、ボクはうさぎじゃないんですってば!!」
ヴァンパイアのリオンは苦しげに胸を押さえ、狼男のラウルは今にもアゼツに飛びかかりそうだった。
「あぁ……、ぼくの心が汚された」
「大丈夫だ。こんな汚れ、すぐに消え去る」
目を潤ます天使のクレスを慰めるように、悪魔のキールが彼の頭を撫でる。
「君の名前はサクラって言うんだね。みんなさ、勝手にサクラを好きになりたくないんだよ。もうすでに、特別な相手がいるからね」
他の攻略キャラとは違い、隠しキャラのノワールだけは余裕のある笑みを浮かべ、サクラに近付いてきた。
「だからさ、僕を選んで?」
「えっ、何で? ノワールだっているでしょ?」
『恋のかたちを知りたくて』の特徴は、全員に想い人がいる事だ。それなのに、ノワールが自らを指名させるのには何か企みがあるとしか思えず、サクラは眉をひそめた。
「おや? そんな顔をしないで。可愛い顔が台無しだよ?」
取り巻きの女生徒達からは何故か歓喜の声が聞こえるが、サクラの眉間に優しく指を当て、ノワールは魅惑の笑みを浮かべる。
「サクラにだったら、僕をあげる」
「あ、あのさ、ノワールは、インキュバスかなんかなの?」
サクラは初めてヒロインと一体型で遊ぶため、このような触れ合いに慣れておらず、顔が熱くなる。だからとっさに、気になっていた事を口走った。
するとノワールは目を背け、吹き出した。
「ぷはっ! サクラ、何の冗談? 僕は君と同じ人間だよ」
「えっ!? 人間なのに女の子をはべらせてるの!?」
「はべらせてないよ。一緒に過ごしてるだけ。みんな僕と過ごすのが好きなんだって」
うわ……。人間なのにこんな軽い男、嫌。
きっとそれが顔に出たのか、ノワールが楽しげに言い訳を紡ぐ。
「もしかして、やきもち? 大丈夫。僕の時間はあげるけれど、身体はあげていないから。至って清い、男女の仲だよ」
「いや、複数は清くないでしょ」
サクラの言葉に笑いながら、ノワールは耳元に顔を近付け、囁いてくる。
「君もこの子達と一緒に、僕との時間を楽しめばいいのに。僕は僕を望む全ての姫君が、大好きだから」
「まさかそれって……」
「ふふっ。僕の想い人は、『僕を想ってくれる全員』だよ」
嘘でしょ!?
攻略キャラの恋のお手伝いをすると決めていたサクラは、愕然とした。
「でもサクラは特別扱いしてもいいよ? だってこのゲームのヒロインなんだから」
その声をどこかくすぐったく思いながらも、サクラは次の言葉に耳を疑った。
「だから僕の大切なサクラへ、忠告しておく。アゼツの事は信じるな」
思わず耳を押さえ、ノワールを見る。
彼の顔が決して冗談を言っているようには思えず、サクラはここがゲームの世界だという事を、一瞬、忘れた。
***
「サクラー! どうです? ラビリント学園、とっても綺麗でしょう?」
誰も選ばなかったサクラは現在、アゼツと共に学園内を巡っていた。
今は授業中の設定なのか、他の生徒はおらず、とても静かだった。
『だから僕の大切なサクラへ、忠告しておく。アゼツの事は信じるな』
このゲームのストーリーって、こんな不穏な感じなの?
何でナビのアゼツを信じちゃいけないの?
隠しキャラって、1週目は妨害キャラとして存在してる、とか?
でも今回が特別って、何?
楽しそうにサクラの周りを飛び回る、白うさぎの姿をした神竜と名乗るアゼツを眺めるが、ノワールの言葉が離れない。
「サクラ……。やっぱりボクと一緒じゃ、つまらないですか?」
「あ……、違うの。ごめんね」
アゼツと目が合えば、長い耳と翼を極限まで下げた彼の金の瞳が揺れ、サクラの胸が痛む。
「何か、気になる事でも?」
「えっと……、ノワールが参加するのが特別な理由を、教えてくれない?」
サクラの言葉にアゼツは目を見開き、ふわふわの両手で口を押さえた。
「すっ、すみません!! 肝心な事を伝え忘れてて!! つい夢中で学園内の説明をしてしまいました。えっと、だいたい終わったので、あとは絶対に案内しなきゃいけない場所にだけ行きます。そこで話しますね。では、失礼します」
アゼツはそう言うと、サクラの肩へ触れた。
「願いの木へ!」
サクラは可愛く響く声を聞きながら、アゼツは移動する機能もあるのだと、ぼんやり考えた。
目の前の画面が瞬時に切り替わるように、とても大きく、ガラスのように輝く真っ青な木が出現する。
「移動、ありがとう。あ……、これって、このブローチと一緒?」
ゲームとはいえ、体に何の負荷もなく移動をしてくれたアゼツへお礼を言いつつ、サクラは胸元のブローチと木を交互に見た。
「そうですよ。そのブローチのモチーフが願いの木です。サクラの花の結晶を捧げる場所でもあります」
サアッと風が吹き、真っ青な葉がカチチッと音を立てる。
その幻想的な光景を眺めていたら、アゼツがさらに言葉を紡いだ。
「ラビリント学園の裏手にあるので、覚えておいて下さい。ま、ボクと一緒ならいつでも移動できますけどね」
「そうなんだね。教えてくれてありがとう」
アゼツの教え通りに後方を確認すれば、願いの木は小高い丘の上にあり、眼下に学園が広がる。
「それでは、サクラの質問にお答えしますね」
サクラの確認が済むのを待っていたように、アゼツが声をかけてきた。
「うん。お願い」
「あのですね、このゲーム、クリアした人がいないんです」
「それは知ってるけど、何でナビのアゼツも知ってるの?」
このゲームって、他の人の記録も全部蓄積されてるの?
ヴァンパイアのリオンが『今までのヒロイン』と言っていた事も思い出し、サクラは首を傾げる。
「えーっと、驚かないで下さいね?」
「えっ、何かあるの?」
「何かあるというか、ボク、実在するんです」
「実在?」
「ボク、生きてるんです」
「生きてる?」
もしかして、変なルートに入った?
誰も選ばなかったせいでアゼツルートにでも入ったのかと思い、サクラは目を見張る。
「このゲームの中で、ボクとサクラ、そして攻略キャラ達だけは、魂があるんです」
「これ、特殊ルート?」
「うぅっ……。ボクの説明、信じてくれないんですか?」
悲しそうに金の瞳を潤ませるアゼツに罪悪感を抱き、サクラは慌てた。
「ご、ごめんね! 泣かないで?」
「じゃあ、信じてくれますか?」
「えーっと……」
「……サクラは今、手術中ですよね?」
「え……」
アゼツは瞳を潤ますのをやめ、じっとこちらを見つめてきた。
「サクラはあまり、生への執着がないですよね?」
「何でそんな事を……」
「だからサクラがもっと生きたいと思えるように、お手伝いしに来ました」
何、これ……。
実はゲームじゃなくて、夢?
でもそれにしては、変、だよね……。
あまりにも信じられない事ばかり言われ、サクラは言葉を失う。
「そして、このゲームの攻略キャラ達は最後までゲームをしてもらえなくて、未練が残りました。そんな彼らに魂が宿った。ですが、彼らも生に執着がありません。だから同様に、ボクがお手伝いをしに来たんです」
さっきの人達も、私と、同じ?
自分の事を言われた時よりも胸に痛みが走り、息を呑む。
「サクラはこのゲームで恋を学んで、攻略キャラの誰かと恋に落ちれば、きっと生きたいと思えるはずです。そしてこの願いの木が、それを叶えてくれます」
「どう、いう、こと?」
サクラがやっとの思いで口にした言葉に、アゼツはにっこりと微笑んだ。
「サクラ。選んだ攻略キャラを現実世界へ連れて行けますよ」
「え……?」
「人間は恋をすると元気になるんですよね? それなら恋をした相手が現実世界にもいたら、生きたいと思えますよね?」
「……ちょっと待ってよ。そんな簡単に、人の気持ちなんて、変わんないから」
「そうですか? それなら恋をしてみたらいいじゃないですか。変わるかもしれませんよ?」
私がどんな思いで恋をしないか、知らないくせに。
攻略キャラ達だって想い人がいるのに、そんな事されたって迷惑なだけじゃない!!
アゼツの言葉に、サクラは怒りが湧いた。
「アゼツ。人を馬鹿にするのも、大概にしなさいよ」
「馬鹿になんてしてませんよ!」
「じゃあ簡単に恋しろなんて言わないでよ!!」
「どうして怒るんですか!? じゃあ何でこのゲームを選んだんですか!!」
お互いに怒鳴り合いながら、アゼツの言葉にサクラは多少冷静さを取り戻す。
「私は、攻略キャラ達の恋のお手伝いをしたいだけ」
「恋のお手伝い?」
「本当に好きな人と、結ばれてほしいだけ」
「え……。じゃあサクラは、誰と結ばれるんですか?」
口をあんぐりと開くアゼツを見て、サクラの気が少しだけ晴れた。
「誰とも結ばれないから」
この言葉にアゼツの真っ白な翼が、もの凄い勢いでぱたぱたしはじめた。
「えっ!? ちょっと、それは困りますから! それでサクラは生きたいと思えるんですか?」
「そんなの、わかんないよ」
「だめじゃないですか!! それに彼らをゲームの中の人と結ばせてしまったら、余計に生きたいと思わなくなりますよ!?」
「それは、彼らの自由じゃない」
ふっと、軽く笑うサクラに対して、アゼツは空中で地団駄を踏む。
「絶対、だめです!!」
「何がだめなのよ?」
「理由は話せませんけど、だめなんです!」
「何それ。あとさ、気になったんだけど、もし、私が攻略キャラの誰か1人を選んだら、選ばれなかった人はどうなるの?」
アゼツがここへ来た理由がただのお手伝いではない事はわかったが、今問い詰めたところできっと話してくれない。それならもう少し仲を深めてから探ろうとサクラは考え、別の質問をした。
それに対して、アゼツが落ち着きを取り戻すと、ひと言、呟いた。
「消えます」
「消える?」
「本来なら存在しない魂ですから、消えます」
それって、私が選ばなかったら、みんな、死んじゃうの?
自分の考えに、サクラは思わず胸を押さえた。
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